第㯃章 将軍の孤独

「おいこら、クーア、クーア君よ。テメェから見て俺はそんな小っちぇェ男に見えるンか、こら?」


 ミーケ将軍は相変わらずこちらを睨みつけているけど威圧はまったく感じない。

 むしろ頬を伝う涙と相俟って悪口を云われた子供が悔し涙を流しているようだ。

 事実、今の彼は見た目のままに魔界軍という仮面が脱げた幼い子供なのだろう。

 ポロポロと次から次へと涙を拭う事もせずに睨みつけてくるミーケ将軍にクーア先生は頬の痛みを忘れたかのように呆気に取られている。


「どうなんだ、エッ?! 確かに俺は手籠めにされたさ。戦いの最中に敵の服が燃えて丸裸になったら驚いて固まるわな。で、弟のように思ってたテメェに唇を奪われて完全に自失状態になってだ。あれよあれよと云う間に俺も服を奪われたっけなァ」


 そう、それから怒濤のように私達はミーケ将軍を犯したんだ。

 戦闘においては無敵を誇るミーケ将軍だけど複数人に押さえ込まれてしまっては力の弱い彼に抵抗するすべは無かった。

 後は媚薬を使い、甘言を用いて徐々に力を削いでいき、トドメにその当時でも既に故人となっていた初恋の人の名を持ち出して、“僕達は決してミーケのそばから離れないよ”と耳元で囁いた。

 これが殺し文句となってミーケ将軍はついに陥落し、その身を私達に委ねるようになり、私達はその幼い肢体を貪ったんだ。

 実に卑怯! 実に卑劣! こと戦闘においては正々堂々と戦う誇り高き武人を“勝てない”という理由で征服してしまったんだよ。

 しかも魔界の『扉』の番人という役目から外れれば、人造人間である私やユウお姉さんにも優しくしてくれていたのにだよ。自分の能力に振り回されているユウお姉さんの為に正統な武術を学ばせてバランス良く成長させる事を体に覚えさせる事で暴走を抑えられるようにしてくれた恩人を裏切ったんだ。


「その罪悪感が的外れだってンだよ、スカタン!」


「えっ?」


「真っ当な手段で俺に勝てないと踏んだからこそ、あの奇策に出たンだろ?」


「いや、その、そうなんですけど…」


 私達は完全に困惑していた。

 特に私は純潔を捧げると同時に彼の童貞を奪ってるので二の句が継げずにいる。


「あのな、その策が見事に決まって俺は負けた。ただそれだけの事だろがよ。釜を掘られたりもしたがな、そりゃ勝者の権利ってモンだ。面白い経験をしたと思いこそしても恨みとは思っちゃいねェさ。それに卑怯な策といったら俺だって遣うぜ? 罠だって使う。今日だってバイナリー爆弾を使ってただろうが?」


「では、ミーケ将軍は何に対してお怒りなのですか? 教えて下さい」


「それこそが不誠実だってンだよ。テメェらがに何て云ったか忘れたンか?」


 私達は顔を見合わせる。その顔はまさに“やっちまった”感満載である。

 やっとミーケ将軍が云わんとしている事を察する事が出来たからだ。


「レクトやクーアは仕方ないさ。天敵同士の聖都スチューデリアに残ってたんだから…だから僕はパテールに“人々の記憶から魔女狩りの事が薄れるまで匿って”と頼んでいたンだしね」


「えっ? じゃあ、パっつぁんが僕をレクト共々後宮の奥に閉じ込めたのは…」


「そう、僕が頼んだンだよ。パテールも“それが一番だな。二人からは恨まれるだろうが、人より長い寿命を持つ二人なら俺が死んだ後でもまだまだ青春真っ盛りだろうから、いくらでも人生のやり直しが利くしな”と笑って引き受けてくれたよ」


「そんな…パテールが…」


 クーア先生は後宮に幽閉されていたと思っていた五十年が本当に匿われていたんだと知って愕然としていた。


「ゲヒルンも当時のガイラント皇帝に頼んで匿って貰っていたンだよ。魔女に偏見が無い人とは知っていたけど、まさか自分の末娘のお婿さんにしちゃうとは思わなかったけどね」


『元々前皇帝陛下や妻から好意を寄せられてはいましたが、急に結婚をしろという話になったのは将軍が仕掛け人だったのですね』


 ゲヒルンさんは得心したと苦笑を浮かべる。

 他の兄弟姉妹達もミーケ将軍が手を回して世間の目から隠していたみたいだね。


「ルクスもマトゥーザに引き取られて、これで一安心と思っていたのに神殿騎士になるとは思わなかった。しかも魔女狩りを二度と起こさないように敢えて異端審問会に入るなんてさ。一時はどうなる事かと気を揉んでいたけど、立派になったね」


 まだ涙が乾いていないままミーケ将軍は優しく微笑んでくれた。

 あれだけ非道い仕打ちをしたのに見守ってくれていたと知り、私は嬉しさと申し訳無さで感情が千々に乱れてしまい涙を堪える事が出来なかった。


「ご、ごめんなさい…私、あんな非道い事をして…それなのに怖くて五十年も謝りに行けなくて…でもミーケ将軍は見守ってくれていたんだね」


「だから僕は怒ってないって。むしろアレが切っ掛けで彼女の事を吹っ切る事が出来たとも云えるンだ。僕が前に進む為の荒療治と思えば感謝すべきかも知れないよ」


 だけど――微笑んでいたはずのミーケ将軍の顔が再び険しくなってしまう。

 その視線の先にいるのはクーア先生だった。


「な、何?」


「なァ、クーア君よォ? アンタ、俺を抱いた時、何つったよ? 俺ァ今でも覚えているぜェ? ん? テメェはどうよ?」


「あれ? さっきまでの可愛かったのミーケはどこに行ったのかなァ?」


 クーア先生、それは悪手です。

 ここは笑って誤魔化してはいけない場面だと思いますよ?


「さっきは仕方ないとは云ったけどよォ? 確かクーア君は五年も前に後宮から出てるよな? 誰のどういう思惑があったのかは分からねェが、自由になったのは確かだ。で、あの時・・・は何て云ったっけなァ?」


 そこまで云われてクーア先生は観念したのか、ミーケ将軍を抱きしめて謝罪した。


「ごめんね。“ずっとそばにいる”って約束したのに会いに行かなくて。でも僕達は男同士だからさ。これからの君の人生に僕がいたら邪魔、いや、害悪になると思ったんだ。マトゥーザからルクスの事を気に掛けているらしいって話も聞いていたし、僕が身を引けば上手い事いくんじゃないかとも考えていたのもあるんだ」


 すると鋭い音と共にクーア先生の顔が横に向いた。

 ミーケ将軍の平手が先生の頬を打ったんだ。


「勝手な事を云わないでよ。男同士だから何だって云うのさ? 人を好きになるのは理屈じゃ無いンだよ。それともユウがこの世界に戻って来た時に僕は邪魔だって事かな?」


 再び涙を溢れさせるミーケ将軍にクーア先生は答えない。答えられない。

 ちなみにユウお姉さんは“吾輩を嫁に迎えるなら、この男を婿に取るくらいの器量を見せよ”とミーケ将軍と共に先生に嫁ぐ気満々だったんだよね。しかも私をミーケ将軍のお嫁さんにする気でもいたみたい。


『吾輩がこの世界を征服したらこれくらいは許されて然る可きであろう』


 こんな複雑過ぎるハーレムは遠慮したいところだけど、ユウお姉さんって結構我が侭で“好きな者同士みんなで結婚しよう”と豪快なんだか考え無しなのか分からない提案をしてみんなを唖然とさせたものだったよ。


「君には“そばにいてあげる”という言葉が僕にとってどれだけの救いになっていたか分からないかな? 人間の血を引くといっても妖精の血が濃く生まれてしまった僕は普通の人間と添い遂げる事は出来ない。だから不老長命という地獄を二人で歩いていける君達が羨ましかったし、その仲間に、いや、家族に入れてくれると聞いた時は嬉しかったンだよ? それなのに僕の為に身を引く? 巫山戯た事を云うのも大概にしてよ!」


 ミーケ将軍はクーア先生の肩を掴んで揺さ振る。

 対して先生はされるがままだ


「好きなんだよ、君もユウもみんな! 人間社会でも魔界でも僕は孤独だった。魔王も僕の事を可愛がってくれるけど、それは僕が強いからだ。政治が出来るからなんだよ。どれだけ強くなろうとも魔界に貢献しようとも、それでも僕の事を“好き”と“いつまでもそばにいる”と云ってくれた人はいなかったンだよ? だから、その言葉が作戦だったとしても嬉しかった。犯されたとしても好きになっていたンだよ。だったら責任を取ってよ! 何とか云ってよ!」


 そこにいたのは魔界最強と謳われた将軍ではなかった。

 長い年月、孤独を強いられた幼い子供がそこにいたんだ。

 けどね、ミーケ将軍、今の・・クーア先生には言葉を返す事は出来ないんだよ。


『まあ、女の子相手でも腕相撲に負けるミーケ将軍がそれでも魔界の頂点に立つまで磨きに磨いてきた武の技術が込められた平手打ちを受けては只じゃ済まないよね』


「と云うか、あれって平手打ちというよりも掌底打ちでしたよね。しかも綺麗に顎に入ってましたもの。そりゃ『魔女の王』だろうと一撃で昏倒させられますよ」


 白目を剥いてガクンガクンと揺さ振られるクーア先生を助ける為に私達は彼らに駆け寄るのだった。

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