盈盈一水編
第16話 低身長ウザカワ妹系後輩の赤面がエロい
「センパーイ! おまたせ――」
「うん。相沢おつかれ。それじゃ帰ろっ」
「ックス!」
大股開きになって腕をクロスしてキメ顔をする下品系女後輩に、僕はどんな顔を向けていいのか分からなくなった。三十年も生きているのに分からなかった。
けれどもうろたえる僕のために時間は止まってくれなくて。
目の前の後輩も待ってくれなくて。
結局、凍り付いたような真顔を送ってしまった。
僕が無反応なのを確認して、相沢はクロスした腕を下ろす。
その表情には、僕が適切な返しをしてくれなかったことに対する失望と、サディスティックな嘲りが複雑に混じって浮かんでいた。
「センパイ。女の子になんて酷い挨拶をさせるんです。これ、セクハラですからね」
「君が勝手にやったんでしょ! 滑ったからって人のせいにしない!」
「なんで私の恥ずかしさを相殺してくれる挨拶を返してくれないんですか! ほんとセンパイにはがっかりしましたよ! それでも男ですか! 付いてるんですか!」
「追い打ちのように酷くなってるからそこまでにしとこう!」
こいつ真顔でしれっと人のせいにするのな。
ほんと、自分で滑っておいて、しれっと人のせいにするのな。
そうだよ、相沢は確かにこういう奴だったよ。
人をおちょくったり、おとしめたり、あとセクハラすることにつけては、異様なまでの才能を発揮する小悪魔だったよ。
いや、小悪魔っていうより立派な悪魔だよ。
なんだなんだどうしたどうしたと周りに居る生徒が騒ぐ。いたたまれなくなった僕は、下ろした相沢の腕を引っ張ると、そそくさと校舎を後にした。
2007年7月13日金曜日16:43。
七限目の授業を終えた僕と相沢は、玄関の前で落ち合いそのまま一緒に下校した。と言っても、僕と彼女の住んでいる場所はちょっと離れている。一緒に帰るメリットはない。なので、僕は彼女を帰りに遊んでいかないかと誘ったのだ。
誘うのには携帯のメールを使った。
幸いにも当時の僕は携帯電話を持っていた。時期的には学割適用で家族単位での加入がお得になる制度が流行る前だが、今にしてみるとよく持たせて貰えたものだ。
その流れで携帯を確認したのだが、メールボックスがほぼ相沢からのメッセージで溢れていて少し驚いた。内容はだいたい漫画の話。
あれが面白い、エロかった、泣けたとかそんなの。
女性とする会話としてはいささか色気がない。
ただ、受信時刻と送信時刻を見るとすぐにレスしていた。
スカしていたけれど、なんだかんだで当時の僕は、異性の友達――あるいは彼女になるかもしれないような相手――に飢えていたみたいだ。
ぶっちゃけちょっと恥ずかしかった。
まぁそんな訳で、僕は千帆と別れて相沢と二人、地元の暇な帰宅部学生達の遊び場――茨木ショッピングセンターへと向かっていた。
「……しかし、千帆がついて来なかったのは、ちょっと意外だったな」
基本的には温厚だが、嫉妬深い千帆。
僕が相沢に事情を聞くのは許可してくれた。
だが、遊びは別だ。
二人で遊びに行くとなれば、彼女は無理に同行してくるかと思ったのだ。
しかし彼女は「いいよぉー、行っておいでぇー」と、僕を笑顔で送り出した。
例の賭けといい、この対応といい、なぜ千帆は相沢を信頼しているのだろう。
未来では、相沢と千帆は友達だ。
一歳違うので、そこは自然と千帆の方が立場は上。いつも千帆さん千帆さんと、相沢が妻に絡んでいくのを僕もよく見ている。千帆も、相沢のことを郁奈ちゃんと下の名前で呼んで、実の妹のように可愛がっていた。
けれども、よくよく考えると、どうしてそうなったのかが分からない。
僕と相沢の出会いと同じく、彼女たちが仲良くなったエピソードが、僕の記憶の中には存在しないのだ。なぜか二人は、気がついたら意気投合していて、僕が驚く間もなく、まるで前からそうだったように友達づきあいをしていたのだ。
そんなことってあるのだろうか?
たしかに、疑問を差し挟む余地すらないほど彼女たちの仲は良い。夫の僕が嫉妬するくらいに仲良し。たぶん、国内に住んでいる千帆の友人達としては、一番に名前が挙がるのが彼女じゃないだろうか、ってくらいだ。
けど――。
「千帆も相沢も、高校時代はまだ知り合いじゃないはずだ。この頃のことは、お互い何も知らないはず。なのに、千帆はなんで無条件で相沢を信じられるんだ……」
「あのー、センパイ? ちょっと、いいですか?」
「未来での付き合いがあるから信じるってことかな。いやけど、千帆のやきもちはそんなの関係ないからなぁ。千帆に黙って、誕生日プレゼントを相沢と二人で買いに出かけた時とか、相沢が帰ったあとでめちゃくちゃ絞られたからなぁ」
「ちょっ、ちょっ、ちょっ! ちょっと、センパイ! なにブツブツ言ってるんですか! 現実に戻ってきてくださいよ! 怖いですって、ほんと!」
「というか、二人ともそもそもキャラが違うんだよな。千帆はアウトドア派だし。相沢は僕と同じでオタクだし。二人に仲良くなる共通の話題ってないよな……」
「センパイ! もうっ!」
ぐいと腕を引っ張られる。
まるでリードを犬に引かれた飼い主のように、道の真ん中で引っ張られた僕は、それで相沢が自分を呼んでいることにようやく気がついた。
いけない、考え事に集中して、彼女の言葉を聞き流していたみたいだ。
申し訳ないと思いつつ、相沢の方を見る。
すると彼女の顔が真っ赤に染まっていた。
どうしたんだろう。
相沢は、この手の恥じらいとは、まったく無縁という印象があるのだが。
まるでゆでタコのようだ。
外ハネしたショートヘアーまでしゅんと縮ませた相沢。
彼女は、僕をまるで恨めしそうに下から睨んでいる。
ただ、それは心底憎いというよりも、自分の気恥ずかしさを怒りで紛らわしているような戸惑い混じりのものに見えた。
なんだいったい。何をしたんだ僕。
いつもいつも僕のことをコケにする彼女が、いったいどうして年頃の乙女みたいにシュンとしてるんだ。
「あのっ! いい加減、それ、やめてくれますか!」
「……え? それって? なんか、僕、してるの?」
「……無自覚なんですか?」
恨めしい視線が僕の顔から下に移動する。
彼女の視線が向かう先を探って、僕も下に視線を落とす。
するとそれは、僕と彼女の腕が重なっている部分で止まった。
なるほど。
たしかにしている。
そして、年頃の乙女には恥ずかしいだろうねこれ。
男でも恥ずかしいけれど。
そして、完全に気づかなかった。
僕は、多くの帰宅中の生徒達がいる通学路を、あろうことか後輩の腕を握りしめたままここまで歩いてきていたようだ。下ネタでさわぐ相沢を引っ張り、逃げるように学校を出てから、ずっと腕を引っ張ったままだったらしい。
うん。
そりゃ恥ずかしいよ。
そして、なにしてんだよ、僕。
これは恥ずかし青春ワンシーン間違いない奴じゃないか。
無意識にやっても、わざとやっても、悶絶必至の青春一幕じゃないか。
それをまたどうして――なんで相沢にかましてるんだよ。
そんなだから相沢が、いつまでたっても僕に未練たらたらになるんでしょ!
もういい加減にしてよ、僕!
こんなんじゃ月の慰謝料がいよいよ諭吉になるよ!
僕はすぐさま相沢から手を離す。
華奢だが女の子の柔らかさもたしかに感じるそれを慌てて僕は解放した。
すぐに相沢は腕を引いて、こわごわともう片方の腕で押さえ込む。それから、少しかがみ気味に顔を落として、ふてくされたようなばつがわるいような、むすっとした顔で僕から視線をそらした。
先ほどから変わらず、その顔は鮮やかに赤い。
「ご、ご、ごめん相沢! ぼ、僕ったら、こんな! わざとじゃないんだ!」
「いや、別にいいですよ。離してくれれば、それであたしは。ほら、まだここ、いっぱいうちの生徒がいますし。同級生に変な噂されたら……嫌ですし」
またそんな傷つくような言い方。
僕と噂されるのがそんなに嫌なのかい。
顔を赤らめて俯くその姿は、完全に異性との思いがけない接触に、どぎまぎとしている奴だというのに、どうして出てくる言葉がこう素直じゃないんだよ。
そもそも、どぎまぎするということは、された相手に対して、少なからず友達以上の関係になる可能性を感じているということじゃないのか。
意識しているからそういう言葉になってしまうのか。
それとも無意識でそういう風に返してしまう性格なのか。
謝った手前であれだけど、こんな調子のやりとりしていたから当時の僕は相沢を異性として意識できなかったのではないか。長い時間を一緒に過ごしながら、今日まで相沢を異性として意識できなかった理由を、僕はその受け答えの中に感じた。
僕もたいがいだけれど、きっと、相沢もたいがいだよなこれ。
もっと、お互いに素直になっていれば、ちゃんと高校時代に想いを伝え合っていれば、未来にその想いを引きずるようなこともなかったんじゃないだろうか。
それこそ、タイムリープするようなことになんてなかったんじゃないか――。
そう気づいてしまえば、僕もためらっていられない。
やはり、はっきりさせなければいけない。
彼女の僕への想いがなんなのか。
素直じゃない態度を取ってしまう真意はなんなのか。
ここで、僕がはっきりと相沢に本当のことを聞く必要がある。
今、そう、強く感じた。
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