第29話 魅惑パーカースク水女子に土下座でエロい

「……ふはっ! びっ、びっくりしたぁ! よかった、生きてる!」


「あら、お目覚めかしら変質者さん」


 茶色く汚れた天井。本がかびた匂い。そして夏なのに冷たい床。

 天井を向いて寝転がっていた僕が目を覚ますと、そこは暗い部屋の中だった。

 聞こえる蝉時雨や生徒達の息づかいに、昼間かつ学校ということが分かる。


 いったいどこだ――とまるでサスペンスドラマのように反射的に考えたけれど、よく周りを観察すればすぐにどこだか僕には分かった。


 図書準備室。文芸部の部室だ。

 さっきのぞき込んでいた部屋にそれは間違いなかった。


 部屋の真ん中。パイプ椅子に腰掛けて、一人の少女がたたずんでいる。

 灰色で光沢のある化繊のパーカーを羽織った彼女は、暗闇の中でもよく映える白い脚を組み替えると、僕の方に冷たい視線を向ける。


 彼女の動きに合わせて揺れるのは、闇の中でもまばゆい金髪。


 天道寺さんだ。


 けれど――。


「……天道寺さん。いったいどうして?」


「あら、それはこっちの台詞よ?」


「どうしてそんなパーカーから出ている脚の肌面積が多いんです? もしかして下にスカート穿いてないんですか? 痴女? 痴女なんですか?」

 

「ちょっと! こっちがキメてるんだから、少しは空気読みなさいよ!」


 その格好がめちゃくちゃどエロかった。


 これが普通の女の子だったら僕もそんなに驚かない。やだもぉー、ちょっとちょっと、その格好やめようよぉーくらいのノリで済ましていた。


 けれど、あの天道寺さんである。

 高校一の美少女、天道寺さんである。

 絶句するのは仕方ないし、妻のある身であってもキョドるよこれは。


 とにかく。

 高校一の美少女の天道寺さんが、椅子に腰掛けるとパーカーの裾から、その艶めかしい生足をこれでもかとまろび出していた。

 しかもなんか、パーカーの下は裸とばかりに脚だけ露出していた。

 裸パーカーの可能性、ワンチャンあるんじゃないって感じだった。


 はかいりょくがたかすぎる。

 

 どうにかなっちゃいそう。


「仕方ないじゃない! アンタが突然やってくるのが悪いのよ! 私だって、着替えたかったけれど、アンタがいつ起きるかわからないから着替えるに着替えられなかったの! 察しなさいよね! この鈍チン! そんなだからダメなのよ!」


 さらに、それを指摘されて、顔を真っ赤にして唸る姿も可愛らしい。


 あと、典型的なツンデレムーブも。

 これは高得点ですよ。


 懐かしいなぁ。

 それこそこの頃、ゼロ年代はこういうキャラが大人気だったよね。

 シャナとかルイズとか凜ちゃんとかハルヒとかかがみんとか。


 こういうちょっとポンコツな所まで含めて、ツンデレって感じだよね。


「……なんか、天道寺さんって、もっとクールな人だと思ってた。意外とコメディリリーフなんだね」


「誰がコメディリリーフよ!」


「そこで有無を言わさずすごまない所がまさにそれだよね」


「できる訳ないでしょそんなこと! お、お、男の子と話すことだって、普段、そんなにないのに……! そんなの、私には無理よぉ……!」


 あらやだ可愛い。


 未来での交友関係で、彼女がかわいいもの好きなのや、奥ゆかしい性格しているのは知っていたけれど、ここまでかわいいだなんて。

 男の子と話すだけで恥ずかしくて顔を赤らめるとか、ちょっともう、最高のウブウブ女子じゃないですか。男の子の庇護欲を刺激する奴ですよ。


 なるほど、こういうことね。

 これは女の子力高いわ。千帆の言うとおりだわ。


「外見も天使なのに、中身も天使とか。実は本物の天使だな天道寺さん」


「人間に決まってるでしょ! 変なこと言わないでよ、バカ! なによ天使って! やめてよ、むずがゆいでしょ! けど、ありがと!」


「ちゃんとお礼言うところほんと天使」


 こんなん既婚者じゃなかったら男は惚れてまうでしょ。


 お高くとまっている金髪クールガールが実は中身天使ちゃんでした。ネット小説のタイトルみたいだけれど、まさしく天道寺さんはそんな感じの女の子だった。


 千帆がいなければ、僕も危なかった。

 妻がいるから耐えられた。

 独身だったら耐えられなかった。


 って、すっかり高校時代の天道寺さんに絆されていたが、こんなことをしている場合じゃない。なにこれ、いったいどうなっているの。

 どうして僕、図書準備室なんかに寝ていたの。


 その時、天道寺さんがそれまでの天使のスマイルを消す。

 代わりに邪悪な微笑みを浮かべると彼女は僕へその視線を向けた。


 なんだ、その悪い顔は。

 やっぱり天道寺さんはタイムリープの黒幕なのか――。


「ふふっ、どうやら自分が何をされたのかまるで分かっていないようね?」


「なっ! まさか、僕の記憶を消したとでも言うのか、天道寺さん!」


「そういうことになるかしら……」


「そんな! やっぱりそうだったのか!」


「あら、いい顔をするじゃない。もしかして、断片的に思い出したかしら?」


「天道寺さん、こうなったら、僕も覚悟を決めるよ」


「そう。なら、私も覚悟を決めようかしら」


 僕はその場で起き上がると体勢を立て直す。

 そして、目の前のパイプ椅子に座る天道寺さんを下から睨んだ。


 もしかすると、既に天道寺さんに身体や意識を弄られているかもしれない。僕が抵抗しようとした瞬間、彼女に身体を操られる可能性もある。

 けど、ほんの少し、わずかな時間なら、僕の思うとおりに動けるはずだ。


 その一瞬に、僕は僕たちの未来を賭ける。


 天道寺さんが動いた。

 パイプ椅子から立ち上がった彼女の身体が揺らめく。

 その動作が完了するのを確認するより早く、僕も身体を動かしていた。


 膝を折り。腰を落とし、頭を垂れる。脚の指先に力をこめ、クラウチングスタートのようにお尻を突き上げると、僕はそのまま――。


「お願いします! この通りですから、僕たちを未来に帰してください!」


 天道寺さんに土下座した。

 恥を偲んで土下座した。


 いい歳した――外見は高校生だけれど――おっさんが、女子高校生に土下座した。

 土下座して、お願い元の世界に返してとお願いした。


 そう。

 もうここまで詰んじゃってたら何もできない。

 その上、ラスボスが攻めてくるとかもう無理でしょ。

 バトル系タイムリープモノなら、主人公が機転を利かせる場面だけれど、僕はほら、ただの無力なおっさんじゃないか。


 だから、もう、女子高生に土下座するしかないんだな、これが。


 お願い、元の世界に戻してって。


 情けない。実に情けない行動だ。

 けどね! 男は、家族を守るためなら、どこまででも卑屈になれるんだ!


 そんな訳で、僕は全力で天道寺さんに土下座をした!

 お願いだからこんなこともうやめようって! 元の世界に戻してって!

 僕の全身全霊まごころと誠意を込めて、渾身の土下座をお見舞いした!


 はたして、僕の一世一代の大土下座を受けて彼女は――。


「ごめんなさい! 辞書で殴ったりして! あの時はちょっと気が動転していて! なんでもするから、このことはどうか内密に!」


「……え?」


「……え?」


 土下座でこそないが、僕に向かって頭を下げてくるのだった。


 うん、まぁ、うん。

 これはあれだね。

 お互いに話がずれてるかんじだね。


 えっと。


「待って? 天道寺さんがタイムリープの黒幕で、君のことを探ろうとした僕を捕まえて、今まさに記憶操作したとかそんな話じゃないの?」


「いやいや、君のことを私が辞書で殴っちゃって、それで君がこの部屋の前で気絶しちゃって、おまけに記憶が飛んじゃっているみたいだから、詫びているのよ?」


「うん?」


「うぅん?」


 なにこれ、なにこれ、どういうこと。

 え、なに、お互いになんか謝ろうとしてたってこと。

 というか、もしかしなくても、黒幕やら記憶操作は僕の勘違いってこと。


 はー、なるほどー、そうかー、そうだよなー。

 千帆の時にも思ったけど、記憶操作したのにわざわざ顔出す必要ないよいな。


 うぅん!


 はいまたこれ、今日二回目の勘違いでやらかした奴。

 タイムリープモノの主人公のノリで勘違いした奴。


 なーにやってんだか、このバカチンが。(白目)


「ご、ごめん、天道寺さん。なんか、変なこと言っちゃって」


「う、うぅん、私がそもそも原因だし。勘違いさせるようなこと言った、こっちにも問題はあるから」


 そして気まずい。すこぶる気まずい。

 僕と天道寺さんは、宿命の出会いみたいな空気を一気に霧散させて、なんか恥ずかしやらかし二人組という感じで、お互いから目を背けるのだった。


 うぅん。この応答は間違いない、天道寺さんはシロだな。

 僕はおかげで赤っ恥二連発だけれど、彼女の身の潔白が証明されてよかった。


 千帆、やっぱり君が言った通り、彼女はそんなことする人じゃなかったよ。


 そして、君の旦那は、思った以上にバカだったよ。

 自分でもびっくりするレベルのバカだったよ。


 もう、絶対に金輪際、僕はタイムリープモノの主人公ムーブなんてしないぞ。

 だってこんなのあんまりじゃないですか。


「えっと、それはそうと君、なに記憶操作って? 私がこの一連の事件の黒幕って、いったい何の事件なの? なに、君の中で私って、どういう設定なの?」


「……ごめん、本当になんでもないんだ、忘れてちょうだい」


「いやいや、無理でしょそんなの。嫌でも気になるわよ、そんなこと言われたら」


「……オネガイ、ユルシテ、オネガイ。イッソ、○ロシテ」


 はい、そして、またややっこしいことになって参りましたよ。


 これ、ほんと先が読めねえな。僕らのタイムリープ。

 ろくでもない展開になって、僕が恥かくのは間違いないんだけれどさ。


 とほほ。


☆★☆ 執筆の励みになりますので面白かったら評価・フォロー・応援していただけるとうれしいですm(__)m ☆★☆

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る