第6話 ハレンチデンジャラスリモートワークで妻がエロい
はぁ。
仕事終わりの一杯は格別だなぁ。
ノンアルコールだけれども。
「あっと。勢いでかけつけいっぱいしちゃったけれど、今日の夕飯はどうする?」
「ふっふっふー、実は今日の夕食はぁー、もう既に用意してあるんだよぉー」
「うえっ? 本当? 大変じゃなかった?」
「今日はゴールデンウィーク前だからぁー、お仕事も半分お休みだったのぉー! だから大丈夫ぅー! ブィー!」
夫婦の取り決めで、僕の会社の定時退社日である水曜日と、金・土・日曜日は二人で料理を作ることにしている。
他の日は、ちょっともったいないけれどスーパーのお弁当。
私生活を充実させ過ぎて、仕事に支障を出したら本末転倒だからね。
二人の仕事に支障が出ない範囲で家事はするというのが我が家の取り決めだ。
それでも時々こうやって、千帆は僕に黙って料理を作ってくれたりする。
素直にありがたいやら、そういう所に気が回らない夫でちょっと情けないやら。
また今度、僕もおかえしにサプライズで料理してあげなくちゃ。
「今日のご飯は豪勢だよぉー。まず鰻の肝でしょぉー。次にすっぽんの生き血ぃー。ニンニクの姿揚げにぃー、山芋のぶっかけ丼だよぉー」
「まぁ知ってましたけどね」
「今夜はぁー! 寝られないぜぇー!」
そうですね。
その食材と、さっきのドリンク飲んだら、たぶん寝られませんね。
ご飯作ってくれてうれしい。
うれしいけれど。内容がひどいよ。
千帆ってば、普通にごはん作ってもめちゃくちゃ美味しいんだから、できればそっちがよかったや。炊き込みご飯とか、切り干し大根の煮付けとか、鯖の味噌煮とか、麻婆豆腐とか。そんな優しい家庭の味が食べたかった。
まぁけど、仕方ないね。
まだ休みはいっぱいあるし、次の日に譲ろう。
それに、今日はこれくらい食べないともたないだろうし。
それじゃご飯持ってくるねぇーと千帆がテーブルから立つ。
手伝うよと言った僕に、「まぁまぁー、体力温存しててぇー」と彼女が言うので、情けないながらもありがたくそうさせて貰うことにした。
ふと、手持ち無沙汰になった僕。
その視線に留まったのは、千帆が仕事で使っているノートブックだった。
電源ケーブルが接続されている。
さらに、まだ電源も入っているようだ。
液晶はブラックアウトしているがフィンの駆動音がする。
きっと、僕が帰ってきたから急いで駆けつけてくれたんだな。
ほんとかわいい奥さん。
「千帆、今日のお仕事はどんな感じだったの?」
「どんな感じってぇー? いつもと同じだよぉー? デザイン出してぇー、担当者とすり合わせてぇー、ゴールデンウィーク開けこうしようかぁー、ってぇー」
「順調なんだ?」
「順調順調ぉー。もうフリーランスのぉー、コツは掴んじゃったかなぁー? そのうちあーちゃんよりぃー、稼いじゃうんだからぁー!」
「それは頼もしい」
ちなみに、会社辞めるまで千帆の方が給料僕より上でした。
ほんと彼女なんでもできるのよ。
旦那としては情けないよね。
この男女平等のご時世にこんなこと思ってちゃいけないんだろうけれど。
ただ、一つでも千帆に僕がかなうものってあるのかなって考えると、何も思い浮かばなくってブルーな気持ちになるのはホント。
できる女性に養われたいっていうのはここ最近のフィクションのブームではあるんだけれど、僕に限ってはそんな気は起こらないし、情けなさの方が勝っちゃう。
だからこそ、千帆がフリーランスとして独り立ちするまでは、僕が頑張って支えたいとは思っているんだ。
けど、それもすぐに終わりそうだな。この調子だと。
「しかし千帆がリモートワークか。前に二人で一緒に家で仕事してたときはそんなことなかったけれど、一人だと普通に服着ないで作業とかしそうだよね」
「……ギクゥ」
「……千帆さん?」
まさか、やってないよね。
そんな全裸配信あるいは生着替え、カメラが繋がってないから恥ずかしくないもんで、リモートワークしてないよね。
ちょっと、なんでこっちを見ないの。
僕の目を見てくれよ千帆。
「ほらぁー、私の今の取引先はぁー、女性ばっかりだからぁー?」
「そういうの関係ないよね! ダメだよ、なにやってんの?」
「大丈夫ぅー。ちゃんとカメラオンする時はぁー、上は着てるからぁー」
「下も着てよ! ちょっと、マジでやってるの?」
「ほんと心配しないでぇー、たぶん大丈夫だからぁー」
「たぶんってなに! 危ない場面があったの! やめて、ちょっと心配!」
『そうよ、千帆ってば下穿いてないの忘れて普通に立ち上がったからね。取引先にグロ映像送ってる可能性、ありよりのありよ』
ふと、そんなやりとりに声が挟まる。
僕たち以外の声。しかも、ちょっとマイクで音が割れている。
女性。電子音声とかではない。
人間らしい抑揚が聞いた声だ。
どこからも何もその発信源は一つしかない。
僕は急いで千帆のパソコンのタッチパッドに触れると、ブラックアウトしている画面を表示した。はたして、そこに表示されたのは、金色の髪をした女性の映像。
すらりとした上半身に、ごてごてとしたメイク。けれどもそれが不自然ではなく見事に調和している。作られた美人、いや、綺麗はつくれるを体現した感じの美女。
メイクに対して着ている服はシンプル。胸元がレース状になっている黒いワンピースを身に纏った彼女は、僕をみるなり手を挙げた。
とてもフランク。そして久しぶり。
「天道寺さん」
『おひさしぶり。って、ちょっと前にZoomで打ち合わせしたね』
「今、大丈夫なの? ていうか、なんで?」
『千帆と喋ってたら悪いかしら。親友なんだけれどアタシたち』
「そうだよー、親友だよぉー、文ちゃんはぁー」
画面の向こうの金髪美女は別に外国人ではない。
浮世離れした美しさを持っているけれど、彼女は歴とした日本人である。
千帆の親友にして、僕たちの元同級生。
名前を天道寺文。
同名で作家活動を行っている小説家だ。
芥川賞ノミネート二回、野間文芸新人賞ノミネート一回、三島由紀夫賞ノミネート三回という華々しい戦歴だが、どれもこれを取り逃している。
一つにはその文化人離れした容姿と落選時のコメントがいささか辛辣であることから、素行で受賞を逃したと呼ばれている才女。もっとも彼女は、そんなことで落選する訳ないでしょう文学舐めるなと嘯いているが、ショックを受けているのも事実だ。
メディアが付けた名はテン年代の女帝。
現在、彼女はイタリアはヴェネツィアに移住し執筆活動を行っている。
年に数回、講演や新作発表で日本に帰国するが、盆も正月もまったく帰って来ない――本人曰く、そうする意味を感じない――という奇人だ。
とはいえ、そんな奇行の裏には、年相応というには少し幼い精神が隠れているのだけれど、それは親しい僕たちしかしらないことだ。
そんな恐れを多い時の人と、なんの縁か僕たちは交流を持っている。
ただ、あくまで僕たちは対等な友達。彼女の本は読むけれど、それで彼女と付き合うかを判断したりしない。そんなフラットな立場であった。畏れ多いけれど。
まぁ親戚に頼まれてサインくらいは貰ったりはするけれどね。
さて、彼女がこうして画面に出ているということは――。
「えっと? もしかして、天道寺さん? ずっとZoom繋がってました?」
『繋がってたわよ』
「千帆の奴、回線切らないまま、僕の出迎えしてました?」
『してたわよ』
「……ぶっちゃけ、どこからどこまで見てました?」
『全裸になってエプロン巻き付けて、よーしこれであーちゃん誘惑しちゃうぞーって、くねくね腰ひねってる所までね』
全部やん。
全部まるっと見られてるやん。
恥ずかしいとこ丸見えですやん。
なにやってるんですか、千帆さん。
あなた、ちょっと。
なんか妙に堅くなった首を千帆の方に向けると、すぐさま台所に顔を引っ込める僕の妻。ひぇえんという泣き声が間髪言わずに部屋に響いた。
「だってだってぇー! ゴールデンウィーク、楽しみだったんだもぉーん!」
「だからって前後不覚が過ぎるよ! 着替えはちゃんと寝室でやろう!」
『その前にこまめに通話は切るようにしなさいよ。というか、貴方たちのさっきからの恥ずかしいやりとり、全部聞かせてもらったし録音させて貰ったわよ?』
「「やめてぇ!」」
『こりゃ良い余興になるわね。いい話を聞けたわ。ありがとね』
消して今すぐ消してと遠きベネツィアの地の天道寺さんに頼む僕と千帆。
どうしようかなーと、意地悪にもったいつける天道寺さん。
どこにでもある、よくある日常。
いや、ちょっとエロさについてはよくあると言えるか分からないけれど、けど、たぶんそれほど珍しくない日々。
そんな毎日を、僕たちは送っていた。
送っていたはずだったんだ――。
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