第31話 教えて未来のマイスウィートハニーでエロい

 2007年7月14日土曜日10:07。

 僕は千帆達に断って一足早く京都の烏丸四条に赴いていた。


 つい二日前――という表現が正しいのか分からないが、千帆がその姿を忽然と消した室町通り山王町を探索するためである。


 なお、千帆と相沢も誘ったが、流石に二回目の祇園祭デートはきついと断られた。ついでに、「デートコース使い回すのよくない」とダメ出しまでされた。

 本当に、ごもっともだ。反省。


 というわけで、本日は天道寺さんのバイト先で合流するまで別行動。僕は先日と変わらず祇園祭りを巡る。千帆と相沢は十年前の河原町を巡って食べ歩きと相成った。


 千帆と離れるのは、また突然居なくならないか心配だったが、相沢が一緒に行動してくれるということでひとまずは安心だ。

 

 彼女たちは彼女の、僕は僕の、それぞれやることを果たそうじゃないか。


 つって、彼女たちは普通にデートするわけだけれど。

 しらんよ、からふね屋でブルーベリーたっぷりのパフェ食べるとか。もう勝手にして。女の子たちだけで楽しんできてどうぞ。僕は僕でちゃんとやるから。


 さて。


「……ここで千帆が突然消えたんだよな」


 意識を現在と視界へ戻す。


 室町通り、烏丸通から一本西にある通り。

 祭りの中心地から少し外れるため屋台はない。

 前のループで僕たちが歩いていたときには、祭りの喧噪から一休みしたい人たちがゆるりと歩いていたそこは、朝の静寂にまだ浸っている。


 人が来ないのを確認して僕は千帆が消えた場所にしゃがみ込んだ。


 よくよく思えば、僕はよく周りを見ずに例の電話で時間を巻き戻された。

 あの時、もっとちゃんと調べていれば、何か情報を得られたかもしれない。

 そんな思いから、僕はこうして現場に戻ってきた。


「とはいえ、巻き戻った時間の中で、探しても意味はないか」


 時間が巻き戻っているのだ。また、巻き戻った後の僕たちの行動も違う。

 証拠なんて存在しなくて当たり前だ。


 けれども手がかりはあるかもしれない。

 例えば、千帆をあのような目に会わせる何かが元からあったとしたら。タイムリープと関係なく、千帆がたまたまそれに触れたなら。


 京都である。

 呪術的なそういう物はあるかもしれない。

 オカルト以外のものでも何かが町に紛れ込んでいるかもしれない。

 非科学的な発想だが、そもそも僕たちの置かれているタイムリープという状況を考えれば、ないとは言い切れない。


「そう、思って来てみたんだけれど。それっぽいものはないなぁ」


 軒下に並べられた手入れされてない鉢植え。側溝に溜まった土やゴミ。アスファルトにめり込んだ、潰れたペットボトルキャップ。そして乗り捨てられた自転車。


 残念ながらそんなものしか見当たらなかった。


 こういう時、漫画やラノベの主人公だったら、呪力の痕跡をたどったりして真相にたどりつくのだろう。僕はなんでただのふがいないサラリーマンなのだろうか。

 自分の非力さと平凡さに嫌気がさした。


「こうやって、事件のあった場所に戻るくらいしか思いつかない所が残念だよなぁ。もっと論理的なひらめきで、パッと決められるようなら格好良いのに」


「そうなのか?」


「そうだよ。でないとカタルシスがないだろう。こういうのは主人公が頭がよくて、システムを予想外のやり方で打ち破っていくのが面白いんだからさ」


「あんま読んだことないから分かんないけど、そんなもんかねぇ」


「そうだよ。だいたい普通のサラリーマンっていうのも悪いよね。なんで僕みたいな無能がタイムリープするのさ。ちょっとなにしたいか分かんないよ。悲しいけど」


「よく分からないけれど、鈴原には鈴原のいいとこがあるぜ?」


「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ――」


 って、誰だ?


 僕は反射的に声の方を振り返った。

 すると、野球帽に大きな鞄、夏なのに白いパーカーを着た、いがぐり頭が立っている。パーカーの下はユニフォーム。いかにも、さっきまで試合していましという感じにズボンの裾が汚れている。


 よっ、と、彼は手を上げて微笑む。


「杉田! お前、なんでここに! というか、なんでいつも現れるんだよ!」


 それは僕の友人、杉田に間違いなかった。


「……だから、なんの話?」


 そして、僕の迂闊な言葉に、彼はすぐ顔をしかめた。


 しまった、またうっかり前のループの話を。

 突然すぎてうまく誤魔化す方法がまったく浮かばない。


 どうしようかと脂汗が額を滑る。

 これは手詰まりかと焦ったのだが、少しすると、まぁ言いづらいことならいいけどと、杉田は僕の困惑をくみ取ってこの話をスルーくれた。


 助かった。

 こいつのこういう気を遣う能力は本当に凄いよな。

 僕も見習いたいものだよ。


 まぁ、こっちは遠慮無くいろいろ聞くんだけれど。


「どうしてこんな所に? ユニフォーム着てるってことは、練習帰り?」


「だいたい合ってるけどちょっと違うな。正確には練習試合追い出され帰り」


「……は?」


「試合でエラー連発してお前もう帰れって監督に言われてさ。じゃぁ、ベンチ居てもしかたないんで帰りますって、マジで帰ってきてやったわ。ふはは」


「……ふははって。いいのそんなことして?」


「いいのいいの。こういう時は遊ぶに限るんだよ。やらかした時ほど気分転換してリフレッシュしなくちゃ。でないとダメな循環に入る」


 と、おどけていう杉田。


 こいつってば、昔から本当に大物だなぁ。

 言動も行動もとても試合でポカやらかした人間とは思えない。

 

 ただまぁ、言ってることは一理あるな。下手に落ち込んでも仕方ないし、それより切り替える方がよっぽど大切だ。そういう現実的な所は実に杉田らしい。


 そっか、この頃からこいつ、できる奴だったんだな。

 野球ばっかりやってるイメージしかなかったよ。


 うん?


 待てよ?


「……したらさ、なんか見た顔が暗い顔して道にいる訳じゃん。やべえと思ったけれど、やっぱ見捨てるのもどうかなと思ってさ」


「杉田!」


「うぉっ! な、なんだよいったい!」


「あのさ! お前、もし僕が未来からやって来たって言ったら信じてくれる?」


「未来から? なにそれ、本気でやばくなったのか鈴原? 大丈夫か?」


「僕は本気だよ。本気で言ってる」


 焦った顔をする杉田。

 けれど、彼は僕の前から逃げ出さなかった。

 さらに言えば、一歩も後ろにさがるようなこともなかった。


 彼は、それこそ信じられないというような目をこちらに向けたが、すぐに、僕が彼を真剣な気持ちで見つめているのに気づいてくれた。少し居心地悪そうに頭を掻いた彼は、それから何かを諦めたようにため息を吐くと、こう切り返した。


「条件付きで信じてやるよ」


「条件?」


「そう。未来人だって言うなら、俺の質問に答えてくれ。未来について知りたいことがあるんだ。それが、俺の納得する内容だったら、お前を信じるよ」


 未来を知りたい、だって。

 なんだよいきなり妙なことを。

 そういうキャラじゃないだろ。


 君は論理的に物事を遂行するシステムエンジニアだったじゃないか。その片鱗を高校時代の君の中に見たからこそ、僕も恥を偲んで助けを求めたのにさ。


 そう。

 僕に推理能力がないなら、ある奴に力を借りれば良いんだ。

 ちょうど目の前には、僕が未来でも頼りにしていた、スペシャルな問題解決能力を持った友人がいる。ついつい、タイムリープの主人公の気分で、自力で解決しようと思っていたが、そんなことは全然ないのだ。


 相沢みたいに信頼できる過去の友人にに助けを求めたって構わないのだ。


 もちろん、その行いが原因で未来が変わってしまう危険性はある。

 ただ、このタイムリープは幸いにもループモノだ。問題があれば、ループをわざと発動させ相談をなかったことにもできる。

 ループモノのリセットというデメリットを、逆に活用すればいいのだ。


 ようやくここで僕は、なんだかタイムリープモノらしい攻略法を一つ編み出すことができた。発想はいかにも頭が悪くて格好悪いがまぁいい。僕は別に、スタイリッシュに世界を救う気も、ドラマティックにヒーローになるつもりもないからね。


 ただ、妻と一緒に、元の幸せを取り戻したいだけだ。

 泥臭くて結構。せこくて結構だ。


 日々生きるのに精一杯の限界サラリーマンを舐めるな。

 僕たちは、家族を養いその笑顔を守るためなら、なんだってするんだ。


「……いいよ、僕が覚えている範囲で良いなら」


「おっ、マジか。やりぃ、助かるぜ。最近、そのことが気になって夜も寝られなかったんだ。ぶっちゃけ、今日の不調もそれのせいだし」


「なんだよ、それ」


 こいつ、本気で言っているんだろうか。

 またしても頼る気になった先から不安になる。


 顔を見合わせたまま僕は杉田にうなずく。

 さぁ、なんでも聞いてくれ、そんな首肯を受けて、野球部の二年生エースは気恥ずかしそうに後ろ襟をかきむしった。


「まぁ、その、なんだ。本当に、くだらないことなんだけれどさ」


「そんなの聞いていいの? 聞くなら、大事なことの方がいいんじゃ?」


「いや、世間的にはくだらなくても、俺的には大切なんだよ。その、ほんと、笑わないで欲しいんだけれどもさ――」


 珍しいく杉田が口ごもった。

 なんだよ、真剣な相談じゃないか。

 くだらないとか言ってたのにそんな反応されたら困るよ。


 はたして、そんなもったいつけた間を持って、彼が僕にたずねた内容は――。


「あのさ、未来の俺って、ちゃんと結婚してるかな? 奥さんとかいるの? 居たらどんな人か教えてくれよ。あ、もし知り合いなら、名前とか知りたいな」


「……ほんとせけんてきにはくだらないしつもんだけどほんにんにはだいじなやつ」


 割と色ぼけたどうでもいい内容だった。


 お前、それ、未来人に聞く質問かよ。

 もっと頭のいい質問すると思っていたのに、それを聞いちゃうかよお前。


 青春、してるなぁ……。


 まぁ、これくらいなら素直に答えてやろう。

 別に、知った所でちょっと彼女と杉野がくっつくのが早くなるだけだし。


 いいよ教えてあげるよと、僕は彼の2021年の身辺状況を語りはじめた。


「まず、お前は結婚していない。独身継続中。社内でも、仕事が恋人って言われているバリバリのビジネスマンになってる」


「……うそでしょ? この俺がバリバリのビジネスマンに?」


「今ちょっと魔法少女の主人公みたいに言ったね?」


「まぁまあ、続けて続けて」


「もう。けど、まぁ、それは社内の人間がお前のプライベートを知らないだけで、実は恋人はいます。しかも、高校時代から十年以上も付き合ってる相手が」


「十年も? 大恋愛じゃん! ていうかもうすぐ彼女ができるってこと?」


 めっちゃ嬉しそうな顔するねこいつ。

 僕が偽物の未来人とか、微塵も考えないんだろうか。


 けど、まぁ、そういう細かいこと気にしないのが杉田のいいところか。


 そんな感慨にふけっていると、「それで誰なのさ」と杉田が急かす。


「あぁ、それは、お前も僕もよく知っている人」


「マジで! そんなよく知っている人と俺ってば付き合うの! ていうか、お前と共通の知り合いなんていたっけ?」


「いたんだなぁ、これが。僕と千帆、お前と彼女の四人で、大学時代よくダブルデートとかしたんだよ。いやぁ、ほんと楽しかったな」


「ダブルデートだと! まさか、あの伝説に聞く! 幸せなカップルと幸せなカップルが、グループでデートするという、あのダブルデートなのか!」


「盛り上がり過ぎじゃねえ?」


 はやく、はやくと杉田が急かす。そんなに知りたいか、このほしがりさんめ。

 やれやれまったく、ならば教えてやろう。


 君の未来の彼女、それは。


 僕と杉田の共通の知り合いで。


 千帆と親友の間柄で。


 そして、高校時代を共に過ごした。


 ――○○○○さんだ。


「……あれ?」


「うん? ちょっと、どうした?」


 驚きに、一瞬息が止まった。


 喉まで出かかり、出ると思った彼女の名前は、実際にはなにも声になっておらず、どころか、思考の中でも空白のままだった。


 ダメだ、思い出せない。

 どう頑張っても空白を埋める名前が頭の中から出てこない。

 まるで誰かにその名前を奪われたように、ど忘れしている。


 つい最近も、こんなことがあったぞ。


 そうだ昨日の昼休み、千帆のことを狙っているのかと杉田を問い詰めた時だ。あの時も、僕は杉田に将来を誓った相手が居ると知りながら、名前を思い出せなかった。


 どうしてだ。


「……おい、どうしたんだよ? 誰なんだ、その俺の彼女って?」


「いや、ごめん、もう喉まで出かかってるんだけれど、なんかど忘れして?」


「……ここまで話しておいて? というか、忘れるか、そんな仲良くしてる相手?」


「それは!」


「……ダブルデートが出来るってことは、お互いに信頼関係があるはずだよな? 少なくともお前が俺の彼女をよく知ってるか、お前の彼女と俺の彼女が元から友達だったか、それくらいの親密さがないとまず発生しないよな?」


 杉田の言うとおりだ。

 まさか、僕が彼に知恵を借りる前に、杉田がその核心に触れてくるなんて。


 いや、違う。


 僕はこの事に触れようとしなかったんだ。

 一番、このタイムリープでおかしい状況に違いないのに、関係性が低いと優先度を下げたんだ。僕たちの未来には関係ないからと、検証対象から除外してきたんだ。


 友人の人生が変わる危機を救う。

 それも、タイムリープものの一つのテーマだというのに。


 そもそも、どう考えてもおかしいじゃないか。


 だって。


 ――杉田の彼女が○○○○だなんて。


 どうして、頭の中の思考が伏せ字になるんだ。

 その名前を、引き出すことができないんだ。


 気付よ違和感に。

 なんでスルーするんだよ。


 くそっ、僕は、とんだマヌケだ。


「……なるほど。お前が過去に戻った理由はそれだな。俺と俺の彼女が原因だ。なんつってな、ははは」


「杉田、お前すごいな。なんでこんな部分的な話で重要な情報にリーチできるんだ」


「ん? まぁ、考え方がみんなと違ってるからじゃねえ? そんなたいしたことでもない気がするけど。十人十色だろ、こんなもん」


 そんな言葉で説明できるかよ。

 けろっとした顔で言う杉田を、僕はけれども今やすがるような目で見ていた。

 はたして、そんな僕に彼は優しく微笑む。


「おいおい、なんだよ。そんな顔するなよ、鈴原。信じてくれって感じじゃねえか」


「お願いだ、杉田。その頭を、僕に貸してくれ。タイムリープを終わらせるのにお前の力が必要なんだ。嘘みたいなことを言っているけれど、全部ほんとの話なんだ」


 信じてくれ。そんな願いを込めて、僕は杉田を見る。


 はたして、そんな僕に未来の親友にして恩人は――。


「信じるに決まってるだろ? 俺は別に、お前が真剣な顔したその時から、独身童貞って言われても、ハーレム子だくさんって言われても、信じるつもりだったぜ」


 限りなく頼もしい言葉をかけてくれた。


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