第18話 強制見せつけギリギリボディチェックで後輩がエロい
住宅地の路地裏である。
そこは人一人分入れるかどうかという幅しかない狭い通路だった。
入り口の前にはちょうど電柱。まるで誰かが気を利かせたように、それは表通りからこの路地裏を隠している。両側には僕の身長と同じくらいのコンクリート塀。
塀の向こう、二階建ての家屋が良いあんばいに路地裏に注ぐ日差しを遮っている。
表通りの反対側は袋小路になっている。緑色のネットフェンスに囲まれた庭が、電柱のある辺りからも見えた。そのネットフェンスの前には「通り抜け禁止」の看板。ここに出入りしている人間たちのマナーの悪さがその文言から窺えた。
つまり、そういう場所。
隠れていろんなことをするのにうってつけ。
夏だというのに肌に冷たい風が吹き抜けるそこは土がむき出しになっている。
大小の土に埋まった石、光が届かないのか発育の悪い雑草、そして、たばこの吸い殻に空き缶。そんな場所に、僕は相沢の手によって突き飛ばされた。
したたかに尻を、そして続けて背中を打つ。
自然に文句が口を飛び出した。
「ちょっと、なにするんだよ相沢!」
「なにするんだですって? それはこっちの台詞ですよセンパイ!」
路地裏の上に仰向けで倒れた状態から、上半身を膝を使って起こした僕は、相沢に向かって叫んだ。しかし、憤怒と悪戯心に満ちた表情を浮かべる相沢は、路地裏の入り口の前に立ち塞がって、こちらを見下ろすばかり。
その猫っぽい悪戯心を感じさせるショートヘアーが髪に揺れて、短いスカートが擦れる。まだ中学生と高校生の間――幼さの名残が見える成長途中のか細い足が微かに揺れると、彼女は僕に向かって一歩踏み込んできた。
路地裏の入り口の方に向いている僕の下半身。
その微かに開いていた股の間に、砂埃を起こすほどの勢いで足を踏み入れて、相沢は腕を組んでこちらを見下ろす。
お互いの立場の優劣を自覚した、意地の悪い笑みが相沢の顔に浮かんだ。
よく知った女性である。しかし、怖い。
年齢に関係なく女性が本気で怒ったとき、男性ではその怒りをどうすることもできない。そんなことを、僕は千帆との夫婦生活でよく知っていた。
怒ったということは、ある意味で相手の本音を僕は引き出した訳だ。
だが、このように本人でも制御不能な状態になっては意味がない。
つまるところ、僕は相沢との話し合いに失敗したのだ。
後悔が口の中に広がる。
それは生暖かく鉄の味をしていた。
「センパイ。アタシもセンパイが根暗童貞かっこつけで、そんな身の上が災いして、勘違い考察を恥ずかしげもなくぶちかます、ハジオタクソ野郎なのは知っていました。けど、現実と虚構の区別くらいはつくと信じてましたよ」
「きれてんのにどくぜつぶりはけんざい。こわいわおんなのこって」
「何がそこまでセンパイを追い詰めたのか知りません。さっきのことも怒ってないです。けれど、吐いた言葉には責任を持ってもらいますからね」
「それ、怒ってるんじゃないの?」
コミカルなやりとりに聞こえるかもしれない。
だが、下手に突っつき返すような発言が怖くてできなかっただけだ。
これ以上、彼女を変に刺激して、話をややっこしくてはいけない。
けれども今更そんなことに注意したところで、もう遅い。
相沢が前のめりになって僕にその顔を近づける。
口元をつり上げる彼女。そのまま、彼女は少しだけ背伸びすると、僕の目の前に彼女の襟元を持ってきた。痩せ細った鎖骨とい胸が襟元から見える。
童貞でもないだろうに情けない。
僕は相沢の胸から反射的に目を逸らしていた。
「……バカ! なにしてんだよ相沢! そんなの男に見せるもんじゃないだろ!」
「センパイはあたしが未来人だって言うんですよね?」
「それは、確かにそう聞いたかもしれないけれど」
「だったらあるはずですよね? 未来人の証拠――星型のほくろが」
着崩れの音と共に柔らかいプラスチックを爪ではじいたような音がした。
相沢の身体から逃げた目が、代わりに僕の胸元を見ている。
視界に入るのはカッターシャツに付いた乳白色のボタンだ。
ちょっと、と、叫ぼうとして僕は無理矢理首を回される。
僕の前に立つ相沢――その身体の正面に向かった僕の瞳に、さきほどよりも広くなった襟元、そしてその奥に緩やかな桃色の丘陵地が映った。
その慎ましやかな丘陵地は、淡いピンクの布地によって優しく守られている。
飾り気がなく、機能性に跳んでいるとも言いにくい、彼女たちの性自認のための儀式道具のようなそいつ。鎖骨に罹っているそのアジャスターを少しずらし、胸元の肌面積をさらに広げた相沢は、何を思ったそこに僕の顔を引き寄せた。
いけない、と、踏ん張って僕は顔を後ろに引く。
だが、どうやら接触させる気は相沢になかったらしい。
鼻先が触れるか触れないかという所で彼女は僕の頭を固定した。
「どうです? ありますか? あたしの胸に星型のほくろは?」
「……なに言ってんだよ。意味がわかんないよ」
「ハルヒは見てたんですよね、センパイ。ブームが過ぎたから、もう詳しい話の内容は忘れちゃいました? ほら、センパイの大好きな、朝比奈みくるですよ?」
みくるちゃんは知っているし、今でも好きなキャラクターだ。
けれど、なんでそれが星型のほくろという話になるんだ。
いくら考えても、相沢の理論も行動も僕は理解できなかった。
しかし、理解できるできないに関係なく、相沢の行動は止まらない。
たまらず僕はまぶたを下ろす。
「ほら! あたしの身体のどこに未来人の証拠があるっていうんです! 星型のほくろがあるっていうんです! あるなら見つけてくださいよ! ねぇ、センパイ!」
「……バカなこと、言うなよ。そんなの、できるわけないだろ」
「なに目を閉じてるんですか! あたしがここまでしてるっていうのに! 無視するなんて酷くないですか! ねぇ、ヘタレでおバカな鈴原センパイ!」
下半身。それも、女子に触れられるには抵抗を感じる部分に何かが触れる。
堅いような柔らかいような。
ただ、人の肌ではそれはない。
冷たい血の通っていないその感触に、僕の中に恐怖が湧き上がる。
反射的に僕は目を開いていた。
恐怖が自制心から僕の身体の手綱を無理矢理引き剥がしたのだ。
そんな僕の隙を、相沢は決して見逃がさない。
彼女は僕が目を見開いた瞬間にそのすぐ下にある顎をわしづかみにし、僕の鼻先が彼女の柔肌に触れるのもかまわずその胸を近づけたのだ。
無理矢理、彼女の身体を僕は見せつけられる。
どうしてこのような凶行に相沢が及ぶのか。
何が彼女をここまでさせるのか。
考えるまでもなく、僕の不用意な発言と、相沢の心を考えられなかった浅慮さだ。僕が彼女をここまで追い詰めたのだ。
それが苦しくて、なにより胸に痛い。
相沢、と、彼女の名前を呼びたい。けれども、彼女が握りしめる僕の口元は固く、その名を呼ぶのも難しい。また、華の茎のような彼女の細い指が、僕の顎先を締め付ける痛みが、「黙って自分の身体を見ろ」と訴えているようにも感じられた。
どうして、相沢。
どうして。
「ありましたか! ねぇ、みつけられましたか! ねぇ、もっとしっかり見てくださいよ! あたしの身体を、もっと隅々まで見てくださいよ! ねぇ、センパイ! どうですか! あたしの身体はどうですか! 綺麗ですか! いやらしいですか! 興奮しますか! センパイのものにしたいですか! ねぇ、ねぇ、ねぇっ!」
「……知ら、ない、よ」
「そう! なら、趣向を変えましょうか!」
そう言って、相沢は僕の顎から手を離す。
身体を捩らせて彼女から離れるような隙はもちろん与えない。
相沢は今度は僕の髪を掴んで背中に向かって引くと、僕の顔を空に向けた。
家屋の間から見える夏空。
吸い込まれそうな青色を背景に、相沢の狂気を孕んだ顔が僕の瞳をのぞき込む。
彼女は、先ほどまで僕に押し当てていた襟元を開いたまま、今度はカッターシャツの袖をめくる。露わになった二の腕と腋を見て、相沢は怪しくその目を細めた。
やはり、肉付きが薄いその二の腕には、大人の女の魅力はない。
けれど、うっすらと艶やかな汗が肌に乗っているその様に、この年齢――少女にしかない神々しさとも言える何かを僕は感じた。
「流石に二時間映画の内容なら覚えていますよね、センパイ?」
「……どう、だろうね。自身はないや」
「時をかける少女。主人公の真琴の身体には、タイムリープの残り回数を示す痣がありました。そう、ちょうど今、あたしがまくった――ここ。二の腕の裏辺りに」
相沢が今度はその二の腕を僕に向かって突き出してくる。
そしてさきほどまで星型のほくろについて追求するのと同じ口調・剣幕で、今度は痣はあるかと僕に迫ってきた。
なんど見たって、どこを見たって、そんなものあるはずがない。
それは架空の世界のできごとだ。
現実に生きる相沢に、そんなものがあるはずがなかった。
虚構の中ではなく僕と同じ世界に生きる相沢に。
現実と虚構の区別くらい、僕にだってつくさ。
そう思ったその時だ。
僕の中で、彼女がこうして狂乱するその訳がようやく分かった。
投げやりにその身体を僕の視線に晒して。
まるでストリッパーのように、自分の身体を魅力的に見せようとする。
彼女のその行動に紐付いた感情、それが湧き出てくる源泉に、僕はようやく触れることができた気がした。
そして、それは、僕が思っていたよりもとても単純で。
だからこそいじらしく、僕の心をまた締め付けた。
「なんとか言ってくださいよセンパイ! ねぇ、どうなんです! まだ、あたしが未来人じゃないって分からないんですか! まだ疑っているんですか! これだけあたしの身体を見ておいて! まだ分からないんですか!」
「……相沢」
「だったら! もう、仕方ないですね! ねぇ、センパイ! 私の身体のすみずみまで見ないと、信じられないって言うなら! だったら、私はそれでも構いません! センパイが納得しないのなら、私はどこまででも付き合いますよ!」
露わにしていた二の腕を下ろし、僕の股間の間に踏み込んでいた脚を引く。
僕の後ろ髪を握る手が離されて、今度はその指先が彼女のスカートを掴み上げた。
ゆっくりと、そしてじらすように、彼女はその黒いプリーツスカートにより隠された部分に光を取り込んでいく。計算し尽くされた絶対領域が崩壊を迎え、華奢な太ももとお尻の境目が見えそうになる――。
そのとき。
僕は彼女に向けていた視線を地へと落とした。
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