第26話 屋上前踊り場ひそひそ男女密会でエロい
「なんかねぇー、気がついたらぁー、烏丸じゃなくてぇー? 制服着てぇー、登校途中だったのぉー。でぇー、朝ご飯がまだだったからあー、コンビニに寄ってぇー、文ちゃんと途中でばったり会ってぇー、お話しながらぁー、学校まで来たのぉー」
校舎の屋上前。踊り場。時刻は8:20。
日の光か、それとも扉から入り込んだ風雨のせいか。コンクリに貼られたマットが浮き気味のそこに僕と千帆、そして相沢は集まっていた。
僕と相沢に詰め寄られ、屋上の扉前に追い込まれた千帆。
珍しく狼狽え気味に彼女は目をしばたたかせていた。
千帆が僕たちに話した、この二回目のループへの転移の状況。その内容から、彼女は一緒に祇園祭に行った本人で間違いなさそうだ。
ただ、彼女が僕たちの知っている千帆だとしても、聞きたいことはある。
「……天道寺さんになにか変なことされなかった?」
「そうですよ、千帆さん。何か、怪しいこととかされませんでしたか?」
「なにもぉー? なんでぇー?」
なんでってか。
なんでそんなこと聞くのってか。
そりはですね。
アタシら二人がこのままだと、マヌケな夫と後輩になるからなんだなぁ、こりが。
だっふんだ。
どうも世界の大泉です。(白目)
天道寺さんが黒幕だ、そうに間違いない。
とか、イキって言っていたのに、普通にターゲットが仲間と学校に登校してたら、そりゃ困るじゃないですか。そうはならんだろうと。いや、千帆が洗脳済みで、天道寺さんの都合の良いように動いているなら、そういうこともあるかもだけれど――。
「もぉー、もしかしてぇー、変なことしたいのぉー、あーちゃんてばぁー?」
「このいきをすうようなしもねたはまちがいなくほんにん」
「こんな誰も来ないー、校舎の屋上のぉー、踊り場に呼び出してぇー、なにするつもりなのぉー?」
「せんのうされてるのにこれができたらぎゃくにかみですよせんぱい」
「洗脳ぅー? やだぁー、もぉー! そういうのがぁー、いいのぉー?」
「「よくぬ!」」
よくない、すこしもよくない。
色んな意味でよくない。
僕と相沢はシンクロして叫んだ。
そして、千帆が黙るや二人して頭を抱えた。
さっきまでの、あの熱いタイムリープモノのリセット回みたいなノリはなんだったのだろうか。ループにより開始時間に戻ってきて、絶望しながらも希望を信じて再出発する感じの、あのやけに熱いノリはなんだったのだろうか。
普通あの展開になったら、シリアス一直線しません?
なのに、消えてしまったと思った仲間が、何食わぬ顔して復帰してて、しかもまったくこっちが悩んでいることなんて気づかず、のんきにパン食べてるとか。
掌返しが過ぎるよ。
千帆が無事にこの世界に戻ってきてくれたことは嬉しいが、僕たちはそれを素直に喜べなかった。シリアス展開を経て気合い入れたのに、そのシリアス展開をやっぱ嘘ぴょんと次の話で無効化されたら、もう情緒も精神的均衡もむちゃくちゃだよ。
頭の中に去来する、ちょっと前の僕が言った迷言たち。
エヴァのサブタイトルみたいに次々に頭に去来するそれら。ほんと、どれだけその気になっていたら、こんな言葉をポンポンと言えるのだろうか。
恥ずかしい奴だなぁ、まったく。
まったく恥ずかしい――。
まぁ、僕なんですけれどね。
「ンンン、これは見事な赤っ恥! 新しく黒歴史になる奴ですぞぉー!」
「どーしたのムックぅー、みたいなぁー、声出してぇー、あーちゃーん?」
「やめて千帆、その間延びした口調だと彼らのやりとりみたいに聞こえる」
「センパイはまだいいですよ。私なんて、千帆さんの代わりになるとか言って、千帆さん帰ってきちゃってるんですよ。あの決意はいったいなんだったの……」
「相沢。やめよう。これはもう、俺たちだけの秘密にしよう」
「そうですね、墓まで持っていきましょう」
「ちょっとぉー! 内緒ばなしぃー! こらぁーっ! 奥さんにぃー、隠し事なんてしちゃぁー、いけないんだからねぇー!」
「「ごめん、これだけは内緒にさせて!」ください!」
僕と相沢は頭を下げて千帆に頼んだ。
内容は話せないけれど、千帆に頼んだ。
掘り下げられると、僕たちの生死に関わるので必死で頼んだ。
などとやっていると、いつの間にか授業開始の時刻が差し迫っていた。
千帆の帰還で、事態ははっきりするどころか、ますます混乱するばかり。
いったい、何が正しくて、何が間違っているのか。
悪い夢でも見ているようだ。
だが、千帆は戻ってきてくれた。
僕たちの下に彼女は戻ってきてくれた。
「なんにしても、もう一度こうして千帆に会えてよかった」
「もぉー、心配しすぎだよぉー、あーちゃんってばぁー。まぁ、嬉しいけれどぉー」
「で、なんで、そこでいきなりぬぐんですかね?」
「再会を祝してぇー、ちょっと激しいハグでもぉー、しようかなぁーって!」
「なんでさ!」
「だってぇー、したいんでしょぉー? あーちゃーん? わかるわよぉー、夫婦なんだからぁー!」
「センパイ! こんなことがあったのに、なに考えているんですか! ちょっとは千帆さんの身体のこととか気遣ってくださいよ! この底なしのスケベ!」
「しないから! 時間ないから! はい、解散! とりあえず、また昼休みに!」
「えぇー! お預けぇー?」
お預けじゃない。
このタイムリープから抜け出すまで、そういうのはしないの。
そういうことをしている場合じゃないって思い知ったでしょう。いや、千帆は実感ないかもしれないけれど、僕はちょっとゾッとしちゃったの。
こんなタイムリープ、のほほんと楽しんでいたらいつか痛い目を見る。
ぶぅとふてくされる千帆に僕は近づく。
ほら、濃厚なのはしてあげられないけれどと断って、僕は彼女のお腹を包み込むように腕を回すと、正面からその身体を優しく抱きしめた。
妻の匂いが鼻腔をくすぐり、その体温が伝わってくる。
十秒ほどそうして、僕はそこから身体を離すと、「これでいいだろう」と照れくささを誤魔化しながら言った。
千帆と相沢が顔を見合わせる。
素直じゃないとか言われるんだろうな。
まぁ、いいさ。
千帆が戻って来てくれたうれしさに比べたら、なんと言われたって――。
「もぉーっ、そんなに私のおっぱい好きなのぉー? ほんとうにぃー、やらしいんだからぁー、あーちゃんってばぁー!」
「底なしのスケベじゃ不適切でしたね。どスケベモンスターですねセンパイ。あっち行ってください、女の敵」
「しかたないだろ! これだけ身長差があったら、感動の再会しようにも、顔が自然に胸の所に来ちゃうんだからさ! 無茶言わないでよ!」
念じて伸びるなら、僕は未来でスカイツリーサイズになってるよ。
無茶言わないで、君たち。
言い返したい所ではあったけれど、そろそろ本当に時間がやばい。
じゃぁ、また後でねと手を振る千帆。
ジト目をこちらに向けながら、きびすを返す相沢。
大切な二人の仲間が階段の先に消えるのを見送って、それから小さなため息をつくと、僕は彼女たちに少し遅れて階段を降りた。
少し、彼女たちから離れたのは、いろいろと考えたいからだ。
たぶん、千帆は間違いなく、前のループで一緒だった千帆だ。
それは彼女と話してみて実感として分かった。勘には違いないが、同棲時代を含めて十年近くに渡る共同生活で培った感覚だ。下手な推理より信頼はできる。
僕は夫婦の絆を信じることにした。
そもそも、偽物の千帆と入れ替えるなら、入れ替えたのを知覚させないはずだ。
暗示を千帆にかけるにしても同様。わざわざ一時的に消す必要性がない。
となると――。
「もしかして、千帆が消えたのは、誰かの仕業じゃない?」
例のバニースーツに白パーカーの女は、おそらくこのタイムリープの黒幕だ。
彼女は僕と相沢の時間を巻き戻すのに、なにかしら関与しているに違いない。
携帯電話で呼び出したこと。まるで彼女の仕草に合わせて、物事が進んだことといい、行動と結果の因果からそれは間違いない。
けれども、千帆に限っては、彼女の関与がなかった。僕たちも千帆が消えた時に彼女の姿を見なかったし、天道寺さんへの態度を見るに千帆も見ていないようだ。
これは何か問題解決の糸口のように感じる。
それこそ――。
「もしかして、千帆がタイムリープの例外で、この状況を打破する鍵なのか?」
なんてことを僕は思った。
うん。
また黒歴史を一つ刻んでしまったな。
これ違ったらまた恥ずかしい奴だぞ。自信ないならそんなこと思うのやめとけ。
今後の方針については、また、千帆たちと集まって決定しよう。
いよいよ、時間も押してきている。
僕は教室に戻ることにした。
屋上から三階、三階から二階へ。
僕たち二年生の教室は、校舎の二階だ。三階が一年生、一階が三年生の教室。
他、化学の実験や英語のリスニングなど、特別教室が各階に分散している。
そんな訳で、階段を降りて廊下に曲がったとその時――。
「きゃっ!」
「うわっ!」
僕は階段横の特別教室から出てきた女の子とぶつかってしまった。
出てきたのは印刷室。
彼女の腕に抱えていたコピー用紙が、腕の内からこぼれて廊下に散らばる。
微妙に一枚ずつ内容の違うそれが、いびつな扇状になって広がっている。幸いなことにぶつかった女の子には怪我はなさそうだったが――いやはややってしまった。
僕はすぐに女の子の方を向くと、呆然とする彼女に声をかけた。
「ごめんね! 僕、ちょっと考え事してて! 大丈夫だった? どこも痛くない?」
「……え、あ、はい」
「プリント拾うよ。ほんとごめん。どこかの委員会の配布物かな?」
「い、いえ。その、そういうのではなくて」
そういうのでないのなら、いったいどういう内容のプリントなのだろう。
時間がない、探す手を休めずにそれの内容をちらりと確認する。
活字ばかりで絵がない。
そして、適度に下部に余白がある。
内容は頭に入って来ないが、ライオンとか、ブリキとか、かかしとかの文字が見える。魔法の靴とも。
なんだ、これ――。
「あの、すみません。これ、私的なものなので。もう、それくらいで」
「え、私的な物なの? 学校で印刷してたのに?」
「……えっと、私、文芸部に所属していて。それで、好きにコピー機は使って良いって、顧問から言われていて」
文芸部か。
へぇ。ほんと、僕はそういう文学とかに関係のない学園生活を送っていたからな。高校生時代に触れた文学っていったら、コンシュマー向けのAIRくらいだよ。まぁ、エンタメ作品はいろいろと美味しい物だけつまみ食いしてきたけれど。
そっか、文芸部って個人でこんなものを印刷したりしてるんだな。
「そうだ、よかったら、これ運ぼうか?」
「え? いや、それは、流石に、申し訳ないですから……」
「いやいやぶつかって、こんなぐちゃぐちゃにしちゃったし。それに、もしこれを配布するなら、汚れたり折れたりした分、また刷り直さなくちゃいけないでしょ?」
「あ、いや、それは、その……はい」
「だったらやっちゃった僕の方が申し訳ないからさ」
それじゃぁ、と、僕の提案を彼女は受け入れてくれた。
ほんと、ちょっとこのままじゃ流石に寝覚めが悪いからね。
授業遅刻しちゃいそうだけれど。
「えっと、文芸部の部室は、三階にある図書準備室なんです」
「へぇ、そんな所が部室なんだ」
「資料を当たるのに便利なんですよ、図書室が隣だと。あと、純粋に部員の数が少なくて、まともな部室を貰えないというのもあるんですけどね」
「へぇ」
「有名な作家がウチの文芸部から出ていれば、もうちょっと扱いがよくなったのかもしれませんけれど。こればっかりは、難しいですね」
まぁ、数年後には日本を震撼させる小説家が学校OBから生まれるんだけど。
なんて思っていると視線を感じる。
顔を上げれば、ぶつかった女の子が、僕を熱っぽい目で見ていた。
あれ、この娘、たしかどこかで――。
「あの、もしかして、文芸部に興味がおありですか?」
「え? いや、それは……」
「もしよろしければ入部していただけませんか? 実は部員不足でして」
「あ、いや。それはちょっと。僕そんな、文才とかないので」
「あぁ、すみません。そうですね、そんな顔ですね」
「……え、ちょっと待って冗談だよ? 文才って顔に表れるものじゃないよね?」
もちろん冗談ですよと彼女は慌てて補足する。
やめてよ、真面目少女の冗談ほど、冗談と感じないものはないんだから。
苦笑いをする文学少女。手入れをしていないのだろうかぼさぼさの長い黒髪が揺れ、その向こう側に彼女のあばたが隠れる。
少しだけ千帆をベッドで抱いている時のような、女性特有の妖艶な匂いがした。
たぶんここ数日、自分からお預けして欲求不満な僕の気のせいだろう。
しかし、それはそれとして、どこかで見たことある。
まじまじと彼女の顔を見つめていると――。
「あ、すみません、名乗るのを忘れていました。私、志野由里っていいます。これでも一応、文芸部の部長なんです」
彼女はまた驚くようなことを言って、申し訳なさそうにはにかんだ。
そして、その表情で僕はようやく気がついた。
どうして彼女に親近感を抱くのかを。
彼女の名前を僕が知っているのかを。
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