第14話 アユと俺の始まりと終わりみたいな件について②

 僕はいすから立ち上がってアユの座っているベッドに近づいた。僕に対してアユは何も言わなかった。それはただたんにうつむいているから僕の動きに気づいてないだけなのか、それとも気づいていてこばもうとしていないのかわからなかった。


 僕はベッドの上にすわった。ここでもアユは僕に対して何も言わなかったので、たぶん気づいていて反応していないだけ何だと思った。


 ちらっとアユのひざの方を見ると、小さな手がこまかくふるえていた。寒いんじゃない、こわいのか、それとも何かに立ち向かおうとしているんだ。


 僕はアユの右手にそっと手をおいた。うつむいていた顔が僕の方にあがる。さすがにこれはむしできなかったようだ。


 僕はがんばって笑った。がんばってと言っても、むりやりにではなくしぜんに見えるようにがんばった。アユが何か言いたげに口を動かしたが、それを僕の言葉が止めた。


「アユ、血のつながりってそんなに大事なのかな?」

「えっ?」


 僕の言葉にアユはおどろいたような声を出した。たぶん、ようだではなく本当におどろいているんだと思う。


 アユは僕と父さんが赤の他人だと言うことを聞いてショックを受けた。赤の他人ということは血がつながってないということらしい。でも、そんなことはどうでもいい。


「どうして?」

 アユが弱々しい声で聞いてきた。答えを聞くのがこわいのかもしれない。でも、僕はどうしても言いたい。


「アユと僕が昔はどんな関係なのか、だれから生まれたのか、そんなことはどうでもいいと思う。アユと僕は兄と妹で、父さんは僕とアユの父さんで、母さんは僕とアユの母さんだ」


「これからもこれまで通りに暮らすっていうのはできないかもしれない。まぁ、知っているのと知らないのじゃぁちがうからね」


「でも、それが僕とアユを、僕らと父さんたちとをひきさくことにはならないと思う。だって僕らは家族だから」


「家族って助け合って、泣き合って、笑い合って、怒り合って、はげまし合って生きていくんだと思う。だから、アユの苦しみには兄である僕が、父さんと母さんが一緒に苦しむ。アユの楽しみには僕らは一緒になって楽しむ」


「それでこそ家族ってものなんじゃないかな」


 いきおいで話してしまったので間をおいてアユの様子を見る。さっきの話したそうにしていた様子は今はない。かわりにアユのほおには無数の涙が流れている。


「だからアユ、もう一回やり直そうよ。ここから新しい家族を作っていこうよ。誰が見ても家族だと思われるような家族を作ろうよ」


「一から、いや、ゼロからもう一回積み上げていこうよ。でもただのゼロじゃない。僕たちには今まで経験してきたものがあるし、それがなくなるわけじゃない」


「図工の重ね塗りみたいなものだよ。今まで塗ってきた色の上にちがう色を塗っていくんだ。大変かもしれないけど、重ね塗りのおかげでこれからの色がはっきりと見えると思う。いや、はっきりと見せようよ」


「僕たちだけの絵を作ろう」


 僕はアユの手の上においていた手を、アユの頭へと動かした。そして小さい子にするように優しくなでてあげた。


 アユの目からはもうしずくとは言えないほどの涙が出ていた。それが悲しさの涙でなければいいと思っていると、

「お、おにい、ちゃん・・・・・・」

 涙ぐんだ声でアユが僕を呼んだ、「お兄ちゃん」と。


 僕の心は救われた。アユが「お兄ちゃん」と言ったのだ。これはもうそういうことだ。


「アユ、どうした?」

「お兄ちゃん」

「ん?」

「お兄ちゃん」

「どうした?」

「お兄ちゃん」

「アユ」


 ◇◇◇回想終了(閑話休題)◇◇◇

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