第17話 追い詰め壁ドンラブチェックでやっぱり後輩の赤面がエロい
「……あの、センパイ。あんまり気にしなくていいですよ」
「……相沢」
「ほんと、人に見られるのが恥ずかしかっただけなので。深い意味とかないので。あと、今日の朝、センパイのなけなしのお小遣いもらっちゃったので。これ以上、おさわり一時間十万円する、超絶美少女の腕を掴ませるのはしのびないなって」
「はいほらすぐそういうふうにわらいにつなげる。あいざわのそういうとこきらい」
「えっと、初触り料金は五千円からになるんですけど? 大丈夫ですか?」
「なんなのこいつ、ていねいなくちょうのうざきちゃんかよ」
いや宇崎ちゃんってなんですかとペカーと笑う相沢。
その反応がそれだよ。
まんまウザい女後輩の奴だよ。
君は彼女ほど胸がないけれど、ベクトルは同じ感じだよ。
あんだけ恥じらっていたのが嘘かってくらい戻してきたな。
なんなの、その驚異的な空気の破壊能力。
ラブコメをコメコメに塗り替えずにいられない病気にでもかかっておられるの。
さっきの、「ねぇ、僕の気のせいかもしれないけれど」って、男子側が聞く流れの奴じゃない。自分で地雷を仕込んで、自分で除去処理に行く、一人恋愛戦争屋か。
もー、僕、そういうのきらい!
女の子でもはっきりして!
好きなら好きでいいじゃないのよ!
でないとこれから、一生その恋引きずることになっちゃうよ!
引きずらせちゃった僕が言っていいのかなって話だけれど!
「……相沢、ごめんね。実は遊ぼうってのは嘘なんだ」
「え、それ、どういうことですか?」
「一度、君としっかり話がしたいと思ってさ」
もうダメだ。これは相沢に話の主導権を握らせたら泥沼になる。
というか事実それを未来の彼女が証明している。
やっぱりここで僕が主体的に終わらせなくちゃ。
僕は覚悟を決めると、あえて茨木ショッピングセンターに向かう道の途中で、話の本題を切り出した。彼女に、どうして今日、急に遊びに誘ったのかを告白した。
相沢が顔を上げる。
何人か、僕たちのやりとりを眺めている生徒達がまだいる中で、彼女は熱っぽい視線を僕に向けてきた。
だが――。
「センパイ。だから言ってるじゃないですか。あたしの時間は高いですよ?」
「だからそーやってすぐちゃかす」
「支払い能力ないのにどうするっていうんですか。いいですよ、そういうの。それより、今日は臨時収入があったので、あたしがおごりますから遊びましょうよ。ね?」
どうしてどうして、これが手強い。
どうしても、彼女はその本心を、僕にさらすつもりがないようだ。
強情もここまでくると、ある意味で美しく感じられる。
けれど、僕は彼女に翻弄され続けた、高校生の頃の僕じゃない。
灰色の青春時代を送っていた、臆病で、そして、卑怯な僕じゃない。
十年間、いろいろなことを経験してきた、成長した僕なんだ――。
無理矢理にでも君に今日は本当のことを喋らせる。
彼女がこれまで隠してきたことを、相沢の口からちゃんと話させるんだ。
「相沢。ふざけた話じゃないんだ。真剣な話なんだ。聞いて」
さきほどは腕を掴んでしまって彼女をどぎまぎとさせてしまった。
同じ轍は踏まない。
僕は相沢の前に一歩踏み込むと、正面からその顔を見つめる。
あっ、と、唸って、彼女が後ろに下がろうとする。
けれども、その一歩を、また僕の違う足が詰めた。
一歩、また、一歩と、彼女が下がるたびに、僕は相沢を追い詰めていく。
やがて、道路の端――民家のブロック塀に背中を預けた彼女は、頭半分大きい僕を見上げる形で、ようやくその逃げ場所を失った。
うつむいて逃げようとする相沢。
そんな彼女を逃がすまいと、僕はさらに距離を詰める。
いわゆる壁ドン。
相沢の頭の上に腕を置いて、僕の顔を見上げる格好にさせると、それ以上身動きを取ることが出来ないくらいに身体を寄せた。
ぎりぎり身体には触れていないと思う。
周りから見たら、これ、僕が相沢を口説いているように見えるな。
けど、今はもう、それでいい。
周りに誤解されてでも、僕は彼女とちゃんと話しておきたかった。
本当の相沢について。
彼女の偽りない真実の姿について。
ひた隠しにしてきた僕への想いについて。
僕は今ここで、なんとしても彼女からそれらを聞き出したかった。
「相沢。もし、僕の勘違いだったらごめんね」
「……ど、どど、どうしたんですか、センパイ! なんかちょっと怖いですよ! ていうか、その、ほんと、顔が近いっていうか。息が、かかるっていうか」
「相沢」
「あと! あれです! 汗臭いですよ! ちょっと、どうしたんですか! 制汗剤スプレー使ってないんですか! もーっ、汗臭い男はモテないですよ! 天使のようなあたしだから、笑って許してあげますけれど、これもセクハラですからね!」
「相沢。いいんだ。いいから、僕の質問に素直に答えて」
僕の顔をのぞき込む茶色い瞳。
そこに、僕の顔が映り込む。
ヒョロガリチビで冴えない僕。しかし、中身がおじさんだからだろうか、瞳の中の少年の顔には、年相応には思えない妙なすごみがあった。
相沢の頬が真っ赤に紅潮し、猫のそれのように癖の強い髪の毛がぞわりと膨らむ。
すくめた肩が後ろに下がり、彼女の薄い胸がつき上がる。
制服のシャツの襟元から覗ける鎖骨に、彼女の緊張が滴になって浮かぶ。
できる。僕にはできる。
彼女の気持ちをちゃんと聞き出せる。
僕は心の中でそう呟くと、覚悟を決めた。
「……相沢」
「ひゃっ、ひゃいっ!」
「もしかしてだけれども――」
少し、僕は言葉を溜めた。
今から聞かれることに心当たりがあるからなのか。
こんなシチュエーションに不慣れなのか。
あるいはやっぱり、僕に気があるのか。
相沢はいよいよ息のするのも苦しいくらいに、顔を上気させて僕を見ていた。
僕の次の言葉を、彼女は切なそうな視線で待っていた。
そんな顔をして僕の言葉を待ってくれた女の子を、僕は――三十年の人生の中で一人だけ知っている。
大学二年生、コンパの二次会のカラオケからの帰り。
駅のホームで終電まで話し込んで、それでもしゃべり足りなくて。
これまでまともに話せなかった切なさや、あらためて彼女を前にして沸き起こる愛おしさに、どうしようもなくなって、その手を握って迫ったあの日だ。
あの日みた、千帆と同じ顔を、相沢も僕に向けていた。
男からの告白の言葉を待っている、恋する乙女の顔だった。
やっぱり、間違いない。
だとしたら、僕が問わなければいけないことは、たった一つ――。
「相沢ってさ」
「……は、はい」
「未来からタイムリープしてきてない?」
「……はい?」
やはり相沢は、僕と千帆との関係を壊しに来た未来人なのだ。
いや、僕たちと同じ時間を生きる相沢が、何かしらの力を持って過去にやって来たのかもしれない。
そこについてはよく分からないし、切り分ける必要はないと思う。
重要なのは、彼女が僕たちの関係をねじ曲げようとしているのかどうか。
未来を自分に都合の良いように改変しようとしているのかどうか。
それだけだ。
他については後でいい。
僕は恥を偲んで相沢に、彼女がタイムリープしているかどうかを尋ねた。
そして、さらにその追求を強めた。
「なぁ、そうなんだろう相沢! 実は君ってば、僕と同じ2021年から来た相沢で、この高校時代の歴史を改変して、自分にとって都合の良い未来にしようとしているんだろう? なぁ、そうなんだろう?」
「ちょっ、ちょっ、ちょっ、待ってくださいよセンパイ! なんですか、タイムリープって! 話が突拍子もなさすぎてついて行けないですよ!」
「そうなんだろ! なぁ、そうだと言ってくれ! 君は、この高校時代に戻って、何をするつもりだったんだ! どうするつもりだったんだ!」
「いや、だから! 意味がわからないですって!」
「僕との関係をどうにかしたかったんだろう! 実は僕に惚れていたんだろう! それで、過去に戻って歴史をやり直して、今度こそ僕と結婚する未来にしよう――とか、思っていたんだろう! いや、結婚まではいかなくても、付き合うような未来にしようとか思っていたんじゃないのか!」
「!!!」
相沢の表情がこわばる。
すでにゆでだこみたいに真っ赤なのに、さらにトマトみたいにその顔が赤熱する。
この反応。
やっぱり相沢がこの時代を……。
「おふぅっ!?」
そう、確信した次の瞬間、僕は硬直してその場に動けなくなった。
いつの間にか、僕の脚と脚の間に差し込まれた、相沢の細くて華奢な脚が、男がどうやってもガードすることができない、むき出しの急所を押しつぶしたからだ。
それと同時に、相沢の肩からその顔と同じ怒気が立ち上る。
間違いない、これは……。
「セーンーパーイー?」
「あ、相沢……さん?」
まごうことなき鬼!
怒りに狂いし修羅の形相と気迫に間違いなかった!
えぇっ! なんでだ! なんでこうなるんだ!
よく分からないけれど、相沢の奴、めっちゃ怒ってる。
なんかしらないけれど、僕に怒ってる。
僕、何もしてないよね? 変なこと別に聞いてないよね?
タイムリープしてないって聞いただけなのに、なんでこんなキレるの?
「さっきからぁ、訳の分からないことをベラベラと! いったい何を仰っているんですかぁ?」
「えっ、いや、その……だから、未来から来たんじゃないかって」
「どこを! どう! 見たら! この小悪魔系完璧後輩のあたしが、そう見えるっていうんですか! ハルヒの影響ですか! 時かけの影響ですか! どっちか知りませんけれど――タイムリープなんて、できる訳ないでしょ!」
「ひっ、ヒェッ!」
僕は相沢に大切なところを脚で押さえつけられたまま、その胸ぐらを強引に掴まれた。なんてことだ。まさかこんな暴力的な一面が彼女にあっただなんて。
いや、余裕ぶっこいてるけれど、普通に怖いよ、今の相沢。
今まで一度もみたことない、ガチギレ顔してるんだもの。
なんなのさいったい!
僕、何か悪いことしましたァ?
「どうやらセンパイは、熱中症で頭が沸いちゃったみたいですねぇ?」
「ちがっ、ちがう、そうじゃなくて。僕は本気で」
「別にぃ、それならそれでぇ、あたしはいいですけれどぉ。ただぁ、こんな可愛くて献身的でセンパイにはもったいない美少女な後輩を、未来から来ただとかタイムリープしているだとか言ってからかった落とし前――ちゃんとつけて貰いますよ?」
あ、やばい。
怒りからの、相沢の全力悪戯モードだ。
詰んだこれ。
今すぐここを逃げなくてはと思ったときにはもう遅い。
胸ぐらを掴まれたまま、僕は相沢に凄い力で路地裏へと引きずり込まれた――。
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