第9話 小さな<鳥使い>の警告と刻まれし紋章

「少し危ない戦いだったな」

「そうかもしれませんね」


 俺は、血のついていた剣をさっと振ってみる。血なんて消えてしまったけれど、形式としてやっておきたかった。


 <赤狼>との戦いは、どうにか俺と心子の<スキル>をフル活用したことで倒せた。反撃されることなく呆気なくやられてくれたのでよかった。


「余裕といえば余裕だったが…… <はじまりの草原>ででてくるモンスターにヒヤヒヤしているようじゃ、まだまだ先が危ぶまれるな」

「金矢なら大丈夫だと思います。あなたの力、まだ可能性が開そうだから」

「霊界堂、そういえば俺のこと呼び捨てにしてたけど、そのくらい俺たっちって仲よかったか?」

「ここは学校じゃなくてVRの世界ですから、よそよそしい感じだとどこか変なんです。だからこそ、馴れ馴れしく話しています。それをいえば|神目<かんめ>さんも私のことをずっと呼び捨てで読んでいた気がしますが?」

「特に深い理由はない。〜さんとかいう呼び方がかったるいだけだ」

「そうですか」


 心子は心子だ。まだ信頼も失望もしていない、ただの共闘相手。距離を急激に詰めることもなければ、置くこともない。同僚みたいなものだ。


「あと数回の戦闘、といったところでしょうか」


 彼女は、メニューが表示されたウィンドウから時間を確認した。これまでの出来事を振り返ると、彼女に追いかけまわされ、<赤狼>を討伐しただけだが、そこそこ時間は経過していたらしい。


「またハーモニカでも吹いてモンスターを呼ぶか?」

「その必要、なさそうですよ、金矢。上空を見上げてください」


 指の差す方へ、目を凝らす。翼をはためかせている鳥が、いる。黙って様子

 を伺っていると、鳥はふいに急降下してきた。


 地面に落下する手前で滑空し始め、ゆるやかに地面に足をつけた。


 俺の身長の三分の二くらいの体長はあるだろう。白い首元に、灰色がかった頭、漆黒に染め上げられた羽。コンドルだ。


「この鳥、霊界堂はもちろん呼んでいないよな?」

「闇雲にモンスターを呼ぶほど、私もバカではありません。誰かが呼んだものが、ここに流れてきたんでしょう」


 ハーモニカを吹かないと、基本的にモンスターは出現しない。だが、出現さえせ当人が、倒さずにその場から離れてしまえば話は別だ。それを故意にやってしまうのはこのゲームではマナー違反である。そのため、あまりやる人はいないはずなのだが。


 ギロリと開かれた目で、コンドルはこちらを見つめ続けている。


「まさか、仲間になりたい、とかなのか? それにしては過程を吹き飛ばしすぎな気がするんだが」


 試しに、コンドルの頭をそっと撫でてやろうとした。が、好意的な反応を示さず、警戒心を露わにしてきたのでやめておいた。しばらくずっと睨めっこをしあっていたが、何も起こらない。


「こいつ、もしやモンスターじゃないのか?」


 明らかに<赤狼>と似た野蛮さをひしひしと感じられるので、モンスターであることは確定だ。モンスターではあるが、たぶん他のモンスターとは違ったものがある。モンスターであって、モンスターではなさそうだ。


「それは、私の相棒かな」

「!!」


 知らないうちに、誰かに背後を取られていた。


「いったい誰だ、名前を名乗れ」

「私は<鳥使いバードマスター>、小鳥遊たかなし。性別は……ヒミツかな?? なーんてね。ちょっと、カネヤっていうプレイヤーが気になってさ」


 小鳥遊たかなしと名乗る人物は、はっきりいっておかしな格好をしていた。頭にパイロットが使いそうゴーグルを頭につけ、首元には長すぎるマフラー巻いている。その上、かなり体を密着させたモビールスーツを着用している。


 痩せ型で、かなり背が低い。150センチは下回っていそうだ。小学生といってもバレなさそうな幼さがあった。無愛想で可愛げのない心子とはどこか違った。


「僕の名前を、知っているんですか。まだはじめて二日だというのに。そしてあなたとは面識すらないのに」

「私は情報屋みたいなものだからさ、知ってて当然。初心者にたかって初期装備を巻き上げてた悪徳プレイヤーの親玉こと、バーンを敗北させた期待の新人だよ? 結構君、有名だからね? 名前まで知っているのは私だけだろうけど」

「金矢、あのバーンを倒したの……?」

「話は後だ、霊界堂」


 考えなしに、心のゆくままに、俺はバーンを倒した。すぐにログアウトしたとはいえ、顔は知られてしまっている。当然といえば当然か。


「カネヤくん、ひとつだけ忠告させてもらうわ。あなたの力って、だいぶおかしいみたい。この場は、私の知らない力で満ち満ちている。強大な力には、それ相応の代償が伴う。それだけは忘れないように。じゃあ、私はここで失礼するとしましょう」


 指をパチンと弾くと、コンドルは小鳥遊の上へと移動した。爪の部分をガッチリとつかみ、また空へと消えていった。


「小鳥遊、か」


 突然の忠告に、俺は戸惑うしかなかった。あれはただの冷やかしなのか、優しさなのか、警告なのか、どんな意味を持つのかはわからない。


 <魔神の眼鏡ジーニーグラス>と、魔神・ヴィネットの力は、相当強い。


 はじめたばかりの俺がバーンを倒し、<赤狼>を余裕を持って倒せるだけの力を秘めているのだから。


「今日は不吉な予感がするので、私はここでログアウトしておきます」

「そうだな、俺もそうする」


 ウィンドウを展開し、俺たちはウォーリアーズ・オンラインを後にした。



 ***


「寒いな……」


 <赤狼>との戦闘による緊張と、小鳥遊という人物の意味深長な発言が、俺を追い込んでいたのだろうか。


 VRゴーグルを外し、適当なところに置いておく。


 窓から差し込む光も、もう暗い。


 ベットから出て、テキパキと身支度を終えた心子は、VRゴーグル一式をここにあえて置きっぱなしにして、さっさと帰ってしまった。


 ここ現実世界にはメガネがないので、心子の姿はぼんやりとしか見えなかった。


「またよく見えない生活を送らなければならないのか……」


 コンタクトかメガネを作りにいきたいが、いくのがかったるい。不快感とめんどくささを天秤にかけたが、今のところはめんどくささの圧勝だ。


「なんか眠いし、顔でも洗うか……」


 妙にでこの辺りがむず痒いので、きっとホコリとかがついたのだろう。


 洗面所へ向かい、眠い顔を冷水で濡らす。


 洗い終わったのち、パッと鏡を見た瞬間。


「なんだ、これは……??」


 自分の額の、ど真ん中。


 そこには、見知らぬ漆黒の紋章が、刻まれていた。


「どういうことだよ……」

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