エモーショナルキラー

@karashi123

第1話

 静かな部屋で、パチっと目を開ける。

その瞬間、寝過ごしたと感じた山田梨花は急いでベッドから出た。時計は見ていないが、こういうのは何か感覚で分かるものだ。


この感じは過去何度か体験したことがある。その度一瞬で脳みそがフル回転すると同時に、心臓の鼓動が早くなる。


山田梨花は階段を降りながら次の一手を考える。洗面所に行き顔を洗い、歯磨きをしながらトイレに行く。その後リビングにいるだろうお母さんに挨拶して制服に着替える。


焦っているのにも関わらず、妙に冷静に考えられる。緊急モード切り替えた脳みそは無駄を省き、プログラミングされたロボットのように淡々と山田梨花に指示を下している。人間は限界な時こそ、真の力を発揮することを実感した。


しかしロボットにも時として誤算はある。

「あ、スマホベッドに忘れた」

忘れ物も多くなるのも寝過ごした時のつきものだ。


山田梨花は降りた階段を駆け上がり部屋に戻る。ベッドにあるスマートフォンを手に取りついでに現在時刻を確認する。


「最悪、充電されてないじゃん・・・」


ボタンを何度押しても何も反応しないスマートフォンの画面から、今日一日嫌なことばっか起こりそうな気がした。


 スマートフォンの充電を忘れたことは前にも経験があった。

それは1年生の10月頃。就寝前にスマートフォンの充電を忘れて、朝起きた時に電池が0になり慌てたが、学校で隠れて充電をすればいいと思い充電器を持って学校へ登校。トイレの角のコンセントを使って体操服で隠しながら充電をしていたら、英語の先生にバレてスマートフォンを没収されたことがあった。


それ以降、山田梨花はその教訓を生かしモバイルバッテリーを常に鞄の中に入れていた。


 鞄はいつもリビングに置いてあるので、充電切れのスマートフォンをパジャマのポケットにしまい、リビングに行き、さっきまで忘れていた現在時刻を確認するのを最優先事項とした。また階段を勢いよく降り、リビングの扉を開けた。


「おはよう!!今何時?」


山田梨花の声が静かな部屋に轟いた。


「あれ?お母さん?」


陽に照らされたリビングは、朝なのに夜の静けさが残っている。時計の針は0時ちょうどのところで止まっている。

テレビを見ながら皿洗いをする母もいない。陽に照らされた光と静寂だけがそこにある。


いつもと違う朝に怖さを覚え、山田梨花はTVリモコンの電源ボタンを押す。

何でもいい、テレビの音で静寂をかき消そうと思ったが、何度電源ボタンを押してもテレビ画面には黒と同調した自分の姿しか映らなかった。

プラグが抜けているのかもしれないと、しゃがんで裏側を見たが、埃が被ったプラグはこれみよがしに、しっかりとコンセントに刺さっていた。


恐怖と孤独が入り混じった不穏な空気を感じ、まだ寝てるかもしれないお母さんの部屋へ臆しながら走った。さっきまでの焦りはなくなっていた。


「おはよう、お母さん?」


綺麗に整えられていたベッドは人の温もりは感じられずにただそこに存在しているだけであった。閉店後の寝具コーナーのようにただただそこにベッドだけが存在していた。


その後、トイレ・風呂・物置と家中を探し回ったが山田家には誰もいなかった。


 リビングに戻りスマートフォンを充電してインターネットに繋ごうとしても相変わらず画面には黒と同調した自分の姿しか映らない。


山田梨花は、自分の家で人生初めての孤独を感じていた。

どうでもいいことでも腹立たしいことでも、今となってはもう一度、いや何度でも聞きたくなる。


帰りが遅いと心配するお母さんの声。

興味ないけど長々と聞かされる友達の恋バナ。

スマートフォンを取り上げる英語の先生。


ソファに腰をかけ、窓の外に目を向けるといつも鳴いている雀さえもいないことに気づき、世界に私一人取り残されたのかもしれないとさえ思った。


「もし世界で二人だけになっても岡田とは絶対何もないわ。」

小学4年生の冬、そんなことを言ったのを思い出し後悔をした。ここに岡田がいたらどれほど心強いか。一人になりたいなどと良く言うけど、実際に一人になったらこんなにも寂しいのかと、山田梨花は背中に冷たい空気を感じながら神様に「ごめんなさい」と心の中で言った。


岡田とは幼馴染の男子で、良く喧嘩していたが次の新学期には親の事情で隣町に転校していた。それ以降、山田梨花は嬉しいとか楽しいとか面白いといった喜びの感情が薄くなっていた。


 山田梨花は、リビングの窓から外の様子を伺おうと窓に近づいた。

窓を開けると、相変わらず鳥も車も人の影も、風さえもなかった。耳を澄ましてもこの世界から何も聞こえなかった。


山田梨花は、これから何が起きるか分からないという不安から、とりあえず朝食を食べながら考えようと思い、キッチンへ向かった。


幸い、ガスと水は動いていた。冷蔵庫は電気は消えているが中の食材はじんわりと冷えている。冷蔵庫から卵を取り出し、半熟目玉焼きを作る。

料理を作る行為は、無心になり自然と寂しさや恐怖さえ取り除いてくれた。

冷凍庫に冷凍したお米があるのを思い出し、電子レンジに入れてスタートボタンを押したが、電子レンジは何も反応しなかった。さっきより強く押してみるが、当然電子レンジはピクリともしなかった。


フライパンの火を止め、半熟目玉焼きをお気に入りの青いお皿に移す。

いつも、お気に入りの青いお皿にはレタスやマーガリンが塗られたパン、たまにベーコンが乗ってあったが、今日は半熟目玉焼きだけだった。

物足りなさも感じるが、卵の黄身を少し割りその中に醤油を垂らし、一口食べた。山田梨花はこれからのことで頭がいっぱいで半熟目玉焼きの味は感じなかった。


と、その時、


「コンコン」


玄関のドアを叩く音が、山田梨花の心臓の鼓動をドクドクと早めた。

もしかしたらお母さんかもしれない、いや恋バナばっかの友達かも。


「コンコン」


普段は大したことのないただの音は、少しの希望と不安もセットで付いてきた。

もしナイフを持った男だったら?もし宇宙人だったら?


山田梨花は足音を立てずにゆっくりと玄関へ進む。



「コンコン」



どうか、ドアを叩いている人は私の知っている人であってくれ。

少しの恐怖が山田梨花の足を踏み止めるが、心臓の鼓動は前へ前へと、どんどん早く動く。



山田梨花は、玄関に着き、ドアののぞき穴に右目を寄せた。

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