第6話 妃菜と話し合おうとする件について②
「あっ、先輩、遅かったですね」
俺(
「お前、あれは何だ?」
「あれって?」
とぼけているのか、それとも本当にわかっていないのか。確かにあれと言われても、ゴムの方か箱の方かわからないのもしょうがないのかもしれないが。
「あぁ、もしかして部屋に仕掛けてあった盗聴器と隠しカメラのことですか?」
思い出したように白状した。は? 盗聴器と隠しカメラだと? もしかして他にもあるのか?
「それじゃない」
「じゃあ、寝込みを襲えるように鍵を壊したことですか?」
「・・・・・・それでもない」
「あっ、わかりました! 先輩の服に私の匂いをつけてたことですね!」
「・・・・・・ちがう」
「うーん、他には、先輩の枕元に私の裸の写真を十枚くらい入れてたやつのことですか?」
「もういい・・・・・・やめてくれ」
あの部屋はびっくりハウスか何かなのか? 叩けば叩くほどホコリが出てくる。気づかなくて正解だった、特に枕の件については。とにかく一回あの部屋を徹底的に調べるしかない。
「先輩って、たまにおかしいですね」
お前はいつもおかしいな。それに俺がおかしいんじゃなくて、お前の物差しの目盛りがぶっ壊れてるだけだ。
「はっ!・・・・・・もしかして先輩って性欲がないんですか?」
手に口を当てて、目を丸くしている。わかりやすく驚いてるな。
「あぁ、もうそうしてくれ」
そうすればお前は俺を諦めてくれるか?
「だったら、やっぱり私から攻めないといけないですね! 受け身はいつまで経ってもできないってことですよね!」
拳を作って、威勢のいい声を出した。
なるほど、そう来るか。それは予想していなかった。そうしたら、もしかして今まで以上に妃菜のアタックがひどくなるってことか? それは本当に勘弁してくれ。
「間違えた。ある」
これなら俺が襲うまで待つみたいな展開になるか?
「本当ですか! じゃあ、今すぐヤリましょう!」
と言うと、服を脱ぎ始めた。
「おいおいおい。いったん落ち着け」
さすがにこれは焦る。心臓がバクバク言っている。妃菜といるだけで、セルフ吊り橋効果が期待できるかもしれないな。
俺が必死になって止めたので妃菜の動きはすんなりと止まった。その顔がものすごく不機嫌そうだったのは言うまでもないだろう。だが、あそこで止めなければ言い訳のできないところまでいっていた(イっていた)かもしれない。
「とにかく飯でも食いながら話そう」
「・・・・・・はい」
そんなにしょんぼりするなよ。俺が悪人みたいに見えるだろ。
俺は妃菜の後に続いてテーブルについた。今日のメニューはエビのブイヤベース、キッシュ・ローレヌ、そしてクッペ(イメージ的には小さなフランスパン)と今日の弁当の和とは一転している。
「この料理・・・・・・」
「あっ、もしかして地方とか合わせた方がよかったですか? ブイヤベースは地中海沿岸、キッシュ・ロレーヌはロレーヌ地方でドイツに近いあたりですもんね。パンももう少し長めのバゲットにすればよかったですか? それにフランスは夕食を質素に済ませますよね」
さっきのが
「いや、そうじゃなくて。妃菜はフランス料理も作れるのか?」
「行ったことはないので、簡単なものしか作れませんが・・・・・・有名なものなら大体の国のものは作れます」
「・・・・・・すごいな。普通に尊敬する」
「本当ですか! もっと褒めてください!」
身を乗り出して俺の方に来る。さっきまでのしょんぼり感はどこに行ったんだ? そう迫られると俺も構えてしまう。せっかく本気で感心していたのに・・・・・・さっきの俺の言葉を返せ!
「いったん下がれ」
「嫌です! このままキスしてくれるまで戻りません」
こいつは一体どうしたんだ? そろそろ欲求不満が爆発したか?
「話し合うのが先決だと思うが?」
「でも、『
ここで冷静にことわざで返せるのがすごい・・・・・・なるほど、礼儀に忠実だと俺と妃菜の関係が離れるか・・・・・・もともと近づいてねぇよ。
「『
「でも先輩は私を助けてくれました。それはもう
「残念だったな。『思うに別れ思うに添う』。縁はあったかもしれないが、うまくいかないということだ」
「そうやって私のことを避けようとするのは『憎い憎いは可愛いの裏』ってことですよね」
いつまで経っても身を乗り出している妃菜に向かって、なんとか納めようと色々と言うがその都度うまく言い返される。俺ももうそろそろネタ切れだ・・・・・・こいつよくもこんなにすぐでるよな。本当に俺の一個下か?
未だに妃菜の顔が俺の目の前にある。本当にキスされるんじゃないか。別にやってもいいじゃないかって? おそらく、キスをした途端、こいつが暴走しそうで怖い・・・・・・
俺は右手でスプーンをとってブイヤベースを一口食べた。何か入っていたとしても、俺の理性が勝てばいい話だ。それよりも俺の貞節を守る方が大切だ。
美味しい・・・・・・簡単なものなら作れると言っていたが、控えめに言っても店で出せるレベルだ。ちょっと悔しいが、俺よりも確実に美味しい。エビのうまみが鮮烈に俺の舌にくる。それだけかと思ったら、そのエビのコクが残りつつ野菜の甘みとうまみが追いかけてくる。
どう見ても普通のスーパーで売っているエビだ。なのにそうとは思えないほどのガツンとしたコクがこのブイヤベースにはある。・・・・・・なんか、料理小説みたいなことを言ってるか? 小説じゃあるまいし、いちいちこんなことを考えなくてもいいかもしれないな。
でも、小さい頃から父親の料理を食べてわちゃわちゃしていた俺にとって、料理は平凡な日常の中で数少ない楽しみだ。じゃあ、朝食とか昼食を作れよって話だよな。好きなのと面倒なのは別問題だろ?
「美味しいですか?」
俺が考え事をしている間に妃菜は顔を俺から話して自分の席に(俺の中ではもうあそこは妃菜の席になっているのか?)座っていた。
「あぁ、美味しい」
「へへへ、ありがとうございます」
純粋な笑顔が俺に向けられる。本当に嬉しいんだろうな、ということが素直に伝わってくる。
「これどうやって作るんだ?」
「頭付きのエビをたくさん入れると高くなるんで、えびせんを少し入れてエビの風味をあげました。基本的な作り方は他のものと同じで、えびせんの他に隠し味で私の愛情が入っています」
へぇ、値段のこととかもしっかり考えてるんだな。これがえびせんから出る味か。ビスクとかにも使えるのかもしれない。やっぱり、一部の残念なところを直せばすぐにでも結婚できるだろう。あっ、もちろん相手は俺じゃないぞ。あと「愛情」発言は無視してくれ。
「すごいな」
「先輩のためですから」
そこまで人のために何かできるのは尊敬できる。
「じゃあ、そろそろヤリますか?」
「拒否する」
前言撤回だ。尊敬などみじんもしていない。
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