第弍章 神殿騎士団長の過去と現在

 やあ、良い子のみんな! 私の名前はフェニルクス! 苗字は無いんだ!

 気軽にルクスお姉さんと呼んでね!

 話し方が違う? アレは外に向けたキャラクター、本当はこうなんだよ。

 神殿騎士がそのようなキャピキャピした話し方をするのは如何なものか、と先代の大僧正様にあんなに堅苦しい口調に矯正されちゃったの。

 けど、“中身まで変える必要は無いよ”ってクーア先生が翻訳魔法の応用で口調だけを変えるようにしてくれたんだ。みんなには内緒でね。

 クーア先生は凄いんだ! 私が今、こうして神殿騎士でいられるのもクーア先生とユウお姉さん、そして今の大僧正であるマトゥーザお父さんのお陰なんだよ!

 今から五十年以上前に、とある研究施設で人型の生体兵器として生み出された私は魔王打倒を目指して訓練や教育を施されていた。

 数多くいた人型兵器の中でも特に『火』と『生命』を司る『不死鳥』の因子を強く発現させられた私への期待は大きかったらしい。炎属性は万物に有効な攻撃手段に成り得たからね。

 けど、私達の扱いは物と同じだった。しかも敵を油断させる為に美しい容姿を与えられた人型兵器は資金提供者達からお金を引き出す為の慰み者とされていた。

 幸いにして私は戦闘力を期待されていた事もあって訓練のみに明け暮れていたけど、過酷な境遇にいた事に変わりはない。研究員達の望むテスト結果を出せなかった日は食事を与えられず、時には体罰を与えられる事もあった。

 ある日の事、私の前に死刑囚が数十人、引き出されたんだ。

 そして研究員が放った言葉がこうだった。


「諸君、死刑が迫る君達に朗報だ。目の前にいる美しい少女を死出の土産に好きにしたまえ。それだけではない。見事、彼女の純潔を奪う事ができた者は特典として特赦を賜るよう掛け合ってあげようではないか」


 これによって死刑囚達は色めき立つ。気が早い者はズボンを脱いですらいた。

 更に私にだけ聞こえる念話で研究員が指示を出す。


『訓練の集大成だ。こいつらを殲滅するのだ』


『こ、殺すなんて出来ない。私は魔王を斃す為に今まで……』


 戸惑う私に研究員は冷たく云い放つ。


『出来なければ君は蹂躙され殺される。否、この程度の者達を殺せぬ欠陥品はいらない。仮に生き存えても失敗作として処分されるだろう』


『で、でも相手は人間……』


『なぁに、彼らは死刑を宣告される程の極悪人、誰がその死を悲しもうか。誰に遠慮がいるものか。それに魔王を殺そうと云うのだ。命に魔王も人間も無かろう。予行演習と思って存分に訓練で得た力を発揮したまえ』


 一方的に念話は切られ、囚人達に合図が出された。

 争うように囚人達が私に殺到する。

 皆が皆、情欲を隠さずにいて、その浅ましさと生への執着に怖気が走り、私は動く事が出来なかった。


「おらあっ!!」


 死刑囚の手が入院着にも似た服にかけられて一気に引き裂かれる。

 当時、私の肢体はまだ幼かったのだが、彼らには頓着する要因にならなかった。

 あっという間に裸にされると私はまず殴られたのだ。

 初めは暴力によって抵抗心と力を削ごうとしたのだろう。

 その時、私の脳裏に浮かんだのは“なるほど”だった。

 なるほど、なるほど。目の前に女がいれば見境無し。手段は暴力。

 そんな連中、死刑を宣告されるのは当然だというのが私の率直な感想だった。

 痛くは無かった。対魔王を想定して創造された私には蚊ほどにも感じない。

 私の戦闘は相手の攻撃をまず受けて分析をする事から始まる。

 『不死鳥』が司る『生命』の力に身体能力が強化され、傷も受けたそばから回復する私に相応しい戦い方と云えるだろう。

 人の模範となるべき神殿騎士にして異端審問会のリーダーである私が普段から胸を覆う軽鎧や眉間を守る鉢金など急所以外に防具を使用しない露出の多い格好をしている理由はそこにある。

 敵の攻撃を受ける盾役であると同時に肌で感じた攻撃を分析する役目もあるのだ。

 そして分析が完了して“なるほど”と思う事がスイッチ・・・・となって私は戦闘モードに移行する。

 気が付けば私の周囲は死の気配が渦巻いており、死刑囚は猛獣にでも襲われたかのような無惨な骸を晒していた。

 戦闘の終了を悟りスイッチがオフとなった私は胃の中の物を吐き出す。

 強制的に極限状態を作り出す為に数日間、食事を与えられていなかったが、それでも胃が迫り上がって胃液が際限なく吐き出される。


「善くやった。これで君は文字通り兵器として完成した。これより量産を始めよう」


 研究員が初めて私の目の前に現れて直接かけた声がこれだった。


645・・・が異空間に呑まれて転移した時は流石に焦燥に駆られたが、よもやこのような異世界・・・があろうとはな。星神教が信徒に守護神とやらを授ける『神降ろし』を利用した実験は成功だ。精霊の力を用いる『精霊魔法』も面白い。あらゆる物を怪物と化す“悪しきモノ”という存在なんてもう堪らない! 私の探求心は刺激されるばかりだよ!」


 顔を赤い文字で『五衰』書かれた白い布で隠している研究員は声高らかにいつまでも笑っていた。

 その後、暴走した人型兵器により研究所は蹂躙される事になるんだ。

 研究所に取り残されていた私はクーア先生とユウお姉さんに助けられて、生まれて初めて太陽を見る事が出来たんだよ。

 そして魔王を魔界へと追い返した後はマトゥーザお父さんに引き取られて神殿騎士になったという経緯があったんだ。

 ユウお姉さんは元いた世界に還されたけど、クーア先生とマトゥーザお父さん、大将軍閣下に鍛えられて私は神殿騎士の中でも頭角を現していき、異端審問会に所属して地位を上げてついにリーダーとなった。

 これで少なくとも聖都スチューデリアで魔女狩りは起こらない、とクーア先生に報告したら、“君には自由に生きて欲しかったんだけどね。でも、ありがとう”と苦笑しながら頭を撫でてくれたんだ。









 昔語りに付き合ってくれてありがとう。

 さて、私の話はここまでにして現代に戻そうかな。

 

「口腔にかすかな便臭…魔女の世界に古くから“尻から物を食べて口から排泄するように内臓の位置を変えてやる”って脅し文句があるけど、実際に見たのは初めてだ」


 クーア先生が冒険者の口腔を観察している。

 事の発端は、とある山村が謎の爆発と共に消滅したという報告だった。

 先遣隊の報告によると家屋或いは周辺の森もほぼ消失しており、住人の生存は絶望的であるとの事だ。後は爆発の原因を探るだけとなったのだけど、生存者が確認された事で事態は思わぬ方向に進む事になったんだ。

 観測の結果、爆心地らしい地点に洞窟を発見したのだけど、その奥から救出された冒険者と思しき少女は見るも無惨な姿へと変えられていた。

 少女はまともに口が利ける状態じゃなかった。手足が逆になっており、しかも騎士達の目の前で口から便を排泄したのだと云う。

 そこで私も現場へと急行したのだけど、少女はヘラヘラと笑うばかりで言葉が通じないし、与えられた食事を有ろう事かお尻に入れたんだ。

 おぞましい事に咀嚼・・までしていた。調べてみたところ、口腔内の歯は全て抜き取られ、代わりに直腸内にはびっしりと歯が並んでいたんだよ。

 これはもう人の手に負える事件ではないと直感した私はクーア先生のお知恵を借りる事にした。

 その時、クーア先生は女性と一緒にいたんだけど、それが周囲に見せつけるかのように腕を組んで嬉しそうに笑っていたんだ。

 違う。その位置にいて良いのはお前じゃない。ユウお姉さんだ。

 気が付けば私は女性を無理矢理クーア先生から引き剥がしていた。

 またやってしまったと後悔するけど、後の祭りだ。

 けど、私の中ではクーア先生と結ばれるのはユウお姉さんしかいなかった。

 あの暗闇から私を救い出してくれた人達の幸福こそ私の願いだ。

 その邪魔をする者こそ私に取っての異端・・であった。

 これ以上、ここにいては無意味かつ理不尽な振る舞いを彼女(シャッテというらしい)にしそうだったので、私は手早く用件をクーア先生に耳打ちしてこの場を去ろうとする。クーア先生も心得てくれてシャッテ嬢に帰るように促して同行してくれたのだった。その後、こっぴどく叱られる事となったのは云うまでもないけどね。


「後でぬいぐるみでもプレゼントして謝罪しな。ああ見えてと云ったら失礼だけど、彼女の趣味はぬいぐるみ集めだから。菓子折りも忘れるんじゃないよ」


「ラジャーです」


 よし、今度、クーア先生とユウお姉さんのカップルのぬいぐるみを作って贈ってあげようと誓う私だった。ついでにクーア先生とユウお姉さんの似顔絵を焼き印した焼き菓子も振る舞ってやる。


「反省してるのかな、この子は」

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