第27話 昼休み文化部の隠れ家でシャツ&スク水がエロい

 驚いた。

 僕の後ろの席に座っているのが、未来のお隣さんの志野さんだっただなんて。

 しかも、彼女がうちの学校の文芸部の部長だったなんて。


 人生、奇妙な縁というのはあるものだが、こんな所で繋がっているとは。

 僕も予想していなかったし、そもそも予想できるものでもなかった。


 そして――。


「すかー、ぴー、すかー、ぴー」


「すごくわかりやすく寝てる」


 意外と高校時代の志野さんがアナーキーだっただなんて。

 誰が想像できるかよ。


 あきらかに外見だけなら、真面目系文学少女って感じじゃん。

 いや、最初のループで遅刻してたけどさ。

 けど、これはいくらなんでもギャップが酷すぎるよ。


 確かに、オフですこぶるズボラな感じがする未来の彼女。

 けれど、昼間の仕事をしている時にはカッチリした姿をしていると千帆から聞いていた。人の目がある場所では自分を律しているんだろうと思っていたのに。


 まさか、授業を爆睡とは。

 しかも一限目や二限目だけならともかく、午前の授業全部寝て過ごすとか。

 おまけに四限目の授業の終わりに、先生に本で頭をたたかれ「はぇっ!」とか叫んで飛び起きるとか。


 こんな濃いキャラしていたのに、どうして僕は彼女のことを忘れていたのだろう。

 割と体つきも――未来の姿を彷彿させる感じなのに。


 こんなに近くにいたのだから覚えていてもいいだろうに。

 相沢といい彼女といい、高校時代の僕はいったい周囲の女性をどう見ていたのだろうか。我ながらちょっと過去の自分が嫌になってしまった。


 いや、たぶん、千帆のことしか考えてなかったんだろうな。

 あれだけ派手に喧嘩したくせに、それでも大学一緒にしたくらいだから。母さんとお義母さんの話を盗み聞きして、千帆の志望校に合わせたくらいだから。


 それはそれで酷いストーカー気質だな。

 人の顔を覚えないボケやろうか、幼馴染に執着するストーカー野郎。どっちに転んでも人間のクズ。どうしようもない。とほほ。


 とまぁ、僕の話はそのくらいにして。


 ほんと妙な話だ。

 まさか、こんな所で思わぬ未来の知り合いと邂逅するなんて。


 もしかしてだけれども――。


「彼女もまたタイムリープに関係する人物だったり」


「……どうした鈴原? なんか難しい顔して?」


 いや、そんなことないよなと首を振る。

 たまたま、僕が彼女の存在に高校時代に気がつかなかっただけだ。単なる偶然を、特別な意味のある出来事だと思い込もうとしているだけだ。


 なんでもないよと杉田に返事をすると、ほんとかよと彼は心配してくれた。

 相変わらず親切な友人である。いよいよタイムリープの理屈まで分からなくなり、どうしようもない状況だというのに、彼のおかげで少し気が楽になった。


 ただ、いくら未来の頼り甲斐のある親友で、過去でも何かときさくに接してくれる杉田でも、タイムリープの問題については相談できない。

 これは未来から来た僕と千帆たちの問題だ。

 相沢は巻き込んでしまったけれど、本来なら僕たちでなんとかするべきことだ。


 僕は、本当になんでもないからと苦笑いで誤魔化した。

 察しの良い杉田だ、こちらにも事情があることを分かってくれるだろう。


「そうか。まぁ、気が向いたら言ってくれよな。俺たち、親友だろ?」


「あれ? なんか好感度上げるイベントありました?」


「んふふー、天道寺から聞いたぜ? 幼馴染の西嶋千帆ちゃん! たしかさ、バレー部のめちゃくちゃかわいい娘だよな!」


「……おまえ、まさか」


「紹介しろよぉー! なぁー、いいだろぉー? 親友ぅー?」


 前言撤回。

 こいつただのスケベ野郎だ。


 なにがバレー部のかわいい娘だ。どうせおっぱいしか見ていないくせに。

 わかるさ、僕がそうだもの。けれどな、千帆の魅力はおっぱいだけじゃない。それが分からないようなにわか千帆スキーに、嫁を紹介することなどできるか。


 やっぱり親切の裏には下心があるんだな。

 ちょっと気分が沈む。


「ぜったいおしえない。前にもそう言っただろう?」


「……あれ? そうだっけ?」


「あ、違う、前のループの時の話か」


「まぁまぁ、そう固いこと言わずにさ。俺も別に、付き合いたいとかじゃないから」


「本当かスケベ野郎。言っとくけど、僕はお前の好みのタイプを知ってるんだぞ。あと、女より野球みたいなスカした顔して、中身が相当なむっつりなことも」


「……え? そんな話したっけ?」


「しまった、これも、未来の話だ」


 いけない。

 千帆の名前を出されて同様したのだろう。応答がちぐはぐだ。


 前のループの話を混同したり、未来の杉田から得た情報を語ろうとしている。

 過去の人間との適切な距離感がまったく取れていない。


 これはまずい。

 さっさと離れておいた方が吉だ。


 えぇい、付き合っていられないとばかりに、僕は自分の机から弁当箱を持って立ち上がる。僕は杉田からとりあえず逃げ出すことにした。

 ただ、一つだけ、どうしても確認したいことがあって、僕は立ち止まった。


「……杉田、お前さ、もし本当に僕が千帆のこと紹介して、千帆が付き合ってくれって言ってきたら、どうする?」


「え、紹介してくれんの?」


「しないって言ってるだろ! 仮定の話だよ! 仮定の!」


「……うーん、そうだなぁ」


 と、むっつり野郎が考えはじめる。

 椅子にのけぞって座った杉田は、しばらく目を閉じて唸った。

 しばらくして、彼はゆっくり目を開くと、まるで多くの愛を知る大物俳優のような素振りで、静かに首を横に振った。


「いや、やっぱお断りする。俺、好きな人いるから」


「……知ってる」


 分かりきっていた返事だけれども、それを聞いて安心する。

 もしかして、杉田が千帆に横恋慕して、このループを引き起こしているのかと思ったけれど、それはやっぱりあり得なさそうだった。


 そう、杉田には――。


「……あれ?」


「ん、どうした?」


「いや、その。お前の好きな人って、誰だったっけ?」


「それはお前、千帆ちゃん紹介してくれないと、俺も教えられないなぁ」


 だから紹介しないっての。

 意趣返しされて腹が立った僕は、もういいよと杉田の前から立ち去った。

 時は昼休みの鐘が鳴ってから数分後のことだ。


 ちょっと妙な気分だった。

 杉田には好きな人が居て、その思い故に僕の妻に手を出すことはない。それは間違いないことだと、彼と長い時間を共にした未来の僕が分かっている。

 そう、彼には間違いなく、誰にも代えがたい大切な思い人がいるのだ。

 この時代から。


 だが――。


「誰だっけ?」


 どうしてだろう、その彼女の名前を、僕はど忘れしていた。


 まぁ、そういうことくらい、生きてればあるよね。

 だいたい友達の恋人だとか思い人の名前なんて、覚えている方が珍しいよ。

 奥さんならばともかく。


 少しひっかかりはしたが、今はそれより考えることがある。

 僕は急いでクラスを出ると、朝に千帆たちと集まった階段の踊り場を目指した。


 生徒達でごった返している廊下を突っ切る。

 そのまま校舎北側――特別教室が連なっている方へ。

 昼休みだが、普通教室のある廊下よりは断然人が少ない。特別教室は基本的に休み時間には出入りができないからだ。


 教室を部室代わりに使っている文化部の部員が、スペア鍵で昼休みに鍵を開け、特別教室を利用していたりすることもあるが――そういうケースは稀。


 校舎北側は学生達が騒ぐ昼休みだというのにすこぶる静かだ。

 なのでそこにある階段――屋上前の踊り廊下は、集まるには最適の場所だった。

 別にまた体育館の倉庫でもいいのだが、あの魔窟は相沢にとって毒だろう。


 三階、図書準備室の横を通って、屋上へと続く階段をさらに登る。

 ふと視線を階段の上に向けると、ちょっと気になるものが目に入った。


 暗闇にもよく映える黄色い看板。

 中央には赤い文字。


 これはあれだ、よくトイレで見る奴だ。


「あれ、掃除中?」


 校内で清掃員さんが掃除の時に使っている掃除中の立て看板。

 どうしてこんな所にあるのだろうか。いや、そもそも、今は昼休みなんだけれど、なぜ清掃員さんたち仕事をしているのだろうか。


 なんにしてもまずいな。待ち合わせ場所を変えるかと思ったそのとき――。


「あーっ、あーちゃーん、いらっしゃーい。待ってたよぉー」


「あれ? 千帆? 掃除中じゃないの?」


 ひょいと、千帆が階段の脇から顔をだした。

 彼女はまるで自分が消えていたことなど少しも気にしていない感じで、階段の手すりからひょいと上半身を乗り出して僕に笑いかけてきた。


「ふっふっふー、これはねぇー、生徒を屋上に入ってこさせないようにするぅー、スペシャルアイテムなのだぁー」


「へぇ、どこから持ってきたんだか」


 けどやるじゃん千帆。

 そんなもの用意するなんて。

 前のループの時と発想は同じだけれど、こっちの方がスマートだよ。なんだい、最初からここで集まればよかったんじゃないか。


 最初のループは失敗だったなとか思いながら、掃除中の看板の横を通る。

 そのまま踊り場で折り返して視線を上に向けると、そこには千帆と相沢が居た。

 どうやら、既に集まっているらしい。


 けれども――。


「なに、その、いかがわしい感じの透明マット?」


「ほらぁー、やっぱりぃー、床に直だと痛いじゃなーい? けどぉー、ベッド置いとくスペースないからぁー、このぉー、膨らますタイプのマットを使ってぇー!」


「いやいやいや! どっからもってきたのさ! そんなの!」


 その足下には、スケベなお店で特殊なプレイする時に使うマットが。


 いや、某健康器具と同じで、表向きはレジャー用品だけれど。

 けど、使用されるのはもっぱらそういうことなアイテムでしょそれ。

 どうして持ってんのさ。

 いつ持ってきたのさ。


 ふっふっふと、腰に手を当てて笑う千帆。

 これはまた嫌な予感しかしない。


「体育館の倉庫にぃー、女子バレー部の影ありぃー! そしてぇー、校舎の屋上前の踊り場にぃー、文化部の影ありぃー!」


「なぁっ! 文化部だってぇ!」


「ここなるはぁー、文化部女子が共有しているヤ」


「わぁーっ! わぁーっ! わぁーっ! 聞こえない聞こえない! そんな文化部女子の間に伝わる、闇の文化なんて聞こえなーい!」


「文化部の友達にぃー、使い方を聞いてきたんだよぉー! あのねぇー、そこの看板立てておくとぉー、暗黙の了解でぇー、みんな引き返すんだってぇー!」


「このがっこうのぶかつやみがふかすぎません?」


「あとねぇー、マットはぁー、汚さないようにぃー、バスタオル敷くんだってぇー。今日ぅー、私がぁー、プールの授業でぇー、助かったねぇー」


「助かってない! 致命傷だよ!」


 まーた君は頼んでもないのにそういうことする。

 どうりで相沢が、なんかぐったりしていると思ったよ。


 横に黄色い足踏みタイプの空気入れが置いてあるけれど、それで膨らましたんだろうな。おつかれ、相沢。そして断ればいいのに、こんなセクハラ依頼。


 さぁ、あーちゃんと僕の名を呼んで、おもむろに上着を脱ぎ出す千帆。

 その露わになった鎖骨の上には、いったいいつの間に服の中に装備したのだろうか、紺色の帯がかかっている。


 うわぁい、うれしいけれどうれしくない。

 超ラブコメみたいな展開。

 絶対やり過ぎだけど。


 ヤの部屋にスク水着てスタンバってるヒロインとか普通に怖いよ!

 ヤンデレの一種だよもう!


 僕は別にかまわんけど!

 こんな事態でなければ構わんところだけれど!

 あと、年齢とか諸処の問題が、無事に解決すればだけれど!


 はい、やめましょう、よしましょう。そんな場合じゃないでしょう。


 その姿の千帆を見てみたくないと言えば嘘になる。女子バレー部のユニフォーム姿の次くらいに見たい姿だと自信を持って言うことができる。けれども、そんなことしている場合じゃないのだ。僕はすぐさま千帆の脱ごうとする手を止めた。


「千帆。いいから。この緊急事態に、そういうのはやめておこう」


「えぇー? けどぉー、もう、二日もしてないじゃなぁーい?」


「……え、ちょっと未来でどんだけの頻度でしてるんですか? どエロ過ぎません、センパイと千帆さん?」


「一週間にあるかないかくらいだよ! 年頃にしては普通なくらいだから! いや、もうちょっと多いのが普通かもだけれど、結婚五年目にしたら多い方だから!」


「私はぁー、別にぃー、もっと頻繁でもいいのよぉー?」


「そりゃ君は在宅仕事だからいくらでも誤魔化し利くでしょうけどね! 僕は普通に会社行ってますから、誤魔化すの大変なんですよ! 下手にしちゃった日には、絆創膏を身体に貼りすぎて、もう怪人みたいになっちゃってるんですからね!」


「ふ、不潔ー! ふけつ! フケツです! 不健全すぎますよセンパイ!」


「なんで俺なのさ! 千帆がするんでしょもぉー!」


 ほらとにかくさっさと止めると、僕は千帆が脱ぎだしたカッターシャツの襟を引き寄せる。ぶぅと、頬を膨らませて未来の妻は抗議してきたが、そんな顔は通じない。

 そう、通じな――。


 あ、カッターシャツにスク水とか凶悪すぎるでしょ、この組み合わせ。

 そこに加えてはち切れんばかりのこの胸。


 あー、エッチです。

 エッチすぎます。


 いけません、いけません。

 これはエッチですよ。


 もう、いくらでも見ていられます。なんて奥深いエッチなんでしょう。

 ダメ。これは長く見てたらバカになっちゃう。見ちゃダメだわこれ。


 発禁! 発禁もののエッチさです! 間違いない!


 なんだか冷たい視線を正面から感じて我に返る。

 すると、千帆と相沢が硬直して妄想の中に居た僕にジト目を向けていた。


 うん、これは、硬直して止まった僕が悪いな。

 もっと淡々と躱すべきことだったな。紳士に躱すべきことだったな。


 うぅん、紳士の道ははてしなく遠く険しい。


「もぉー、ほんとにあーちゃんってば、素直じゃないんだからぁー。自分も好きなくせにぃー、私のせいにしないでほしいわぁー」


「ほんと、センパイってば男のクズですね。そんなにおっぱいがいいんですか。軽蔑しました。近づかないでください。おっぱいが伝染します」


「しないよ!」


 抗議したけれども、もう遅い。

 一度失った男としての信用は簡単には取り返すことはできない。

 とほほと、僕は妻のシャツ+スク水おっぱいに見とれて、我を見失ったことを後悔するのだった。感謝しつつ、後悔しなくてはならないのだった。


 まぁ、信用もなにも、もうそんなの残高尽きてんですけどね。


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