第11話 無敵の美少女の冷たい素振りがエロい

 死にたい。


「死にたい」


 感情と言動が一致して僕に死を求めている。もはや満場一致で自らの死を希求しだした僕を、果たして誰が止めることができるだろうか。


 けれど、死にたいと思っても生きていかなければならないから人生なんだな。

 ここで死んだら妻も悲しむし、親も悲しむ。数少ない友達も泣く。なにより残された者たちが僕の死の真相を探り出すから、そんな迷惑なことできないんだな。

 そして、割と死にたい理由がどうしようもなくて死ねないんだな。


 高校時代に親しくしていた後輩女子を、さんざん思わせぶりな態度で振り回したあげく、友達ポジションでキープし続けて、彼女を傷つけ続けることになるから死ぬなんて、自意識過剰もいいところだよ。

 というか、誰もそんな自殺理由、気づかないよ。名探偵でも無理だよ。


 というか、これがミッション型のタイムリープなら、真っ先に修正すべき過去の汚点だよ。そのために僕はここに帰ってきたと言っても過言ではないよ。


 まぁ、結局僕は、相沢を振ることもできなければ、やんわりと距離を取ることもできずに、学校まで来ちゃった訳なんですけどね。

 調子が悪い時もあるよねってごまかして、登校しちゃったんだけれどね。


「センパイ! それじゃまた放課後に!」


 大勢の生徒の前で手を振る相沢。

 またこれ誤解される奴。

 恋人と思われる奴。


 絶対に確信犯でやってるよね。


 当時の僕、なんで気づかなかったんだよ。めちゃモーションかけられてるよ。なんで気がつかないの。なんで彼女を無自覚に振っておいて、友達として付き合えるの。


 近年まれに見る鈍感主人公っぷり。

 ラブコメの主人公でも、もう少し女の子の気持ちが分かるよ。

 どうして思春期の女の子の気持ちを感じ取ることができないの。そんなだから、人間性がクソ野郎なんだよ僕は。


 また死にたみが強まってきたぞ。


 けど、死ぬ訳にはいかない。この過去という名の思春期恥ずかし黙示録から抜け出して、なんとしても未来に帰るんだ。千帆との幸せな未来を保ったまま戻るんだ。たとえ僕を犠牲にしても、千帆だけはなんとしても現代に戻すんだ。


 だから死ねない。

 少なくとも、恥ずか死するのはここじゃない。


 それは未来に戻ってからだ。


 こんな所で死んでられるかよ。


「気を強く持つんだ篤。大丈夫、僕ならやれる。この恥ずかしい過去を前にしても逃げ出さずに運命に立ち向かえる。僕はできる。できる男なんだ」


 かけ声がまただいぶ気持ち悪い。

 現在進行形で黒歴史を更新していくこのどうしようもなさ。


 やっぱ死にたみしかなかった。


 時刻は8:23。場所は茨木市内にある府立高校。

 ここの普通科クラスに僕は通っている。


 千帆も同じ高校。

 近くてそこそこの知名度がある進学校のため、茨木に住んでる高校生はだいたいここを目指す。どこの県にもある地方でちょっと名の知られたレベルの高校だった。


 既にホームルームまで15分をきろうかという頃。


 クラスには人影が溢れている。

 部活終わりの生徒から帰宅部まで、真面目な者はほぼほぼい揃っている。

 他のクラスに友達の居る奴らが、ちょっと席を外しているくらい。


 僕の席ってどこだったっけかなと考える。

 もちろん、十年前の座席なんて覚えていない。

 黒板の横にある掲示板。そこに、ありがたいかな座席表が貼ってあったので、それで僕は自分の席を確認した。


 窓側、後ろから二番目の席。

 幸いにも誰にも占拠されていなかった席に腰掛けると、僕はため息を吐く。


 なんかこっちにタイムリープしてから、ため息ばっかり吐いてるな。


 幸運が逃げるよ。

 まぁ、サスペンス展開になるよりはいいけれどもさ。


「おーっす! おはよう鈴原!」


「おっ! おはよう杉田!」


 さて、上手く高校生やれるかなと不安に思っていたのだが、それは当時の親友の一声で払拭された。


 僕が今居る席から、斜め前の席、振り返って挨拶してきたのは、杉田良平。

 野球部員。二年生なのにレギュラーの将来有望選手。典型的高校球児だ。


 実はこの高校に入ってからの付き合いになる杉田。

 この当時はまぁ、クラスでちょっと気が合う友人だったんだけれど、僕らはこの先長く付き合っていくことになる。きっかけがこれまた思い出せなくて悪いけれど、高校を卒業する頃には、僕と彼は休日に二人で遊びに行くくらいに仲良くなるのだ。


 こいつが良い奴だってことは、未来の記憶から明からだ。

 また、彼は僕が前の会社を急に辞め、転職先が決まらず困って居たとき、「だったらうちに来るか?」と誘ってくれた恩人でもある。

 信じられないはずがない。


 しかしまぁ。


「これが将来の敏腕システムエンジニアか」


「は? なに? どしたの?」


 いや、なんでも、と、誤魔化すのが一呼吸遅れるくらい不思議な話だ。


 現時点では野球に恋する熱血高校生球児。今年こそは甲子園に出場しますと意気込んでいる脳筋バカが、十年後には社内でも指折りの出世頭なんだもの。

 世の中何がどうなるかは分からないよな。


「いや、なんでも。ただ僕はいい友達を持ったなって思ってただけさ」


「……え、お前、そういうキャラだったっけ? もっと暗室きのこを擬人化しましたみたいなうじうじした性格じゃなかった?」


「暗室きのこ」


「あと、一人称違くね? なに『僕』とか言ってんの? 高校デビュー?」


「もういちねんとさんかげつすぎてる」


 なんで君たち僕の一人称にすぐ気がつくの。

 そして、僕の性格にそう食いついてくるの。

 君たちは僕のファンかなにかか。


 また調子が悪くってと誤魔化す。大丈夫かと心配してくれたのが心に痛かったが、とりあえず僕の様子が変なのは納得してもらった。


 勉強道具が入った鞄と野球の練習道具が入った鞄を机の両方にかける。

 結構な生徒が――というか僕も――置き勉しているのに、律儀に持ち帰っている杉田は割と凄い。真面目という一点について、誰も敵わないんだよなこいつには。

 そして、同時に不器用なくらい良い奴なんだよね。


 真面目で融通が利かなくて、けれども決して人の気持ちが分からないではない。

 なんだか、とても人間味のある奴なんだよな、杉田はさ。


 そんな彼は椅子に身体の側面をもたれかからせるように座ると、少しだけ斜めにずらして僕の方に身体の正面を向ける。

 彼はカッターシャツの襟元を掴むと、団扇代わりにして自分の顔を扇いだ。


「いやー、流石に七月も半ばに入ってくると朝練がきついわ。もう汗だくでさ。インナーがすぐベトベトだぜ」


「おー、おつかれ。頑張るねぇ。今年は甲子園いけるといいね」


「おう! そのために頑張ってきたからな! 目指せ大阪大会優勝、甲子園出場!」


 意気込む杉田。

 力こぶを作ってポーズを決める様は、やっぱりただの熱血球児だ。

 けどまぁ、こいつのこういうノリに救われた部分はあるんだよな、当時も未来も。このまま、曲がらずにまっすぐに育ってもらいたいもんだ。


 開け放たれた窓から風が吹き込む。

 暑い夏の朝に吹いたそれは、登校でほてった身体に心地よく、少しだけクラス内が静かになる。

 そんな中、その静寂を見計らったようにクラスの入り口に影が差す。


「おっ、姫様のご登場だ」


 杉田のからかうような言葉が向かった先はその影。

 金色の髪を靡かせて歩く色白のその美少女。周囲の視線などまるでまったく気にしない感じで慄然とした彼女は、その姿が嫌でも目につく教卓前の席に座る。


 革の鞄の中から今日の授業で使う用具を取り出す。

 そんな何気ない日常の姿までが画になった。

 そして、生徒の心と視線を掴んで離さない。


 男子たちがその女性として完成された美しさに熱っぽい息を吐く。

 女子たちが、彼女たちが目指す美の果てに嫉妬する。


 クラスメイト全員が高校生という立場を忘れ、個の本性をむき出しにする。彼女はそんな『ただそこに居るだけに人に作用する何か』を持った美少女だった。


 ふと、彼女が立ち上がる。

 手にしているのはノートの切れ端。


 振り返った彼女と目が合った。ブラウンの瞳。

 日本人離れした美しさを持ちながら、けれども瞳の色が彼女が日本人だと証明している。そんなことを思って固まる僕の所に、彼女は真っ直ぐに歩いてきた。


「鈴原」


「え、あ、うん。なにかな、天道寺さん」


「手紙、預かったから。それだけ」


 そう言って、僕の妻の親友――天道寺文はノートの切れ端を机に置いた。

 すぐさま、どうでもいいという感じに僕から視線をそらした彼女は、少しだけ立ち止まってそれから元いた自分の席に戻っていった。


 金色の髪とミニスカートを窓から吹くそよ風に揺らすその姿は、この年頃の少女しか持ち得ない鮮烈な色気を纏っていた。


 たぶんここに居る誰も、彼女と同じ評価基準では少女として敵わないだろう。


 天道寺文は当時、この学校において無敵の美少女だった。


 そんな彼女が無冠の女帝として文壇に殴り込むのはまだ少し先の話。

 と言っても、それほど遠くはないのだけれど。


「おい、姫様から手紙かよ? すげーじゃんお前!」


「いやいや預かったって言ってたじゃん」


「あ、そうだな……って、ちょっと待て、天道寺を使いっ走りにできる奴とかこの学校にいるの? なにそれ、本当に? あの天道寺だよ? 女子や男子から中二病みたいなあだな付けられて恐れられている、あの天道寺文だよ?」


「いいかた」


 この頃の天道寺さんは、その独特なキャラクターで完全に浮いていて、校内でも腫れ物扱いだった。

 男子も女子も、天道寺さんと呼ばずに、「茨木の姫」だとか「金髪の君」だとか「ツンデレンジェルふみちゃん」とか「✟白聖乙女天道寺様✟」とか呼んでいた。

 僕の知りうる限りの知識で申し訳ないけれど。

 マジでそんな感じなのだ。


 これも記憶にある限りだが、在学中に彼女から話しかけられたことはない。

 彼女と主に付き合いだしたのは、千帆と付き合うようになってから。大学二年生になって、千帆と正式にお付き合いするようになってからである。


 さて。


「おい、誰だよ? その天道寺と対等に話ができる人間ってさ?」


「んー、秘密かなー」


「なんだよそれ! 紹介しろよ! 友達だろう、俺たち!」


「僕が相手を知っていたとして、なんで杉田に紹介する必要があるんだよ?」


「決まってるだろ! 美少女の友達は美少女! 天道寺は性格キツくて恋人にするの大変そうだけれど、同じくらいの美少女だったらいけるかも!」


「ぜったいおしえない」


 だって僕の未来の奥さんだからね、その美少女。


 僕が手にしたノートの切れ端。その差出人は十中八九、千帆だ。


 この学校で彼女の友達は千帆だけだ。

 つまり、彼女に対等にお願いできるのは千帆だけなのだ。

 無敵の美少女はその孤高さ故に学校で孤立し、ついに一年生の時に友誼を結んだ僕の嫁以外に、友達を作ることができなかったのだ。


 悲しいことにその事実を僕たちは知っている。

 彼女の数少ない友人である僕たちは、その孤独の苦しみを痛いほど知っている。

 その苦しみを千帆がいくらか和らげたことも、また。


 だから、この手紙は間違いない。

 千帆が僕に宛てた手紙だ。


 彼女は天道寺さんを通して僕にメッセージを届けたのだ。

 話の続きは学校でと言った手前あれだけれど、現状では下手に動くことができない僕たちは、こうやってこそこそと連絡を取り合わなければならなかった。


 早速中身を確認する。

 杉田の手前だったが、彼が口調とは裏腹、人の手紙をのぞき見るようなことはしない紳士だということも僕はよく知っていた。


 案の定、彼は視線を背けると僕が手紙を読むのを待ってくれた。


 ほんと性格がいいな、こいつ。

 できる男は最初から違うんだな。


 杉田に感心しながらもノートの切れ端に書かれた文字を読む。

 昼休み、体育館の倉庫でと書かれたそれは、間違いなく千帆の字だった。


「ごめん、杉田。今日の昼ご飯は、一人で食べてくれないかな」


「おう。なんだ、もしかして告白とかか?」


 みたいなものかもね。

 そう言って僕が話をぼかすと、杉田は少し面白くなさそうに眉を寄せた。


 ホームルームの予鈴が鳴る。

 クラス中の生徒が、自分の席に向かって移動しはじめる。

 また、遅刻常習犯や運悪く寝坊した生徒が、急いで教室に滑り込んでくる。


 さきほどまでとは違う感じに湧きたつ教室。

 そこにクラスの担任教師がが出席簿を持ってやって来た。


 教壇の前に教師が立って、日直が号令をかける。


 その時、慌ててクラスの中に駆け込んでくる人影がひとつ。

 先ほど悠然とクラスに入ってきた天道寺さんと違ってぼさぼさの黒髪。

 紅潮とあばたが混ざり合って黒い顔をした少女は、銀色のフレームの眼鏡を鼻先までずり降ろして、部屋の前に立っていた。


 こら、と、先生が怒号をあげる。


「なにやっとるか! 志野! はやく席に着け!」


「す、すみませぇん」


 泣き出しそうな声を上げたその少女は、いそいそと教卓の前を横切ると、教室の窓際まで移動して、それから窓と机の間にできた人一人分の通路を通って、僕の後ろの席に着席した。


 変な子だな、と、思った。

 こんな子いたかなとも。


 けれどまぁ、忘れているくらいだから、気にする必要はないだろう。


 起立、礼、着席の号令で、一様に挨拶をする。

 教師は出席簿を開いて、後ろの彼女が息を整える間もなく点呼を取りだした。


「はー、せっかく美少女の彼女ができると思ったのに。残念だな」


「自分で頑張れ高校球児。甲子園出たらモテるでしょ」


「気軽に言うなよな。分かった、それじゃ噂のお前の幼馴染を紹介してよ」


「ぜったいにやだ」


 だから、彼女は未来の僕の妻だから。


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