第7話 妻のおっぱいは人を落ち着かせる効果があってエロい

「……やっぱり、直前のことを整理しても、全然タイムリープする理由がないよね」


「だねぇー。何がいけなかったんだろぉー」


「僕ら別に何かに失敗したわけでも、命の危機に陥った訳でも、事件に巻き込まれた訳でもないもんね。普通にゴールデンウィークに突入しただけだもんね」


「ねぇー? ビーストあーちゃんもぉー、あーちゃん赤ちゃんも我慢したのにぃー、なにこれって感じだよねぇー?」


「いやそこ重要かな千帆?」


 時は、再び進む――というべきか、巻き戻るというべきか。


 これややっこしいな。


 2007年7月13日金曜日7:16。


 僕の枕元にあった電池式の目覚まし時計調べ。


 今僕らがいるここは、僕の実家。そして僕の部屋。

 窓の向こうには千帆の実家と彼女の部屋が見える。そんな窓から、僕はおおよそ十年前の地元の景色を眺めた。


 大阪府茨木市玉瀬町。

 閑静な住宅街のただ中に、僕と千帆はかつて住んでいた。


 実は今僕たちが住んでいる宇野辺から、それほど離れていない。

 歩いて一時間もかからないくらいの距離。ご近所さんではないけれど、全然生活圏内だったりする。なので、もしかしたら本当に、気がつかないうちに実家に帰って寝ていたという可能性もあるのだが――。


「やっぱ、町並みが昔だよね」


「そうだよぉー、イオンが新装開店の前だもーん。間違いなく昔だよぉー」


「だよね」


 十年たてば、町並みも変わる。

 家の外壁が塗り替えられたり、空き家になったり、新しい家が建っていたり。

 ここ十年、実家に帰らなかった訳ではない。それでなくても同じ市内、歩いて行ける距離なのだ。僕たちが生きている時代の町並みとの差異はいやでも理解できる。


 まぁそれよりも、自分の姿を見た方が理解は早い。


 男の部屋だ、姿見なんてない。

 ガラスに映った像で僕は自分の今の状態を確認する。


 百五十センチ前半の身長。

 帰宅部一本でやってきたため貧弱な体つき。

 もう夏だっていうのに白い肌。別に冷房室育ちでもないのに。


 間違いない。

 僕は高校生の頃の貧弱モヤシボーイに戻っていた。


 この十年でジムに通ったりロードワークしたりして培ってきた僕の肉体的資本は、一瞬にして失われていた。筋肉は一日にしてならず。血のにじむような努力で身につけた、人並みより少し多い筋力は、時間の遡行によりそぎ落とされたのだ。


 こんな残酷なことってあるかな――。


「うぅっ、やだぁっ。こんな貧弱なモヤシボーイ、二度と戻りたくなかったのに」


「そんな風に言うことないよぉー。この頃のあーちゃんはぁー、この頃のあーちゃんでぇー、かわいいと思うよぉー?」


「男子にかわいいって褒め言葉じゃないよね」


 このモヤシボーイから、一念発起して身体を作り上げるまでに、長い年月がかかったのに。逆に、ここでその過去をなかったことにされたら――筋力持って二回目の人生みたいな――それはそれで僕の努力を否定することにもなるが、それはそれ。


 やっぱりくやしい。


 どうしてよりにもよって、こんな灰色の青春時代にタイムリープしたのか。

 人生の中でもっとも僕が鬱屈していた時期だよ、これ。


 それこそ、変えたいっていう時期には間違いない。けれど、わざわざ変えにタイムリープするのも躊躇するような時期だよ。


 大きなため息が僕の口から漏れる。


 タイムリープの理由もわからなければ、どうしてこの時代なのかも分からない。分からないだらけの状況に、僕の脳みそはもうキャパオーバーだった。

 よくタイムリープモノの主人公は、こんな状況に追い込まれても冷静に行動することができるるよ。すごいなって素直に思う。


「ほんとなんなの。直前に、そういうことに繋がるフラグなんて、何もなかったじゃない。いったいなんで僕たち、こんなタイムリープをしなくちゃいけないのさ」


「さぁー、なんでだろぉー? 運命を変えろみたいな感じなのかなぁー?」


「そこそこ今の人生で満足していたんだけれど! 後悔なんて、僕、別にしていないんだけれど!」


「そうなのー? 本当にそうなのぉー、あーちゃーん?」


 そうだよ。


 大好きな幼馴染と結婚して、仕事も順調で、友達にも恵まれて、貯金もそこそこある。これ以上、いったい何を望むんだってくらい、僕の人生は順調だったんだ。


 確かに灰色の青春を送っていたのは間違いない。

 けれど、その暗黒の日々を糧に、僕は三十歳で充実した日々を手に入れたんだ。

 だったらそれでもう充分。


 これ以上を望むなんて、それはちょっと贅沢だ。


 そう思ったのだけれど、僕と違って千帆の顔は真剣だ。

 なんだろう、彼女は僕と違って、何か高校時代に後悔があるのだろうか。


 そんなこと別にないんじゃないかな。


 僕と違って千帆は高校時代、バレー部でも上手くやっていたし、学業も優秀だったし、良い友達に囲まれて充実していた日々を送っていた。その後も、大学は希望校に進学できて、就職先も阪内で見つかって、僕と一時期仕事の都合で離ればなれになったりはしたけれど、こうして二人でゴールインすることもできた。


 うん。


 千帆こそパーフェクト人生じゃん。いったい何の不満があるっていうのさ。


 もしかして、僕と結婚したくなかったとか?

 ちょっとやめて。今、暗黒時代に戻っただけでもショックなのに、そんなカミングアウトされたら、僕死んじゃうから。

 実はこの頃、好きな人が居たのとか言われたら、僕、死んじゃうから。


 やだっ! 千帆は僕のお嫁さんなんだ! 他の奴になんて絶対に渡さないんだ! もしその前提が覆るなら、何千何回でもタイムリープしてやるんだ!


 ていうか、もしかしてそういうこと?

 未来の千帆が、僕以外の男に狙われてるってこと?


 誰、誰だよいったい――もぉおぉお!


「千帆が! 千帆がエッチな格好するからダメなんだよ! エッチな格好で、男の人を誘惑するから、こんなことにきっとなっちゃったんだぁ!」


「えぇーっ? なにそのいいがかりぃー! そんなわけないじゃなぁーい! 私ぃ、あーちゃん以外の前でぇー、はしたない格好なんかしないもーん!」


「じゃぁどうしてタイムリープしてるのさ! 愛する人との関係が変わっちゃって、それを元に戻すためにタイムリープするのは鉄板でしょ!」


「それはたしかにぃー、そうかもだけれどぉー」


「だったら! 千帆しか考えられないじゃん! 千帆が、千帆が――僕以外の誰かのお嫁さんになっちゃったんだ! おぁあああぁあああっ!(スプラッシュ)」


「だからあーちゃん、おちついてよぉー、もぉー!」


 これが落ち着いていられますか。


 小さな頃から大好きだった千帆。

 幼稚園の頃に結婚の約束をした、小学校ではおしどりカップルとして名を馳せた。

 中学生では一緒にクラス委員を務め、そして同じ高校に入学して、大学も学部は違うけれど一緒だったんだよ。


 ずっと一緒、いつだって隣に居た。

 そんな大切な女の子を、誰かに取られるなんてそんな残酷なことあります。


 おぉ、神よ! 天におわす神よ! いろいろ居て、今もお盛んな宗教が絡むとヤバいから誰でもいいけれど神よ!


 貴方はなんて残酷なことをしてくれるんだ!

 こんな、心からお互いのことを愛し合っている男女の仲を引き裂くだなんて!

 貴方に慈悲はないのか!


 ならいいぜ!

 何回でも、お前たちが僕たちの関係を、なかったことにしようって言うんなら、僕はそれを何回でも何千回でも塗り替えてやる!

 僕と千帆が笑って暮らすあの未来へ、たどり着くために僕はなんだってしてやる!


 覚悟しろよ――もふぁっ!


「あーちゃん、ちょっと落ちついてぇー! えぇーいー!」


 そんな声と共に、僕の視界は何かによって遮られた。

 それはぽよぽよとして、人肌のぬくもりをした何かだった。

 さわっているだけで何か幸せな気持ちになれるそんなものだった。

 そして、僕が顔を動かすたびに、あっとか、あんっとか、なんかちょっとなまめかしい声が耳に届いてくる、不思議ガジェットだった。


 知ってる!

 僕これ知ってるよ!

 未来で触ったことある!

 いっぱいいーっぱい触ったんだ!

 えへへ!


「おっぱぁーーーーい!」


「やーん! あーちゃーん! 乱暴だよぉー!」


「なっ、なっ、なにしてるんですか千帆さん! なんでここでおっぱいに顔を埋める必要があるんです! 君は何かね! ラッキースケベ担当のヒロインかい!」


 僕の目の前、たわわに揺れる千帆おっぱい。

 未来で触れたそれと比べて、大きさは変わらないけれど、まだまだ未成熟な感触をしていた。けれど、これはこれで。


 とか言ってる場合じゃないよ。

 ダメじゃん、君まだ未成年だから。

 こういうエッチなことしたらいけない年齢じゃん。


 事案になっちゃうでしょ!


 やばかった。あと少し、僕の理性が死んでいたら、おっぱいに埋もれていた。

 そして、そのままおっぱいの快楽から、若い千帆の身体に溺れていた。それをやったら流石にアウトだろ。たとえ未来の奥さんでも、いたしてしまったらダメだろう。


 セッ○スはちゃんと二人で責任がとれるようになってから!


 僕と君との約――おぱっふ!


「ほーらぁー、あーちゃーん、おっぱいですよー。あーちゃんの大好きなぁー、私のおっぱいですよぉー。バブゥー」


「……ち、千帆さん! ちょっと止めて! こんなタイムリープして高校生の嫁にバブみを感じてオギャっておっぱい揉み揉みなんて、ヤバさしかないから! 犯罪の匂いしかしないから!」


「いいじゃなぁーい、未来の夫婦なんだからぁー」


「この時点では夫婦じゃないし、結婚したくても結婚できない年齢じゃない!」


「けどぉー、ほらぁー、おっぱいにはぁー、人を落ち着かせる効果がぁー、あるんだよぉー?」


 え、それ、本当ですか?

 もしかしてそれ、この混乱にも効く奴ですか?


 だったら仕方ないね。

 これはもう、揉むしかないね。

 緊急事態だし。


 背に腹は代えられない。僕は覚悟を決めると千帆の高校生おっぱい(フレッシュタイプ)を堪能することにした。ていうか、これ、パジャマの下にブラ付けてないな。薄い生地越しに、めっちゃ肉の柔らかみを感じる。やばい。


 仕方ないんだ。

 今、僕は混乱しているんだ。

 これを正常に戻すには、おっぱいの力に頼るほかないんだ。


 大丈夫。

 おっぱいを揉むだけなら、なんとか犯罪にならない。

 僕たちはまだ、清い身体のままのはず。


「千帆! 君のおっぱいを借りるよ!」


「おーうぅー! どーんとこーい! あーちゃぁーん!」


「こら、篤。なに朝から騒いでるんだい。まったくアンタはなまっちょろいくせに、いっちょ前に騒がしいんだから……」


 覚悟を決めた瞬間、背後で声がした。

 千帆のおっぱいを握りしめようとして、思いとどまってすぐ顔をおっぱいから離した。そして、もはや僕が取り返しのつかない過ちを犯してしまったことを自覚しながらも、その背後に忍び寄った死神の姿を確認した。


 死神は、僕のよく知っている人の顔をしていた。


 ――はい、母さんDEATH。


 気がつくと、死が僕の身体を悪寒となって覆っている。


 もう逃げられない。


 僕は己の運命をそのとき悟った。


「……ち、ちち、ちがう、違うんだよ、母さん。これは、これには深いわけが」


「なんだいあんたら。こんな隠れてこそこそと。やることやってたのかい」


「朝から騒がしくしてすみませーん! おかあさーん!」


「千帆! お母さんだなんて気が早くてよ! 言葉を選んで!」


「篤。避妊は男の務めだ。ちーちゃん泣かせたらアタシが承知しないよ」


「ま、待って! 違うの、誤解なの、母さん!」


「はぁーい! 幸せにぃー、してもらいまぁーす!」


「千帆ぉぉおおおお!」


「だから朝から騒がしいよ! 静かにしないか! 近所迷惑だろ! 盛るならもっと静かに盛りな! このエロ息子が!」


 違うんです母さん。違うんです。

 僕は貴方が思うようなエロ息子じゃないんです。


 大学生になっても実家に彼女の一人も連れてこないから、貴方に心配されるようなそんな真面目な息子なんです。

 社会人になっても、浮いた話の一つもないのかいと、あきれられる息子なんです。

 二十五歳を過ぎた頃、みかねた貴方が紹介した千帆と、実は既にこっそり付き合っていて、さらには過去に同棲していて、その当時は休日に通い妻してもらっていて、当然のようにばっちりいたしてしまっていた、真面目な息子なんです。


 避妊も大学時代からちゃんとしてたんです。

 社会人になってもちゃんとやってたんです。

 一度も命中しなかった下手くそ息子なんです。

 家族計画をちゃんと建てられるできた息子なんです。

 子供はできないけれど、計画性のある息子なんです。


 だからお願い!


 信じてぇ!


「ちがうのぉおおおお! そうじゃないのぉおおお! 誤解なのぉおおお!」


「なにが違うっていうんだい! このエロ息子! 観念しな!」


「そうだぁー! あーちゃーん! 年貢を納めるぅー、時がぁー、来たのだぁー!」


「ちーがうのぉー、ごかいなのぉー! やだぁーっ、そうじゃないのぉー!」


 タイムリープして高校生だった頃の幼馴染で未来の妻な女の子に、おっぱい揉ませてもらってオギャってバブる、そんな変態じゃ僕はないんだ!


 ないんだぁ!


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