第12話 アユが来た件について③
「
アユは一瞬妃菜のことをにらんだが、説明をしなければいけないことは自分でもわかっていたようで、すぐに目を普通に戻して話し始めた。
「海外で続けててもよかったんだけど、将来日本代表になるんだったらこっちでのやり方にも慣れておいた方がいいって前の監督に言われたから、
俺の方を向いて強く「仕方なく」と言ったのは少し気になるが、なるほど、理由としては納得がいく。へぇ、結局バレー続けるんだな。やっぱりすごいやつだ。
「それで、この前までその監督のところで合宿させてもらってて、今日からこの家に戻ってきたってわけ」
前から帰ってきてたのか。それならそうとその日に連絡くれてもよかったんじゃないか? いきなり現れたら驚くことくらい予想がついただろ。
「ふーん、
「まぁ、その、誰かさんがすごいって言ってくれたから」
ちらっとアユが俺の方を向いてすぐに視線を外した。
そんなにあの監督に出会えてよかったのか。確かに俺が練習とかを見に行ったとき、監督に「すごいな」ってよく褒められてたもんな。
うん? 待てよ、
「妃菜、アユのことなんて呼んだ?」
「えっ?
「聞き間違いじゃないよな」
「何がですか?」
「お兄ちゃん、キモいよ」
ぽかんとしている人と、阿呆を見るような目を向けている人が一人ずついるが今の俺には全く関係なかった。
「妃菜、ようやく初対面の人に『ビッチ』だとか『阿婆擦れ』だとか言わなくなったんだな」
「そんなこと言うわけないじゃないですか」
どの口が言ってんだ。でも何かほっとしたな。子供の成長を見た親の気持ちってこんな感じなのかな。妃菜もこれで常識をまた一つ覚えたんだな。
「私は敵にしかそういうことは言いません」
「そうか、そうか、って敵?」
「そうか、そうか、相加相乗平均?」
「どうでもいいことを言うな。それより敵って何だ?」
「先輩と結婚をすることが可能な人が私の敵です」
妃菜がいきなりぶっ込んできたよくわからないことは横に置いておいて、もしも俺と結婚が可能な人が可能ならこの世の女性のほぼ全員が(同性婚が認められれば男性も)妃菜の敵じゃないか?
そんなことで今までエミリーや
「その理屈でいくとアユもじゃないか?」
あっ、しまった。俺はどうして自分からややこしくしようとしてるんだ。
「先輩、何言ってるんですか? 民法第七三四条、直系血族又は三親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることができない。ただし、養子と養方の傍系血族との間では、この限りでない。第八一七条の九【実方との親族関係の終了】の規定により親族関係が終了した後も、前項と同様とする」
「第七三五条、直系姻族の間では、婚姻をすることができない。第七二八条【離婚等による姻族関係の終了】又は第八一七条の九【実方との親族関係の終了】の規定により姻族関係が終了した後も、同様とする」
「第七三六条、養子若しくはその配偶者又は養子の直系卑属若しくはその配偶者と養親又はその直系尊属との間では、第七二九条【離縁による親族関係の終了】の規定により親族関係が終了した後でも、婚姻をすることができない」
「この通り兄妹で結婚することはできないんですよ。だから先輩と先輩の妹の歩美さんが結婚することはできません」
と言い終わって妃菜はコーヒーをすすった。
えっと、言葉が出ないんですけど。妃菜が常人離れした頭脳の持ち主だと言うこと知っていたがまさかここまでとは・・・・・・民法とかを全部覚えてるってことはないよな。誰かこいつの頭を調べてくれ。
ちらっとアユの方を見ると、アユは口を開けるとまでは行かなくとも、未確認生物でも見るかのような顔で妃菜を見ていた。そりゃそうなるよな。妃菜のことをそこそこ知っている俺でも驚いてるんだから。
でも、ここまで来たら言うしかない。
「俺とアユは血がつながってない」
短い沈黙が流れる。短かったのは妃菜がすぐに口を開いたから。
「妹さんですよね」
妃菜が不思議そうな顔で聞いてくる。
話し言葉なので実際の漢字はわからないが、俺の頭の中では妃菜は「妹」と言ったことになっている。多分言い方的に間違っていないだろう。
「イモウトはイモウトだが、アユは俺にとって
再び静寂が訪れる。しかし今度の静寂も妃菜によって破られた。しかも今度はいつも通りの爆弾が寝静まっていた集落を襲ったのだ。
「尻軽!」
「誰が尻軽よ!」
妃菜がアユの方を向いて大声を上げた。それにアユも反応する。
「先輩! これどう考えても外国でヤってますよ」
「ヤってないし!」
アユに指をさした状態で妃菜が俺に何かを訴えてくる。
「どうせ大きいサイズに慣れすぎてガバガバですよ」
「私ヤってないし! どっちかって言うとスポーツしてるからキツキ・・・・・・お兄ちゃんは出てって!」
「えーと、仲良くしろよ」
「こんなガバガバと仲良くできませんよ」
「こっちこそ、こんな失礼なやつと仲良くしないわよ」
間に火花が散りそうなほどにらみ合っている。何も言わないでくれ。俺にもわかっている、。これを引き起こしたのは俺だと。
だが、もうこの案件は俺には手に負えないのでアユが言った通りにリビングを出て行くことにした。後ろで「ガバガバ」「うっさい!」「調べちゃお!」「ちょっ、何やって、んあ、らめ、あぁぁぁ」という声が聞こえていたが、絶対に関わらない方がいいだろうと思って振り向きもしなかった。
リビングを離れて俺は自室に向かう。はぁ、平和な日が遠のいてしまった。心の中だけでため息をついていたつもりだったが、気がつくと実際にため息をついていた。
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