第拾章 魔女の王対勇気喰らい

「敵を斬り裂け! 『スラッシュウインド』!」


「斬られるか、バータレ」


 全てが闇に包まれた悪鬼・悪霊がひしめく世界。魔界の一角に私達はいた。

 クーア先生とミーケ将軍が全力を出す事が出来る場所は魔界以外に存在しなかったんだ。地上で二人が戦おうものなら山が砕け、地が裂けるのは免れない。

 だからこそ魔王の魔力に守られた世界へとやってきたんだ。


 クーア先生が放った不可視の風の刃をミーケ将軍は純白の美しいガントレットを嵌めた手で弾いていく。一つや二つではない。数十にも及ぶ風の凶器の悉くを涼しい顔で捌いていく。


「本当に嫌になるくらい強いね。見えない刃を見る絡繰りを是非ご教授願いたいものだね」


「空気の流れを読む! 以上!」


「参考にならないよ?!」


 ミーケ将軍は風の刃を捌きながら一気にクーア先生との間合いを詰める。


「せいや!」


 純白のレッグガードに守られた右足で風の刃を砕きながらクーア先生の頭を蹴り抜こうとするものの先生は後ろにスウェーして躱す。


「ふぅん、一端の格闘家レベルの避け方じゃねェか。どこで覚えた?」


「ちょっと思う所があってね。最近、接近戦の勉強をしてるんだよ。まだま

だ付け焼き刃に過ぎないけどね…敵を撃て! 『ゲイルミサイル』!!」


 会話しながら魔力を貯めて突風の砲弾を撃ち出すが、ミーケ将軍はなんと拳を打ち込む事で吹き飛ばしてしまったんだ。

 クーア先生が得意とする風属性の魔法を悉く防いでしまう秘密はミーケ将軍の両手両足に装着された純白の防具にある。

 これこそが『金』の精霊の力であり、精霊そのものでもある。

 この金属性というのは星神教でいう『宿星魔法』には存在しない属性で『風』即ち『木気』に克つ事が出来る唯一の属性なんだ。

 ちなみに『宿星魔法』で扱う属性が『火』『水』『風』『土』『光』『闇』に対して『精霊魔法』の属性は『木』『火』『土』『金』『水』『光』『闇』となる。

 属性が多い分『精霊魔法』の方が汎用性が高いけど、だからといって『宿星魔法』が劣っている訳ではなく、一属性特化だからこそ極めるという点においては優れているし、上位の魔法を遣うのに上位の精霊と契約し直すなんて事をしなくても良い。

 しかも極めれば『精霊魔法』でいう最高位魔法を遣う事も出来るんだ。

 これは守護神である神のランクに左右されず、当人の努力次第で誰でも手が届くというのが魅力なんだよ。

 だから一属性一辺倒の魔法遣いだろうと『精霊魔法』の遣い手に劣るとは限らないし、むしろ最高位魔法を遣うまでに極めた者はプネブマ教からも賞賛され、『賢者』の称号を与えられるんだよ。

 ちなみに精霊を育てる・・・なんて非常識な事をしているのはこの世でミーケ将軍だけなので悪しからず。と云うか、上位、高位の精霊をポコポコ生み出しているミーケ将軍はプネブマ教から相当疎んじられているそうで、もしも、『育成式精霊魔法』を世に広めたら討伐対象にすると釘を刺されているらしいよ。

 魔王からも“頼むからプネブマ教と事を構えるなよ”と命じられているんだから笑えないし、当人は“振りか”と魔王を揶揄って面白がっているのだからオソロシイ。


「ほれほれ、どうした? 態々テメェと同じ土俵に立って先手まで取らせてやってンだからもうちょっと気合を入れろ。前にも教えたろ? 『金気』は『木気』に克つ、此即ち『金克木』なり、だ」


 クーア先生の息は既に上がっているけど、ミーケ将軍は汗ひとつ掻いていない。


「ご忠告感謝だよ! 敵を穿て! 『プロミネンススフィア』!!」


 火球を撃ち出す火属性初歩の魔法ではあるが、それだけにアレンジがしやすい。

 現にクーア先生が放った火球の数は三十を優に超えている。


「こうも教わったね。『火気』は『金気』に克つ、此即ち『火克金』ってね!」


「バータレ! 下手な鉄砲、数撃って当たるか! 軌道が真っ直ぐなんだよ!」


 なんとミーケ将軍は小さな体を生かして火球の間を擦り抜けていくではないか。


「はい、油断大敵! 『ブレイクショット』!!」


「ぐおっ?!」


 ミーケ将軍に避けられた火球同士がぶつかり合ったかと思えばビリヤードのように乱反射して軌道を変えていく。しかもその全ては何度もぶつかり合いながらミーケ将軍の背後を襲ったんだ。


「しまっ……」


 クーア先生は反射角度を完全に計算しているのか、火球は全てミーケ将軍の背中を直撃して彼を中心とした爆発が起こる。

 こ、これって大丈夫なのかなぁ? 

 ミーケ将軍に火属性が効かないのは分かっていても爆風の威力そのものに耐性がある訳じゃないんだよ。粉々になってなければ良いんだけど……


「なーんてな? 『金気』が強すぎると『火気』は克つ事が出来ずに侮られる。『金侮火』…これも教えたよな? 中々の威力だったが俺の『太白たいはく』に分があったようだぜ」


 火焔が収まると、そこには小さな六角形の金属が繋がってできた球体があった。

 その六角プレートの結合が解けて分解されると、すぐさまミーケ将軍のガントレットとレッグガードへと再構成された。

 この六角プレートの集合体こそがミーケ将軍が契約している『金』の精霊であり、彼から『太白』の名を与えられている。


「今のは良かった。いい線行ってたぜ。だが俺の分身ともいうべき七柱の精霊がいる限り俺に火属性はおろか全ての属性は効かねェよ」


『いやいや、この『太白』だけでも御身をお守りするには十分! 他の六柱はおまけのようなもの! 主の敵は全てこの拙者が斬り捨ててご覧にいれましょうぞ!』


 ミーケ将軍の防具からとんでもない声量の女性の声が聞こえてきた。

 『太白』だ。悪い子じゃないんだけど、ミーケ将軍の“一の家臣”を自称していて、とかく五月蠅いんだ。


『ほう? おまけなぁ? ならアタシの炎に耐えられるか? あまり調子くれてっと、鋳潰して農機具に打ち直してやるぞ、コラ?』


 ミーケ将軍のそばに一人の女性が現れる。

 赤い瞳を持つ美女は炎をドレスのように身に纏い、火焔の髪を揺らしている。

 その手には彼女の長身に負けぬほどのハルバードが握られていた。

 彼女もまたミーケ将軍が契約している最高位級の『火』の精霊だ。

 その名を『螢惑けいこく』という。


『け、『螢惑』殿…こ、これは何と申しますか…そう、言葉の綾でして、決して他の六柱を軽んじている訳では……』


 そして、いつも余計な一言を云っては『螢惑』に締められるのがお決まりのパターンだったりするんだ。

 まあ、本気で責めてるワケじゃなくて漫才感覚なんだけどね。


『だったら黙ってサポートに徹してな。ミーケを見ろ。呆れてるじゃねぇか』


『ああああああ主、せ、拙者は決して主を困らせるつもりは…』


「別に怒ってねェから狼狽えるんな。それより今はクーアとの模擬戦の最中だ。今は役割を果たせ。頑張ってくれたら今夜はお前の好物を作ってやっからな」


『ふおおおおおおっ! そのお言葉でこの『太白』は! 『太白』はあっ!!』


 ガントレットが再び分解されて光輝くとミーケ将軍の全身を纏い、純白の全身甲冑へと姿を変える。ただでさえ状況は不利なのにこれで更にクーア先生は苦戦を強いられるようになるだろう。

 この甲冑は見た目通りに高い防御力を誇るけど、何より恐ろしいのは、これで羽毛よりも軽く、関節の稼働を阻害しないというんだ。

 つまりミーケ将軍の持ち味である素早い動きを全く殺せていないって事なんだよ。


「ちっ、張り切りすぎだ。模擬戦だっつったろうが」


「構わないよ。こっちも本気で行くから」


 クーア先生の髪がライトグリーンからダークグリーンへと変わりつつ、ざわざわと急速に伸びて蔦のように全身に絡みついていく。

 瞳もダークグリーンへと変わり、全身からサッキュバスを思わせるほど妖しげな色香を醸し出す。

 強大な魔力を全身に行き渡らせる事で増幅し、肉体も下手な剣では斬る事が不可能なまでに強化されているのだけど、それだけではない。動体視力や反射神経も強化されて飛来する矢を掴み取れるほどだという。

 しかも普段は封印している“魔女の奥義”や“強力過ぎる大魔法”も遣えるようになるんだそうだよ。所謂いわゆる魔女モードと呼ばれるクーア先生の切り札だ。


「さあ、全力でこれを放つのはユウとの勝負以来だ。風のよ。荒れ狂い敵を引き裂き、蹂躙せよ!」


 クーア先生の周囲に巨大な竜巻が八本出現する。


「火の精霊よ。『木生火』のことわりに則り、風を喰らい、その力を巨大なものとして全てを打ち砕く炎の嵐と化せ」


 全ての竜巻が炎を纏って灼熱の渦と化した。


「最高位精霊の炎をエメラルスの風で強化した殲滅戦用大魔法『ヤマタノオロチ』、この破壊力の前には『太白』の鎧も火の大精霊の加護も通用しない。況してやここは魔女の聖地・魔界。全力を出すどころか力が漲っているよ」


「ハッ! 丁度良いハンデだ。来いや!」


「云われるまでもなく……発動! 『ヤマタノオロチ』!!」


 八本の竜巻が岩盤を削り、周囲の木石を飲み込みながらミーケ将軍へと殺到する。

 その恐ろしい光景を目の当たりにして尚、ミーケ将軍は不敵に笑っている。


「その全てを滅ぼす破壊力のみならず飛燕の如き速さを備えるか。これがお前の奥義だとしたら俺の事をナメ過ぎだ。味噌汁で顔を洗って出直して来い!!」


 なんとミーケ将軍が刀を右下段に構えて炎の竜巻の一本に肉薄する。


「『太白』の鎧? 火の大精霊の加護? それに頼る俺と思ったか!!」


 ミーケ将軍が右下段から左上段へと斬り上げると竜巻はあっさりと斬り裂かれて消滅してしまった。全てを斬る『月輪がちりん斬り』の極意だ。

 やっぱり凄い。何が凄いってAランクの冒険者パーティーをもってしても抜かせる事が出来なかったミーケ将軍の刀をたった一人で、しかも魔法遣いのクーア先生が抜かせたんだからね。


「竜巻の動きがワンパターンだぞ。ちゃんと制御してンのか?!」


 ミーケ将軍は別の炎を斬り上げつつ後ろへと振り返って背後から迫っていた竜巻を斬ってしまう。前後の敵を瞬時に斃す『三日月』。刀の軌跡が美しい弧を描く事から名付けられた奥義だ。

 その後もミーケ将軍は炎の竜巻を斬っては消滅させてしまう。

 ユウお姉さんと敵対してきた頃、魔女の谷での戦いで彼女を圧倒していたという『ヤマタノオロチ』がまるで通用していない。

 クーア先生だって事務職に就いていたとは云っても自己を鍛える事は欠かしていなかったはず。きっと『ヤマタノオロチ』も進化しているはずなんだ。

 でないと更に過酷な修行を積んでいたミーケ将軍に一撃を与えるなんて出来る訳がない。


「後二本だぞ。どうする?」


 ミーケ将軍の言葉に『ヤマタノオロチ』は前後から挟み撃ちにする作戦に出た。

 その戦法はとっくに破られているはず! まるで工夫が無かった。


「終わりだ! やはりお前には今回の事件やまを追う資格は無かったな!」


 前方の竜巻を斬り上げ、振り返ろうとした瞬間、凄まじい爆発音が起こった。


「ぐ…が…く、クーア…」


 眉間から血を垂らしながらミーケ将軍がクーア先生を睨みつけている。

 クーア先生の左手には小刀が逆手に握られており、束は赤く汚れていた。


「八本の炎の竜巻にこれだけ空気を掻き混ぜられては流れを読むことは出来なかったようだね。況してや僕が火の魔力を高めていた事に気付く事すら出来なかったか」


「何を…した?」


「自分の背後で炎の魔力を爆発させて突進力を得る『ブーストアタック』。パっつぁんの密偵が遣っていた技だよ。使えると思って練習していたんだ。君の性格ならきっと『ヤマタノオロチ』を破って僕の心を折ろうとすると思ったからね。何せ君は天下に名を知られた『勇気喰らいブレイブイーター』なんだから。そして『ヤマタノオロチ』破りに躍起なっていた君は僕の存在を忘れていった。『勇気喰らい』が僕という“月”を隠したと確信して、僕は『ブーストアタック』と牙狼月光剣・奥義『月食』の合わせ技で君に一撃を入れる事が出来たってワケさ。月を斬る君が月を見失うなんて皮肉なものだね」


 ミーケ将軍が膝をつく。

 眉間の急所を強烈に突かれたんだ。当然だよ。


「云ったよね? 僕は剣を握って良し、魔法を遣って良しのオールラウンダーに憧れているって。まだ小刀術しか遣えないけど、僕もまた剣客なんだよ。いつまでも非力な魔法遣いだと思っていると眉間の傷だけじゃ済まないからね?」


「はは…して…やられたって…ワケかい…」


 ミーケ将軍の体を支えて眉間の傷を治しながらクーア先生が問う。


「それで僕は合格かい?」


 顔をしかめながらミーケ将軍が答える。


「訊くなよ…有効打どころか、俺に勝ったンだ。頼りにしてるよ、相棒」


「ありがとう。光栄だよ、相棒」


 クーア先生はニコリと微笑んだ。

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