第30話 隣の城の魔王系女子とオトナノコイバナでエロい

 タイムリープモノにおいて、宿敵と主人公が過去で接触する展開はよくある。

 主人公と彼は、物語のなかで幾度もすれ違い、そしてお互いの存在に警戒しながら暗闘を続けるのだ。

 とはいえ、この手の話は宿敵が圧倒的に有利な場合が多く、主人公のことを知っていてあえて作中で接触してくるという流れが一般的だ。


 彼らの素性は主人公たちの思いもよらない人物だったり、逆にあからさまに怪しい人物だったりいろいろ。

 ただ、なんにしても彼らの多くは、主人公の生活にそれとなく関わっている。

 逆に、主人公となんら関連のない人物が出てくることは少ない。


 これは作劇上の問題と言える。

 なにせ多くの主人公が、何者かの思惑に巻き込まれてのタイムリープをするのだ。

 当然、巻き込まれるに足る範囲で主人公が生活していなければならない。


 なので宿敵との接触イベントが起こるのはいわば必然。

 起こるべくして起こるイベントなのだ。


 そして、宿敵が本性を露わにして主人公に襲いかかるのも、また必然――。


「えー! 嘘、信じられない! あの千帆が同棲! しかも大学二年間も! ちょっとそれエッチすぎる奴じゃない? 大丈夫なの?」


「エッチすぎます。いえ、エッチすぎました。ちょっと、僕もあの頃のことは後悔してます。もっと健全にお付き合いするべきだった」


「えー、けどけど、そう言いながら、嬉しいんでしょー? そうなんでしょー?」


「好きな女の子と一緒に生活して、うれしくいない男子とかいますかね?」


「キャーッ! ラブラブー! お熱いー、聞いてるこっちがはずかしくなるー!」


 けど、まさか恋バナで襲いかかられるとは思わなかったなぁ。

 まさかひた隠しにしてきた本性が、恋愛脳だったとは思いもしなかったなぁ。


 時は、昼休みが終わって午後の授業。

 僕と天道寺さんはいまだに図書準備室に居た。


 そう、図書準備室で、いろいろと話し込んでいた。


 タイムリープのこと。

 前回のループで起こったこと。

 その最後に、天道寺さんのような人物を見たこと。


 そして――。


「ねぇ、もっと聞かせてよ、鈴原! 千帆との恋愛の話! 社会人になってからはどうだったの?」


「いやー、勘弁してよー、もー」


「いいじゃない、素敵な話なんだから! そんな恥ずかしがることなんて少しもないわよ! ねぇ、ほら、教えてよ! 大人の恋愛マスター!」


「しょうがいないなぁ。おませさんなんだから」


 僕と千帆の未来でのあれやこれや。

 根堀り葉堀り。下世話なほど。僕は天道寺さんに喋っていた。

 未来の彼女との甘い生活を話していた。


 だってこの子、ほんと人に喋らせるの巧いんだもの。

 流石は未来の天才作家よね。取材力が凄すぎるわ。

 こんなんいくらでも話したくなっちゃう。


「通い妻してたもらってたのよね千帆に? どれくらいの頻度で来て貰ってたの?」


「うーん、毎週かな?」


「えぇ! ちょっと、毎週って! 大丈夫なの? それ!」


「まぁ、若かったらから」


「お金の話だよ! なに言ってるのよ、もう! けど、それも聞きたい話! やっぱりそういうのって、抑えようと思っても抑えられないものなの?」


「やっぱりこう会えない時間が長ければ長いほど、そういう想いは強くなっちゃうよね。それでなくても、僕らってば学生時代に四六時中一緒にいたわけで」


「きゃーっ! きゃぁーっ! エロエロだー!」


 うぅん、なにこの感じ。

 天道寺さんが合いの手入れると、ついつい嬉しくて自分から話したくなっちゃう。

 千帆との赤裸々な夜の営みでも、彼女との結婚生活での失敗でも、恥ずかしげもなく口にしちゃうんだからほんと不思議。


 怖いね。

 けど、喋るの楽しいから、止まらないね。

 しかたないね。


「ごめんねー、なんか大変なのに、私の聞きたいことばっかり聞いちゃって?」


「いいよいいよ。なんかもう、天道寺さんと話せただけで僕は嬉しいというか。君とこうして本音で話せてよかったっていうか」


「ちょっと、天道寺さんってなに?」


「え……?」


「もう私たち友達じゃない。だから、文で、いいよ?」


「ちくしょう! 分かっていたけれど! かわいいかよ!」


 照れくさそうにちょっと顔を逸らして、目線だけでこっちの様子確認するのほんと卑怯だと思う。そして最新のツンデレ動向を抑えていると思うの。


 かわいさしかない。

 こんなかわいい娘がラスボスな訳ないでしょ。


 バカなこと言わないでよ! 十分前の僕!


 とまぁ、そういう訳で。


 なんということだろう!

 僕はラスボスと思われた天道寺さんと因縁を深めるどころか友情を深めていた!

 気がついたらもうマブだった! 男女の仲とか関係ないマブだった!


 これもすべて、コイバナのおかげだった!

 そう、コイバナをすれば、お互いの腹の内は見えてくる!

 コイバナが僕と天道寺さんの仲を可及的速やかに繋いでくれたのだ!


 そして、気がついたら僕と天道寺さんは文はズッ友になっていた!


 お互いの深い部分までさらけだせる、大切な友達になっていた!

 男女の垣根を越えた、強い信頼を感じ合える中になっていた!


 って、うぉい!


「仲良くなりすぎだよ! 腹の内探るつもりが、懐柔されてどうすんだ! いやもう、こんだけ話しておいて、疑うことなんて僕にはできないけれど!」


「安心して鈴原! 君と千帆の未来を守るのに、私も協力するから! どういうつもりか分からないけれど、私の姿をまねたのが運の尽きよ――謎の黒幕!」


「そしてこっちに加勢してくれる気満々だし」


「あたりまえでしょ! 友達が困ってるのに見捨てられないわよ!」


「いいこかよ! 疑って悪かったよ! 千帆の言うとおりだよ! 女の子力が高いよ! 天道寺さんってば、混じりっけなし100パーセントの女の子だよ!」


「そんなことないって、ほら、女の子にも言えないことはあるし……。男の子が思っているほど、そんな綺麗なものじゃないからさ、女の子って」


「その切り返しまで含めて満点だよ!」


 もはや僕には天道寺さんを疑う気なんて少しもなくなっていた。

 かわいいのですべて許してしまっていた。

 かわいいは本当に正義だった。


 いやまぁ、ふざけて言ったけれど、本当に彼女が黒幕ならこんな風に未来の話にくいついてこないしね。全部彼女の知ってることだしね。

 冷静に考えても、彼女が黒幕という感じはしなかった。


 結局、この話し合いで僕が得たのは、天道寺さんが完璧な女の子――可愛い物はもちろん、コイバナとかが好きな思春期の――ってことだけだった。

 そんなこと知ったところでどうにもならないっての。


 ただ、天道寺さんへの僕の好感度が爆上がりするだけだった。


 そう、もう、何を聞いても上がるばかりだった。


「そういや、なんでこんな所に天道寺さんは居るのさ?」


「見てたでしょ。志野が今度出す同人誌の推敲よ。あの娘、私しかそういうの見てくれる人いないのよ。前にたまたま見たらそれからずっと頼まれててね。別に友達って訳でもないんだけれど、あんな風に頼まれたら断れないわ」


「おくゆかしいかよ」


 まったく実態がつかめなかった志野さんとの関係も。


「その格好はどうしたのさ? スク水にパーカーって? 添削の時も、なんかスク水姿だったよね」


「次の授業がプールだからよ。どうせ志野のことだから、昼休みいっぱい使って添削することになると思って。先にこの部室で水着に着替えておいたのよ」


「あー、そういう」


「そしたら鈴原がなんか入って来て。それで、流石に恥ずかしいからパーカー着たの。もうっ、千帆が知ったら怒るから、この格好の話は二人だけの内緒ね!」


「やさしみ。やさしみしかない。ほんとてんし」


 その男子の目には刺激的な格好についても。


「そういや志野さんはどこに?」


「どこにって、授業に決まってるじゃない。今、何時だと思ってんの?」


「あ、そっか。もう授業中かこれ」


「そうよ、普通に今、体育の授業中だからね。鈴原が気を失っちゃって、放っておくわけには行かなかったから、私だけ残ったのよ。ほんと良い迷惑だわ。まぁ、楽しくなかったわけじゃないけれど。友達にもなれたし……ネ」


「とうとさのきゃぱおーばーできょうぼくしぬな」


 志野さんの行方についても。


「あ、そうだ、私からも聞きたいことがあるんだけれど……」


「なになに? 言ってみそ、聞いてみそ?」


「あ、あのね……。私って、その、未来で彼氏的な人っているのかなぁ……?」


「うふふっ、ほんと乙女だなぁ、天道寺さんって」


「あーっ! あーっ! やっぱなし! 聞かなかったことにしてぇー! ていうか、聞いたらちょっとがっかりしそうだから! ごめん! 今のなしで!」


 そして、自分から質問しても。

 うぅん、気になるよね。そりゃ、気になるよね。乙女として自分の恋愛遍歴は。

 その質問、タイムリープモノの女の子の質問的に百点満点だと思います。


 ただ、なんか彼女の彼氏について急にど忘れしたので、答えられないのが申し訳ないけれど。急にスポンと名前を忘れて、思い出せなくて申し訳ないのだけれど。

 変に期待を与えてもあれだし、天道寺さんがいいと言っているのでそこはもう、彼女の言葉に乗っかっておくことにした。


 とにもかくにも。


 聞けば聞くほど天道寺さんの評価が僕の中で上がっていく。

 何を聞いても、なぜか知らないが評価が爆上げする。

 とにかくまぁ、そんな女の子だった。


 怖い、怖いわ、天道寺さん怖い。

 いいこ過ぎて怖い。怖いけれどしかたない。

 だって、彼女本当にいい人なんだから――。


 まぁ、そんな訳で。


 総じていい人。

 天道寺さんの評価が僕の中でそう固まった。

 怪しいところなんてもうありません。性格はもちろん、気立てまでまるっとまとめて保証できる、彼女は完璧な女の子だった。


 とほほ。

 結局、また僕の勘違いだったか。


 僕の勘ってほんとなんなの。

 ポンコツ過ぎて嫌になるんだけれど。

 こんだけ外すとかあり得なくないですかね。いや、ホント。


 さて、それはそれとして、天道寺さんは黒幕候補から外れ、またしても僕たちは、このタイムリープを謎を解くための手がかりを失った。


 思わず漏れるため息。

 そんな僕の前で、パイプ椅子に座って心配そうな顔でこちらを窺う天道寺さん。

 マジでこれは心配してくれているな。


 パイプ椅子の上に脚を乗せてなんちゃって正座スタイル。灰色のパーカーを膝下に巻き込んで、チラリズムを防止する。姿からしてほんと乙女だ。


 そんな天道寺さんがうぅんと唸る。

 しばらくして、彼女は、はじけたように笑顔になると人差し指を上げた。


「だったらさ、私がそいつと会ってみれば、何か分かるんじゃないかな?」


「……ほう?」


「本人の私が会えば、そいつが何者か分かると思うの! 相手もびびるだろうし! まぁ、何も分からなかったごめんだけど……何もやらないよりはいいと思うの!」


 なるほどな。

 まだ可能性が消えた訳じゃないが、あのバニースーツに白パーカーの女が天道寺さんの偽物だとして、本物の天道寺さんと鉢合わせればボロがでるってか。

 悪くないアイデアだとは思う。


 ただ――。


「けど、どうやって?」


 どうやって彼女に会うのかという疑問は残る。

 そもそも彼女がいつどこに現れるかどうかも分からないし、天道寺さんの真似をしている――かもしれないということしか僕らは分かっていないのだ。


 会いに行こうにも会いに行けない。

 なのにどうするのか、策はあるのだろうか。

 とまぁ、そんなことを思って天道寺さんを見ると、彼女はうーんと唸ってから、軽い感じに指で宙をかき回した。


「ほら、そいつは時を巻き戻すタイミングで出てくるんだよね? あと、前回のループで鈴原たちと一緒にいた人間もループに巻き込まれたんだよね? だったら、その巻き戻すタイミングに、私も鈴原たちと一緒に居ればいいんじゃない?」


「なるほど、もう一度ループするとして、巻き込まれた人と条件を揃えるのか」


「そういうこと。まぁけど、もう一回同じタイミングで起こるかは不明だけれどね。そこはギャンブルになっちゃうかな」


 けど、あながち間違ってない気がする。

 今の僕たちにできることだとも思う。

 それは妥当な提案だった。


 やるな天道寺さん。

 なかなか、彼女は頭も切れるようだ。


 千帆や相沢たちと相談する必要があるかなとも思ったが、その必要もないくらいに有効な手段だ。というか、現状新たに試せることはこれくらいである。僕は独断で彼女の暗に乗ることを決めると、うんと首を縦に振った。


「分かった、それ、実際にやってみよう。けど、いいのかい、巻き込んじゃって?」


「いいのいいの! 友達じゃない、これくらいどうってこと……」


 そう言って、少し天道寺さんの顔つきが怪しくなる。

 すぐさま彼女はパイプ椅子から飛び上がると、部屋の隅に置いてあったバッグに飛びつく。取り出したのは、かわいらしい焦げ茶色の手帳。


 日記タイプなのだろう、スピンを引いて開いた場所を確認すると、彼女はあちゃーと声を上げた。すぐに空いている手で、彼女は自分のかわいいおでこをたたく。


 どうやら何か既に予定があったようだ。


「しまった。私、明日は既に用事を入れていたんだった」


「用事?」


「うん。京都の方でバイトしているんだけれど、それのシフトが入ってた。ごめん、何時だっけ、その、前のループが起こった時刻って?」


「厳密な時間は分からないけれど、夕方の五時くらいだったかな?」


「本当? 三時でバイト終わるから間に合うかな? それから合流でもいい?」


「いいよ全然。なんだったらバイト先まで迎えに行くけど」


「ほんとに! それすごく助かる! お願いしちゃっていい?」


「うん、構わないけど」


 まぁけど問題ない。

 彼女の都合が付かないのなら、こちらの都合をあわせればいいだけだ。

 そもそも僕たちに、何かしなくちゃいけないことがある訳でもない。暇だったから、前のループはあぁして祇園祭に行っていた訳だからね。


 全然問題なんてない。

 そんな訳で、明日の僕たちの予定が早くも決まったのだった。


「そうだ。鈴原の携帯って地図アプリ使える?」


「あ、どうだろ。パケ死するから、あんまり使ったことないなぁ」


「それなら私がバイト先で使ってる名刺を渡しておくわ。裏に簡単な地図が載ってるから、それを見てちょうだい」


「へぇー、名刺なんて持ってるんだ。なんのバイトしてるの?」


「ふふっ、それはお店に来たとき教えてあげるよ。あ、千帆は私のバイト先のことを知ってるんだった。そっか、千帆に案内して貰えばよかったんだ」


 そう言いながらも、天道寺さんは僕に名刺を僕に渡す。


 喫茶店だろうか。店名らしい『March Hare』とだけ表には書かれている。

 裏に返せば、先ほど言ったように簡単な地図と電話番号が印刷されていた。

 おそらく、これは河原町の上の方。木屋町のあたりだ。


 しかし、名刺のはずだけれど、そこに天道寺文の名前が見当たらないのはどうしてなのか。よく分からないなと首をかしげると、天道寺さんが僕の手を握った。


 どきりと心臓が跳ね上がったのは仕方ない。

 彼女ほどの美少女に手を握られれば、どんな男でも緊張するというものだ。


 細い指先が僕の手の甲を撫でるのを感じながら、僕は天道寺の方を向く。

 切なげな美少女のおねだり顔。男を惑わす表情に、僕は妻帯者だということも忘れてちょとっとくらりと頭が揺れた。ほんと、この娘のしぐさの破壊力よ。


「これ、名刺兼会員証にもなってるから。入るときに受付で提示してね?」


「……なにそれ、大丈夫なバイトなの? 怖いんだけれど?」


「大丈夫よ。ほら、京都だから。一見さんお断りって奴」


 なるほどね。

 ならまぁ、理解できるかも。


 一見さんお断りの店で働いているっていのも、それはそれで怖いけれど。

 まぁ、天道寺さんが言うなら心配いらないだろう。なんだかんだで、彼女は信頼できる人間だ。そこは黙って信じることにした。


「そうだ、明日の件について、千帆には私から連絡しておくわ。面白い話も聞けたし、これくらいはしなくちゃね。もし事前に集まるとかなら二人で話しておいて」


「あぁ、うん、助かるよ。ありがとう」


「それじゃぁ、また、さっきの話の続きなんだけれど。プロポーズって、どっちからしたの? やっぱり、男の鈴原からしたの?」


「えぇ、ちょっと、それ聞いちゃいます? それ、言わせちゃいます?」


 時刻はまだ、13:25を回った頃。

 体育の授業は二限続けて。だいたい15:00前くらいだ。まだ一時間半ある。

 途中で入っていけば、嫌でもクラスメイトの目に付く。


 サボってしまったからには、ちゃんとサボりきらねばならない。

 まだまだ、僕たちのコイバナは続きそうだった。


 楽しいから、いいんだけれどね。


「そう、あれは付き合い始めて6年目のことだった」


「ほんほん、ふんふん」


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