第13話 俺の部屋にアユが来た件について②

「これでも飲んどけ」

「ありがと」


 俺はアユに水の入ったペットボトルを渡した。アユはそれを受け取ると、一気に半分ほど飲み干した。そんなに喉渇いてたのかよ。


 下に行ってわかったことだが、どうやら今家の中にはアユと俺しかいないようだ。リビングの机の上に「買い物に行ってきます」という妃菜ひなの置き手紙があった。一声かけてくれればいいのに。


「はぁ」

 ペットボトルをベッドの上に放り投げて、一息ついた。おいおい、そこは俺のベッドなんですけど?


 俺も自分の椅子に座って水を飲んだ。初夏にしてみれば少し冷えすぎのような気もしたが、そこまで気にするような冷たさでもなかった。だが、アユはこれを一気に飲んだのか? それは少し驚きだ。


 勉強道具の横にペットボトルを置く。特に会話も無い、いや、、正確に言えば話題が思いつかなかったので俺はアユの方向に向いたまま、黙った。アユも何もないようで同じく黙り込んでいた。


 俺とアユの静寂はそこまで長く続かず、ものの五分程度で終わった。もちろん、話題を出したのは俺ではなくアユである。


「お兄ちゃんに久しぶりに義妹ぎまいって言われて、あー、そうだったんだよねって思っちゃった」

 悲しげに、でもどこか嬉しげにアユがつぶやいた。なぜ両極端の感情が込められているのかは俺も知らない。俺の勘違いかもしれないしな。


「そうだな、俺もアユがみたいに感じるもんな」

「でも、実際は半分ホントで、半分嘘」

「まぁな。お前は妹に近いが、義妹いもうとだ。血のつながりはないが、それに近しい何かを感じる存在だ」

「私も・・・・・・かな」


 俺たちは目を見て話していない。それどころか、アユの声はどこかここではないところにあるように感じる。もしかしたら俺の声もそうなのかもしれない。


 俺とアユは義理の兄妹と言っても、小さな頃から会っている。


 俺とアユが初めて会ったのは俺が二歳、アユが一歳の頃らしい。らしいというのはその頃の記憶なんか何もないからだ。しかも年齢も実際はもっと早いとか何とか。


 俺の父親のりくも、継母ままはは優子ゆうこも婚姻関係になった人と長続きしなかった(と言うには本当に短すぎるが)ようだった。


 父親曰く、アユを妊娠してすぐに母親の前の旦那の様子が急変したらしい。どうやらその旦那は金目当ての結婚だったようで、子供の世話やらなんやらをするつもりはない、と言いだしたようだ。


 その頃に相談に乗っていたのが陸(話しが少しこんがらがりそうになってきたので名前で呼ぶことにする)だったらしい。陸と優子(以下省略)は元々知り合いだったらしい。


 陸のやっていた店に優子が来て、その味に感動して、優子が通い詰めるようになって仲良くなったそうだ。そんなこと本当にあるんだな。すげぇ。


 陸の前の奥さんは優子が紹介したらしいが、実際のところその辺のことはよくわからない。父親も母親も前の妻、旦那のことは話したがらないからな。俺もアユもそれほど知りたいと思っていないので別に文句はない。


 それはそれとして優子が別れようかどうか迷っているところで、バツイチの先輩である陸が助言をして別れることになった。そしてどういう流れがあったか知らないが、陸と優子は結婚することになり、めでたく父親と母親になったのだ。


 当時は結構テレビとかでも盛り上がったらしい。そりゃそうだよな。有名人が妊娠してすぐに結婚した。しかもその相手も有名人で少し前にバツイチになった男。いあや、もうこれ不倫か何かだろ。言い方が悪いが、俺がその時代に生まれてたなら絶対にそう思うはずだ。


 そんなこんなでバツイチ夫婦が超スピード結婚を果たし(のわりには今では蜂蜜よりも甘いラブラブカップルだが)、俺とアユが出会った。


 色々話したが、簡単に言うと俺とアユは小さな頃から一緒だったので俺たちは自分たちが義理の兄妹とは思ってもいなかった。そう、それこそ事実を知ったときは衝撃を受けたくらいに。


「何考えてんの?」

 その声で俺は現実世界に連れ戻された。意識が戻ると俺は自分が足にもたれかかるようにうつむいていたことに気づいた。


 俺はゆっくりと体を起こして前を向いた。そこには心配しているような目で俺の方を見ているアユがいた。


「いや、少し昔のことをな」

「キモ。それだから彼女の一人もできないんだよ」


 辛辣な一言が義妹いもうとの口から出てきた。いつものことなのだが、今日くらいは俺も少し言い返してもいいよな?


「何言ってんだ。昔は『お兄ちゃん! お兄ちゃん!』って俺のところばっかり来てたのにな。それこそ『お兄ちゃんと結婚する』って言うくらいに」

「そ、そんなこと、あ、あるわけ、ないじゃ、ないの」

「タジタジだぞ」

「う、うっさい!」


 少しからかいすぎたか。まぁ、たまにはこれくらいしてもいいだろう。


 アユは目を見開いて何か言いたげだったが、それもすぐに終わった。アユの顔に影が差したのだ。俺もその様子を見て罪悪感を感じてしまった。


「それって、兄妹だと思ってるときだよね」

「ああ、そうだな」


 そう、その頃はまだ俺とアユは知らなかった。しかし、その後すぐにそのときは来てしまったのだ。避けては通れぬ事実にぶつかったのだ。


 あの頃のアユは・・・・・・

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