第拾壱章 不死鳥の再出発
「へぇ、これはまた乙な味だね」
「だろう? こっちの
模擬戦が終わり、魔界から帰還した私達は麓の村で夕餉を取っていた。
前述したけど悪魔崇拝者とは云っても善良な人が多くて裕福な生活をしている。
どうもミーケ将軍が仕事を回しているそうで、『影渡り』を用いた宅配業や星神教徒を除いた冒険者を相手にした商売でかなり潤っているそうだよ。
特に宿屋は宿泊料が安い割りに料理が美味しく、清潔な部屋で寛ぐ事が出来るからどこも満員御礼なんだそうだ。
今日はミーケ将軍が経営している宿でお世話になっているんだけど、料理が絶品で、しかも温泉があるんだって。
私達はその宿自慢の鶏肉料理に舌鼓を打っていた。
若鶏を捌いて一口大に揃えた肉を串に刺して塩をかけて焼いただけのものだけど、これが中々に美味しい。皮はパリパリで香ばしくて肉は柔らかくて噛むと口の中に肉汁が溢れてジューシーなんだ。
クーア先生は山椒という薫り高い香辛料がお気に入りで肉に少しかけては辛味と独特の香りを楽しみつつ、大吟醸というお酒で胃の腑へと流し込んでいた。
ミーケ将軍も七味というその名の通り唐辛子を主原料に風味豊かな副原料を六種加えた調味料で鶏肉の味を引き締めて食べるのが好みなんだそうな。
二人とも
『心配はいらないさ。高位以上の魔法遣い特有の特典であり悲劇でね。術者の体内に異物が入ると高位精霊は勝手に排除してしまうのさ。自分が与えた厳しい試練を乗り越えて契約を許した者はさ、云い換えれば精霊のお気に入りなんだ。折角
「そうだったんだ。あれ? そう云えば高位の魔法遣いほど長寿が多いのは」
『ご明察。自分でも気付かない内に人ならざるモノに作り替えられてしまうんだ。兄貴もミーケ将軍も元々長命だけど最高位精霊と契約してる以上は中々死なせて貰えないと思うよ。俺だって七十が見えてきているけど老けてはいないだろう? 高位精霊が老化した細胞を健康な物に置き換えてくれるからなんだ。況してや俺は首と手だけだから効率良く置換出来るそうだよ』
魔女が若い姿を維持したまま数百年の時を生き、寿命を迎える数ヶ月で一気に歳を取るという噂があるけど、多分、高位以上の精霊と契約を交わした魔法遣いを見て生まれた噂なのだろうね。
『俺としてはそろそろ生殖能力を獲得させてあげれば良いのに、とは思うんだけどね。兄貴が独身を貫いているのは一途にユウを待っているのもあるけど、やっぱり子供を作る事が出来ないのがネックらしいんだ。けど、俺の精霊の話では、どうも兄貴やミーケ将軍の精霊はわざと性器の成長を遅らせている節があるようなんだよ』
「どういう事?」
『男子の声変わりや髭が生えるなどの第二次性徴、頭髪の脱毛などは男性器の発達に伴って分泌される体内物質が原因らしくてね。精霊は美しいものを好むからか、中性的で綺麗な男の子とかが契約すると男性器の成長を阻害する事もあるそうだよ。タチの悪いのだと術者の運気を操り事故に遭わせて男性器を失う怪我を負わせてしまうのもいるとも聞いたことがある』
「大人でも綺麗な殿方はいると思うんだけどなァ」
『確かにいないワケじゃないけど、それだって除毛や化粧などの努力をしていないワケじゃないだろう? 精霊が求めるのは生まれついての美しさだからね。ま、高位の魔法遣いにも筋骨隆々なのやヨボヨボのお爺ちゃんもいるから一概にも云えないんだけどさ。肉体美や自然に老いる枯れた美しさというのもあるみたいだし。ただ兄貴やミーケ将軍の場合は中性的な美貌を永遠なものにしたいと干渉しているって話さ』
精霊といえども業が深い話だ。
生活圏を広げる為に自然を破壊する人間に対して憤りを覚えているらしいけど、エゴの為に寿命や体質を勝手に変えてしまう精霊と何が違うと云うのだろう。
『元々俺達魔女の子供は両刀遣いが多いのだけど、特に兄貴なんか生殖能力を持てないまま長い年月を生きてるからもう性別の拘りとか無いと思うよ。むしろ同じ境遇のミーケ将軍とはシンパシーもあるだろうし、お互いに執着い合っているみたいだ。あそこまでいくと友達通り越して念友(ねんゆう:男色のパートナー)だね』
確かに二人は身を寄せ合うようにテーブルに着いて、一串食べてはいちゃいちゃ、一杯呑んではべたべたとやっていて見せつけられているような気分にさせられていたものだよ。
『君も混ざったらどうだい? ユウじゃないけど好きな者同士みんなで一緒になっても良いんじゃないかな? 兄貴もミーケ将軍も両方好きなんだろう? だったら
その発想は…いや、あったよ。けど今の私は神殿騎士団長であり異端審問会のリーダーなんだ。二人の殿方と関係を持つなんてそんな……
『つまらない事を云って自分を誤魔化すんじゃないよ。それを云ったら魔界の将軍や魔女と性交渉をしている時点で君はもう既に失格じゃないか。五十年の時間を経て漸く蟠りが解けたのに今更二人と離れられるのかい?』
想像する。仲睦まじく暮らすクーア先生とミーケ将軍を横目に、いつまでも独り寂しい生活をする自分を……
「嫌だ。寂しいのも嫌だけど、想像だけで嫉妬に狂いそうになる」
『だったら行動に移す事だ。まごまごしていたら見向きすらされなくなるぞ』
「なんか焚き付けられてる気がするなァ。そういうゲヒルンさんは良いの?」
『俺には可愛い妻が三人と子供が七人、贔屓にしている御稚児兼弟子がいるよ。これ以上は養えないし、何より俺が男と寝るのを妻達はあまり良い顔をしないんだ』
「寝るって……添い寝でもするの?」
『ウブなねんねみたいな事を云ってるんじゃないよ。意味は分かるだろう』
いや、だってねェ? 抱くにしろ抱かれるにしろ肝心のパーツが……
『いや、俺に残されてるのは首と両手の他に大事な
そういう事か。
って、あれ? いつの間にか、二人がいない?
「二人なら温泉に行っているよ」
ダンディーな髭を蓄えた五十絡みの男性が教えてくれた。
ミーケ将軍からこの宿屋を任されているマスターだ。
なら私も温泉へ行こうとしたんだけど、マスターに止められてしまう。
「何やら二人きりになりたいそうだよ。何か大事な話があるらしい」
二人きり…今日、和解が成立して再び友誼を結んだ二人が裸になって何も起きないはずもないよね?
「わ、私も温泉に!」
「悪いが行かせる訳にはいかないな。ミーケ将軍が二人になりたいと云ったからには誰であろうと近づく事は許されない。二人が出るか、許可が降りるまでここにいて貰おうか。もし押し通るというのなら私は全力で止めなければいけない」
マスターの鋭い眼光に射抜かれて私は動く事はおろか声も出なくなっていた。
それもそのはず、彼はミーケ将軍の道場で免許皆伝を許された玄武衆の一人なんだからね。私でも命懸けで挑まなければ勝つ事が出来ない手練れだ。
ちなみに彼はクーア先生と同い年なんだけど、玄武衆は独自の呼吸法で肉体を活性化させる
精霊の干渉を受けずに自力で老化を抑えているんだから、やはり化け物揃いなんだよね、玄武衆って……
「分かったよ…」
「聞き分けが良くて助かるよ。何、家の温泉は少し温めだ。話が終わった後で合流しても
だから気を落とさずに待っていなさい、と微笑みながら食後のお茶を出してくれたマスターに頭を下げた。
いけないなァ。神殿騎士団長に登り詰めたのに根っ子は幼稚のままだ。
人並みに性欲はある。生娘でもない。けど、私は大人になりきれていなかった。
図体ばかりが大きくなってこの
世間では私に
「このままじゃいけないだろうなァ」
加えて私はミーケ将軍の挑発に対して、武が届かない。相性も悪いと尻込みをしてしまっていた。
なのにクーア先生は武は敵わず得意の魔法すら上回る相手に勝負を挑んで勝利までもぎ取ったんだ。
模擬戦である上にミーケ将軍も手加減をしていたけど、相手の必殺技や最強魔法を潰して心を折ろうとする彼の性格を逆手に取って有効打を与えるどころか、負けを認めさせてしまったクーア先生は凄いなんて言葉ではとても表す事が出来ない。
さっきまでは男同士なのにと嫉妬していたけど、私には嫉妬する資格すら無い事に今更気付かされてしまったんだ。
「なら鍛え直すかい?」
マスターの言葉にいつの間にか俯いていた顔を上げた。
「君の体を見るに神殿騎士団長になってから鍛錬をやめてしまっていたようだね。日頃の激務に加えて若い騎士を育てる事に忙殺されているのは分かるが、今のままでは成長しないどころか、腕が落ちる事になるだろうな。いや、自分でも分かっているんじゃないのかね? 魔王と戦っていた五十年前と比べても弱くなっているとね。何十年、何百年生きようと、老いていこうと修行に終わりは無いという事をまず知る事だ。私とて今尚ミーケ将軍打倒を目指して鍛錬を続けているよ」
「そ、それは……」
「ミーケ将軍の話では一週間、この街に逗留する事にするそうだよ。その間、私で良ければ君の再修行の相手になってもいい。宿屋が云って良い言葉じゃないが、幸い今は『世界の境界』に挑む冒険者の数が少なく時間は空いているんだ」
どうする、と目で問い掛けるマスターに私は頭を下げた。
「宜しくお願いします」
「そうか、では早速、ミーケ将軍や私が今も毎日続けている鍛錬を教えよう」
「本当ですか?」
「ああ、まず木刀を両手に持つ」
「はい」
「ここから『世界の境界』の入口まで一気に駆け上がる」
「はい?」
「そして木々や岩と擦れ違う際に木刀で叩く」
「えっ? ちょっと……」
「急勾配を駆け上がる事で足腰を鍛え、迷路のような木々を擦り抜ける事で空間認識能力を鍛え、木刀で木や岩を叩く事で握力を鍛える事が出来る。加えて闇の中を走る事で勘も鍛えられる。ああ、持久力もあがるな。一粒で五つも美味しいお得な修行法だ。夜毎、木刀で叩く甲高い音が山中を駆け巡る事から『天狗の山走り』と名付けられたこの修行、君ならやり遂げられると信じているよ」
二本の木刀を差し出しながら微笑むマスターに私は思った。
この人もやっぱり
「その程度は私や将軍にとっては鍛錬前の軽い準備運動だ。云い換えればこれくらい出来ないようじゃ話にならないって事だよ。どうするね? 私としてはいつでもスチューデリアに逃げ帰っても良いんだよ?」
暗に、君にはミーケ将軍やクーア先生と肩を並べる資格が無いと云われたような気がして私は木刀を奪うように受け取った。
「分かった! 行ってくれば良いんだろ?!」
「ついでに猪にでも遭遇したら狩っておいてくれ」
「……ラジャー」
「云っておくがあの山の猪は魔界が近い影響か、従来のものより巨大で凶暴だ。木刀で戦うのは大変だろうけど、頑張ってくれ」
分かってる。それも修行の内なんだろうなァ。
私は覚悟を決めて『イービルヴィレッジ』を後にするのだった。
「私も明け方近くにスタートする。追い付かれたら朝飯は抜きだからな」
「本当に
背後から投げかけられた言葉に私はほとばしる涙を押さえる事が出来なかった。
ゲヒルンさんの“頑張ってね”との声に笑いが含まれているように感じたのは私の気のせいだったと思いたい。
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