副ギルド長の場合、再び
第壱章 神殿騎士団長が連れてきた助っ人
「で、この子が例の冒険者?」
「はい、その通りであります」
フェニルクス卿が助っ人として連れて来られた人物を見て僕は不安を覚えた。
彼女の師匠と云うから威厳のある老魔法遣いが来るのかと思ったら、目の前にいるのは小柄な少年だったのだから拍子抜けも良い所だ。
白いローブですっぽりを覆い尽くし宙を浮いている様は魔法遣いらしいと云えなくはないが、中性的と云うよりどう見ても女の子にしか見えない愛らしい童顔にふんわりと緩くウエーブのかかったライトグリーンの髪からは歴戦の英雄だとはとても想像が出来ない。
だけど彼と接しているフェニルクス隊長の態度は明らかに上官に対するそれだ。
たかが冒険者ギルドの一支部の副ギルド長に何故と思う。
この炎の化身とも云える偉大なる武芸百般の神殿騎士にして火の『宿星魔法』を極めた魔法遣いでもあるフェニルクス卿。
これまで異端審問会として我らが星神教の教えに背く異端者を屠り、力無き衆生を守り続けてきた功績により『火華仙』の称号を得た御方。
そのフェニルクス卿が今尚
聞けば五十有余年前に現れた魔王と不死の軍団を勇者様と共に魔界へと追い返した世界最強にして最高の魔法遣いであるという。
隊長を疑う訳じゃ無いがこの小さな体のどこに魔王軍の進撃を阻む魔力が内包されているのかと疑念を抱かざるを得ない。
しかも、とある事件の生き残りである冒険者を検分している背中は隙だらけであり、今、剣を振ったら容易く首を落とせそうだ。
「手足を付け変えられてるけど截断痕も縫合痕も無し。まるで初めからそうなっているみたいだ。これをやった人は悪趣味ながら外科手術の腕は神の域だね」
「先生は同じ事をやれと云われて出来ますか?」
出来るよ――事も無げに答える少年に我々の頬が引き攣る。
このおぞましい手術が可能である事もそうであるが、“神の域”と評した施術を自分も出来るとあっさりと云える胆力に呆れる。
「やる意味が無いからやらないけどね。“見せしめ”にはなるけど後々必ず遺恨になるるに決まっている。僕なら敵を態々生かしておかないよ。リターンマッチを申し込まれても面倒だし、蘇生不可能レベルまできっちり殺すさ。ただ
何故か一瞬だけ僕に振り返ったクーアとかいう魔法遣いに背筋が凍りつく。
まさか“首を落とせそう”などと思ったのを悟られたか?
「それでも先生を向こうに回すのは盗賊ギルドくらいなものでしょうな」
「彼らは特別だよ。盗賊ギルドの
クーアはすぐに僕から視線を外すとベッドに横たわる冒険者の検分に戻る。
途端に氷塊を背中に入れられたかのような感覚が消えて僕は溜め息をつく。
そこで、はたと気付く。僕は
先祖代々、優秀な神殿騎士を多数輩出してきた一族の末裔であるこの僕が?
同期の中でも特に剣技と魔力の高さを認められ、座学でもトップのこの僕が?
有り得ない。
「有り得ないってさ」
「教育が行き届かず、御恥ずかしい限りです」
「別に怒ってないさ。まあ、気の毒ではあるけどね」
「然り。戦場で真っ先に死んでいくタイプであります。だからこそ再教育をせねばならぬのです」
僕の事を云っていると気付いた瞬間、顔に灼熱が宿った。
このエリートである僕を捕まえて巫山戯た事を!
剣の束に手をかけた瞬間、僕の両目に激痛が走り、視界が暗闇に閉ざされた。
「人を見る目が無いのなら、その目玉はいらないよね? 感謝しなよ? これで君は名誉退役が出来るだろうから戦場で命を落とさずに済むよ」
「ぐああああああああっ?! 目がっ!!」
両目を抑えて苦しむ僕にクーアは笑いを含んだ言葉をかける。
「確かに戦場では長生き出来そうにありませぬゆえ、今この場で目を潰してやるのも慈悲でありましょうな」
しかも隊長もクーアの狼藉に対処するでもなく同調しているではないか。
仲間は? 神殿騎士の仲間は何をしているんだ?!
この不世出の騎士の目を潰した魔女を何故捕らえない?
否、捕らえるどころか周りからクスクスと忍び笑いが聞こえてくる始末だ。
「と、このように見た目で判断するのは愚かの極みだと理解出来たであろう。この事を教訓に諸君の胸に刻み付けて欲しい」
隊長の言葉に騎士達は笑いを引っ込めて敬礼をしたようだ。
そんな、僕がこんな目に遭っているのに誰も介抱にすら来ない。
闇の中で絶望していると誰かの気配が近づいてくるのを察した。
誰だ? 我が友か? それとも愛しの君なのか?
密かに懸想している同僚の女性騎士の姿を想像するが、かけられた声に彼女の像が脳裏から霧散する。
「身に染みたかい? これに懲りたら魔女に悪意を向ける事は慎むんだね。半世紀前の魔女狩りを経験したせいで僕達魔女の一族は人から向けられる悪意に敏感になってるんだ。況してや僕は半月前に親友からの裏切りにあったせいで尚更さ」
「短慮であったな。悪意を向けるだけならまだ害は無いから目溢ししてやったが剣に手をかけるのは頂けん。今日の事は向後の戒めとせよ」
あんまりな言葉に僕は激昂して叫ぶ。
「戒めにしろも何も僕はもう騎士として再起不能です! この盲いた目で向後どう生きよと仰せなのですか?!」
僕の言葉に返って来たのは呆れたような溜め息である。
クーアのものでも隊長のものでもない。友を始めとする同僚からのものだった。
「我が友よ。まだ気が付かないか? 君の目は既に
「えっ?」
友に云われて気付いたが、確かにいつの間にか明るくなっている?
「相手に幻を見せる魔法『イリュージョン』だよ。これで君から光を奪い、直接神経に作用して激痛を与える『ペイン』で目が潰れたように錯覚させたってワケさ』
「あ…あひ…」
鮮やかな緑の瞳に射抜かれて僕の体は竦んでしまう。
ライトグリーンなのに夜の闇よりなお昏く見えて僕は恐怖のあまり腰を抜かしていた。
「ルクスの弟子だからこれで許してあげるけど二度は無いからね?」
ヘルト・ザーゲに登場する魔女さながらのクーアに僕は何度も頷く。
涙で視界が歪むが構っていられない。
「次は魂を抜いて蠅と入れ替えてやるからね? その後は君の人格を保ったまま千回は蠅に転生するようにしてあげようか」
「ヒィッ?!」
「冗談だよ」
笑うクーア
尻餅をついたまま利かぬ足を何とか動かし少しずつ後退る
「あらら、薬が効きすぎたかな? 心配しなさんな。僕に君の転生先を指定する権限はないから。
朗らかに笑ながらクーア様は冒険者の検分に戻られたのだった。
安心なんてしていられるものか。結局、僕を蠅にする事は可能って事じゃないか。
しかし僕の心から恐怖が過ぎ去った後に残ったのはクーア様に対する敬服だった。
もはや侮蔑も敵意も無い。あるのは尊敬の念のみだ。
傷一つ付けずに僕を制する偉大なる魔法遣いにすっかり
まさにこの瞬間、僕が生涯仕えるべき主を得たのだった。
「ルクス、ちょっとこの子の口を開けて」
「こうでありますか?」
フェニルクス卿を愛称で呼び、平然と検分の助手とする程の御方。
たとえ今は相手にされずともいつかきっとお仕えするのだと誓ったのだった。
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