第15話 後輩タイムリープ疑惑の横でお着替え中の妻がエロい

「ありがとぉー、あーちゃーん、もう大丈夫だよぉー」


「そう、それはよかった」


「それじゃぁー、次はぁー、お着替えー、してみよっかー? ばんざーい!」


 そう言って、ぴょんと両手を挙げる千帆。


 はい。

 せっかくしおらしく隠したとおもったらすぐこれだ。


 真夏日の倉庫に響く蝉時雨ぼろんとこぼれるデカメロンかな。(心の俳句)


 たわわに実った肌色のたわわをたわわと揺らして千帆はこちらに迫ってくる。

 さぁさぁ、着替えさせてと迫真のドヤ顔が僕に詰め寄る。


 それをなんとか押しのけようとするが、強く押し合いするとせっかく拭いたのにまた汗だくになる。というか、そもそも普通に押し返す場所が見つけられない。


 だって、JK妻の麗しい裸体を直視する勇気がなかったから。


 意を決して千帆の身体を拭いた、僕の心を少しはくみ取って。

 これでも、彼女の身体を見ないように、紳士的にその身体を拭いていたんだぞ。


 なのにこれじゃ台無しだよ。


「というか、なんなのこの大人のおままごと! なんでされる方が主導しようとしているのさ! 普通逆じゃない! 斬新すぎるよ!」


「ほらぁー、はやくぅー、ブラジャー着けてよぉー。おねがぁーい」


「自分でしなよ! まったくもう! あまえんぼか!」


「えー! ちょっとぉー、困るよぉー! 私がぁー、ブラジャー着けるのぉー、鏡がないと難しいのぉー、知ってるでしょぉー!」


 じゃぁ、脱がなければよかったじゃないですか。


 なんで脱いだんですか。

 脱ぐ必要ありませんでしたよね。

 自分でやっといて、そういうこと言うの、僕、卑怯だと思うの。


 まぁ、おかげでユニフォームの中で、千帆のたわわが大暴れ。

 なかなかお目にかかれない、ダイナミックな肉感を演出することができていたけれど、それでも外す必要はなかったと思うの。

 付けていればよかったと思うの。


 しくしく。


 まぁ千帆のブラ事情は承知している。

 外出先で、鏡がないところで急にブラが外れ、急いで共用トイレに二人で入って直したりとかも未来でよくやっている。


 千帆の胸は彼女の魅力の一つだけれど、負担の一つでもあるのだ。

 これを維持するのは割と大変なのだ。


 僕は夫として、極力彼女の救援には応じてあげたい。もちろん、役得とか眼福とかよこしまな気持ちもあるけど、それよりもまず彼女のことが心配なのだ。


 仕方がない。

 僕は諦めて下着を袋から取り出した。


 淡いブルーでちょっと厚手の生地でできたブラジャー。

 高校生時代の僕だったら、これ見ただけで鼻血を吹くエロカワな奴。ただ、市販品なのだろう、大きいけれどちょっと千帆の胸に合ってない。


 たぶん、きついんだけれども、他になくて無理に着けてるんだろうな。

 我慢してないようで、そういうの黙って我慢するんだよな、千帆って。


 いや、女性はみんなそうなのかもしれない。


 そもそも相沢だって、黙って僕との関係を――。


「……いや、待って? もしかして?」


「んー、どうしたのぉー、あーちゃん? 何か、気がついたのぉー?」


「タイムリープもので、よくあるパターンだけれどさ。ほら、主人公とは別に、敵役もまたタイムリープしているっていうパターンあるじゃない?」


「んー? バック・トゥ・ザ・フューチャー2みたいにぃー?」


「そうそう! いや、厳密にはちょっと違うけれど! まぁ、そんな感じ!」


 主人公が過去を変えて未来を救った先から、敵がまたすぐに過去を書き換える奴。

 タイムリープモノの鉄板パターンの一つ。


 最近の漫画だと東京卍リベンジャーズとか。

 まぁ、千帆はあれ読んでないから知らないか。


 けど、とにかくそういうのがあるんだよ。


 敵かどうかは分からないが、僕たちとは違うタイムリープをしている奴が居て、彼に引っ張られる形でタイムリープしているのだとしたらどうだろう。

 そして、もしその彼が、僕が二年生のタイミングでタイムリープしなくちゃいけない理由を持っていたとしたら。


 だとしたら、その理由を持っていそうな人物に心当たりがある。


「相沢だよ! 相沢もタイムリープしているんだ! たぶん彼女は、この時代に帰ってきて、何かを変えようとしているんだ!」


「えー、郁奈ちゃんがぁー? それはぁー、ないとぉー、思うなぁー?」


「なんでさ。ていうか、さっき話したじゃない。相沢が、僕に惚れているかもしれないってさ。彼女は冗談にしていたけれど、どう考えても未来の彼女の行動は、未練たらたらで僕のことを狙っている感じじゃないか」


「絶対にぃー、違うよぉー。あーちゃんのぉー、勘違いだよぉー」


 けど、今の状況で理由があるのは彼女だけだろう。

 彼女は一年生で僕は二年生。もし僕との関係を作り直すのが――それこそ僕と恋仲になるのが――目的なら、この時期にタイムリープするのは自然だ。


 確証はない。

 もしかすると、僕に惚れているとか、関係を改変するというのは、僕の自意識過剰なのかもしれない。けれど、これまで考えた仮定の中で、一番しっくりくるのはこの仮定だ。具体的かつ妥当な理由があるのはこの仮定だけだ。


 相沢がこのタイムリープの黒幕なんだとしたら、すべてしっくりくる。


「間違いない、相沢だよ。相沢と一度話をしないと」


「やめてぇー、おいた方がぁー、いいと思うなぁー」


「なんでさっきから千帆はそんな否定的なのさ? 何? なんか思い当たることでもあるの? だったら言ってよ?」


「そういうんじゃー、ないんだけれどぉー」


 千帆が黙る。

 うーん、と、彼女はブラジャーを着けたまま、座ったまま腕を組むと考え込んだ。いや、いいから早く、上を羽織って。その前に、下の方の下着を穿いて。


 なに自然に長考モードに入ってるんだよ。

 そんなことしてる場合じゃないでしょ。


 目のやり場に困るから、お願いだからはやくして。


 そんなことを思って僕が悶々していると、そうだと千帆が手をたたいた。


「じゃぁー、こうしよぉー? もし郁奈ちゃんがぁー、犯人じゃなかったらぁー、もうこのタイムリープはぁー、神様からの贈り物でぇー、決定ってことにしよぉー!」


「うぇ? そんなに自信があるの?」


「あるよぉー! もちろーん! それでぇー、明日はぁー、土曜日で学校お休みだからぁー! 二人でぇー、デートしよっかぁー! 京都のぉー、河原町でぇー、祇園祭デートしよぉー!」


 そういえば、明日は七月十四日だな。


 祇園祭の宵々々山だ。

 土日祝日に祇園祭が重なるなんて珍しい。


 たぶんすごい人だろうな。

 それでも、行く価値はあるけれど。


 いや、けど……。


「千帆、部活は大丈夫なの?」


「大丈夫だよぉー! 私以外の部員はぁー、皆ぁー、彼氏とデートだからぁ! 祇園祭がぁー、休日開催なんてぇー、珍しいからねぇー!」


「ほんとほんぽうだなじょしばれーぶ」


 けどそれだとクラスメイトに目撃されるんじゃないだろうか。

 できれば、僕たちの関係は秘密にした方がいいと思うんだが。


 そんな心配する僕に「別にぃー、もうばれてもぉー、いいじゃなーい」と千帆。


 流石に妻だけあって、完全に僕の思考を読んでいた。

 僕の浅知恵なんて筒抜けのようだ。

 とほほ。


「高校生活をー、青春をー、取り戻すんでしょぉー? だったらぁー、関係を隠していてもぉー、仕方ないよねぇー?」


「まぁ、そうなるか……」


「んふふー! 彼氏彼女にぃー、なる前のぉー、お試しデートだよぉー! まぁー、もうー、私たちぃー、夫婦なんだけれどねぇー!」

 

 すっごく楽しそうな顔をして言う千帆。

 もうその笑顔だけでご飯が食べられそう。

 いつまでも眺めていたいから、早く上着を着てちょうだい。下もね。


 まぁ、とにかく、そんな訳で。

 ここに世にも奇妙なタイムリープの意味を賭けた勝負が唐突に提示された。


「どうするぅー? それでもぉー、やるぅー? あーちゃーん?」


「……いや、どっちに転んでも、僕にはメリットしかないし。別に千帆がそれでかまわないなら」


「はぁーっ! しまったぁー! ついー、うっかりー!」


「いや、自分で言っておいてどうなのそれ?」


「むぅー、いいよぉー! じゃぁー、もぉー、成立でぇー! ふんっだぁー! せいぜい頑張ってねぇー、セ・ン・パ・イー!」


 なんでしょげるのさ。

 ぷいと頬を膨らませてそっぽを向く千帆。

 もしかして、今になって相沢に嫉妬しているのだろうか。


 なんにしても多少投げやりに僕たちの勝負が成立したのだった。


 それはそれとして。

 もういい加減、どれだけ目で訴えても、上着を着る気配がない千帆。


 これはもうしかたなし。

 僕は袋からカッターを取り出すと、万歳する彼女の腕の先からするりと通した。

 すると、腕が通った矢先、千帆が僕の方を振り向いた。


「あ、そうだぁー、あーちゃーん!」


「なに?」


「さっきぃー、私の身体をー、拭いてた時なんだけどぉー! こっそりぃー、うなじの匂いをー、嗅いでいたでしょぉー!」


 ぎくり。

 まさか、気づいていらっしゃったとは。


 いや、まぁ、裸を見るよりはいいじゃん。そんなの。

 ちょっと嗅いだだけなんだし。


 青い顔をして沈黙する僕の前で、千帆がぷくりと頬を膨らます。


 あ、これ、割と怒っている時の反応。

 なんかちょっと、彼女の身体の扱い方を間違えて、機嫌損ねてしまった時の表情。


「もぉー、やめてよぉー! 汗だくなんだからぁー! 変な匂いしたらやじゃなぁーい! デリカシーがないんだからぁー!」


「いや、千帆の身体にそんな、変な匂いがする所なんて」


「そういう問題じゃないのぉー! あーちゃんがいいんじゃなくてぇー、私がいやなのぉー! もぉー、これだからぁー、あーちゃんはぁー!」


「……すみません」


 なんで僕、おっぱいも触ってないし、キスもしてないし、裸だって見ないように我慢したのに、うなじの匂い嗅いだだけで怒られなくちゃならないんだろ。

 ほんと、よく分かんないよ、女心。


 というか別にそんなの、週末じゃなくてもよく嗅いでるじゃん。


 ちょっとしかめ面。解せないと顔に書いてみる。

 そうしたら、すぐに千帆がまた一回りほっぺたの膨らみを大きくする。


 あ、また怒ってる。


「いまぁー、週末じゃなくてもぉー、よく嗅いでるってぇー、思ったでしょぉー!」


「なんでわかるの!?」


「あーちゃんとぉー、一緒の時ぃー、私がぁー、どれだけボディケアしてるかぁー、知らないでしょぉー! こまめにお風呂してぇー! 変な匂いがしないようにぃー、気を使ってるんだからぁー! もぉー! 人の気もしらないでぇー!」


「ご、ごめん」


「隙あらばぁー、くんかくんかするよねぇー! あーちゃんってさぁー! もしかしてぇー、ワンちゃんなのぉー? ちょっと変態チックだぞぉー!」


「……ごめんなさいだワン」


「そんなあーちゃんにはぁー、おかえしだぁー!」


 そう言うや、僕の汗だくの制服に向かって千帆が飛び込んでくる。


 ちょっと、せっかく乾いたのに。なにやってるんだよ。

 僕の汗でべたべたになるだろ。


 って、千帆ってばめちゃくちゃ強い力でしがみついてくる。

 全然剥がせない。たぶんこれ全力だよ。

 彼女全力で僕の匂いを嗅いでるよ。


 ちょっと! もぉー!


「おらぁーっ! あーちゃんのにおいをかがせろー! くんかくんかぁー!」


「やめろって千帆! ちょっと!」


「やだよぉーっ! あーちゃんがぁー、匂いをつけてくれないからぁー、私からあーちゃんの匂いをー、つけるもーん!」


「そんなこと言って! 絶対抱きつく口実だろ!」


 とまぁ、こんなわちゃわちゃはあったがそれはそれ。

 僕たちはようやく、このタイムリープを解決する糸口らしきものを見つけた。


 待っていろよ、相沢。

 どういうつもりか分からないけれど、お前の思ったようにはさせない。


 僕は千帆との未来を、なんとしてでも守ってみせるからなぁ。


「むふーっ、堪能ぉー!」


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