第4話 学校に行っても休まるところがない件について⑧

「亮祐の母親の方は、言ったとおり、大女優。その演技力から高校生の頃から活躍して、初主演映画で主演女優賞を受賞して、その演技力が海外でも話題になって海外の賞も受賞したらしい。今は海外を拠点にして女優業をしている」


 すると、再びエミリーの手が伸びてきた。言うまでもないと思うが、その手にはスマホと画面に映っている母親の写真があった。


「おまけに超がつくほどの美人! 九頭身で、女優に出たての頃はモデルもやってたんだって! 私の憧れは優子さんだったなー。今じゃもう叶わないってわかってるけど、保育園とか小学校の頃はみんなの憧れだったよね。二人の初恋は優子さん?」

「言われたらそうかもな」

「まさか。んなわけ」


 俺と辰弥で全く真逆の反応をした。辰弥が「まさかー」と言いながら俺をおちょくってきたが、自分の母親に恋愛感情なんて抱くわけないだろ。


 父親の陸の料理の腕は、俺は誰よりも上手いと思っている。『うまい』という言葉では表現できないほどうまい。どれだけ安い食材を買ってきても父親は、その食材を何段階もあげてきた。本人曰く、「高いものを使えば誰でもそこそこのものが作れる。だが、安い食材を使ってもホテルの料理が作れるのは俺だけだ」だそうだ。


 俺も父親の影響で俺も料理をするが、高いものを使ってもうまくなるかはその人次第だし、安いものをうまく作る人はたくさんいる。だが、俺の父親に敵うやつはどこにもいないと確信している。

 ちなみに本人の前では「父さん」と呼ぶ。


 一方、母親の優子の方も俺の自慢の母親だ。人気だからと言って、おごり高ぶることなく、俺とイモウトにいつも優しくしてくれていた。ばれるかもしれないのに、俺たちが外に行きたい、と言えばすぐに準備して外に連れて行ってくれた。


 本人曰く、「私が他人に他人のふりをしているときは、陸さんとあなたたち二人以外の誰も私ってわからないわ。女優の意地とプライドにかけて、私たちの時間は邪魔させない」だそうだ。驚きなのは、本当に誰にも気づかれたことがないということだ。今思えば怖い話だな。

 ちなみに本人の前では「母さん」と呼ぶ。


「へー、どちらもすごい方ですし、容姿もいいですね」

 妃菜がつぶやくように言った。


「でしょー! もう、間近で見たら、死んじゃいそうになる!」

 スマホを自分の胸に抱き寄せながら、大声で叫んだ。(エミリーは今、俺の左斜め前にいるので、全員が見える状態になっている)


 そう言えば、エミリーはいつ妃菜と仲良くなったんだ? さっきまで「ビッチ」戦争を繰り広げていたとは思えないな。


「でもこうやって見ると、先輩はお父さん似なんですね」

 今度は妃菜が自分のスマホを取り出して、父親の写真を見ているようだ。これで俺が母親に似ていたら驚きだ。


 でも、父親にも似ているか? スッと整った目鼻に、シャープな顎。目も俺と違ってキリッとしている。俺でさえ、本当に父親の息子なのか怪しんでいるくらいだ。


 ちなみに母親は、エミリーの言うとおり、九頭身くらいの小顔と高身長で、引き締まったスタイルの中にも、でるところはでており、メリハリがある。


「っで、昔は明るかったってどういうことですか?」

 妃菜がスマホから目を離して、俺を含めた三人に聞いた。ようやく、本筋に入った。


 辰弥とエミリーはなんとも言えないような表情をしていた。二人に任せるのもここまでが限界か。(と言っても、任せていたのは辰弥だけだが)

 ここから先は俺だな。


「そんな超有名人の二人の子供が近くにいるとわかったらどうする? 子供だけじゃない、その子供の親はどうすると思う?」


 昔を思い出すと今でも反吐へどが出る思いになる。初めのうちは、普通に仲良くなりたいだけかと思っていたが、少し話を始めると親の話ばっかりだった。


 下心丸見えの奴らと絡むのは本当にしんどかった。気づいたら、俺はあまり話さなくなっていた。


 そんな中でエミリーと辰弥だけは違った。俺がどれだけ拒んでも話しかけてきた。親ではなく、俺に話しかけてくれていた。そうでなければ、俺は一人だったかもしれない。


 俺は別に両親を恨んでいるわけではない。逆に俺を支えてくれて感謝している。イモウトは俺の教訓をへて、父親たちの子供ということを隠して学校生活を送っていた。俺にとっては、そっちの方が自由がないように思えて、不憫だ。


 俺はそんなことを考えていた。どのくらいの時間が経ったのだろうか。妃菜は俺の発言を考えているようだ。辰弥とエミリーはうつむいて、暗い顔をしている。しょうがない。この二人は間近で見てきたのだから。


 この思い空気をどうしようかと思っていたときに妃菜が口を開いた。

「先輩、私にはその人たちの気持ちがわかりません・・・・・・」

 妃菜は俺の目を見ながら自分の考えを述べた。それが嘘偽りがない発言であることは明白だった。


 そうだよな。妃菜も小豆沢グループという大企業で育ってきたんだから、たかるほうじゃなくて、たかられるほうだよな。それなら、妃菜も苦労したんだろうな。


 俺はそんなことを思っていた。だが、妃菜の考えは違ったようだ。それは受けて目線ではなく、周りにいる目線の発言だったのだ。


「私にはわかりません。だって、先輩の優しさにつけ込むなんて、最低じゃないですか! 先輩はとことん優しいです! 私が入学式に遅れないように、家にちゃんと帰れるようにタクシーを呼んでくれて、しかもお代も先に払ってくれました。学校に来るときだって、私に車道側を歩かせないようにするために、左側を歩いてくれました。そんな先輩につけ込むその人たちの気持ちは理解したくもありません! 先輩を本当に見ない人たちは目が曇っています! 私が好きになった先輩は、この世でただ一人の、嘉神亮祐という、ただ一人の先輩です!」


 そう言って妃菜は俺に笑いかけてきた。今までの楽しそうな笑いではない、深い深い慈悲に満ちた笑顔だ。こんな笑顔を向けられたのは何年ぶりだろう。


「ふっ、お前は俺を好きすぎなんだよ」

「あっ、先輩の笑った顔初めてみた気がします」

 今度は嬉しそうな笑顔を浮かべた。まったく、笑顔だけで会話ができるのではないかと思ってしまうほど、表情が豊かだな。


 すると妃菜が俺の方に右手を差し出してきた。

「先輩。改めて言います。私は先輩が、嘉神亮祐先輩が大好きです! この世の誰にも負けないくらい大好きです! だから、私と付き合ってください!」

 と言うと、右手を差し出したまま、頭を下げた。


 クラス中から息をのむ音が聞こえたかと思うと、呼吸音すら聞こえなくなった。近くにいる辰弥やエミリーさえ固唾を飲んで見守っているようだった。


「答えは決まってるだろ」

 俺は椅子を引いて、立ち上がった。妃菜は俺の方を見ずに、未だに頭を下げている。


 そう、答えは決まっている。これほどのことを言われたんだ。久しぶりだな・・・・・・作るなんて・・・・・・


「悪いな。付き合わん」

 俺が答えを言い終わるか否かのタイミングで妃菜が頭を急に上げた。


「そうですよね。今の流れ、完全に私が先輩の心の支えになった感じだったので、もちろん付き合うに・・・・・・って、今なんて言いました!」

 目を大きく見開いて大声で何かを訴えてきた。


 この光景以前も見た気がする。いつだったかな・・・・・・妃菜と初めてあったときか。そのときもこんな感じだったよな。


「ど、どうしてですか! 今のは完全に先輩ルートを攻略できたと思いますけど!」

 だから俺はギャルゲーの攻略対象か・・・・・・何回繰り返すんだ、これ・・・・・・ どうやったら俺は攻略できるのか? 俺自身も知りたい・・・・・・


 クラスからも「えー」っていう声が所々から聞こえてくる。いや、お前らどういう立場なんだよ・・・・・・変な空気にするな。俺が悪者みたいじゃないか。・・・・・・悪者か?


「俺が妃菜と付き合うわけないだろ。今までのことを考えたら、付き合ったら俺は確実に死ぬ」

 妃菜がわざとらしくほおを膨らませるのが見える。怒っているのはわかりやすいが、ただそんな風に怒るやつは普通いないだろ・・・・・・


「俺はお前と付き合わん。だが・・・・・・」

 そう言うと、俺は妃菜が未だに出している右手をそっと握った。


 妃菜の顔が怒りの表情から驚きの表情に変わった。クラスからも息をのむ声が再び聞こえてきた。


「だが、友達ならいいぞ。俺はあまり作らないが、お前ならいい友達になれそうだ。それに、俺のことは『先輩』じゃなくて、『亮祐先輩』とか名前で呼べばいい。俺もお前のことを『妃菜』って呼んでるからな」


 妃菜の顔がだんだんと笑顔に満ちてきた。

「これからよろしくな、妃菜」

「はい!」

 満面の笑みで返答した。少し前の重たい空気とは、うって変わって軽い空気だった。


 友達なんて作るのいつぶりかな・・・・・・もしかしたら、妃菜なら辰弥たちみたいな関係になれるかもしれない。


「友達からってことですね! じゃあ、友達になった記念に、今日の夜に初夜をやりますか!」

「阿呆・・・・・・俺の家出入り禁止な・・・・・・」

「そんな! 私、亮分りょうぶん不足になっちゃうじゃないですか!」


 養分みたいに言うなよ・・・・・・って言うか、亮分って何だよ・・・・・・えっ、俺なんか食われてるの? 妃菜と距離とった方がいいのか? しかも、友達になった記念で初夜って・・・・・・やっぱり、こいつと友達になるのやめようかな・・・・・・


 まぁ、なんだ・・・・・・でも、なんか心が軽くなった気がするな・・・・・・


「じゃあキスだけでも」

「拒否する」

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