第9話 鈴花と俺の件について③

あれは俺が鈴花すずか(そのときはまだ名前を聞いていない)と会場に行って、試験が始まったときのこと。


 ◇◇◇回想◇◇◇


「あれ、さっきの」

 試験の第一科目が始めるまで残り十分になったので俺は控え室から試験を受ける教室に移動して、席に座っていた。


 緊張も何もしていなかったので、俺は隣に座っていた顔見知り(と言うほどでもない。今朝顔を合わせただけだ)の女子に話しかけた。


「あっ、さっきはありがとうございました」

 俺の方に仰々ぎょうぎょうしく頭を下げるので俺は少しいたたまれない気持ちになったが、周りが気づいていないようだっただのでそのいたたまれなさもすぐに収まった。


亮祐りょうすけ、知り合いか?」

 いや、若干だが気づいたやつもいる。しかも面倒なやつに。なんでこいつまで俺の隣なんだよ!

 俺は渋々少女とは反対側の席に向いた。


辰弥たつや、集中しなくていいのか?」

「それはお互い様だろ。試験前に堂々とナンパするやつに言われたくないな」


 どこをどう見たらナンパに見えるんだよ、って言いたかったが確かに見ようによってはナンパしているように見えるのかもしれない。見えないにしても俺が集中していないことは事実なので、辰弥の言い分も一理ある。


「・・・・・・さっき言ってたここに来るときにあった子」

「あぁ、お前の妹か」


 俺は会場に着いてから辰弥とエミリー(笑里えみり)に何があったのか聞かれた。(俺が家を出るといってから時間が経っていたので少しは心配してくれたようだ)


 隠す必要もなかったので、来る前にあったラノベの主人公のような出来事を二人に説明すると、それはそれは大層笑っていた。俺は漫才を言った覚えはないんだけどな。


 あまりにも突っ込んで聞かれたので、ほとんど細部を説明した。辰弥が男たちの妹発言を知っているのはそのせいだ。ちなみにシスコンと笑われた。俺、イモウトには嫌われてんだけどな。


「お前は俺のイモウトを知ってるだろ」

 最低でも二、三回はあってるはずだ。いや、もっとか。それ以前にイモウトが一個下ってことも、今は海外にいるってことも知っているはずだ。


「あぁ、そこにいる子だろ」

「一回殴るぞ」


 辰弥がふざけすぎていて話が前の進まない。本気で殴る気持ちで言ったわけでなかったが、今朝のことを見ていた少女は体をビクッとさせて反応した。トラウマになってなければいいが。


「怒るなって。ちょっとふざけただけだろ」

 辰弥もふざけていた自覚はあるようだ。だが、ちょっとどころではない気がするが。


「っで、その子が偶然にも隣の席だった、てわけか」

「そうだな」

「そして、その二人は恋に落ちて永遠の時を刻むのでした」

「最初は英語だぞ。国語は次だ」


 どこかのラノベの主人公みたいな結末はいったん置いておくとして、俺はもう一度少女の方を見た。少女はほんのりと顔を赤らめていた。まぁ、普通はんなこと言われたら恥ずかしいよな。


「えぇと、自己紹介がまだだったよな。俺の名前は加賀かがりょう。んで、こっちが幼なじみの水琴みこと辰弥」

「わ、私は堀北ほりきた鈴花すずかって言います」

「よろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 俺と鈴花が握手をしようとすると、後ろ頭を辰弥にどつかれた。勢い余って前のめりに倒れそうになるのを必死にこらえて、俺は頭を抑えながら辰弥の方を向いた。


「いってー。何すんだよ」

「さすがにそこで偽名を使うのはよくないと思うぞ」

 怒っていると言うよりも、呆れている顔だ。


「何でだよ」

「そこまで親しくなった間柄に偽名は失礼だ」


 辰弥は親しくなった、と言っているが実際にはさっき会ったばかりの関係だ。名前だってさっき知った関係。こんな関係ならば今までにもたくさんいた。下心を持ったやつらが大勢。


 それでも辰弥がこうなってしまったら、俺が折れるほかない。ここで言わなかったら次の時間、次の時間と促してくるだろう。それはそれで面倒だ。


 俺は「はぁ」とため息をついて、鈴花の方に向いた。


「悪い。さっきのは冗談で、俺の名前は嘉神かがみ亮祐。改めてよろしくな、鈴花」

「な、名前呼び・・・・・・」


 どうやら鈴花は俺の名前ではなく、俺の呼び方に驚いたようだ。口を開ける間ではいかないものの一驚いっきょうの色を浮かべている。


「あぁ、名前じゃ悪かったか?」

「ううん。その、ただちょっと驚いただけ。全然大丈夫だよ」

 取り繕っているようには見えない。多分本当に驚いただけだろう。


 だが、そこで俺たちの会話は終わった。

「はい、じゃあ試験の準備をしてください」

 眼鏡の教師が俺たちに号令をかけた。


 準備といっても参考書類は全員控え室に置いているので机の上に筆記用具を出すだけだ。そんなことならほとんどの生徒がやって・・・・・・


 と思ったら、鈴花は準備していなかった。しかも何やら青ざめた顔をしている。

「どうした?」

 本当は私語をしてはいけないのだろうが、気になった以上仕方がない。


「ふ、筆箱忘れちゃった」

「控え室?」

「家に」


 何しに来たんだよ。試験会場に筆箱を持ってこないやつっているんだな。驚きというか、呆れるというか、もう言葉が見つからないな。


「どうしよう・・・・・・」

 俺が一人で感想を述べていると、鈴花は今朝のように泣き出しそうになっていた。


 そんな顔をするのはアウトだろ。

 俺は筆箱からシャーペンと消しゴムを取り出した。


「はい、これ使え」

「で、でもそれじゃあ」

「俺は予備のがあるから」

「い、いいの?」

「もちろん」


 最初の方は申し訳なさからなのか遠慮していたが、自分でも借りるしかないとわかっているのか、俺のシャーペンと消しゴムを受け取った。


「試験頑張れよ」

「うん。お互いに頑張ろう」

 試験が始まる前に俺たちはこんな会話をしたのだ。


 ◇◇◇回想終了(閑話休題)◇◇◇


「本当に驚いたよな」

 懐かしいな、んなこともあったな。


「私の方が驚いたよ。予備があるって言ってたのに、あるのはシャーペン一本なんだもん」

「一本あったら十分だろ」

「消すときはどうするのかと思ったよ」

「まぁ、消すことなかったからな」


 実は俺って頭いいの? って思ったか? 妃菜ほどではないが、そこそこに勉強していると思う。


「でも、あれがあったから亮祐君と知り合えたからよかった」

「ふっ、最悪の出会いだったけどな」

 思わず笑ってしまった。思い出すだけども濃厚な日だったと思える。


「そんなことないよ!」

 いきなり大声を出したかと思うと、横並びに歩いていた鈴花が俺の前に出て、こちらを向いた。夕日をバックに、となっていれば幻想的だが、あいにくそんなことはなかった。


「私にとっては」

 鈴花が両手を自分の胸の前にのせた。


「私にとっては最高の出会いだったよ」

 噛みしめるようにそう言った。


「なら、まぁ、いいんだけどな」

 そんなによかったのか? 確かに非日常感はあったが、そこまで面白くもなかったと思う。


「うん!」

 鈴花が微笑みながら、頷いた。まぁ、よかったのであればそれでいい。


 俺たちは残りの道を歩いて行った。





「今日はありがとうね」

「いや、俺の方こそありがとう」

 駅の中は人が多かったが、通勤通学時間に比べるとさしてではない。


「じゃあ、気をつけて帰れよ」

 と言って俺は振り返ってその場を離れようとした。


「ま、待って」

 だが、鈴花に呼び止められた。このパターン今日で何度目だ?


「あ、あのね」

 俺が鈴花の方を見ると、その手には大事そうにスマホが握られていた。


「も、もしよかったら、その、れ、連絡・・・・・・」

「連絡先か? いいぜ」

 そう言えば部活のやりとりもほとんどしないから教えてなかったな。若干一名は教えなくても連絡ができるようだが。


 俺は一年も一緒にいながら初めて鈴花と連絡先を交換した。嬉しいか、嬉しくないかと言われると、うーん、普通だ。特に感想はないかな。


「亮祐君、今度は二人で出かけられる?」

 うつむいたまま俺に聞いてきた。普通なら失礼だぞ、と言うところかもしれないが、鈴花との会話はこれが通常だ。


「あぁ、機会があればな」

 あるかどうかはわからないが、断る理由もない。逆にそんなことを確認しなくてもいいんじゃないか? 好きなときに連絡をくれれば俺も返すし。


「ほ、本当?」

 鈴花の顔があがって、俺と目が合う。


「嘘でこんなこと言わねぇよ」

「じゃあ、指切り」

「子供かよ」


 俺が突っ込みをいれると鈴花はまたうつむいてしまった。何か悪いことしたみたいだな、と思ってしまう。どうしようかと悩んだが、俺は鈴花の右手の小指に、自分の小指を絡ませた。


 鈴花の赤らんだ顔があがった。酔ってるみたいだな。それか、晩飯を食った後の妃菜か。

「はい、指切り」

「ハァ・・・・・・」


 何の泣き声かはわからないが、鈴花が言葉になっていない高い声を出した。俺はおかしくてつい笑ってしまった。俺につられたかどうかはわからないが鈴花も笑った。


 確かに、俺は鈴花と友達になって正解だったのかもしれないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る