第13話 俺の部屋にアユが来た件について①
俺はおかしな雰囲気になったリビングから逃げるように出て(実際逃げたが)部屋に戻っていた。課題も終わっており、特にやることもなかったので参考書を開いて問題を解いていた。
時折下の方から声になっていない甘い悲鳴が聞こえていた。近所から苦情が来そうで怖いな。ちなみに俺は
どれだけ時間が経っただろうか。おそらく三十分くらいは経ったと思う。下も(俺のじゃなくて、家の)さっきまでが嘘のように静まりかえっている。一暴れして仲良くなったのか? そう言えば
そんなことを考えながら勉強していると、部屋の扉が急に開いた。ノックくらいしろよ。この家には勝手に部屋の中に入ってあれやこれやするやつしかいないのか?
「お兄ちゃん、入るよ」
「もう入ってるだろ」
入ってきたのはアユ(
「はぁ、疲れたぁ」
と言いながらいつもの通り(と言ってもアユが最後に俺の部屋に来たのはここを出る前夜が最後なので四年前だ)ベッドに座りながら声を出した。
「アユ、汗かいてるぞ」
「ばっ、んなことどうでもいいでしょ」
「シャワーでも浴びてきたらどうだ?」
「後で浴びるし」
俺からそらしているアユの顔には汗がにじんでいた。それに顔をほんのりと赤くなっている。あー、理由とかは聞かない方がいいかもな。
今のアユは俺のベッドに座って、顔をあらぬ方向に向けている。時々動かしているのは俺の部屋を見ているのかもしれない。足と腕を組んでいるその姿は見ようによってはぐれているようにも見えなくもないが、普通に反抗期なだけだ。
アユは普段からスカートを履かない。今日もその例外ではなく、スキニーパンツにゆったりとした白いトップスを着ている。さっきまでの服装とは違うので、さすがに着替えたのだろう。
「何?」
俺の視線が気になったのか部屋の物色をやめて、不機嫌そうな声で聞いてきた。
「もっとラフな格好すればいいんじゃないか? 家の中なんだし、気ぃ張る必要ないだろ?」
「家の中だから気をつけてるんじゃない」
「人に見せないのにか?」
「見られるじゃん」
「見られるって言っても俺か妃菜くらいだろ。あんまり妃菜を気にしない方がいいぞ。服装とかにとやかく言うやつじゃねぇから」
「バカ!」
なぜか急に「バカ」呼ばわりされてしまった。いつも言われていることだが、脈絡もなしに言われると結構堪えるもんだな。
女子ってそんなに格好に気をつけるものなのか? 俺には全くわからない。まぁ、アユが着たいって言うんだったら俺は何も言わないが。
「せっかく着たのに・・・・・・」
俺がよくわからないファッションについて考えていると、アユがベッドに手をついて、うつむきながらぼそっと言った。
「『せっかく』って?」
「け、結構きついんだよこれ」
と言いながら自分が履いているスキニーパンツをつまんだ。
「なら、履かなかったらいいだろ」
どうして家の中でまでそんなもの履いてんだよ。友達に会いに行くときとかにしろよ。
「だ、だって、足が太いん・・・・・・」
「え?」
うつむきながら、しかもつぶやくように言っているのでうまく聞き取れなかった。
「だ、だから! 足が太いんだもん・・・・・・」
顔がさらに赤くなる。これは
あー、何かテレビとかでスポーツしている人が足が太くなって困る、みたいなことを言ってたな。アユもそんな感じか? 大きくなったなぁ。親戚のおじさんの気分だ。そういうことを気にするようになったなんて泣けてくる。(大嘘)
まぁ、それはそれとして、
「んなこと無いだろ。普通にしててもきれいな足だと思うぞ」
スキニーパンツのせいで(おかげで?)生足は見えていないが、昔からアユは足がきれいだ。それに、いくらスキニーパンツが締め付けると言ってもそれには限度がある。細いとは言い難いが、それでも太いと言うことはない。普通くらいの足だということがわかる。
だが、おしゃれを気にする人にとってはそれはどうやら地雷だったらしい。今までとは比にならないくらい顔が紅潮していき、口も少しずつ開いている。
「バ、バカ! バカ! バカ! バカ! バカ! バカ! バカ! バカ!」
「うるさい・・・・・・さすがにこれは黙れ」
いきなり浴びせられる罵声に俺は耳を塞いだ。そんなにかんに障ることを言ったか? 女子ってわからないな。俺はフォローしたつもりなんだが、どうやらフォローにはなっていなかったらしい。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
「落ち着いたか?」
スポーツで肺活量が鍛えられていると言っても、バレーではそこまでなようだ。興奮が冷めやらぬ雰囲気を漂わせながらアユが呼吸をしている。
「水でも持ってく来ようか?」
「はぁ、はぁ、うん、ありがと」
まだ、呼吸は整わないようだ。俺は台所にある冷蔵庫から何か飲み物を取ってこようと立ち上がった。アユの様子を見て少しずつ落ち着いてきているのを確認して俺は扉に向かった。
「・・・・・・ありがとう」
俺が部屋から出ようとしたときにアユから再びお礼の言葉が出てきた。
「まぁ、俺も丁度何か飲みたかったしな」
「いや、そっちじゃなくて・・・・・・」
「じゃあ、何がだ?」
他にお礼を言われるようなことを俺は何もやっていない。強いて言うならベッドを椅子代わりに貸しているくらいだ。
俺が何についてか聞くとアユは言いづらそうにした。だが、意を決したように口を開き始めた。
「だから、その、足のこと・・・・・・」
「ん? さっきのやつか?」
あれ? でも、今俺が台所に向かおうとしているのはその足の件でアユを怒らせたから何だが。はぁ、アユのこともだんだんわからなくなってきたな。とは言え、四年間会っていないのだから昔のままじゃないのは当たり前か。
アユの成長をしっかり感じないといけないな。昔からしっかりしている方だったが、多分海外で寮生活を経験して心も大きくなったんだろう。
そう言えば、まだ言ってなかった。
「アユ」
「何?」
すでに呼吸は整っているようだ。俺の方に顔を向ける。
「お帰り」
まだ言ってなかったな。お帰り、アユ。
「バ」
アユが目を見開いて、再び顔を赤くし始めた。そろそろ頭の血管が切れるぞ。それにこの感じやばいな。
俺は危険を察知してすぐに部屋から出て、扉を閉めた。
「バカーーーーーーーーーーーーー!」
閉めた扉から大きな声が聞こえる。はぁ、これで苦情確定だな。
俺は近所に何を言われるだろうか考えながら台所に向かった。
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