第28話 昼休み百合ユリ図書準備室でスク水&文学少女がエロい

 いろいろとあったが僕たちは屋上前のスペースに腰を降ろして昼食に入った。

 僕を中央に左手に千帆、右手に相沢。昨日のように両手に花状態である。


 ほんとハーレム漫画のワンシーンみたいだ。

 片方が妻なので鼻を伸ばしたらぶっ飛ばされるけどな。


 そんななんとも画になる感じで、弁当の底を箸で突きながら、僕たちはこれからの方針について忌憚ない意見を出し合あった。


 三人寄れば文殊の知恵。

 相沢が増えたことで、推理の幅は広がるかもしれない。

 前のループで僕は頓珍漢な推理をしてしまったが、まぁこうして彼女が仲間になったのだから結果オーライだ。


 しかしまぁ、ほぼ議題は決まっている。

 朝にも話し合った通り、僕たちはループする前に見たあの人物――バニースーツに白パーカーの女の正体について調べる必要があった。


 つまり、それは千帆の親友を探るということに他ならない。

 そして当然それをみすみすとゆるす妻ではない。


「だからぁー、文ちゃんはぁー、絶対にぃー、違うってぇー! どうして信じてくれないのよぉー、もぉー! あーちゃんとぉー、郁奈ちゃんのぉー、わからずやー!」


「いやけど、本当にあれは天道寺さんで」


「そうでしたよ千帆さん! あの人、絶対怪しいですって!」


「けどぉー、文ちゃんは違うのぉー! 私の友達がぁー、そんなことする訳ないじゃなぁーい!」


 あの光景を見ていないのもあるが、親友の関与が信じられない千帆。

 僕たちが見た光景については信じてくれたが、あくまでそれは別人であると彼女は言い切った。親友を信じたいのだろう、それが天道寺さんではないと言い切った。


 彼女は断固として僕たちの天道寺さんの調査に抗議してきた。

 こうなると、千帆を説得するのは難しい。


 しかし、現状で最も怪しいのは間違いなく天道寺さんだ。


 これを調べずに放置することはできない。


「ほら、もしかしたら、天道寺さんが誰かに操られているのかもしれないし」


「あの文ちゃんがぁー、操られる訳ぇー、ないでしょー! なに言ってるのぉー!」


「なにその親友のメンタルに対する絶大の自信。というか、天道寺さんって何者なのさ。言うて彼女も人間でしょうよ」


「あーちゃんはぁー、文ちゃんのぉー、女の子強度をー、甘く見過ぎよぉー!」


 女の子強度とは?


 あまり聞いたことのない台詞に僕の脳内グーグル先生がタイムアウトする。

 検索ヒットゼロ。どういうこと、どういう意味と聞き返すと、千帆は「上手く説明できないんだけれどぉ」と口ごもった。


 よくわからないが、親友を信頼しているらしい。

 いじらしい妻に少しほろりと来た。


 だが、僕には彼女たちの友情よりも僕たちの未来の方が大切だ。

 やはりなんとしてでも調べたい――。


「とにかくぅー! 文ちゃんを調べるっていうならぁー! 私が相手よぉー! 絶対にぃー! そんなことぉー! させないんだからぁー!」


「どう説得したもんかねこれ」


 だが、千帆がかたくなにそれを拒否する。

 ほんとどうしたものか。


 仕方ない、ちょっと卑怯な論調になるけれど、背に腹はかえられないよな。


「……千帆。一つだけ、確認してもいいかな?」


「なにぃー、あーちゃーん?」


「君の天道寺さんへの思いやりは分かった。けれど、彼女を庇うことで、僕たちが元の未来に戻れなくてなってもいいのかい? それでもいいなら、僕は妻である君の意思を今回は尊重するよ」


 お願い、それだけ答えてと、僕は千帆に訪ねた。


 ちょっと卑怯な話方だと我ながら思う。

 命令でも強要でもなく自分で考えて決めてくれだなんて。


 こんな不安しかない状況で、大丈夫ですなんて言い切れる訳がない。

 いくら千帆が脳天気だからって、この状況でうんなんて言えない。


 案の定、千帆は非常に苦しい顔をした。

 僕がもし、言ってと強要していたなら彼女は首を振っていただろう、言えないのかいと直接的に聞いていたら言えないと意地を張っただろう。


 僕も千帆とは付き合いが長い。

 すねたり意固地になった嫁をどうすれば素直にできるかくらい心得ている。

 こういう場合、こちらから具体的な話の可否を尋ねるより、向こうに考えさせて喋らせる方が効果的だった。


 はたして千帆が諦めたようにため息を吐く。


「いいよぉー、わかったよぉー、じゃぁ聞きに行けばいいよぉー」


「……ありがとう、千帆」


「けどぉー、私は一緒に行かないからぁー! あーちゃんたちだけでぇー、聞きに行ってよねぇー! あとぉー、余計なこと聞いちゃ駄目だよぉー!」


 分かった約束するよと彼女にうなずく。

 かくして僕はようやく、天道寺さんについて調べる許可を妻から得たのだった。


 うぅむ。


「けど、心配なら一緒に来てくれればいいのに」


「友情にもぉー、いろいろな種類があるしぃー、できることとぉー、できないことがあるのぉー。わかってぇー、あーちゃーん」


 よく分からないな。

 男の友情しか僕は知らないし、女の友情はまた仕組みが違うんだろう。

 そう思っておくことにした。


 ということで、お昼の方針会議はお開き。

 僕が機を見て天道寺さんに接触するということで結論が出た。


 お昼休みも残すところ半分を切った。


 僕のクラスの次の授業は体育である。

 女子はプールで男子は外で野球。このクソ熱いのにしんどいことしんどいこと。

 授業開始前までに着替えないといけないので、もたもたとしている暇はない。


「あーちゃーん、次の授業体育だったよねぇー?」


「ここは私たちに任せて、センパイは先に教室に戻ってください」


「ほんと? ありがとう! 恩に着るよ、それじゃぁ……」


 妻と後輩が優しい。

 なんだよ、もっと普段からそうしてよ。

 いつも僕のことを、どうやってセクハラしてやろうかとか、そんなこと考えている訳じゃないのね。たまにはそうやって、普通に助けてくれるのね。


 ちょっとうれしい。


「うんー! すぐに片付けてぇー、のぞきに行くからぁー! その時ねぇー!」


「センパイ、ちゃんと見せパン穿いてますよね! 恥ずかしいのはなしですよ!」


「きみらほんとのりいいよね。まるでほんとうのしまいみたい。せくはらしまい」


 感動を返して。


 ひどい、このセクハラ姉妹が酷い。

 二人揃って酷い。

 もうやだ。


 女の子がなに言ってんの。

 キレ気味に怒鳴ってから僕は彼女たちに背中を向けた。

 まったく。本当にもう、あの二人と来たら、こんな時まで僕をからかうんだから。


 階段を降りてすぐの三階の通路。

 ふと、僕は図書準備室――というか志野さんが気になって立ち止まった。


 彼女は無事にあのプリントを整理できただろうか。

 まぁ、流石にこの時間だ。既に彼女も更衣室に移動しているだろうが――。


「……あの志野さんだしなぁ」


 彼女、最初のループの時に遅刻してクラスに入ってきたよな。

 あれ、たぶん部室にプリントを運んでて遅れたんだよな。


 僕にぶつかった時から逆算しても、移動だけにそんなに時間はかからない。たぶんそのあと、図書準備室でなんかしていて、それで遅刻してしまったに違いない。


 となると、昼休み開けの授業も遅刻しそうだよな。


 それ、まずそうだよなぁ。

 別に僕には関わりのないけれどさ。


「……まぁ、居たら声かけるくらいで、ちょっと覗いてみようか」


 妙な親切心が僕の中に芽生えたのは、迷惑をかけてしまった罪悪感からだろう。それと彼女が将来のお隣さんだからだと思う。

 なんにしても、僕の中でちょっとお節介の血がうずいた。


 千帆たちに気づかれないように、図書準備室の前へと移動する。こっそりと、僕はその扉の前で、聞き耳を立てて中の様子を窺った。


 物音、それに複数の話し声。

 どうやら中には人がいるようだ。


 しかし、何を話しているんだ。雑談にしてはなにか抜き差しならない感じだが。


「……ふん。相変わらずラジオ天気予報のほうがわかりやすい文章ね。よくもまぁ、こんな酷い文章で即売会に出る気になるわ。小学生から国語の勉強をやり直したら」


「うぅっ、すみませぇん」


「楽しんで書くのは結構だけれどね、それだけじゃ上手くならないわよ。もっと、読み手に礼を尽くしなさいよ。まったく、毎回毎回、推敲もろくにしてない駄文を読まされて、こんなものを売るのかしらと気が滅入る私の身にもなってよね」


 おっと?


 なんだ、この大物作家の上から目線添削感。

 いや知らないけれど、なんかくそだるい感じのは分かる。


 なんだろうこころがいたい。


 社会人やってると、書類なんてクソほど書くから、割とこんなこと言われるよね。作家でなくても文章能力についてはいろいろ言われるよね。つらみ。


 しかし、なんだこれ?


「もしかして、いじめられてるのか? 志野さんだよな、虐められているの?」


 声の感じから、それは間違いない。

 怒っている方は分からないが、怒られている方は志野さんだ。


 けど、それはそれで、なんで。


 彼女は文芸部の部長じゃないのか。

 なんで一番偉いはずの部長が、こんな酷評をくらっているんだ。

 というか、誰だよこんな酷いことを言うの。


 謎だ。まったくもって謎だ。謎だが、これ――。


「放っておけないよな。けど、僕、部外者だし。どうしよう」


 どうしたらいいんだろうか。判断に困る。

 正義感丸出しで、部屋に突っ込んでもいいものか。当人同士が納得しているなら、別に僕がケチつけることでもないし。


 うぅん。志野さんを助けてあげたいけれど、何もできない。


「そうだ、とりあえず、どういう状況か確認だけしよう」


 まだ声だけしか聞いていない。

 そのやりとりだけで、虐めっぽい空気は伝わってくるけれど、もしかすると実際は逆かもしれない。志野さんがふんぞりかえって椅子に座っており、この暴言を吐いている人――おそらく女性――が、地べたで転がっているとかもあるかもしれない。

 あったらギャグ漫画だけれど。


 なんにしても、一度部屋の中の状況を確認しなくては。

 僕はゆっくりと、本当にゆっくりと準備室の扉に手をかけると、その端のゴムの部分に力をこめて横に引いた。


 はたして、隙間から見えた暗い図書準備室の景色は――。


「ほら、また誤字があるわ。ここにも、ここにも。これは誤用だし、脱字も。もう、1ページに10箇所って。いいかげんにしてよね。貴方もう、正しい文章より間違った文章書いてる方が多いんじゃないの?」


「す、すみません、すみません……」


「謝らないでよ。謝るくらいなら、もうしてあげないわよ」


「いやです! お願いです! してください! でないと、でないと私!」


「まったくしょうがないわね。こんなに恥ずかしいものを見せつけて」


「いやぁ、言わないでぇ……」


「なら、やめるわよ?」


「それもいやです! お願い、お願いだから、私にしてください!」


 思わず、僕は息を呑んだ。


 暗い準備室の中、パイプ椅子に座っている文学少女こと志野由里は、その背後から首元に絡みつくようにもたれかかる少女に、辛辣な言葉を浴びせられていたのだ。


 顔は真っ赤に紅潮し、千帆よりも奔放な、年齢に不相応な肉体には、汗が上気してまとわりついている。いや、汗だけではない。背後から彼女に覆い被さっている、少女の吐息さえもその身に受けて、彼女の身体は火照り熟れていた。


 その身体の疼きが指先を震わせる。

 おそらく手書き派なのだろう。ペンだこで節くれ立ったその物語を紡ぐ指先が、震えながら大事なそれをなぞると、彼女は恍惚の表情を浮かべる。


 それを見て、彼女の背後にいる少女は、「なにを一人だけ楽になろうとしてるのよ」と、言うなり彼女の指先に自分の指を絡めるのだった。


 なんていうことだ!

 これは、なんて!


 なんてエロくて背徳的な――!


「け、消させてー! この段落! もうまるっと消させてください!」


「ここ消したらますます意味不明になっちゃうでしょ! だから、なんで貴方はそう楽な方に楽な方に逃げるのよ! もっと苦しみなさいよ!」


「もう、苦しみ過ぎて、くたくたなんです! 二徹目なんです!」


「二徹してこのクオリティの方がヤバいわよ! ほんともう、才能ないのになんで創作しようとするのか、理解に苦しむわ! もっといろいろあるでしょ!」


「うぅっ、酷い、酷いです、天道寺さん。もっと優しくしてくださいよぉ」


「貴方が酷い文章書くのが悪いんでしょ! もう添削しないわよ!」


「いやぁー! やめてぇー! 読んでくれるの貴方だけなのぉー! おねがーい! なんでも、なんでもするからぁー! お願いだから添削と感想をちょうだーい!」


「なんでもするっていうなら、まずはまともな文章を書いて! 志野さん!」


 うん。


「なんて! エロい! 添削!」


 彼女たちは添削をしていた。

 暗い、文芸部の部室兼図書準備室で、どエロい添削をしていた。


 あまりのどエロさに、たまらず声をあげていた。

 覗き見とか忘れて僕は叫んでいた。だって、こんなエロいのをビンビンに台詞で匂わせて、やっていることがマンツーマンでの添削とか、誰が想像できるかよ。


 誰だって、きっと叫んじゃうね。

 僕だって、叫んじゃったからね。

 しかたないね。


 そして、大声上げれば、気づかれるのはしかたないね。


「誰っ!」


 まるで声だけで人を殺せそうな強烈な威圧。

 そんな叫びと共に、志野さんの背後にスタンバイしていた、金色の髪の乙女はこちらを睨んだ。


 間違いない、その金髪、その白い肌。

 そして――紺色のスクール水着の前に書かれた名札の文字は――天道寺。


 志野さんの後ろにいるスクール水着姿の少女は天道寺さんだった。


 そう、うん、そうなんだ。


 うん。


「なんでスクール水着なのさ! どういうこと!」


「えぇっ! うっ、うるさいわねぇっ! 志野さん、ちょっと借りるわよ!」


「あっ、天道寺さん! それ、人が○せる辞典だよ!」


 飛んでくる、分厚い分厚い国語辞典。広いという字がよく似合うそれは、同じく、僕の広いおでこに激突すると、僕の脳をただ一撃で震盪せしめた。


 お見事!

 そんなことを思いながら、僕の意識は遠のいた!


 お父さん、お母さん、千帆ごめん。

 スク水女子に辞典で頭を殴打されて死ぬ人生とかちょっと想像していなかった。


 恥ずかしい死に方でごめんよ。

 たぶん気絶するだけだけれど。


 けど、もしそのまま恥ずか死したら、そのときはもうしらんぷりしてください。


 とてもみなさんにおみせできるしにざまじゃありません。

 しくしく。


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