第21話 祇園祭ダブルJK浴衣旅情でエロい

 2007年7月14日土曜日11:47。

 京都河原町寺町通り。


 賭けで約束した祇園祭りデート。千帆たちと待ち合わせた時間よりもちょっと早く河原町に到着した僕は、寺町通りの商店を眺めて回っていた。


 祭りだ。デートだ。ハレの日だ。

 なのにどうにも楽しい気分にはなれない。


「こんなことしている場合じゃないんだけれどもな」


 もちろんそれはタイムリープの理由が依然として不明だからだ。


 千帆が僕との賭けに勝ったので、一旦タイムリープは『神様がくれたプレゼント』になった。千帆はこの思いがけない日々を存分に謳歌する気のようだ。

 だが、僕は彼女ほど楽天的かつ肯定的に物事を楽しめない。


 謎は謎のまま。

 あくまでそれを考えないことにしただけである。

 やがて僕たちがそれに立ち向かわなくてはならないのは明白だ。

 正直、祭りなんて気分ではなかった。


 とはいえ、今日はそうも言っていられないのだが。


 宵々々山。


 一週間通して開かれる京都の一大祭り――祇園祭。

 僕はその空気にふと懐かしさを感じて目を閉じた。


 思い出すのはここより未来の記憶。

 これから二年先の思い出。


 僕と千帆は、高校を卒業後、京都にある大学に進学した。

 私立大学。僕が工学部で、千帆が文学部だった。

 つまり、京都は僕たちの青春の土地なのだ。


 大学三年生の春。

 こつこつと溜めたバイト代でアパートを借りて自活することにした僕は、親にも大家さんにも黙って千帆を部屋へと連れ込むと、そこを自分たちの愛の巣にした。

 そしてただれにただれた大学生活後半を二人で過ごした。


 ほんと、あの頃は酷かった。

 親の目から離れて自由になった開放感から思い出すと正気でいられないような生活をしていた。快楽に溺れるあまり出席日数の調整に失敗しかけたほどだ。

 幸いにもきっちり四年で大学を卒業できたが、僕は就職活動に失敗して関東に活動拠点のある企業へ、千帆は阪内の会社に就職できたが、遠距離恋愛することになってしまった。自業自得というのはまさにこのことだろう。


 ただ、遠距離恋愛で会えない時間を埋めてくれたのが、同棲生活の中で育んだ愛情だというのも否定できないのだけれど。


「ほんと、あの頃は若かったよな……」


「どの頃だよ?」


「うわぁっ!」


 いきなり背後から声をかけられて、僕はその場を飛び退く。


 男の声。

 いきなりなんだろう。いったい誰だろう。


 逸る心臓を抑えながら僕が振り返ると、その声の主が笑顔で立っていた。

 青々としたジーンズに、真っ白のワンポイントシャツ。靴は底の厚いニューバランスのスニーカー。黒色をしたそれは、野球部員の私物にしてはとても綺麗だ。


「あれ、杉田じゃないか」


 気さくに手を上げるのは浅黒く焼けたスポーツ青年。

 僕に声をかけてきたのは高校時代からの友人。

 未来の親友――杉田良平だった。


「よっ! どうしたんだよこんな所で?」


「いや、こっちの台詞だよ。なんでお前がここに?」


「大会前の練習試合の帰りでさ。それで、今日祇園祭りだろ? なんか、みんな夕方から彼女とデートなんだと。それで、夕方まで暇だから遊ぼうってなもんさ」


「まじか」


 杉田が通りにあるゲームショップを指さす。

 少し奇抜な看板が悪目立ちする店の前には、いがぐり頭の少年達の姿があった。


 なるほど納得。


 しかし、女子バレー部もだけれど、野球部も進んでるなぁ。

 女の子と祇園祭デートだなんて。基本祇園祭りは夜が本番だ。

 なので補導されても文句言えない、結構いやらしい感じのデートになるぞ。


「まぁ、野球部に入る奴の大半は、モテたくて入ったような奴だからな」


「マジか」


「サッカーに最近は押されているけれど、やっぱ野球は高校生のスポーツでしょ。ワンチャン、テレビに映るかもしれないし」


「不純な動機だなぁ」


「そんなことないぜ! 俺だってモテれるもんならモテたい! 美少女と付き合いたいたい! スクランの沢近みたいな娘とおつきあいしたい!」


「けっこう無理めの願望持ってるよな、杉田って」


「無理じゃない! 成せばなる何事も!」


 僕に向かって熱く語る杉田。


 けど、流石にイギリス人とのハーフは難しいと思うな。

 選り好みさえしなければ、彼女くらいできると思うけれど。


「まぁ、そのうち、できるんじゃないかな?」


「ほんと? できるかな、俺に美少女の彼女が?」


「甲子園で優勝するくらいの確率だけれどね」


「……ゼロじゃないってことか! よっしゃ、燃えてきたぜ!」


 握りこぶしを作って意気込む杉田。

 ほぼゼロみたいな確率で、なんでそこまで意気込めるのだろう。

 まったく単純なんだから。


 こんな単純で脳筋っぽい男が、十年後にはソフトウェア会社の係長になり、なんでもこなす敏腕エンジニアになるんだから、世の中って分からないよな。

 運命の悪戯では説明できないものがある。


 すると、杉田。握りこぶしをほどいてこちらを振り返る。

 その表情は、なんだかいいものでも見つけたという感じにいやらしかった。


 少し背中に寒気が走る。


「で? そういう鈴原先生はいったいどうしたんですか? えぇ、こんな祭りの最中に、わざわざ京都なんかに来ちゃってさ? うぅん、怪しいなぁ?」


「べ、べつにいいだろ、何だってそんなの」


「え、隠し事? 俺たちの仲なのに隠し事するわけ? 水くさくないちょっと?」


 なぁ、教えろよと杉田が僕に絡む。


 にんまりとした笑顔をこちらに向ける杉田を、どう煙に巻いたものかと苦笑いをしながら考えていると、まるで見計らったように携帯電話が鳴った。


 ごめんと断って僕はそれに出る。

 案の定発信者は――昨日まで僕のアドレス帳に登録のなかった人物だ。


「もしもぉーし! あーちゃぁーん! 着いたよぉー? どこにいるのぉー?」


「いま、寺町通りの四条下った方。ごめん、すぐに向かうよ。どこらへん?」


「うーんとねぇー、新京極にあるぅー、京都夢能力開発センターってぇー、変な名前のお店の前だよぉー?」


 ほんと、凄い名前のお店だな。

 いったいなにやってんの。


 占いとかだろうか。


 とはいえ、ナイス千帆。いい所で電話をかけてくれた。

 僕は、じゃぁ呼ばれているからと杉田に挨拶をすると、せっかくの休日の邂逅もそこそこに彼の前から駆け去るのだった。


「ちょっと! おい、鈴原! 誰だよ電話の相手!」


「ごめん! 週明け必ず教えるから! それで許してよ!」


「絶対だぞー! お前、約束だからなー! あとおめでとー!」


 ありがとう。


 そういうお前も、おめでとうな。


 僕は杉田を置き去りにして寺町通りを駆けた。

 スクランブルの横断歩道を渡り、四条通りを挟んで向こう側――四条上がる方の寺町通りに入る。


 少し歩いて、通りと通りを繋ぐ小道から新京極の通りへ。

 夏だというのに、学生服の少年・少女たちでごったがえしているそこを歩いて、僕は千帆から伝えられた、怪しい名前のお店――京都夢能力開発センターを探した。


 意外にも新京極の通りの一等地。

 京都夢能力開発センターは、普通のオフィスのような門構えでそこに建っていた。

 名前がどうにも印象的である。僕たちと同じように待ち合わせのランドマークにしているのだろう。何人かの若者がそこにはたむろしている。


 その中で、浴衣を着込んだ年頃の美少女二人を見つけると僕はその前に移動する。


 淡い桜色の浴衣に身を包んだ千帆と、空色の浴衣に身を包んだ相沢。

 見ようによっては美人姉妹にも見えなくもない、そんな親密さを無意識に振りまいていた彼女たちは、僕を見つけるとすぐに頬を膨らまして抗議の視線を向けてきた。


 ごめんごめんと、また僕は平謝りである。

 これくらいしあサラリーマン生活で身につけた能力を活かせてないのが地味に辛い。タイムリープモノの醍醐味、未来の知識で無双とはって感じだ。とほほ。


「いやー、待たせちゃった? ごめんね?」


「おそいよもぉー、あーちゃーん! ナンパされるところだったでしょぉー!」


「そうですよセンパイ! 私と千帆さん、関西でも一・二を争う美少女二人を待たせるなんて! これは極刑ですよ! 極刑! わたがし一つおごりの刑です!」


「刑、軽すぎない?」


 わたがしだけにね。

 

 別に千帆だけならば、杉田にデートのことを教えてもよかった。

 どうせ週明けには、彼女とつきあうことを周りに公表する予定だったのだ。


 ただ、今日のデートの相手は彼女だけではない。

 急遽、僕たちの可愛い後輩――相沢も一緒に祇園祭にくることになったのだ。


 一対二。

 ダブルデートではないな。

 これ、なんていうデートなんだろう。


 名称があるのかどうかは分からないけれど、なんか美少女アニメでよく見る奴だ。うらやまけしからんデートをこれから僕はする。

 未来の妻とその親友というすげー背徳的な奴を。


 ちょっと一度豆腐か何かで後頭部を強打した方がいいですかね。


 とはいえ僕が発案者じゃない。これは僕の未来の妻――千帆の思いつきだ。昨日、不用意に僕が問い詰めた結果、深く傷つけてしまった相沢に対するお詫びであった。

 つまり彼女への謝罪デートなんだな、これが。


 少しも許される要素ない気もするけれど。

 いいのか、こんなので許してくれるのか、女の子って。

 男の僕にはよくわからんとです。


「まぁー、あーちゃんはぁー、私のモノだけれどぉー、こうして一緒にデートするならぁー、貸してあげないこともぉー、ありませーん。私はぁー、こう見えてぇー、夫の甲斐性という奴にぃー、理解のある妻ですからぁー」


「いや、僕、別にうれしくないよ、そんなことされても」


「これが正妻の余裕って奴ですね。流石は千帆さんです。勉強になります」


「勉強しなくていいよ相沢。未来の千帆、僕がバレンタインデーに女性の同僚から義理チョコ貰ってもブチ切れる感じだからね?」


「結婚してるのにぃー、チョコ貰うのは浮気でしょー! 許せないよぉー!」


 うぅん、妻の浮気判定がよく分からない。

 この理不尽感よ。


 夫婦の力関係ってほんと難しいね。


 こほんと千帆が咳払い。ちょっとハッスルしてしまったという感じで頬を赤らめた彼女は、僕と相沢を眺めるといいですかと言って指を立てた。


「というわけでぇー、今日一日だけはぁー、あーちゃんは私と郁奈ちゃんのぉー、共同彼氏でーす! はい、あーちゃーん! 腕を出しなさーい!」


「え? なんで? 嫌な予感しかしないんだけれど?」


「いいから出すのぉー! はぁーい!」


 しぶる僕の腕を無理矢理掴んで千帆が引っ張る。

 その手に、まるでコアラのように両腕でしがみつくと、彼女はむふふーと満足そうに笑う。しばらくすると僕を上から眺めて、渾身のドヤ顔を決めてきた。


 あぁ、腕を絡めて歩きたいのか。


 もしかして、昨日僕が相沢に腕を絡められたり、腕を掴んだりしたのに嫉妬していらっしゃるのかな。ほんと、千帆ってば僕が他の女性になにかされると、すぐやきもち妬いてやり返すんだから困っちゃうよね。


 バレンタインデー義理チョコ三倍本命チョコの刑とかさ。(遠い目)


 そこまで想ってくれるのがうれしい反面、ときどき怖いよ。


 すると千帆がそのドヤ顔を僕から相沢に向ける。

 なんだ、どういうことだと思って相沢の方を見ると、彼女の頬が薄く紅潮した。


「さぁー、郁奈ちゃーん、打ち合わせの通りにぃー」


「……ほ、ホントにするんですか?」


「やっちゃいなさぁーい! 私がぁー、許しますぅー!」


「いや千帆! なんで君が許可を出すのさ! これ、なんか僕がされる感じの奴だろう! ちょっと、それは僕が決めるべきじゃ!」


「……センパイ! 失礼します!」


 とうりゃと相沢が僕の腕に手を伸ばす。

 なに、いったい何をされるの? しっぺ? デコピン? ババチョップ? そういう感じじゃないよね? もしかしてプロレス技?


 ちょっと、デート早々こんな制裁を喰らうなんて聞いてないよ!


 そう思った次の瞬間、相沢は僕の腕に千帆と同じように自分の腕を絡めていた。


 これは――なるほど!


「はぁーい、あーちゃーん、両手に華ができあがりましたよぉー!」


「せ、センパイ! 今日はよろしくお願いします! 私、全身全霊で、デートさせていただきますので!」


「アニメや漫画で見たことある奴だこれ。わぁー、凄い、実際にやるとこんな感じになるんだ。へぇー、とっても歩きづらーい」


「こらぁーっ! デートを盛り下げるぅー、発言禁止ぃー!」


「そうですよセンパイ! またそうやって、せっかくのデートを盛り下げて! これはまたしても罰が必要ですね! かき氷! かき氷あーんの刑で許してあげます!」


「裁判長ぉー! 追加でぇー、訴えたいというー、奥さんがいまぁーす!」


「許可します!」


「だから! 僕に黙って勝手に許可しないでよ!」


 またまた、うれしいくせにと千帆が僕の頬を突いてくる。


 うれしいなんてことあるかい。

 めちゃくちゃ周りの人から見られているよ。


 そして割と嫌悪の視線が多いよ。

 男も女も。

 怖い。

 

 この視界に入るすべての人が敵のような気分。

 よくラブコメの主人公はこんな世界で生きていられますね。

 僕には無理です。(即死)


「さぁ、あーちゃーん! このままぁー、祇園祭にぃー、レッツゴォー!」


「行きますよセンパイ! ついて来れますか?」


「なんでそんなノリノリなのよ君たち!」


 そう言って、かしましい恋人二人が僕の手を引く。

 仲良しか君たち。恋敵なのに仲良しか。もう。


 というか、ちょっと、あのね。


 さっきからこうやたらとリアルな肉感が腕に伝わってきてね。

 こう、もちもちたわたわだったり、すべすべさわさわだったりと、こうね。


 いや、これもまた漫画やアニメなんかでよくある奴だけれど。

 ラブコメの花火回とかお祭り回で鉄板となりつつネタだけれども。ネタはネタとして、事実と混同してはいけないというのが、やはりそのありましてですね。


 まさかとは思うんですよ。


 まさかとは思うんですけれど。


「……あ、あの、千帆さん。私の浴衣、大丈夫ですかね?」


「えぇー、なにがぁー? 大丈夫だよぉー? 大丈夫ぅー、大丈夫ぅー、全然着崩れてないしぃー、見えてないよぉー?」


 見えるって何が?


 見えるって何が見えそうなの?


 普段来てない浴衣だから、下着的なものが見えないか不安なんだよね?

 制服なら、ある程度見え方をコントロールできるけれども、慣れない浴衣だから戸惑っているんだよね?


 そうだよね、相沢。

 怖くてまともに顔も見られないけれど。

 というか、千帆の顔もまともに見られないけれども。


 え、ちょっと待って、君たちこの感触まさか――。


「その、ちょっと、今日って寒いですね」


「ねぇー、ちょっとぉー、今日はスースーするねぇー」


「僕はその発言の方がヒヤっとするよ! 二人とも、まさか!」


 そっと彼女たちは僕の耳に顔を近づける。

 二人の声が、左右からステレオで襲いかかる。きっとこれも段取りの内なのだろう。二人は甘ったるい声で、僕に浴衣の中の真実を囁いてきた。


「「穿いてないですよぉー!」」


「ちょっと! それは、まずいって!」


「うふふっ、だからぁー! ちゃんとぉー、守ってねぇー、あーちゃーん!」


「今日一日、しっかりとエスコートしてくださいね、センパイ!」


 やれやれ、これはとんでもないことになってしまったぞ。

 けれども本当にとんでもないことになっているのは、僕の心臓と、それが送り込んだ血液がたどり着く先であった。


 なにをするんだよ、君たちは、ほんとうに、まったく。


「あー、あーちゃんってばぁー、お外なのにぃー、いけないんだぁー」


「あー、センパイったら、そんなことになっちゃって。イケナイんですから」


「誰のせいでこんなことになっていると思ってんのさ!」


 はい。僕のせいでしたね。

 頑張って責任取ります。


 男はつらいよ。(意味深)


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