第13話 俺の部屋にアユが来た件について③

「懐かしいな。んなこともあったな」

「うわー。今思い返したら吐き気がする」


 と言いながらもアユの顔には笑みが浮かんでいる。多分俺の顔も似たような感じになっているだろう。


「んなこと言って、あの後一週間くらいずっと付きまとってきたくせに」

「バカ! そんなことないし!」

「いや、でも・・・・・・」

「うっさい! お兄ちゃんのバカ!」


 こいつの口からは「バカ」か「うっさい」しか出てこないのか? どうしてこういう風に育ったのか。アユを育てた親を見てみたい・・・・・・ってあいつらか。


 アユは足を組んだ状態で俺から顔をそむけている。それを注意するのが普通なのかもしれないが、俺たちは義理の兄妹きょうだいなのでそこまでこまかく指摘する必要はないと思っている。


 アユはあの日をきっかけに今まで通りに戻った。父親と母親は俺のおかげだと言っていた気がするが、俺としてみれば、アユがあのくらいのことでへこむことはないと思うのでただ単に立ち直るのを少し早めた位のことしかしていないと思っている。


 俺が声をかけなくともアユは立ち直っていた。もしかしたら、俺がアユの部屋を訪ねたときにはもう立ち直っていたのかもしれない。


 まぁ、あのときはアユも子供だったので引き返すにも引き返せない状況に陥っていたのかもしれない。そうしたら俺はきっかけを与えたくらいか。


 あの日から変わったことと言えば、俺が一人称を「僕」から「俺」に、アユが「アユ」から「私」に変えたくらいだ。どうしてかというとこれまでと違う生活ということで、お互いに何かを変えようとしたらこうなったのだ。


 そんな小さな変化で子供心は満足するんだな、と度々たびたび感じてしまう。そう考えたら俺も子供だったなぁ。こんなことを考えるって、俺もおっさんだなぁ。


 そんなどうでもいいことは置いておいて、とにもかくにも俺とアユ、そして父親と継母母親は普通の家族としての生活を取り戻した。


 それから少し経った頃からアユが超絶長い反抗期に入った。父親や母親には反抗しないのに俺にものすごく反抗するようになった。


 その前になかったと言えば嘘になるが比べものにならないくらいひどくなった。どうしてあぁなったのかな。心細くならないように優しく振る舞ってたつもりなんだが・・・・・・女心? 妹心? って言うのは難しいものだな。


 そんなこんなが今も続いてこんな感じだ。俺がアユに言われた言葉ランキングを作るとしたら一位「お兄ちゃん」、二位「バカ」、三位「うっさい」くらいかな。


 もしかして海外の寮でもこんな口の利き方をしてたのか? だとすると絶対に迷惑かけてるよな。電話とかした方がいいのか? 知らんけど。


「あぁ、せっかくのお休みだったのにお兄ちゃんのせいで、無駄な午前中になっちゃった」

 と言いながらアユは俺のベッドで反動をつけてから立ち上がった。


 おーい、どの口が言ってんだ? 俺のせいで? それを言うなら俺は、朝から十八禁展開の一歩手前を見せられて部屋に避難させられたあげく、部屋に押しかけられて勉強ができてないんですけど。


 アユは俺の心の声を無視して(もちろん聞こえているはずがない)部屋の扉のノブに手をかけた。だがそこで動きが止まった。俺がいぶかしく思っていると、アユの手ではなく口が動いた。


「ねぇ、お兄ちゃん」

「ん? どうした?」


 アユは俺の方を向かずに声をかけてきた。それはいつも通りなのだが、言い方はいつもの突っぱねる感じではなく、もっと柔らかい感じだ。


「私ね、お兄ちゃんのでよかった」

「ああ」


 俺もアユが妹でよかった。もしも妃菜が妹だったら、俺の貞節ていせつはもう人間的に終わっていただろうし、何でもできるあいつに置いて行かれる気がして引け目を感じていたかもしれない。


 そんなことを思っている俺に、アユはさらに声をかけた。


「でもね、同時に私はお兄ちゃんのじゃなくてよかったと思ってる」

「は? どういうことだ?」


 どっちなんだよ。謎々か? それともとんちか? 俺は臨済宗の僧侶じゃないからそんなものはできないぞ。(臨済宗の僧侶であれば誰でもとんちができるというわけではないと思う)


「・・・・・・」

 アユが無言の返事を返してくる。そんなことをされたらおれはどうしようもないんだが。


「だ、だから・・・・・・その・・・・・・ぎ、義理だったら・・・・・・」

 今度は答え始めたと思ったらなんとも歯切れの悪い話し方をし始めた。おいおい・・・・・・


「普通に話してくれないか?」

 短気というわけでもないが、アユにこんな風に話されると何か調子が狂う。なので少しかすような真似をした。


 俺の言葉を聞いてアユはノブから手を離して俺の方に向いた。その顔が真っ赤だったのは、見間違えではないとは思うが理由はわからない。


「だ、だから! お兄ちゃんと・・・・・・うっ」

「先輩! かえりましたー!」


 何かを言いかけたところで急に扉が開いてアユが潰された。そして開いた扉から出てきたのは他でもなく妃菜ひなだった。


 妃菜は扉の下敷きになっている人物に気づかず(もしかしたら気づいているかもしれないが)俺の目の前にやってきた。


「先輩聞いてください! 〇.〇一ミリを買おうとしたら〇。〇二ミリしかなかったんですよ!」

「何の話しかは聞かん」

「夜のためのゴムの話しですよ!」

「余ったお菓子の袋を閉じるための輪ゴムの話しか」

「違います! コン・・・・・・」

「それ以上は言うな」


 言ったところでここまでモロバレな会話をした後では何が変わるのか、という感じだが、名称を聞いている状態と聞いていない状態では天と地ほどの差がある。


 そう思って俺は妃菜の口を左手で押さえた。強引だと非難を浴びるかもしれないが、頼んでもいないのに人の机にコンドーム・・・・・・今自爆したな、まぁ、それとして、コンドームを入れるやつの方がおかしいだろ。


「んーんーんー」

 妃菜がよくわけのわからない鳴き声をあげた。どう考えてもわざとだろ。


 と思ったら、今度は俺の腕をつかんで動かないようにした後、塞いでいる手をペロペロと(ぐちゃぐちゃと?)舐め始めた。


「・・・・・・一応聞くが何してるんだ?」

「先輩の指が・・・・・・入りやすいように濡らしてます」

「頭おかしいぞ?」

「先輩の方が・・・・・・こんな美少女がいるのに・・・・・・手を出してないのはおかしいですよ」

「っていうかもうやめろ」


 妃菜は俺の手から度々顔を離しながら返事をしてきた。それに気を取られていたのと、いきなり手を舐められるという奇想天外な行動に呆気をとられていたので手を離すのを忘れていた。


「えー、もうちょっとで押し倒される流れだったのに」

「どこの誰がんなことするんだよ」


 お菓子を取り上げられた子供のような顔をする妃菜の心理を知りたくなった。どう考えてもこの流れで押し倒すことはありえない。


 わざとらしくほおを膨らませる妃菜。わー、かわいい(棒読み)。ほんとうにかわいいなー(棒読み)。だからこいつをもらってくれないか!


 あっ、でも、一人忘れてるような・・・・・・

「このクソビッチ!」


 俺がアユのことを思い出したと同時に、妃菜のことをののしる怒鳴り声が聞こえてきた。また始まった。


「あれ? いたんですか?」

「いたわよ!」

「先輩聞いてください! ガバガバだと思ったら私に負けず劣らず・・・・・・」

「あー! 何言ってるの!」

「だって、ガバガバって思われているの嫌なんですよね」

「そうだけど、って違う!」

「えー、じゃあ、もう一回ヤリますか?」

「ちょ、ちょっと、それは」


 アユの顔が引きつる。そんなことお構いなしと言わんばかりに妃菜はアユに近寄っていく。やばい、これは非常にまずい。


 こんなのが毎日続くのかよ!

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