第7話 妃菜と日曜デート!? では決してない件について④

「わー、先輩、人しかいませんよ」

「他にいたら怖いだろ」

 若干俺の前に未確認生物らしきものがいるが、人間だと思われる。


 俺(亮祐りょうすけ)と妃菜ひなは無事にモールに着いた。道中何もなかったのがびっくりするくらいだが、バスで十分ほどなので何かあったとしてもそれほど大きなことにはならない。


 新しくできたということもあってモールの中(ちなみにバスの中も)人でごった返していた。周りには親子で買い物に来ている人もいれば、友達と来ている人、男女のペア(恋人?)できている人と様々だった。


 一つ言えることは全員の顔がウキウキしていること。印象的には辰弥たつやかエミリー(笑里えみり)が増殖したような(言い方が悪い?)感じだ。つまり普段の俺と真反対ということだ。


「先輩、どこから行きますか?」

「どこでも。妃菜の行きたいところに行け」

「それなら先輩の隣でいいですか?」」

「今もいるだろ」

「えへへへへ」


 何が「えへへへへ」だ。俺たちの前にはモールの簡単な案内板があった。他の人は目的の店を先に決めてから来ている人が多いようで、案内板に群がっているということはない。


「でも、デートは男性がリードするものですよ」

「へー(棒読み)」

「っで、どこに行きますか?」

「はぁ、そうだな」


 妃菜が来たいと言っていたので妃菜に任せたいところだったが、決めてくれと言われれば決めるしかない。ため息をつきながら俺は妃菜に返事をして、案内板をよく見た。


 モールは高さ五階建ての延べ床面積が約二百八十平米で底知れぬ数の店があるようだ。(朝のチラシ情報)一日でまわるのはほぼ不可能だ。まったく、この中からどうやって選べって言うんだよ。


 一応ジャンルごとに分かれているようだが、結局何がいいのかわからない。妃菜が喜びそうなもの(もちろん俺はまだ十八ではないのでそっちではなく)が置いてあるのは・・・・・・ここにするか。


「じゃあ、このあたりにでも行くか」

「えっと・・・・・・このあたりですか?」

「不満か?」

「いいえ、別に不満はないんですけど・・・・・・デートっぽくはないのかなって」

「じゃあ、俺としては好都合だな。じゃあ、行くぞ」

「あっ、ちょっと、待ってくださいよ!」


 鶏の雛のようにぴーちくぱーちく「どうして好都合なんですか!」などと言っている妃菜をほとんど無視しながら俺は目的のエリアに向けて歩き出した。


     ◇◇◇


「先輩! これをガラスに貼ったら目隠しができるみたいですよ。レースいらなくないですか? しかも断熱性とか紫外線遮断とかもできるみたいですよ」

「でも、結露とか大丈夫なのか?」


 窓に貼るシートを楽しそうに見ながら話してくる妃菜に俺はさも同棲しているかのように(一緒に暮らしてはいるがなんとなく同棲と認めたくない)返した。


 俺たちは(一応)デートにはふさわしくもないであろうエリアに来ていた。このあたりには料理道具、掃除用品、裁縫道具、家具などなど生活用品が集まっている。


 なぜこんな味気ない場所にしたかというと俺も妃菜もそれほど服やあれこれに興味がないので、妃菜の興味が一番そそられそうなところと言えばこの辺だろうと思ったからだ。


「あっちにキッチン用品があるって書いてありますよ! 行きましょう!」

「おもちゃ売り場の子供か・・・・・・」


 俺は自分でこの場所を選んだにもかかわらず、妃菜に対して半ば呆れていた。多少は話の種にはなるかと思っていたがまさかここまで食いつくとは思わなかった。カーテンにまで・・・・・・


「すごーい。このポット煮たり、焼いたりできるんですって」

「へー」

「こっちのフライパンもいいですね」

「へー」


 正直に言うと俺も多少は料理をするのでこのあたりの物を見るのは楽しかったが、ここまでヒートアップするほどでもない。妃菜の意外な一面が見られただけでも今日は大豊作かもしれない。


「じゃあ、何か買うか」

「でも、今あるのでも十分なんですよね・・・・・・」

 少し考えるようなポーズをとりながらポツリとつぶやいた。


 確かに俺の家にあるものは父親が家で料理するように選んだ物なので使いやすさは折り紙付きだ。フランスに行く際に包丁だけは持って行ったが、それ以外の物は向こうでもいい物が買えると置いていったのだ。


 なので、フライパンや鍋類はいい物がそろっている。だが、

「強いて言うなら、包丁がほしいです」

 となるのだ。


 俺たちはキッチン用品売り場の包丁が置いてある場所に向かった。


「家にある三徳包丁だけでもいいんですけど、もう少し合った方が楽かなって」

「そうなるよな」


 俺も買おう、買おうと思っていたのだがそのたびに頻繁にするわけじゃないよな、と思ってやめてきた。一方妃菜は朝、昼(朝飯と一緒に弁当)、夜と毎食作っている。(休みの日にまとめて作り置きを作っているので、その日に作るのは主菜だけ、という日が多い)


 妃菜の作る料理を見てもどれも凝ったものなので三徳包丁だけでは大変なことも多いだろう。


「何がいいと思いますか?」

「俺が使うわけじゃないからな・・・・・・」


 妃菜が(珍しく)俺の方を見ることなく、ショーケースに並べられた包丁を見渡しながら聞いてきた。


 「使わない」と言っても俺も今でもたまにではあるものの料理をしている。だが、圧倒的に妃菜の方が料理をする妃菜の使いたい物にした方がいい。


「迷っちゃって」

 今度は俺の方に顔を向けて、後頭を掻きながら言ってきた。


「なるほどな。ペティなんかはどうだ?」

「あっ、私も同じことを考えてました! 気が合いますね!」

「たまたまだな」

「もう、先輩って本当に照れ屋さんなんですね」

「はぁ、もう、そういうことにしてくれ」


 気が合うのではなく、料理をするもの同士たまたま意見がかみ合っただけだろう。ペティナイフは小さいので、小回りが利き非常に万能だ。


「菜切りとかは三徳で代用できるので十分だと思うんですけど」

「牛刀も俺たち二人だといらないよな」

「子供が生まれたら十四人になりますよ」

「どれだけ子供がいるんだよ・・・・・・」

「十二支にそれぞれ一人ずつほしいです!」

「お前の旦那は大変だろうな」

「他人事みたいに言わないでくださいよ! 半分は先輩の遺伝子ですよ」

「それはない」


 どうしてこんな会話になったんだ? 俺たちは包丁の話をしてたよな? いきなり子供の話になるとは驚きだ。それにしてもサッカーチームが作れるくらい、みたいなことは聞いたことがあるが、十二支に一人ずつとはよく考えたものだ。


「じゃあ、後必要なのは・・・・・・薄出刃とかはどうだ?」

 完璧に脱線してしまった話を無理矢理に戻す。


「薄出刃ですか? 確かに三徳だと歯が欠けますもんね」

 妃菜は納得したように頷いた。


 ちなみに言っておくと菜切りは野菜を切るための、牛刀は肉を切るための、薄出刃は小魚をさばくための包丁だ。そんなものがいるのかとなると思うが、やはり三徳のようなすべてに使える物よりとそれ専用に作られた物とではメリットが異なる。


「中華は練習してないのでいらないとして今日はペティと薄出刃にします」

「よし、じゃあ買ってくる」

 俺が妃菜の方に右手を出した。


「いえ、これは私が言い出したことなので私が払います」

「でも、俺は妃菜に料理を作ってもらうから包丁代くらい出す」

「そんな、本当に大丈夫ですよ」


 このやりとりは何度か経験したことがある。だからこそわかるのはこうなった妃菜は意見を変えないということだ。


「わかった頼む」

「はーい」

 と言って、包丁の番号札を持ってレジに向かった。


 俺に対しては土足で踏み込むくせに、ああいうところはおとなしいよな。


 俺がそんなことを考えながら妃菜の背中を見ていると、不意に聞き覚えのある声が聞こえた。

「りょ、亮祐君?」

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