第9話 鬼畜猫系JK後輩がきわどくからかって来てエロい

 相沢と会っていろいろと思い出した。

 高校生の頃、僕がどういう生活を過ごしていたのかいろいろと思い出した。


 学校での交友関係。

 周囲に対しての接し方。

 クラス内での立ち位置。

 千帆との関係。


 そして、相沢とどうして仲良くなったのか。


 大人になってからの付き合いがながくってすっかり忘れてしまっていたが、僕が相沢と仲良くなったのはこの春先――タイムリープより数ヶ月前のことだった。


 僕は一年生の頃から保健委員を務めており、二年生でも引き続きその役目を自ら志願していた。それで、クラスへの配布物の受け渡しや、授業中のクラスメイトの怪我の対応など、ちょいちょい保健室へと出入りしていたのだ。


 そんな保健室で僕は相沢と出会った。


 当時の彼女はいわゆる保健室登校をしていたのだ。


 きっと深い理由があるのだろう。そう思って、顔は合わせても距離を置いて接していたのだが、あるときふと漫画の話で盛り上がり僕たちは仲良くなった。

 そしてある程度仲良くなった所で、僕は彼女から授業に出ない理由を聞かされた。


「高校生デビューに失敗したんですよぉー!」


「さんざん引っ張った割にしょーもな!」


「しょーもな! しょーもないってなんですか! 大事なことですよぉ! これから三年間、このキャラで引っ張らなくちゃいけないんですよ! 最初のイメージって大事じゃないですか! なのに、酷いですよセンパイ!」


「酷くねえよ! 些細なことだよ! 本気で心配した俺に謝れ!」


 まぁ、それからいろいろあってというか、まだ彼女が入学して間もなかったこともあり、ゴールデンウィークを切っ掛けにクラスに相沢は復帰した。

 無事に彼女はクラスに馴染めて、遅まきながら友達もできたそうだ。

 だが、朝のホームルーム前や放課後、時にはこうして通学途中を狙って、彼女は俺にかまわれにやってくるようになったのだった。


 いや、かまいにくるの間違いかもしれない。


 ぶっちゃけ二人の力関係をよく分かっていない。


 という訳で、今日はそんな相沢が僕の家に朝から押しかけてきた日だったのだ。

 もちろん十何年前の日のことを詳細に覚えているはずがない。

 完全に不意打ちだった。


 とはいえ相沢も年頃の女の子である。

 なんの理由もなく男子の家に朝から押しかけることなんてできない。


 押しかけたくてもそこには理由が必要になる。

 世間体的に。


 うん、僕がおかしい訳じゃないよな。千帆とのやりとりで、その辺りちょっと判断がもやってた僕だけれど、それで普通だよな。どう考えても、幼馴染の家に、窓からジャンピングエントリーする美巨女が、ちょっと押しかけ妻度が高いだけだよな。


 そんな訳で、相沢には僕の家にくるちゃんとした理由があったのだ。


「お、郁奈ちゃんいらっしゃい。今日も元気だね」


「センパイのおかーさんおはよーございます! 今日もマガジンとチャンピオンいただきにきましたー! いつもありがとうございまーす!」


「いいよいいよ、どうせ処分すんの手間だから。こっちとしても助かってる」


「……母さん」


 そう! 相沢は僕の家に、漫画雑誌をもらいに来ているのだ!

 僕が漫画読みのため、放っておくと廃品回収の時にえらいことになる、漫画雑誌をもらいにきているのだ!


 ジャンプとマガジンとチャンピオン!

 火曜日と金曜日に雑誌を取りに我が家にやってくるのだ!


 放課後の方がよくね?


 そう聞いたんだけれど、学校で授業中に読むんだってさ。

 真面目に勉強しなさいよこの不良少女。地頭良いのに、そういう楽な方に流され流されしているから、十年後もベーカリーショップで看板娘することになるんだよ。

 パン屋勤めが悪いとは思わないけれど、三十歳の看板娘は壮絶に頭悪いと思うよ。


 はぁ。

 千帆のこともあるけど、朝からなんかどっと疲れた。


 意気消沈する僕の横で、玄関の脇に置かれていた紙袋をひょいと持ち上げる相沢。するとそのまま彼女は俺の腕に、紙袋を持っていない空いている腕を絡めてきた。

 なにするんだよと抗弁するまもなく、僕は彼女に玄関から引きずりだされる。


「それじゃ行ってきまーす! 今度また、一緒に映画見に行きましょうね、センパイのおかーさん!」


「おーっ、いってらっしゃい。気をつけてな」


「ちょっ、やめてよ相沢!」


「まぁまぁいいじゃないですか。減るもんじゃないんですから」


 そういうことじゃない。

 お前も同じか、千帆と同じか。

 ちょっと、いくら何でも距離が近いよ。

 年頃の男女の仲として近すぎるよ。


 別に僕たち、付き合ってる訳でも、恋人という訳でも、意識し合ってる訳でもないだろう。というか、僕には千帆という妻がいるので……って、今はただの幼馴染か。


 いや、もはや幼馴染でもないんだよな、この頃は。


 そう、僕は相沢のことと一緒に、高校時代の千帆との関係についても思い出していた。そして、ちょっとそれについて、朝の悶着以上のショックを受けていた。

 また、彼女が去り際見せたさみしげな表情の意味も理解し、学校で会えるからと気軽に言ったことを激しく後悔していたのだ。


 なので、このパワフルかしまし後輩についていく気力が正直に言ってなかった。


 というか、千帆のことで頭がいっぱいで、それどころではなかった。


 ほんともうすっかりと忘れていた。

 なんで僕って、こうも自分に都合の悪いことを忘れちゃうんだろう。

 頭が悪すぎる。そりゃ、この時期をやり直せって、タイムリープで戻されるのもなんとなく分かっちゃうよ。ていうか、もしかしてそうなのかもしれない。


 歩きながらため息。

 すると、相沢が俺の顔をのぞき込んでくる。


 身長百四十センチ弱。当時から、僕より小さかったミニマムパワフルガールの彼女は、コケティッシュな表情を僕に向けてくる。


 やめて相沢。

 妻子持ちの高校生を誘惑しないで。

 からかってるだけだろうけど。


 けどそのからかいがいのちとりよ。


 男の子は簡単に勘違いしちゃう生き物なのだから。


 僕は妻子持ちなので勘違いしないけれど、勘違いしちゃう生き物だから。

 強い理性で抑え込んでいるけれど、勘違いしちゃうかもしれないから。


「どうしたんですかセンパイ? なんか元気ないですよ?」


「あぁ、ちょっとね」


「もしかして、今週の『みつどもえ』、どスケベ回でした? 夜中に頑張っちゃった感じですか? 欲望を出しちゃいました? 息を抜いちゃいました?」


「君はこの頃からブレないなぁ!」


「小学生に恋するのはやばいですよ! ひゃぁー! 変態だー!」


 そう思うなら僕の腕を離して。

 変態の腕をがっちりホールドしてなんで離さないのさ。


 言動と行動が違う。

 いい加減、怒るよ僕も。


 もうとっくにあきれてはいるけどさ。


 あと、その――さっきからこう、微妙な膨らみを押しつけてくるのもちょっと。年頃の女性の行動としていかがなものかと思うのですけれど。

 それはいいのか君的に。


 ていうか全体的に密着しすぎ。


 相沢、僕、千帆ともこんな人前で、密着したことないんですけれど。

 街中でもせいぜい、手をつないで歩くのが精一杯。腕組んで歩くとか、それこそ旅行先とかじゃないとしないんだ。割と甘いムードが極まった時じゃないと、人前でしないんだ。ギャルゲーだと一枚絵くらいの重要シーンでしかやらない感じなの。


 だからその、腕組むのやめません?


 勇気がなくて言えないけれど。


 高校生の頃の相沢にびびってしまって何もできなくなる情けない僕。

 そんな僕を相変わらず見上げてくる相沢。


 彼女ってこういうキャラだったっけな、なんてしみじみ思っていた矢先、その目が猫科動物のように輝いた。


 あ、違う。

 まだこれ、猫被ってた奴だ。

 まだ三十パーセントも力出してない奴だ。


 知ってる。この娘とは長い付き合いだから。

 そして、大人になってもっとエグいセクハラかますようになったから。


 一番ひどかったのは大学サークルの卒業コンパの三次会。ビール瓶の栓抜きがなくてどうしようかと戸惑う僕たちに、それじゃちょっと私がトイレで抜いてきますよと大声で言ったんだ。いやまぁ、汚れるからって意味なんだろうけど、意味深に聞こえちゃうよね。それでみんな酔いが醒めて、そこからガチ説教だったよね。


 なのにこいつ!

 さてはこの頃から実力を隠してやがったな!


 どの口が人のことスケベって言うんだよ!

 君が一番スケベだよ!


 可愛いから許されるとか思ってないよね!

 普通にセクハラだよ!


 とか思ってたら、案の定ほら、またそうやって胸を押しつけてくる!

 千帆と比べれば物足りないサイズだけれど、成長途中って感じで逆にそれがエロい胸を押しつけてくる! 絶妙なやわからさ! やめて! 変になっちゃうから!


 こんな直接的なアプローチされたら、妻子持ちでもくらっとくるから!


「ちょっと、相沢さん。その、さっきから、胸が」


「あててるんですよ?」


「そうていないのかえし! いうとおもったそのせりふ!」


「どうしたんですか、センパーイ? なんかホントに、今日はちょっと変じゃないですかー? もしかしてー、あたしのこと意識しちゃってますかー?」


「ばばば、ばかなことをいうんじゃないよ、相沢くん!」


「ていうかー、いつもだったらあたしのことー、郁奈って呼び捨てにしてるじゃないですかー? なんで今日は、名字で呼んでるんですかー?」


「……え、マジで? それは覚えがないんですけれど?」


 そう言った途端、ぱっと相沢が僕から手を離す。

 ついでに距離もとると、彼女は顎先に手を当てて、じっとこちらを見てきた。

 それまでのなんというか小悪魔的な顔から打って変わって探偵の顔だ。


 え、なになに、なんなのいったい?


 僕、何かしたんだろうか?


 それとも、マジで相沢のこと――郁奈って呼んでるの、高校時代の僕は?


 ダメだよそれ、浮気になる奴じゃん。

 千帆に後でめちゃくちゃ怒られる奴じゃん。


 してない! 僕は絶対にしてません!

 相沢を郁奈なんて呼び捨てにしていません!

 彼氏ムーブなんかしていません!

 千帆に誓ってしていません!


 まぁ、そのころの記憶を失ってた僕が言っても説得力なんてないけれどさ。


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