第陸章 魔界最強と呼ばれた男

「星神教神殿騎士の正統甲冑が十点、正統サーベルが十点、フォルモーント家家宝の弓、アーベント家嫡男が代々継承してきた槍、ツァウバーブッホ家の魔道書……」


 ミーケ将軍が大福帳に神殿騎士達から没収した装備を書き込んでいる。

 彼が守護に就いてから『世界の境界』に挑んだ者達は全滅すると命を救われる代償として装備の一切合切を取り上げられるというペナルティーを与えられるんだ。

 これにより冒険者は屈辱をそそぐ為、或いは装備を取り返す為に再び『世界の境界』に挑むようになるんだそうだよ。

 ただ取り上げられた装備は『世界の境界』の宝箱に入れられるので、早くしないと他の冒険者に持っていかれる憂き目に遭う事になるんだよね。

 これもまた冒険者がこぞって『世界の境界』に挑む理由の一つなんだ。

 有力な冒険者が使っていた装備を手に入れるチャンスでもあるし、中にはライバルが奪われた装備を手に入れて侮辱するか、または恩を売る目的の者もいるらしい。

 他にも買い戻すという方法もある。これは所謂いわゆる名家の家宝という物の場合だね。目録作成が終われば実家との買い取り交渉の希望者を募ると思う。

 私に云わせれば、親心なのか、見栄なのか、分からないけど、こんな未熟者に家宝を預けるのが悪いよ、としか云えない。

 下着姿にされて身を揉んで悔しがる神殿騎士達だけど、命あるだけ丸儲けだと思うべきだとお姉さんは思うな。ま、良い薬にはなったかな。

 ミーケ将軍が守護になるまで『世界の境界』はこの世の地獄だったという話だ。

 ダンジョン内は瘴気に満ち、朽ちた冒険者の死体がその怨念から死霊魔術ネクロマンシーを用いずともゾンビやスケルトンとして動き出すというのだから、その凄まじさが分かるというのもだよ。

 何よりオソロシイのは六十階層にも及ぶ広大なダンジョンを満たす瘴気や怨念を一瞬にして浄化してしまったミーケ将軍なんだけどね。

 その後、『世界の境界』の至るところに監視の“目”を配置して冒険者達の動向を見張る事が出来る態勢を整備したんだ。

 これにより冒険者の死亡率を格段に下げる事に成功しするんだけど、勿論、優しさだけでこんな大掛かりな仕組みを作った訳じゃない。

 全滅した生存者を救出してダンジョンから蹴り出すと装備を没収するんだよ。

 これにより滅多に挑戦者が現れなかった『世界の境界』は再挑戦者リピーターを始め、多くの冒険者達が訪れるようになったんだね。

 この監視システムは犠牲者を抑えるだけではなく、熟練冒険者が立場の弱い新人や回復役ヒーラーを脅して良からぬ事をするのを防ぐ事にも貢献している。

 もし女の子に悪さをしようものから直ちにミーケ将軍が現れて成敗されるんだ。


「はぁい、お客さん。『世界の境界うち』はそういうダンジョンおみせじゃないんだよねェ。悪いけど出てってくれる?」


 飄々としながらも容赦無く冒険者をボッコボコにした後で裸にして追い出すんだ。

 しかも筏に大の字に縛って川に流すというおまけ付きでね。

 ちなみに川は流れこそ急だけど岩場や滝など危ない場所は無いので、ある意味安全に山を下りる手段となっていて、悪辣な冒険者は下流にある街へとあっという間に流される事になるんだ。その後、彼らの冒険者人生がどうなるかはお察しだけどね。

 だからか、ミーケ将軍って冒険者達に憎まれてもいるけど一方で人気もあるんだ。

 特に見込みがあると思う冒険者には救出後にアドバイスをしたり、横暴だったり無謀な事をするパーティーのリーダーを締めたりするので、立場の弱い者達にはありがたい存在となっているらしい。


「回復役がいなけりゃ冒険は成り立たねぇンだから胸を張ってろ。今から面白ェモン見せてやっから」


 そう云って回復役を除いたパーティーを『世界の境界』へ再び送り込んで彼らに回復役のありがたみを体感させるというオソロシイ事をやってのけるんだ。

 魔法遣いも回復魔法を遣えるは遣えるので最初の内はそれでも回っていくんだけど、下層に行くにつれて魔物も強大になっていき、最後は回復しか出来なくなってパーティーは最大火力の一つを失う事になる。

 回復役の役目は治療だけではない。補助魔法で防御力を上げたり、魔法の威力を強化したりといった間接的な役割で活躍しているんだ。

 彼らは追い詰められて漸く気付くんだ。仲間で下に見て良い者、不必要な者なんて一人もいないとね。

 何故、そこまでするのかと云えば、ひとえに『世界の境界』に挑む気骨ある冒険者を多く呼び寄せる事にあるという。

 超々高難易度ダンジョンを攻略して魔界への『扉』に到達できるという事は云い換えれば、それを守護するミーケ将軍と対決する資格があるとも云える。

 そんな強敵を相手にミーケ将軍は日頃の修行の成果を試したいんだ。

 そう、ミーケ将軍の不敗を支えている一番の要因は魔界最強の称号を得て尚終わる事なく心身共に鍛え続けている事にあるんだよ。

 元々ミーケ将軍はエルフとドワーフの混血児と人間の間に生まれている。

 エルフの魔力とドワーフの器用さを受け継いではいるものの矮躯で腕力にも乏しく、況してや隻眼というハンデまで負ってしまっているんだ。

 それでも魔界最強へと至ったのは、長年磨いてきた技術にあった。

 普段の修行に加えて独自に川に映る月を斬り続けてきたという。

 師匠でもあるお爺さんの“月を斬れ”という謎めいた指令に天空の月ではなく水面の月であると極意を得たミーケ将軍は三年間休む事なく剣を振るい続けた結果、ついに川面に浮かぶ月を截断するに至ったんだよ。

 星神教では月は闇の象徴だ。その月を斬るということは闇属性に位置する存在を斬る事が出来るということであり、また月が自身で光っているのではなく太陽の光を受けて優しい光を放っている事から光属性の存在、即ち神をも斬れる恐るべき極意を修得しているんだ。

 それだけじゃない。『月輪がちりん斬り』と呼ばれるその極意は川を斬り続けた事で水という形を持たぬものを斬り、更には火を斬り、風を斬り、大地をも斬り、ついには鉄(金属)さえも斬り裂いたという。

 もはやミーケ将軍に斬れないものは存在せず、自ら野鍛冶で打った愛刀『無銘なまくら』を持って神すら脳天から真っ二つにしたという伝説を持っているんだ。

 弱いからこそ手に入れた強さを武器にミーケ将軍は魔界でのし上がってきた。

 ダメージを受けたところを強化する、否、してしまうユウお姉さんに取って唯一の天敵と云える所以がそこにある。

 いくら体が強化されて防御力が上がろうとも『月輪斬り』の前には意味を成さず、常人には目にも止まらないだろうスピードで動いたとしても確かな技術に裏打ちされた正統な武術と長年磨いてきた動体視力や空気の流れを読み取る能力、そして勝負勘という超感覚ともいうべきものの前には幻戯めくらましにすらならなかったんだ。

 基礎を大切にゆっくりと丁寧に長い時間をかけて鍛え続けてきたミーケ将軍と基礎を知らず、否、知ってはいたけど所詮は机上の空論だった上に短期間で急成長を遂げてしまったユウお姉さん、どちらに軍配が上がるのかは云うまでもないだろう。

 では、五十年前の戦いでクーア先生とユウお姉さん達がどうやってミーケ将軍を退けて魔界への『扉』を通ったのかという疑問もあるだろうね。

 それこそがクーア先生とゲヒルンさんが彼と会う事に消極的な理由なんだ。


「ええと、お久しぶりです。ミーケ将軍」


『あのこれ、ガイラント製ではありますがお土産のシュークリームです。すちゅーでり屋のではなくて申し訳ないのですが……』


「ほぉん、気が利くじゃねぇか。どこのだって構やしねぇさ。好物を持って来てくれただけで俺は嬉しいぜ?」


 にこやかにお土産を受け取るミーケ将軍にクーア先生達はほっとしている。


「いやぁ、本当はもっと早くにお詫びに伺うべきだったのですが、お互い忙しくてなかなか…ねぇ?」


『兄貴も俺も国に拘束されているような状況でしたし……あははは……』


 なんとクーア先生達は愛想笑いを浮かべている。

 いや、それだけミーケ将軍が怖いんだよ。

 というか、五十年前も強かったけど、今のミーケ将軍は更に腕を上げているのがありありと見て取れる。この五十年、ずっと修行を重ねていた証拠だ。


「ふぅん、詫びねェ? 何に対しての詫びだい?」


 勘弁して欲しい。

 じろりと睨まれただけで私もクーア先生達も蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまったんだ。

 まさに魔界最強の武人と呼ぶに相応しい貫禄だね。

 非力な矮躯でありクーア先生に勝るとも劣らない絶大な魔力の持ち主であるならば魔法遣いとして生きた方がもっと上に行けただろうに、それでも武を磨き続けた結果、神をも打倒しうる恐るべき達人、否、名人へと自らを押し上げてしまった。

 こんな人に勝てる者がこの世にどれだけいるものだろうか。否、いない。

 あの時・・・は勝つには勝ったけど、当然褒められた方法じゃなかった。

 けど魔王よりも強い出鱈目な人とまともに戦って勝てるとは思えなかったんだよ。

 事実、ミーケ将軍に負け続けた結果、私達は強くなり過ぎて・・・・・・・肝心の魔王を拍子抜けする位あっさりと斃せてしまったんだからね。


「おい、何の詫びかって訊いてンだよ、こちとらはよ」


 ミーケ将軍から放たれる威圧が増大していく。

 未熟な若い神殿騎士達には耐えられる訳もなくバタバタと気を失っていた。

 これは早く答えないと私まで恐怖で失神してしまいかねない。

 明らかに怒ってはいるけど、お土産を笑って受け取ってくれた事から怨みまではいってないと思う。しかし、このまま答えずに気を失ったら不誠実と取られてしまうかも知れない。それだけは避けないと、もう謝罪を受け入れてくれないだろう。

 私達がここ『世界の境界』に来たのはミーケ将軍に許しを乞う為じゃない。

 あの全身を滅茶苦茶にされてしまった冒険者が遺してくれた手掛かりを紐解く事が出来るのは現状ミーケ将軍だけなんだ。若くして命を失った彼女の為にも事件を解決するには彼と対話が出来る状況にしなければいけない。

 それは分かっている。分かってはいるのだけど、まるで石膏で固められてしまったかのように体を動かす事はおろか言葉さえも出ないんだ。


「あの五十年前の戦いで、僕達は魔界の『扉』を守護するに不誠実な事をしてしまった。これこの通り、申し訳なかった」


 流石、ここぞという時に胆力を見せてくれるのはクーア先生だった。

 頭を下げるクーア先生にミーケ将軍の威圧が抑えられていく。

 けど、まだ許してくれた訳じゃない。ただ聞く体勢になってくれただけだ。


「不誠実、ああ、不誠実だ。けどな、俺が何で腹を立てているのか、ちゃんと分かっているのか?」


 ここからが正念場だ。言葉を間違えれば二度と許して貰えないどころか、下手をすれば殺されてしまう可能性もある。

 私はまだ動けそうにない。ゲヒルンさんも宙に浮いているので精一杯だ。

 クーア先生は何と答えるんだろうか。

 するとクーア先生は自分よりも更に小柄なミーケ将軍を抱きしめた。


「謝って済む問題じゃないのは分かっている。あの時はああするしか無かったなんて云い訳にすらならないだろう。けど、それでも僕達は君の最大の弱点を突かなければ魔界に行く事は叶わなかった」


 ミーケ将軍は動かない。答えろと云ったからには最後までクーア先生の言葉を聞くつもりなんだろう。本当にどこまでも真っ直ぐな人だ。


「僕は、僕達は百年近くも一人の女性ひとを想い続けてストイックに生きている君の純情を踏み躙った……僕達の罪、それは寄って集って君を……君を……」


 力が弱い。体が小さい。スタミナに乏しい。混血児である事を侮辱されると抑えが利かない。敵でも女性を殺す事が出来ない甘さ。一度友と認識したら決して疑う事はしない懐の深さ。と、この様に弱点や人としての甘さが多いミーケ将軍だけど、最大の弱点は過去に惚れた女性を忘れられず恋愛する事が出来なくなってしまってる事だろう。そして云い換えれば色事に免疫が無いと云う事だ。

 ミーケ将軍はエルフとドワーフの血を引いている為に人より寿命が長く成長も遅い。もっと云えば見かけ同様、本来の彼は精神までも幼く、まだまだ親の庇護の下、平穏に暮らして然る可きなんだよ。

 けど、人間社会で育った事と武の道に生きた事、そして魔界軍での地位が彼に大人として生きる事を強要した。

 お陰で彼の精神はとても歪であり、立場が育てた大人としての精神と従来の長命種としての幼い精神が常にぶつかり合っているような状態なんだ。

 彼には心底惚れ込んだ幼馴染みがいたんだけど、彼女が成人していざ結婚を望んでも見かけが幼くて精神も不安定であり、何より生殖能力を未だに獲得出来ていない事もあって断念せざるをえないという残酷な結末が待っていた。

 その絶望は想像に難くない。以来、恋愛する事を恐れるようになってしまうんだけど、その幼い初恋ゆえに彼女を忘れることも出来ず、彼の中で決着をつけられずにずっと宙ぶらりんのまま前に進めずにいたんだ。


「五十年以上も逃げてしまってごめん。今こそ告白する。僕達の罪は君の幼い失恋の痛みに付け入って…君の純情を弄んだ。実力で勝つ事が出来なかった僕達は君を手籠め・・・にする事で懐柔してしまった。それが僕達の罪。許されざる罪だ」


 次の瞬間、凄い打撃音と共にクーア先生の体が吹き飛んだ。

 見ればミーケ将軍は表情のない顔で涙を流していて私は思わず息を飲む。

 クーア先生は恐らく頭突きをされて腫れた頬を押さえる事なく彼を見詰める。

 ミーケ将軍は口を開かない。その時間は果てしなく長く感じられた。

 やがてミーケ将軍はゆっくりと口を開いたのだった。

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