第14話 俺とアユの終わりと始まりみたいな件について①

 俺とアユが初めて実の兄妹ではないと知ったのは俺が小学五年生、アユが小学四年生のときだった。


 知ったきっかけは些細ささいなもの、と言うよりもごくごく一般的な者だった。父親と母親が俺とアユに話したと言うだけだ。


 二人としては義理の兄妹きょうだいの仲がある程度できあがった状態で話したかったらしくそのときまで教えなかったらしい。確かに初めから赤の他人だと知っていたら心の距離が近づくまでに少々時間がかかったかもしれない。


 だが、結果的にその判断がよかったのかどうかはわからない。なぜならまだ世の中のことがあまりわかっていない小学生に向かって「あなたたちは赤の他人です」と言うのだから(言い方はもっと優しかったような気がする)戸惑とまどって当然だ。


 俺はよく言えば大人っぽく、悪く言えば生意気に育っていたのでその事実を苦戦しつつも受け入れた。だが、俺とは対照的に(と言ってしまえば他人行儀な気もするが)アユは純粋に育っていた。年相応に子供らしく、年相応に純粋に。


 それがどんな結果を生んだかは言うまでもないだろう。俺とアユはほとんど話さなくなっていた。それどころか、アユは俺の父親、継母ははおやともよそよそしくなっていた。


 俺と父親、母親はそのことを危惧きぐした。最初のうちは母親が説得に当たっていた。それでも、無理だった。まぁ、そうかもしれない。もしかしたら、あの頃のアユは自分以外を信じられなかったのかもしれない。いや、自分もだったのかもしれない。


 そのどうにもいかなくなっていたときに出番が来たのが俺だ。なぜ俺かというとそのときに一番アユの立場に近かったのが俺だからだ。そして、その責任感を俺は言われるまでもなく自然に感じていた。


 今でもあのときのことは克明こくめいに覚えている。アユの部屋に行くときのことを。そして、俺の最初で最後の出番のことを。


 ◇◇◇回想◇◇◇


「アユ、入っていいか?」

「やだ! アユの部屋に入らないで!」


 僕のノックと声にアユが必死な声で答えた。それもそうかもしれない。僕たちが兄妹ではないと知ってからまだ一週間しか経っていない。


 僕としては血がつながっていなくても、アユが本当の妹じゃなくても、アユは僕の妹だ。でも、アユはそうじゃないみたい。僕は他人。遠い遠い他人。


 それでもずっとこのままなのもいけないと思う。アユも僕も父さんと母さんの言ったことを受け入れて、新しい道を、ううん、で歩かないといけないんだ。


「アユ、入るよ」

「だめ! やめて! 来ないで!」


 さすがにそう言われるとちょっと入れないな・・・・・・えっ、こういうときって、アニメとかだったら男の子が女の子の部屋に入ってなぐさめるんじゃないの?


 と思いながらも僕はアユの部屋のとびらをおそるおそる開けた。アユがこわいんじゃなくて、アユに何を言われるのかがこわかった。


 でも、とびらが開いてもアユは何も言わなかった。それどころか僕のすがたがかんぜんに見えていても何も言わなかった。


 僕とアユの目が合う。部屋が真っ暗でも、ろうかの電気のおかげで少しは顔が見えた。悲しそうな顔。それは部屋が暗いからそう見えるんじゃなくて、本当に悲しいんだと思う。


「おにい・・・・・・亮祐りょうすけ君」

 アユが僕の名前を言い直した。「お兄ちゃん」ではなく「亮祐君」と。それがどういう意味なのかは聞かなくてもわかる。


 母さんに「リョウ君とあーちゃんは、本当はね、お兄ちゃんと妹じゃないの」と言われても、アユから「亮祐君」って言われると、少し悲しい。


「アユ、ふつうに呼んでくれない?」

「これがふつうなんでしょ。私はおにい、亮祐君とはちがうんだから・・・・・・」


 アユの暗い声が僕の耳にひびいてくる。アユの「ちがう」というのは、僕とアユが別人という意味じゃなくて、兄妹じゃないって意味。


 父さんと母さんに言われたときは驚いたけど、それだけだった。兄妹じゃないんだ、くらいだった。でもどうしてだろう・・・・・・アユに同じことを言われると胸が苦しくなるほど悲しくなる。


 それがどうしても僕にはがまんできなかった。だから、少しでも(心のきょりを)近づけようとした。


「中に入るよ」

「ドア開けてるくせに」


 その返事を僕はOKととらえた。だから開けたままのとびらからアユの部屋に入って、扉を閉めた。とびらが閉まるにつれて暗さがましていったので明かりをつける。


 明るくなった部屋は前のままだった。それがなぜかうれしかった。陸上の試合がある日に赤丸がついたカレンダー。他の人からは意外に思われるけど、アユらしいピンクが目立つ部屋。そして何よりうれしかったのは、いつもおいてある家族写真がそのままおいてあること。


 アユはベッドの上で体育すわりしていたので、僕は机の前においてあるいすにすわることにした。いつもなら「すわらないで!」って言われるのに今日は言われない。その理由は僕にはわからない。


 いすにすわってアユの方に体をむけた。アユはと言うと、まくらをだきかかえるようなかっこうになっている。


「なぁ、アユ・・・・・・僕は」

「言わないで」


 僕の言葉をアユはさえぎった。下をむいてしまっているのでどんな表情をしているのかわからなかった。でも、なんとなくよそうはついた。


 アユが言葉をさえぎったのは聞きたくなかったからじゃないと思う。たぶんだけど、言いたいことはわかっているからだと思う。


「わかってる。わかってるよ・・・・・・」


 僕の心の声が聞こえたのか、それとも僕の言いたかったことに返事をしているのかはわからない。でも、どちらにしてもアユは自分と話し合ってるみたいだ。


 このまま一人にさせた方がいいのかもしれない。父さんと母さんなら多分そうする。でも、僕にはそれがゆるされない。いや、そんなことは僕がゆるさない。


 みんなアユのことをごかいしてる。陸上の練習をいつも頑張っていて、試合で負けても涙を流さずに次の日からまた練習する。


 でも、本当のアユは、負けずぎらいで自分の気持ちをうまく伝えられない弱さを持った子なんだ。それはだれよりも僕が知ってる。父さんも母さんも知らないと思う。でも、僕は知ってる。



 だって、僕はアユのお兄ちゃんだから。

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