第14話 暗い倉庫で妻が汗だく汁だくだくだくでエロい

「……はぁ、はぁ、はぁ」


「……えへぇー、汗だくだねぇー、私たちぃー」


 時刻は12:31。

 僕と妻の千帆は、体育館の倉庫で汗だくになっていた。

 体中から吹き出したいろいろな液体でびちゃびちゃになっていた。


 僕の白いカッターシャツが汗でぴったりと肌に張り付く。

 千帆のユニフォームが彼女の身体の輪郭に沿ってやらしくその形状を変える。

 張りのあるおっぱいやくびれた腰、安産型のお尻にフィットしたユニフォームは、彼女の胸の谷間や臍を浮き上がらせている。


 高校生ながらに女性として完成した肉体。

 その輪郭が、鮮やかなユニフォームの色味によって強調される。輪郭線が一際濃くなる箇所を見つけるたび、僕の心臓の鼓動が荒ぶるように高くなる。


 喉が渇く。

 潤いを求めて、荒い息が喉を抜ける。


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 たった十分ちょっとで、僕たちはこんな精も根も尽き果てた姿だ。


 真夏の太陽が悪いのか。

 あるいは倉庫が悪いのか。

 もしくは目の前の妖艶な高校生の妻がいけないのか。


 たぶん、全部だ。

 僕はそこに居るだけで目眩がするような、濃厚な空気にやられてしまった。

 やられてしまって、理性が今にもアイスのように溶けてしまいそうだった。


 そなけなしとばかりに絞り出した理性の滓で僕は堪える。

 こんなふしだらな状態になっても、僕にはまだ守るべきものがあった。


 だって――。


「いや、真夏の体育館倉庫とか暑いに決まってるよ! そこでこんなハイテンションな言い合いしてたら、普通に汗だくになっちゃうから!」


「あっついねぇー。これはちょっとぉー、予想外だよぉー」


「あぁちょっと千帆! 大丈夫かい! ふらふらじゃないか!」


「だぁーめぇーかぁーもぉー。ごめぇーん、あーちゃぁーん、窓開けてぇー」


 急いで千帆の後ろにある窓に手を伸ばす。

 よくある、家の窓と作りは同じ。窓中央にあるさびついた錠を外すと、僕は手前のフレームをスライドさせた。


 屋根により、微かにできた体育館の陰。

 そこに溜まっていたぬるい空気が入ってくる。


 外気とは言っても昼日中。充分熱い。

 だが、コンクリートの室内で醸成された熱気よりは、まだいくらかマシだった。


 熱中症には気をつけよう。


 そう、僕たちは普通に暑くてどうにかなっていた。

 倉庫のくせに、しっかりと外気で温められてうだるように暑い、天然のサウナみたいなそこのおかげで汗だくだった。

 そこに加えて、千帆と言い争ったおかげで、つばやら涙やらで汁だくだった。


 もうだくだくだった。

 酷い有様だ。


 会う場所を間違えたよ。

 僕が千帆と絶交していることもあって人前で会うのを避けたが、もう少し場所を選ぶべきだったよ。密会するにしても風通しの良いところにするべきだったよ。

 暑くて窓開けたら密会もクソもないよ。


 振り返れば、体操マットの上にへたりと寝転ぶ千帆。

 もう完全にゆでだこだ。


 彼女が実はあまりこういう熱気には強くないのを僕はよく知っている。

 お金がなかった大学時代の同棲で、夏場の四畳半アパートでぐてぐてになっているのをよく見た。まぁ、バテてた要因は暑さ以外もあったけれど。


「あー、つー、いー、よぉおー。もぉー、むーりぃー、ぬーぐぅー」


「ダメだよ千帆。こんな所で脱いだら」


「だったらぁー、あーちゃーん、着替えさせてぇー」


「着替えさせてって」


「そこにぃー、制服ぅー、置いてあるからぁー」


「……なんで置いてあるのさ」


「すぐにぃー、使うとぉー、思ってぇー」


 使わないよ。

 どういうつもりで置いておいたんだよ。


 突っ込まないけれど、ほんと第二の青春を心の底から楽しんでるな僕の嫁。

 別にいいけれどもさ。そうい天真爛漫な所も君の魅力だけれどさ。


 けど、頼むから年頃の倫理観を取り戻して。


 若い心と一緒に、こういうことしちゃいけないよねっていう、性に対する罪悪感を取り戻して。そりゃ二十代も半分過ぎたらやり尽くしちゃって、落ち着くかさらなる深みにはまるかだけれども。性に対して達観してくるけれども。


 けど、僕たちは今、高校生なんだから、それらしく振る舞って。


「というか、そんなことより今は、どうして僕らがタイムリープしたのかだよ」


「そぉー言いながらぁー、私の汗を拭いてくれるぅー! あーちゃんってばぁー、ほんと大好きぃー!」


「こんな場所ですっぽんぽんになられたら、そりゃもう選択肢ないでしょ!」


 千帆が持ってきたという着替えが入った袋を手に取り、全裸でぐてーっとなった彼女に近づく。すぐさま、袋の中からタオルを取り出して僕は彼女の汗を拭いた。


 こんなの誰かに見られたら、何もしていなくても捕まるな。


 ほんとにもう。

 千帆はこういう手のかかる甘え方してくるんだから。


 僕は君のお母さんじゃないっての。


 僕の手の動きに合わせて、くすぐったそうに笑う千帆。

 その仕草がまたなんというか、男心をくすぐってくれた。


「あー、あーちゃーん、そこそこぉー。そこ気持ちいいー。もっと拭いてぇー」


「はいはい。拭きながらでいいから聞いてね」


「わかったぁー」


 こんな状態ではあるが、ようやく本題を話すことができる。

 千帆の身体を無心で拭きながら、僕はまずは別行動時のことを彼女に話した。


 僕と相沢が一緒に登校していたこと。

 彼女と僕の距離感が妙に近かったこと。

 けれども誓って、千帆に申し訳がたたないようなことはしなかったこと。

 からかっている感じだったけれど、高校以降の彼女のことを考えると、相沢は僕に惚れているかもしれないということ。


 そして、そのことについて割と真面目に反省していること。


 こんなの別に、千帆に話すことじゃないとは思ったのだけれど、僕は彼女にそれを話した。あるいは、若い高校生の妻の身体を拭うという、いやらしハプニングを前にして、情けない話をすることでいろいろと落ち着けたかったのかもしれない。


 なんにしても、僕は素直な相沢との事情を彼女に包み隠さず話した。


 嫉妬深い千帆である。相沢とのやりとりについてもう少し何かツッコミがあるかと思ったが、妻はとくに何も言わなかった。逆にそれが怖くもあったが、何も言って来ないのだからと、一旦はスルーした。


 怒っているなら、そのうち何か彼女から仕掛けてくるはずだ。

 そのとき、あらためて対処しよう。


 とりあえず相沢の件については許されたと考え、僕は話題を違うこと――このタイムリープの原因について千帆と意見を交わした。


「クラスメイトの感じを見ても、なんかある様子じゃないんだよね」


「だよねぇー。あたしもぉー、自分のクラスにぃー、変な感じはぁー、しなかったよぉー。高校時代のぉー、空気ぃー、そのまんまぁー」


「この時期に何か事件とかあったっけ?」


「うーんーとぉー、覚えてる限りはぁー、特にないなぁー」


「じゃぁ、他に気になったことは?」


「今日ってさぁー、十三日のぉー、金曜日だねぇー?」


「いや絶対それは関係ないでしょ?」


 僕たちの周りの生徒に特に異常は見られない。

 特に何かこの日やこの数日後に事件があったという記憶もない。

 やはり、この時代に僕達がタイムリープしてくる理由が見当たらなかった。


 なんのヒントにもたどり着けないのがいっそすがすがしい。


 タイムリープものにおいて、主人公がそうなった理由やそこから脱出する条件を、知恵を絞って探り当てるというのは、まぁ物語のお約束だ。

 また、当初正解と思われたそれが、二転・三転するのも当たり前なんだけれども、それにしてもただひたすらに僕たちのタイムリープはノーヒントだった。


 もうちょっと何か、わかりやすいヒントが欲しい。

 欲しいと思って出てくるなら苦労はしないけれども。


 まぁ、僕たちの場合で特殊な部分と言えば――。


「やっぱり、夫婦でタイムリープしているってことだよなぁ。別に世界の危機や、自分の人生を変えるだけなら、二人でタイムリープする必要ないよなぁ?」


「そうだよねぇー、ふたりってのにぃー、意味がありそうだよねぇー」


「いやけど、ミスリードって可能性もあるしなぁ」


「もぉー、あーちゃんってばぁー、深く考えすぎだよぉー? きっとこれはぁー、神様がぁー、あーちゃんとぉー、私にぃー、もっと仲良くしなさいってくれたぁー、プレゼントなんだよぉー!」


 下世話な神様だなぁ。


 けど、その線がいまのところ一番濃厚なんだよなぁ。


 忘れていたけれども、僕と千帆は高校時代と青春について問題を抱えていた。

 それのおかげで上手くいった部分もあるけれど、やっぱりしこりとして僕たちの人生につきまとってもいたりする。


 タイムリープをする理由が、する前の人生における後悔の挽回だとしたら、おそらくこれだろう。僕たちの夫婦生活に、なんの問題も障害もなかった訳ではないが、その多くは今からでも取り返すことができる。


 けれど、この灰色の三年間だけは、どうしても取り返すことができない。

 それこそタイムリープでもしない限り。


 いや、けど、待てよ。


「……それならさ。なんで千帆と絶交した、高校生の入学式の前に戻らないんだ? 戻るタイミングとして、高校二年生の七月って、何かおかしくないか?」


「んー、言われてみればぁー、そうだねぇー。高校にぃー、入学する前にぃー、戻っていればぁー、高校一年生の頃からぁー、いちゃいちゃできるものねぇー」


「いや、そんな、三年間まるっと桃色の青春っていうのはちょっと」


「林間学校はぁー、高校一年生の時しかないじゃなぁーい? 大自然の中でー、楽しめるのはぁー、高校一年生だけだよぉー?」


「何を楽しむつもりなのさ!」


 思わず、強く言ってしまった拍子に、千帆の身体を拭いていた手に力が籠もる。

 いつもの余裕がない色っぽい声が千帆から上がる。すぐに彼女は、恨みがましく僕の方を涙目で見つめてきた。


 いや、ごめん、わざとじゃないから。

 というか、仲良くしたいのか、したくないのか、どっちなのさ。

 いや、そういうつもりでやっていないけれども。


 僕が強く握ってしまった所を、隠すように千帆は腕を前に出した。

 まぁ、既に拭き終わっているのでかまわないけれど、これだけやっといていまさら身体を隠すという、妻の複雑怪奇な女心がちょっと分からなかった。


 女心って、やっぱり男には難しいよね。


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