第9話 鈴花と俺の件について①

「今日は悪かったな」

「ううん。大丈夫だよ。妃菜さんとも仲良くなれたし」


 俺と鈴花すずかは鈴花の家に向けて並んで歩いていた。と言っても、鈴花の家は電車で三駅ほど離れた場所なので最寄りの駅に向かっているところなのだが。


「にしても急だったな」

「何が?」

 不思議そうな目で俺を見てくる。


「ん? いや、鈴花と妃菜が急に仲良くなったなって」

「それは亮祐りょうすけ君がいたからだよ」

「俺は最初の部室のときでもいたんだがな」

「物理的にじゃなくて、その・・・・・・心の中にって言うか」


 最後の方は鈴鹿の声が小さくなってしまったせいでよく聞こえなかったが、なんとなく心のなんちゃらと言ったことはわかった。それがどういう意味かはわからないが。


「よくわからんな」

 それは鈴花の言葉が、ではなく女心? と言うやつがだ。


 だが、どうやら鈴花はもう少し説明してくれ、という意味にとらえたらしい。

「利害が一致してると言うか、目標が同じと言うか」

 顔を見なくても、声だけで恥ずかしがっていることがわかる。こういうときは深く追求しない方がいい。


「ふーん。まぁ、仲良くなれてよかったんじゃないか?」

「そうだね」

 これで会話が終わってしまった。まだ、駅まではもう少しあるし、何を話そうか。


「うわーん」

 そんなことを考えていると、向こうの方から子供の声が聞こえた。


 俺が声の方向を見ると鈴花も気になったようで顔を向けていた。(俺が左で、鈴花が右を歩いていた)俺たちの視線の先には幼稚園の年長くらいの男の子? がいた。


「わりー、鈴花。ちょっと持っててくれる?」

 と言って、鈴花の返事を聞く前に(大丈夫と言うことは目に見えていた)鈴花がモールで買ったエプロンの入った紙袋を渡して俺は男の子の方に走った。


「大丈夫か?」

「うっ、うっ」


 どうやらさっきの大声はたまたまだったようで、今はすすり泣きになっている。俺としては大声を出してくれたおかげで気づけたのでラッキーだった。


「何かあったか?」

 男の子の目線に合うようにしゃがんでから俺は事情を聞いた。


「パパ、と、ママ、が、うっ」

 すすり泣きのせいでうまくしゃべれていなかったが、なんとなく何があったのかはわかった。


「パパとママとはぐれたのか?」

「うん」

「家はこの近く?」

「ううん」

「OK、じゃあ、一緒にパパとママを探そう」


 俺がそう言うと男の子はまじまじと俺の方を見てきた。変質者とでも思ったか? まぁ、ぽいと言えば、ぽいけど。


「本当?」

 だが、この子にはそんな汚れた心はなかったようだ。(それはそれで心配だ)


「ああ、だからもう泣くな」

 男の子の頭を優しくなでながら言った。これで安心してくれればいいんだが。


「う、うん。ありがとう、お兄ちゃん」

 すると、本当に落ち着いてくれたのか、泣き止んだうえに柔らかい笑顔をのぞかせた。にしても「お兄ちゃん」か。イモウトを思い出すな。


「さてと、じゃあとりあえずこのあたりから探すか。名前は何て言うんだ?」

「レイ!」

「レイか、いい名前だな」

「ありがとう!」


 純粋だな。別に俺は社交辞令的に言っただけなんだけど。俺の心がどれだけ汚れているかわかる。


「じゃあ、手繋ごう」

「うん!」

 探している間にはぐれたら身も蓋もない。柔らかい、小さな手が俺の右手の上に乗る。


「ほんじゃあ」

 セオリー通り側にいるかどうか聞いてみよう。まぁ、いてくれたら本当に楽なんだけどな。


 俺は左手を挙げた。

「誰か、レイのご両親をご存じの方はいますか?」


 うわ、大声でこれ言うの思った以上に恥ずかしいな。ガラにないというのも相まって恥ずかしさが倍増している気がする。普通に交番に行けばよかった。

 やっぱり、いないよなぁ。


「「レイー!!」」


 いるんかい! 俺が恥ずかしいだけかよ!


「パパ! ママ!」

 レイが俺の手を離して走り出した。俺もその方向を見ると、おそらくレイパパとレイママであろう人が同じように駆け寄っていた。


「「レイ!!」」

「わーん」

 親子が三人で抱き合っている。感動の再会に立ち会えたところで俺は鈴花のところに戻るとしよう。


「あ、あの!」

 俺が歩き出そうとするとレイパパに呼び止められた。

 俺が三人に意識を向けると、レイパパがレイを抱っこした状態で三人が来ていた。


「助けていただきどうもありがとうございました」

 レイパパとレイママがそろって俺に頭を下げた。この状況はなんとも居心地が悪い。


「頭を上げてください。俺は何もしてませんから」

 慌てて二人を制した。端から見たら俺が悪者みたいに見えるかもしれない。このあたりは俺のことを知っている人も多いので少しまずい。


「本当に何とお礼を言っていいことか」

 これはレイママの言葉だ。よく見ると夫婦そろって美形だ。その二人から生まれているのでレイも美形だ。さっき気づかなかったのが少し申し訳ないな。


「本当に俺は何もしてませんから」

 このままだと話のらちがあきそうになかったので、他の話題に変えよう。


「それよりもレイ君は立派ですね。自分の名前も言えてましたし」

「本当ですか。ありがとうございます」

 今度はレイパパだ。自分の子供を褒められて嬉しそうだ。


「ふふっ」

 だが、レイママは嬉しそうと言うよりもおかしそうだった。


「あら、ごめんなさい。実はレイちゃんは男の子じゃなくて女の子なの」

 衝撃の(と言うほどでもないが)告白をされた。


「すみません。男の子だとばかり」

「いいんですよ。よく間違えられますから。それでもやっぱり、そろそろ女の子っぽくなってほしいですよね」


 意図してか、意図せずかはわからないが、一度俺のことをフォローして、その後きれいにたたき落とされた。そんなことを言われたら罪悪感を感じてしまう。


「そのうちなってきますよ。それにレイちゃんはきれいな顔ですから、このままでもいいんじゃないですか?」

 とりあえず自分のためにもレイをフォローしておく。「きれい」なら男女ともに使える。


「私、大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになる!」

 すると、今まで静かにしていたレイが口を開いた。


「こらこら、お兄ちゃんを困らせるんじゃないぞ」

 レイパパがレイの体を揺すりながら楽しそうに怒った。怒ったと言えど、本気でないのはレイも含め誰もがわかっていた。


 だから、

「へへへ、ごめんなさい」

 さっきまでないていたとは思えない。笑いながら冗談が言えるようになったのはいいことだ。


 それなら、俺も少し冗談を交ぜておくか。

「俺のお嫁さんになりたかったら、パパとママに迷惑をかけないことだな」

 と、再びレイの頭をなでた。その顔が嬉しそうだったので俺も心が軽くなった。


 俺はレイに延ばしていた手を戻した。これ以上長居をしてもいいことはないだろうな。

「それでは、俺はこれで」

 いい癒やしの時間になった。妃菜に疲れたら毎回現れてくれないかな。


「本当にありがとうございました」

 今度は頭を下げることなく、微笑みながらお礼を言われた。(レイパパ)


 俺も軽く会釈をしてその場を立ち去ろうとした。

「あっ、せめてお名前でも」

 と今度はレイママに呼び止められた。この夫婦は息が合うんだな、どっかのと同じで。


 これはまずいな。名乗らなかったらていが悪いし、名乗ったら名乗ったで両親のことがあるので面倒なことになりそうだ。いつものを使うか・・・・・・


「俺は、加賀かがりょうです」

 いつも使う偽名だ。作った経緯や、作り方は言うまでもないだろう。辰弥たつややエミリー(笑里えみり)には安直すぎると言われるが偽名なんてこんなもんだろ?


 俺が名乗ると向こうも名乗る雰囲気になるのが日本だ。

「私は菅原すがわら祐樹ゆうき、こっちは妻の紗友さゆ。そして娘のれいです」

 礼儀正しくお辞儀されたので、俺も今度は会釈ではなく、普通にお辞儀をした。


「それでは、俺はこれで」

「はい、ありがとうございました」

「お兄ちゃん、またね」


 俺は怜に手を振って鈴花の方に向かった。


「悪い、待たせたな」

「ううん。大丈夫だよ」

 律儀に待っているところがすごい。俺なら絶対に放って変える。そして何よりも申し訳ない。この埋め合わせはいつかしよう。


「じゃあ、行くか」

「うん」

 三人の方をちらっと見ると家族団らんの雰囲気があった。


 あんな雰囲気、何年前の話かな。って言っても、あの夫婦も負けず劣らず仲がいいがな。

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