第10話 力の代償


 自分の額を、鏡を介してまじまじと見る。

 漆黒の紋章。


(カネヤ、といったか。少年)


 額の方から、声が聞こえてくるような気がしている。まるで紋章が意思を持って話しているかのようだ。震えている感覚すらある。


 歳を食った声で、ドスが効いている。


「ああそうだ、いきなり浮かび上がってきた紋章、これはなんだ? 答えろ」


 警戒した俺は、強気の口調で答える。


(生意気だな。少年、私と契約したらしいじゃないか)


 したらしい、というぼんやりとした言葉で、投げかける。


「魔神・ヴィネットとのものか?」


(呼び捨てとは失敬な。私のことはヴィネット様と呼んで敬え)


 ゲームの中とは違った態度に、俺は少し驚いた。横暴で、あの間抜けなヴィネットとは大違いだ。


(今話しているのは、本当の魔神・ヴィネット。ゲームの中の私は、偽の私に過ぎぬのだよ…… とはいうのはいいが、話が繋がらないだろうから、ここからきいておこう。カネヤ、このゲームには多種多様な、人を超えた存在が紛れていることを知っているか)


 人を超えた存在。その単語から、心子が<強者ウォーリアー>について語っていたときのことを思い出す。


「ああ、知っているさ。<強者ウォーリアー>、人を超えた、いわば神とか悪魔とかいう存在の魂。それがプレイヤーに発現しているとか何かだったか」


(左様。このヴィネットは、のため、使えそうな人物を探していた。により、記憶が封印された私の模造品レプリカだが、期待通り<強者ウォーリアー>としてカネヤと契約を果たしたようだな。そんなことは今話すことではないかも知れないが)


 紋章が、ふいに額の表面を泳ぎだす。命を宿したかのような動きに、俺は腰を抜かすかと思った。こんな怪奇現象が起きている時点で、紋章越しにコミュニケーションをとっているのが、人を超越した存在であると思ってよいだろう。


「驚かすなよ、ヴィネットさん。『戦』とか『規約』っていうのもさっぱりなんだが、それは教えてくれないのか? 」


(それは我ら神々の都合だ。所詮有限の命を持った人間ではないか、大事な情報ゆえ、知りたいならそれに見あったものが必要になるが。今のカネヤには命で安いだろうな)


「たとえ神だとしても、契約しておいてそれはないだろうよ、ヴィネットさん」


(たかが契約、されど契約だ。私に誓ったことで、カネヤは別のプレイヤーを軽く凌駕しうるだけの強大な力を、手に入れた。<強者ウォーリアー>とコミュニケーションを取れるのは、ごく僅かに過ぎない。現に、カネヤの相棒も自身の<強者ウォーリアー>には一切気づいていない。与えられただけの力に慢心するなよ、若造)



「わかりましたよ。この紋章、いつになったら消えるんですかね? 額の位置だと、まるで○ン肉○ンと大差ないじゃないですか。ダサ過ぎますよ」


(文句を言うな、わざわざ契約していただいている魔神に対しての態度がそれなら、本当に殺すぞ)


「またまた冗、だ……ッッん!!」


 首を、ロープで一気に締め上げられる感覚。それも、体験したことがないくらいに、強大な力だ。なんのハッタリでもない。実際に、得体のしれない何かに首を締められてる。首があたかもひとりでに圧迫されている様子が、俺にははっきりわかる。どうしようもなくて、地面に倒れ込んでじたばたとするしかなかった。


 やばい、もう、死ぬ。


「っっ……くはあっ!!」


 急に圧迫から逃れたとはいえ、体にはかなりの負荷がかかった。今も呼吸がかなり荒い。下手すれば中身を吐き出しかねないくらいに、気持ちが悪い。


(これに懲りれば、魔神に舐めた口をきかないことだな。紋章のことだが、これは魔神との契約の証だ。消すことはできない)


「大変恐縮ですが、このような奇抜なものが額にありますと、タトゥーと勘違いされて色々と……」


(絆創膏でも貼ればよかろう。いっておくが、私は契約した以上、カネヤの目的を果たすため、全力を注ぐ。その分、カネヤはそれに応える必要がある。結果を出したいなら、最低限の時間は頂くことにことになる。魔神も万能ではないからな。ゲームには全力を注げよ。さもなくばカネヤは……いいや、何でもない)


 ゲームしっかりやれ、なんて言葉、魔神以外の口からきけることなんて滅多にないだろう。 


「承知しました、ヴィネット様」


(よい、では私はこれで失礼するとしよう)


 その言葉を境に、紋章が熱を帯びたり動いたりすることは、いったんなくなった。何度擦っても、色が落ちる気配はない。


 こうなった以上は、この非現実的な状況を受け入れる他ない。得体の知れない超人的な存在に対しては、下手に動くと生命に関わるだろう。突然首が絞められるなんて超常現象を起こしてしまうくらいなのだから、こちらの想像のはるか先をゆく存在で間違いはない。


「やるしかないな、ウォーリアーズ・オンライン……」


 だが、今日はもう体力が限界だ。腹を満たしたい気分でもない。


「寝るか」


 何も考えず、ベッドに体をダイブさせた。ほんのり心子の香りがしたが、それで何か特別な感情が芽生えるわけでもなかった。所詮はただのクラスメイト、ただの共闘関係だ。それ以上もそれ以下もないだろう。


 なんたって、あんな住職姿には何も心がときめかなかった。こういうこというのもなんだけど。


「明日もサボりか」


 メガネかコンタクトを直せる金が入るまで。俺たちの戦いは、これからだ!!

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