第6話 妃菜と話し合おうとする件について①

 俺はいつもの道を下校していた。もうすでに日が落ちかけている。どんだけ、学校にいたんだよ。


 結局、部活の勧誘は二人だと大変だ、ということになり、新入生オリエンテーションとポスターだけで行うことになった。どう考えてもそれ以上のことができないのだからはじめから今日の集まりは無駄なような気がする。


 ではなぜこんな時間まで学校に残っていたかというと、主に和泉いずみ先生から質問攻めを受けていたからだ。本当にしんどかった。どこで会ったのか、どこまでやったのか、妃菜ひなのことをどう思っているかなどなど・・・・・・俺が知りたいことだらけだ。


 鈴花もなんとかわかってくれたようだ。今日の誤解が解けないとこれからの部活が気まずくてしょうがない。いちいち妃菜のことで怒られては、俺がもっと幽霊になってしまいそうな気がする。


 帰り際にスーパーに寄ろうとする足を止める。多分妃菜が俺の家に住みついて、何かやっているだろうから買わなくてもいいだろう。


 どうすればいいのだろうか。家政婦として雇うか? そうすれば家事はやってくれるし、俺の頼みはしっかりと聞いてくれるだろう。まず最初の願いは俺を襲おうとするな、にしよう。


 でも、本当に助かるよな。これで性格が普通か、ちょっと悪いくらいならもしかしたら付き合っていたかもしれない。だが、性格が悪いではなく、性格が普通の斜め上をいっているのでどうしようもない。


 妃菜が母親か、世話好きの姉かなんかだったら、いい関係が気づけたかもしれない。子供にデレデレの母親か、弟に甘々な姉・・・・・・やっぱりやめておこう。


 あ、言い忘れていたが、ホテルに泊まるのはやめた。自分の家があるのにわざわざホテル泊まりするのは阿呆らしい。かと言って、襲われかねない家に自分から帰るのも阿呆らしいが。


 そんなことを考えていると家の前まで来てしまった。さて、覚悟を決めるしかない。もしかしたら扉を開けた瞬間に俺はオオカミに食われるかもしれない。


 この世に未練はあるか? あると言えばある。もう少し旅行とかしてみたかったな。別に旅行が趣味というわけではないが、母親の撮影について行っていたときがあり、好きなのは好きだ。それを言うと、父親の影響で料理も多少好きなのだが。


 そう考えると色んな料理作ったり、食べたりしたかったな。どうでもいい人生の中でも、そういったちょっと楽しみがあるといいよな・・・・・・よし、そろそろ意を決しよう。


 俺は玄関の扉に手をかけた。ゆっくりと取っ手のロックを解除する。やはり、鍵がかかっていない、つまりやつがいるということだ。


 自分の方に取っ手を引いて、扉を開ける。すぐにでも逃げられるように、準備は一応しておいた。だが、俺は襲われなかった。幸運なのか?


「先輩、お帰りなさい」

 タイミングを見計らったように俺は出迎えられた。ご丁寧に正座までしている。


 妃菜は黄色のエプロン姿だった。もちろん普通のエプロン姿ではない。どんなエプロン姿かは今までの妃菜の感じから想像してくれ。おそらくわかるだろう。


「どうして、毎度毎度、俺の帰るタイミングがわかるんだ?」

「そんなのGPSで追ってるからに決まってるじゃないですか」


 俺のスマホを盗聴するようなやつだ、GPSで俺の位置をつかむくらい造作もないことだろう。どうやら家事だけでなく、頭もいいようだ。いや、訂正しよう。学力はいいようだ。学力は。常識力はある一部分が致命的に欠落している。


「それよりも先輩、どうですかこの格好」

「疲れた。飯にでもしよう」

 俺は玄関で靴を脱いで家に上がった。妃菜が何か言ったような気がしたが、ほっといてもいいだろう。


「先輩、何か言うことはありませんか?」

「疲れた」

「そうじゃなくて、私の格好を見て、言いたいことはないですか?」

「寒くないか?」

「ありがとうございます。寒くないです。って違います! そうじゃなくて!」

「そのエプロンは自前か?」

「はい、私が作りました。って、エプロンの感想じゃなくて!」

「へぇ、エプロンを作るのか」

「生地があれば、大体何でも作れますよ。って、だからそうじゃなくて!」


 俺が廊下を歩いているときに周りをぴょんぴょん跳ねながら、妃菜が聞いてきた。跳びはねるたびに、支えのない豊かな胸が大きく上下に揺れるのが目の端に入ってきた。(決して、見たかったわけではない)


 もうおわかりだろう。そう、妃菜は現在エプロンしか着ていない。所謂「裸エプロン」だ。こんなのを現実にするやつがいるなんて驚きだ。妃菜以外に裸エプロンをするやつがいるとすれば、それは何かの撮影のときだろう。プライベートでするやつがいるのか?


 妃菜のエプロンはシンプルなデザインで、長さは膝上までだった。故に飛んでめくれるたびに見えそうで怖い。後ろも一応長さがあるので、背中は見えるがその下は見えていない。俺が理性のない野獣ならば妃菜を襲っていたかもしれない。


「早く着替えてこい」

「どうしてですか?」

「目のやり場に困る」

「そんなの凝視してくれたらいいじゃないですか!」

「・・・・・・着替えろ、俺はとりあえず部屋に行ってくる」


 「えー」と言う声を聞きながら俺は部屋に向かった。さっきの格好を見て俺はもうすでに家から出たいと思っていた。妃菜と話し合わなければ、冗談抜きで命がもたない。


 部屋の扉を開けて中に入るとそこには驚きの光景が広がっていた。俺も普段から片付けをしているのでそこまで汚い部屋ではなかったが、これを見ると自分の部屋がゴミ屋敷だったように感じる。


 まず目に入ってくるのは本棚が異常に整頓されている。教科書とそれに対応したノート、参考書、娯楽用の本がそれぞれまとめられている。いったんすべて取り出して、本棚を拭いたのかきれいになっているような気がする。


 机の上も整理整頓がされており、その周辺も荷物類がきちんと並べられている。俺はタンスの方に歩み寄って上から引き出しを開けていった。見たことがないほどきれいに畳まれている。こんなの店でしか見たことないぞ。


 最後に制服などを入れているロッカーの方を向く。なんとなく予想がつくが一応見てみる。扉を開けると、予想通りすべての服にアイロンがかけてあった。しかも制服だけでなく、かけてあった服すべてに・・・・・・どんだけすごいんだよ。


 もう一度部屋の中を見渡す。テレビの取材だろうが何だろうが、どんとこい、という感じだ。よくいると片付けだけではなく、壁の汚れなどもきれいになっている。もちろん床もちり一つない。


 床と言えば妙に光っているような気がする。まさかと思って俺は床を触ってみた。完璧にワックスがかかっていると言い切れる。ワックスの匂いが全くしないのは換気をよほど丁寧にしていたからなのかもしれない。


 控えめに言ってすごすぎる。俺と妃菜が学校で別れてから三時間ほどしか経っていない。それなのに掃除に片付け、さらには料理まで・・・・・・高校生にしておくにはもったいなくないか? それこそ家政婦として働いていてもおかしくないだろ。


 俺は驚き過ぎて荷物を持ったままだということに気づいた。机の横に荷物を置きに行く。そのときに机の上にが置いてあるのに気づいた。輪ゴムだよな。絶対に輪ゴムだよな。それ以外のゴムを俺は知らん。


 さらによく考えると俺の部屋に見たことのない箱が置いてあった。俺はその箱の方にバッと体を向けた。子供のおもちゃ箱のような小さな箱が置いてある。買った記憶も、使った記憶もない。


 あれが世に聞くパンドラの箱という物か。開けてはならない禁断の箱なんだな。で、開けた方がいいか? ろくな物が入ってないのはわかるが、かといって得体の知らない物が部屋にあるのも嫌なんだが。


 中を見ずに妃菜の部屋に持って行くという選択肢もあるが、どうする? 一応確認しておくか? 


 俺はゆっくりとその箱に近づいた。そして爆弾物でも取り扱うかのごとき手つきで、刺激を与えないように蓋を持ち上げた。


 そこには手錠、縄、猿ぐつわなどなど。あいつは俺にどんな趣味があると思ってるんだ? それともあいつの趣味か? どっちにしろ、こんなところに置くなよ!


 俺は蓋をそっと閉めて深くため息をついた。どうして最後の最後で評価を下げるんだよ・・・・・・

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