第9話 鈴花と俺の件について②

 俺と鈴花すずかは駅までの残りの道を歩いていた。


亮祐りょうすけ君のさっきのを見てたら、初めて会ったときのことを思い出しちゃった」

 俺が鈴花の方に向くと、鈴花は俺の方に微笑みを浮かべた顔を向けていた。さっきのと言うのは怜のことだろう。


 そして初めてあったときと言うのは、

「入試の朝のことか?」

 確信を持っていたが一応聞いた。あの日のことは俺も覚えている。


「そう。懐かしいな、もうあれから一年も経ったんだね」

「衝撃の出会いだったからな」

「もう、私は本当に困ってたんだから」

 俺が失笑を漏らすと、鈴花がすかさず反応した。


「悪い悪い。あんな中学生は後にも先にも多分鈴花しかいないからな」

「馬鹿にしすぎだよ」

 鈴花がすねたような声を出した。だが、次の瞬間には自分でも笑っていたので本当にすねているわけではないだろう。


 俺が初めて鈴鹿と出会ったのは入試の朝だ。俺はあの日の朝、誰にも会わないように裏道を通って会場に向かっていた。別に表をとってもいいじゃないかと思うかもしれないが、何があるかわからないので念には念を入れた。


 人通りの少ないと言うよりも、ほとんどない道だったので行く道中は誰にも会わなかった。だが、運命の出会いと言えば聞こえがいいが、今にも泣き出しそうな中学生くらいの少女に出会った。言うまでもなく、それが鈴花だ。


 ◇◇◇回想◇◇◇


 ん? 誰だあんなところにいるの? 俺の目線の先には赤いマフラーにどこかの制服姿の少女がいる。こんなところで何をしているんだ、とは俺が言えた立場ではないが、明らかに様子がおかしい。


 ったく、面倒だな。集合時間に遅れそう、ということはないがこんなところで厄介ごとに巻き込まれるのは不本意だ。まぁ、でも、雑誌記者とかの差し金さしがねではなさそうだし、声くらいかけてやるか。


 俺はその少女に近づいた。誰もいない裏道では音がよく響く。少女は体をびくつかせて俺の方を見た。体だけではなく顔もびくつかせているのは想像できるだろう。


「あー、悪い。変な人じゃないから」

 年上の可能性もあったが、なんとなく同い年か、年下な気がする。


「え、えっと・・・・・・」

 今にも泣き出しそうな声を出された。俺ってそんなに変質者に見えるか? 一応制服は着ているからそうでもないと思うが・・・・・・


「あー、驚かしたな。別に取って食おうとは全く思ってないから。安心して」

 こんな感じで少し冗談を織り交ぜたらいいのか? あんまり人と話さねぇからわからんな。


「うっ、うっ」

 徐々に声が高くなっている。あー、泣くなこれ。俺のせいじゃなければいいのだが。なぜか良心の呵責かしゃくが俺に訴えてくる。


 そのとき、不意に反響する声が聞こえてきた。

「おーい、どこ行ったの? テストなんかより俺たちと遊ばなーい?」

 男の声、しかも若干年上か? なるほど、こういうのって本当にあるんだな。漫画とかアニメの中の話だと思ってた。と言うよりもこんな状況にある時点でラノベっぽいな。


「おっ、みーっけ」

 そんなことを考えていると少女の後ろの方から三人の男が現れた。金、青、赤と色とりどりなのは生まれつきか? エミリーの親戚か何かだったら納得がいくんだがな。そう言えば、もう辰弥たつやとエミリー(笑里えみり)は会場に着いてるのかな?


「おいおい、お嬢ちゃん、誰だよその男」

 金がてのひらを上に向けた状態で俺に指を指してきた。人に指さすなって習わなかったのかよ。


 しかもよく見ると舌も出している。おー、挑発してるんだ。しかも、舌ピアスなんて俺リアルで初めてみた! 痛いんだろうな。母親のピアスも痛そうだったもんな。そう言えば二人からメールが来てたな。帰ったら見よう。


 俺がどうでもいいことを考えていると少女が俺の方に走ってきた。これで殴られて実はグルでしたみたいなオチになったら面白いな、何て思ったが少女は普通に俺の後ろに隠れてきた。


「あれー、その男とどういう関係?」

「あんなパッとしない男との関係なんてセフレしかないでしょ」

「ははは。いやいやセフレでも無理だって」


 男たちが爆笑している。その笑い声が壁に反響してうるさい。非常にうるさい。頼むから黙って、帰ってくれないか?


「あのー、俺、急いでるんですけど。どいてもらえませんか?(棒読み)」

 もちろん急いでない。ただ、ここにずっといたいかと言われれば全くそうは思わない。


「だったら、僕がどいてよ」

 今度は青が俺に言ってきた。


「いやー、って言われてもこの子が服つかんでるんで無理ですね(棒読み)」

 もう面倒になってきた。あっ、そう言えば珍しくイモウトからも連絡が来てたな。俺、あいつに今日が試験日だって言ったっけ?


 だが、ここでイモウトのことを考えたのがアウトだった。


「早く帰ってママとパパに助けてもらいなよ。僕一人じゃ何もできないよーって」

 赤が俺に向かって挑発すると、何が面白いのかわからないが全員で爆笑し始めた。


 だが、俺の中では俺に対する挑発以上に許しがたいものがあった。


「ママとパパに助けてもらえだと?」

 声にするつもりはなかったが自分を抑えられなかった。


「その両親を隠して学校に通って、授業参観も運動会も発表会もいつも一人だけ両親が来ない。そんなやつのことを考えたことがあるのか? 何も知らねぇやつらが、軽々しく人のイモウトを馬鹿にしてんじゃねぇよ!」


 もちろん俺の頭の中では、男たちの言葉がイモウトに対してではなく俺に対してだということも、俺の家の事情の欠片かけらも知っていないこともわかっていた。だが、抑えられなかった。それはイモウトのため、というよりも自分の罪滅ぼしという面が大きいかもしれない。


「は? そいつ、お前の妹なの?」

 だが、どうやら男たちは意味を勘違いしたようだ。それは不幸中の幸いだったかもしれない。もしも俺の家のことを知られたらもっと厄介なことになっていたかもな。


「じゃあさ、妹さんを俺たちにくれない?」

「キサマらのようなやつらに、イモウトに触れるどころか、話題にする権利もない」


 俺の中では妹=イモウトになっていた。だから、かみ合っていないはずの会話が、妙にかみ合ってしまったのは偶然のたまものだ。


「うざ。じゃあ、もう力尽くだな」

 金がそうつぶやくやいなや、赤と青が俺たちの方に歩いてきた。


 後ろで俺の服をつかむ手が一層強くなった。恐怖が一層濃くなったのだろう。


「大丈夫」

 俺は後ろにいる少女に話しかけた。そして後ろを振り返ることなくコートと制服の上着を脱いだ。少女がつかんでいたのはその二つのみだったので俺は自由になった。


 まったく。誰が「最高の料理人になるには材料を目利きする力と材料を手に入れる力が必要だ」だ。おかげ様で山の中で獣に襲われてもいいように武道? 殺し屋の技? を習得しましたよ!


 俺はフランス料理の鬼才と呼ばれるあの人を思い浮かべながら二人に向き合った。(正確には気持ちは三人に向いていた)


 みんな連絡ありがとな。まぁ、落ちることはほぼ皆無だと思うけど、元気が出たよ。


 ◇◇◇回想終了(閑話休題)◇◇◇


「あの後、会場まで案内してくれて本当にありがとうね」

 三人のことに言及しない鈴花すずかに多少驚いてしまった。案外鈴花も薄情なところがあるのかもな。


「はぁ、黒歴史だな」

 一方の俺はあんまりそのときのことを思い出したくないという気持ちでいっぱいだった。恥ずかしいと言うよりも、今思い出してもかわいそううなくらいボコボコにしたな。すみません。


 そう考えれば、あの後何もなかったことの方が驚きだな。一歩間違ったら俺だけじゃなくて両親の教育とかも責められてただろうな。(まぁ、多少は父親の教育が悪い)


「でも、私は嬉しかったよ、そ、その、お、王子様が来てくれたみたいで」

「それは言い過ぎだな」


 王子様と言うよりも魔王が世界を滅ぼしたと言う方が合っている気がする。メルヘンチックな一面もあるのか。


「そ、そう言えば、あの後あんなこと持ったよね」

「はぁ、まだそれもかよ」

 会場に着いた後のことを鈴花は話し始めた。

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