第8話 妃菜と鈴花と俺の件について①
俺は一瞬体をビクッとさせたが、すぐに声の聞こえた方を振り返った。
「何だ
「ご、ごめんね、
そこには体を
「まぁ、少し驚いたくらいで、別に謝るほどのことじではないんだが」
「お、驚かしちゃったよね。ごめんなさい」
ペコペコ、という音が聞こえてきそうなほど何度も頭を下げている。
「大丈夫、大丈夫」
俺は急いで手で鈴花を制した。(なぜか)少し罪悪感を覚えたということもあったが、周りからの目に絶えきれなさそうだった。
周りから見られていることに鈴花は頭を上げてから気づいたようだ。みるみるうちに顔が赤くなっていってしまう。この動いて後から行動するというスタンスは鈴花の平常運転だ。
こんな広いモールでばったり会うなんて運命を感じるな、何てガラにもないことは全く考えなかった。鈴花が少し落ち着くのを待ってから俺は話しかけた。
「ところで、鈴花はここで何してるんだ?」
「お買い物」
何言ってるの? といいたげな表情で俺の質問に答えた。
なるほど、確かに質問には答えているし、紙袋を持っているからには買い物に来たのだろう。俺の言葉足らずも問題だが、鈴花、俺はそんなこともわからないほどバカではない。
「一人か?」
黙るのも気まずかったので、何を話そうかと考えたところ無難な質問をした。
「ううん。お母さんと来たんだけど、お母さんが知り合いを見つけて、話してるから一人で買い物してきてって言われたから」
細かく首を振ってから、今の事情を説明した。鈴鹿の顔には全く悲しそうな表情は浮かんでいなかった。
まぁ、女子高校生が一人でこんなどでかいモールに買い物に来るというのはあまり考えられないだろう。それなら俺も納得だ。
「何を買ったんだ?」
「えっと、家で使うエプロン」
と言って鈴花は紙袋からフリルがほどよくあしらわれた水色のエプロンを取り出した。
「へー、料理とかするんだな」
「意外だった?」
「意外というか・・・・・・まぁ、そうだな」
俺の中では鈴花はおとなしいわりには行動力がある、少しドジ? な印象だったので料理などをするとは思っていなかった。どちらかと言うとファーブルトンを焦がすような人だと思っていた。(さすがにこれは失礼すぎるな。ごめん、鈴花)
「でも、亮祐君より下手だよ」
「そんなこと言うな。俺の料理なんて自分で食べる用の物で、人に食べさせられるような代物じゃない」
実際、休みの日に暇つぶし程度に作るだけだ。
「そ、そんなことないよ! 去年のホワイトデーのカヌレ美味しかったよ!」
「ならよかった。そう言えば、あのときは鈴花は市販だったような」
「だって、喜んでほしくてあの後から始めたんだもん・・・・・・」
「ん? 何か言ったか?」
「ううん。何でもないよ」
鈴花がぼそっと何か言ったような気がしたが、本人が「何でもない」と言っているので掘り下げに方がいいだろう。それに、俺の発言も少々冷たかった。普段人と関わらないようにしているつけがまわってきたか。
「も、もしね・・・・・・」
俺が心の中で反省をしていると、鈴花が言いにくそうに口を開いた。
「もし、お菓子作っていったら、た、食べてくれる・・・・・・?」
最後の方は消え入りそうな声だった。当の本人も見えなくなってしまうのではないかと心配してしまうほど、体が徐々に小さくなっているような気がする。
「あぁ。そのときは、ありがたく食べさせてもらうよ」
「ほ、本当!」
「あ、あぁ・・・・・・」
急に体がもとの大きさに戻ったかと思うと、目を輝かせて鈴花が俺に迫ってきた。俺も油断していたが、鈴花はたまに心の距離が近くなるときがある。(物理的な距離も)その後は決まって、
「は。わ、私」
と言うと激辛の麻婆豆腐でも食べたかのように顔を赤くして、俺から顔を背けた。この光景を俺は何回見てきたことか。
いい加減、鈴花も俺になれてくれないものか。いくら人見知りで、恥ずかしいからと言ってもここまで顔を合わせている俺に恥ずかしがっていたら重症じゃないか? それで時々行動が大胆になるなど、人見知りには最悪の組み合わせじゃないか。
鈴花が俺に顔を向けずにパタパタと顔を扇いでいる間に俺はそんなことを考えていた。鈴花としてもこれは大変に違いない。それなら、俺は気長になれてくれるまで待つほかあるまい。
少し時間が経ってから鈴花は俺の方を再び向いた。顔は俺の方向だが、目があらぬ方向を向いているのはいつものことだ。
「そ、それで亮祐君はどうしてここに?」
「あぁ、それは」
と言ったところで俺は口をつぐんだ。今まで忘れていたが妃菜と鈴花は相性が悪い? ようだ。(俺にしてみれば、一方的に妃菜が敵意を持っており、鈴花がそれに対抗しているように見える)
もしも妃菜と一緒に買い物をしていると言ったらいつかのように張り合うに違いない。そうじゃなくても、もしもこの場に妃菜が来たらもっと大変なことになる。どちらにしても面倒くさい。
なんとかして妃菜が支払いを終える前に鈴花をこの場から離さないと、モールの中でおかしなことが巻き起こされる。
「先輩! 買ってきましたよ!」
そのとき、俺の後ろから声が聞こえた。
はぁ、休みの日もこうなるのかよ。
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