第捌章 神殿騎士、修行に出される

「ふぅん、“りんね”“てんどう”“にんげん”ね。異端審問会が魔女に連れられてぞろぞろと何の用かと思えば、そういう事かい」


 あの後、落ち着きを取り戻したミーケ将軍と一緒に再び管理室に戻ってきた。

 早速、本来の目的である事件の鍵となるであろう三つの言葉を伝えると、クーア先生が睨んだ通りミーケ将軍には心当たりがあるようだ。

 神殿騎士達はこの場にはいない。あまりに未熟過ぎる彼らにミーケ将軍は“こんなレベルの雑魚をルクスの配下と名乗らせるの業腹だ”とご実家である道場に送り込んでしまったんだよ。

 この道場こそ将軍の強さを生み出している最大の秘密なんだ。

 相手を殺す事なく無手により制圧及び捕縛をする制圧術、剣術を中心に槍や弓、十手にじょう等々幅広く扱う武器術だけではなく馬術や魔術も教えている。この魔術道場のマニュアルはクーアさんをして“突出した天才を育てるのには向かないけど一定レベルの魔法遣いを一度に大勢育てる事が出来る”と評価しているそうだ。しかも上位精霊から受ける試練に合格するまでサポートしてくれると云うのだから恐れ入るというものだね。

 他にも読み書き、算術を子供に教えているそうで、料理や裁縫、果てには歌のレッスンまでしていると聞いた時は、何を目指している道場なのかと呆れたものだよ。

 料理教室は兎も角、武術道場の教育は鬼も泣いて夜逃げすると噂されるほどの厳しさなので、私のような手加減と甘さがごっちゃになっている師につくよりは余程善い修行にはなるだろう。いや、ただ厳しく指導するだけなら私も出来るんだ。ただ優しく導き、打ち込み稽古で手加減をするとなると途端に私の指導はただ甘いものになるだけだとクーア先生に指摘されたばかりだ。

 弟子の力量を見極めて限界ギリギリのところで打ち合うのが師というものだとゲヒルンさんにも云われてしまったし、難しいところだね。

 まあ、神殿騎士達が魔法遣いのクーア先生の小刀術に翻弄されている時点で私の指導力はお察しというものかも知れない。

 ただクーア先生は謙遜しているけど、先生の小刀術は牙狼月光剣の流れを汲んだ正統な技術であるんだ。クーア先生のお父様、オアーゼ公爵は牙狼月光剣の達人でもあり、なんと大将軍閣下から直接指導を受けた直弟子で私の兄弟子に当たる。

 オアーゼ公爵は魔法の才を幼い頃から開花させて恐るべき速さで魔法を修得していたクーア先生にこう諭したという。


「魔法遣いといえども男子であるならば武芸の一つは身に着けるべきである」


 人が持つには強大な魔力を誇ると云っても何らかの原因で魔法を封じられたり、或いは魔力切れを起こすまで消耗させられるかも知れない。その時に攻撃手段が無ければ命を失う事になる。何より魔法使いが武芸を嗜んで何が悪い。

 この言葉に深い感銘を受けたクーア先生は非力な魔法遣いでも扱えると小刀術を学ぶ事となるのだけど、これは先生の為にオアーゼ公爵が牙狼月光剣を元に編み出したというのだから驚きだ。

 事実、クーア先生に取って切り札になったようで、魔法遣い=接近戦が出来ないという思い込みをも利用して多くの戦士を屠ってきたらしい。

 神殿騎士達もクーア先生を魔法遣いなら接近戦に持ち込めば勝てると思い込んだ結果、不用意に間合いを詰めては小刀の柄で急所を打たれて悶絶する事となったんだ。

 牙狼月光剣の奥義に『月食』というものがある。

 この兵法は小刀で防御・牽制をして大剣で斬るものだと多くの人に思われているけど、実は小刀の扱いこそが牙狼月光剣のキモであり極意なんだ。

 月食とは太陽の光をこの世界そのもの影に月が隠される事で起こる現象だ。

 牙狼月光剣は大剣を太陽、小刀を月に見立てた兵法で、本来の『月食』は大剣の動きで如何に小刀の動きを隠すかが腕の見せ所である。大剣の攻撃を防ぐ、乃至躱す事に成功した敵に生じた僅かな心の隙を突いて小刀で敵を穿つ事に極意があるんだ。

 そしてクーア先生の場合は魔法遣いには接近戦が出来ないという思い込みこそが必殺の小刀を隠す。

 ミーケ将軍の前で行われた模擬戦で、クーア先生一人に全滅させられた神殿騎士達を見て目を覆いたくなったものさ。目を覚ましたばかりのクーア先生に神殿騎士達との模擬戦を命じた時は五十年放って迎えに来なかった意趣返しかと思ったけど、先生は文句を云わずに危なげないどころか無傷で彼らを打ち倒してしまったのだから恐れ入ったよ。


「僕、もうちょっと背が伸びたら本格的に牙狼月光剣を学ぶつもりなんだ。剣を握って良し、魔法を遣って良しのオールラウンダーって実は憧れていたんだよね」


 そう云って照れ臭そうに笑うクーア先生をミーケ将軍とゲヒルンさんは褒めそやしているけど、魔法遣いの小刀術に全滅させられて落ち込んでいる神殿騎士にも少しは気を使って頂けないものだろうか?


「バータレ。魔法遣いに剣で負けるような雑魚騎士なんぞ労えるか。このままじゃコイツらは今回の事件やまを追うだけで死ぬぞ? そうならない為にも俺が預かってやろうよ。なぁに、剣の振り方を見るに剣術の基本は出来てンだ。一月ひとつきもあれば一端にしてやるよ」


 そう云われて彼らを預けたのが一時間前の事。

 神殿騎士達は過酷な修行を想像してか、地獄へと引き摺られていく亡者のように泣き叫びながら将軍の部下達に送られていったんだ。

 私は彼らを見送りながら無意識に合掌していた。

 いや、ミーケ将軍の道場って本当に厳しいんだよ。

 何せ無限に近いスタミナを誇るユウお姉さんが一日の修行を終えた時にはへばっていたんだからね。しかも化け物染みて強かったのはミーケ将軍だけじゃない。

 弟子達の中でも熟練者になると魔界の将校達の攻撃が温く感じる程に強いんだ。

 この道場には四つの段階があり、入門したばかりの門下生は白虎衆の呼ばれている。これは十五歳未満或いは入門から三年未満の者で構成されており、基礎となる走り込みや素振り稽古をこなしつつ、基本となる技の稽古を徹底的に仕込まれるんだ。

 そして入門三年以上かつ十五歳以上になった者が試験を受けて合格すると次の段階である朱雀衆に進む事を許される。

 朱雀衆は真剣による稽古を許され、奥義を除く応用技の稽古や希望すれば槍、弓、馬術、鎖鎌、棒術など武器術の受講も出来るんだ。

 門下生の大半はこの朱雀衆であり、修行期間も一番長いだろうね。

 それだけ覚えるべき内容が多いのだけど、仲間も多く、何より上達を実感できる時期でもあるので、修行の中では最も面白い段階であると云えるかもね。

 朱雀衆の中でも奥義を得るに相応しいと師に見込まれた者達は青龍衆に入り、奥義修得の修行を許されるようになる。

 また青龍衆は奥義を別とすれば全ての技術の熟達者であるので、将軍の許可があれば師範代として白虎衆や朱雀衆の指導を任される事もあるという。師範代となった者はその段階で指南料を免除され、逆に師範代としての給金が支払われるようになる。

 そして奥義を含めた全ての技を修得したと認められた門下生は玄武衆を名乗る事を許されるのだけど、当然ながら修行が終わった訳では無い。

 奥義修得はゴールではなく、むしろそこからが新たな修行の始まりであるとしており、各々が師から離れて独自の修行をしていく事になる。

 基礎を初めから練り直す者。工夫を凝らし新たなる技を開発する者。ミーケ将軍を想定敵とし彼の打倒を志す者。それそれが高みを目指して邁進していくんだ。

 ちなみに玄武衆の中でも一番若くて力量が劣るとされている者でも魔王と戦えば軽く一捻りするだけの実力があるのだからオソロシイ。

 私なんて『不死鳥』の力で身体能力を上げて一撃を受けた途端に悶絶して分析どころじゃなかったからね。


「敢えて私の一撃を受けようとする姿勢に腹が立った。反省も後悔も無い」


 骨が分厚く下手に殴れば拳の方がいかれる額を殴っておいて平然とそうコメントするんだからオソロシイ。

 しかも魔王との最終決戦でユウお姉さんを守る為に魔王の最強奥義を盾となって受けたのだけど、何と云うか玄武衆の一撃の方が痛くて怖かったのだから笑えない。

 そんな玄武衆に鍛えられるんだから神殿騎士達も強くはなれると思う。

 ただ徹底的に可愛がられた結果、トラウマにならなければ良いけどね

 私としてはそこだけが心配だよ。


「ま、玄武衆も厳しいようで教え方は上手いし強くなれるんじゃないかな。脱走者だって実際にはいないし、大丈夫だと思うよ」


『限界ギリギリまで追い込むのがまた上手いんだ。そして、もうすぐが破れそうだと見極めたら極限まで追い込んで限界を突破させるんだ。俺もミーケ将軍の道場で扱かれたクチだけど、何回限界の壁をぶち抜いた事か』


「何が壁だよ。俺に云わせればテメェの場合は周りに怒られて本気を出しただけのように見えたぜ」


『これは手厳しい』


 彼らは笑っているけど、心配は心配なんだよ。

 何しろ玄武衆かれらは面白いと思えば滅茶苦茶な修行を提案するからなァ。

 適性があれば何でも叩き込むのが流儀と云わんばかりに詰め込んでくるんだ。

 私なんてパーティーの盾役なのに、気が付けば敵の攻撃を惹き付けつつ、それを躱しながら敵の背後を取って仕留めるという忍びの技を仕込まれていたしね。

 あれから五十年、当時の玄武衆はいないだろうけど、悪い予感がするのは何故なんだろうなァ……

 そして悪い予感というのは当たるもので、一ヶ月の修行を終えた神殿騎士達は私の想像を遙かに超えた成長を遂げる事になる…しかも悪い意味で。

 苦情を云おうにも、“騎士として育てろと注文をつけなかったお主が悪い”と老いてますますな玄武衆に笑ってあしらわれる事になるとは思わなかったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る