第2話

「最近遅いけど、何してんの?今日は早く帰ってきてね。」

「はーい、今日は5時には帰るよ」

朝食の食パンにマーガリンを塗りながら山田梨花は適当に答える。


 帰宅部の癖に帰りが遅くなる理由はたいてい友達とフードコートで語り合っているからだ。その話の内容は6割が恋バナ。残りの3割は担任や親の愚痴。他の高校2年生は多少進路の話もするかもしれないが、まだ早いと思っている。いや、もしかしたら将来を考えることから逃げているかもしれない。



 「今年の冬は例年より冷え込み、年末年始は大寒波になると予想されます。そんな時に役に立つのはこの商品!」

テレビからはいつものキリッとした顔立ちの男性アナウンサーがいつものようにその時期に一押しの商品を紹介している。

「フットウォーマー!デスクワークのOLさん!勉強頑張る学生さん!これがあれば夜もあったかく勉強にも集中できますよ!」

男性アナウンサーの隣に立っている綺麗なお姉さんが商品に足を入れ、月並みの感想を述べた。

「あったか〜い。体の末端が温かくなると、全身もポカポカしてきますね」


山田梨花は綺麗なお姉さんが映るとテレビの視聴率は上がるというネットニュースを見てこの番組の視聴率はいかほどなのか、水曜日の朝からどうでもいいことを疑問に思った。

そして綺麗なお姉さんを見ればみるほど、商品が気になり出して欲しくなった。


「お母さん、これ欲しい!」

「使うの?勉強してないでしょ?」皿洗いをしている母が答える。

「寒いからしてないだけ」山田梨花は適当な言い訳をした。

「リビングのコタツでやればいいじゃん」

「リビングはうるさくて集中できないから」

「真の集中とは、うるさくてもできるものよ。」


 朝から否定されると、気分が良くない。

山田梨花は、反抗するかのように牛乳を一気に飲み干した。

短いスカートの下からストーブで温めたウェアを履き、ブレザーの上からウィンドブレーカーを着る。厚い手袋を着けてそれほど重くない鞄を肩に掛け、玄関のドアを開ける。

冷たい空気が体に染み渡る。自転車の鍵をカチッと開き、冷え切ったサドルに座り、地面を蹴りながら進む。


 緩い坂道をくだり冷たい風が顔を刺してくる。冬になってから毎朝、この坂道で寒さは痛さなのかと考えていた。

山田梨花は、顔の冷たさに意識を向ける。この瞬間、生きているという事を強く実感する。それが冬の習慣となっていた。


 「おはよー」

教室に入りみんなが群がっているストーブに近寄り、ウェアを脱ぎながら朝のお母さんとの会話を愚痴る。ようやく見せた手足をストーブがじんわり暖め、冷え切った体の末端があったかくなった。


「ねぇ、家で寒さ対策って何してる?」山田梨花は明美に聞く。

「うーん、うちはコタツかな、あと寝る時は電気毛布あれば冬は大丈夫」

「勉強もコタツ?」

「そうだよ。足が痛くなるけどね。梨花はどうしてるの?」

「電気毛布も使ってるんだけどさ、フットウォーマー欲しくて」

「あー今朝テレビで紹介されていたね」

「超欲しいー」

「そう?」

「多分、この学校で一番欲しいと思ってる」

「コタツで十分だよ」


 友達の明美は倹約家なのか物欲はそれほどない方だ。欲しいものと要らないものがはっきりとしたサバサバした性格が山田梨花と相性が良かった。

しかし、その性格とは裏腹に甘いものには目が無く、このギャップが男子の心を掴み、明美は校内でモテていた。


「ホワイトチョコ一個あげる」

「さんくす」

明美から渡されたホワイトチョコを一つ頬張ると、口が華やかになりフワッと甘い香りが口中に押し寄せた。


(はぁこのまま家に帰ってベッドで寝たい)

山田梨花の頭の中に甘い考えもよぎる。


『キーンコーンカーンコーン』


 チャイムの音が甘い時間を引き裂くように響き渡り、山田梨花は後ろから2番目・窓際の席に座る。隣の席は、最近彼氏と別れた美希だ。


 美希は小学生からの友達だ。恋が多く何かと女子の敵を作りやすい性格だが、山田梨花は美希の優しく繊細な性格を知っているので、美希のことは好きだ。


「ねー聞いて聞いて!しゅんが昨日、1年の女と歩いてたんだけどまじありえなくない?」美希が凄い剣幕で話してきた。


「別れたの一昨日だよね?」

「そう、まじ何って感じ。」

「浮気って事?」

「ビミョー。放課後、女のSNS見つけて探るから手伝って」

「私今日、5時には帰るけど」

「ちょっとだけでいいから手伝って〜梨花様!」

「分かったよ、ちょっとだけね」

「ありがとう!明美今日暇かな、あとで聞いてみよ!」


 山田梨花は、美希のことは好きだが美希が話す恋バナはあまり好きではなかった。恋がどういう感情で成り立っているのか理解が出来ないからだ。恋愛とはただ一喜一憂するだけの時間の無駄だとも思っていた。


一度美希の恋バナを聞いて頭の中で疑似恋愛をする努力をしてみたが、山田梨花の感情は一ミリも動かなく興味すらなくなっいた。

そうやっていくうちに、恋愛ドラマを見ているだけのただの傍観者になっていた。


 幸い、話を聞いたり共感するふりをすることは出来た。周りに合わせて臨機応変に行動できるのは山田梨花の長所かもしれない。



『起立ーー礼ーー着席』



そして今日もいつもと変わらぬ朝が始まった。

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