第3話 二日目の朝になったらどこかの『頭お花畑のドエロ』が家にいる件について①

「ん・・・・・・ん、ああ」

 もそもそと体を動かしてゆっくりと目を覚ました。


 いつも以上に目覚めが悪かった。いつもよりも早い時間に寝て、いつも通りの時間に起きたはずなのに寝不足のような感覚にもとらわれていた。


 ベッドから体を起こした。体はだるくなかったし、熱もなかった。だが、気乗りがしなかった。


 心当たりがあったどころか一つしかないと思っていた。昨日の非日常的な日常の出来事が心にダメージを与えていることは明白だった。いや、あれは悪夢だ。決して現実ではない、としておこう。


 一瞬、学校を休もうかと思って二度寝しかけたが新学年早々休んでクラスの注目を集めるのが嫌だったのでベッドを出た。まぁ、あいつらと絡んでいたら注目を集めてしまうのだが。それに加えて、今日からあのドエロお花畑も同じ高校なのか。


 「はぁ」とため息をついて、気持ちを切り替えるために伸びをした。


 自室のカーテンを開いて日光を浴びる。もしかしたら、昨日はカーテンを開け忘れたので妖怪が来たのかもしれない。まぶしかったが引きこもりではないので日光で溶けるということはなかった。(引きこもりも日光で溶けることはない)


 いつものように自室から出て、階段を降りて洗面所に向かった。

 昨日は髪を直すのを面倒くさがってやらなかったが、今日は寝癖直しのスプレーを頭に吹き付けてブラシで髪をすいた。


 髪を直し終えると顔を洗って鏡を見ると誰かが俺の方を見ていた。あっ、俺か。


 見覚えのない歯ブラシや化粧品が見えるのは寝起きで頭が働いていないからだろう、といったん置いといて、いつものように台所に向かった。


 台所に行くといつものようにコーヒー。俺がそのコーヒーを入れると同時に


 俺はひとまずコーヒーをテーブルに置こうとトースターをスルーした。テーブルに向かう途中に自分よりも小さい何かとすれ違った、ように感じたのは幽霊か何かだろう。


 テーブルの上には買っていなかったはずのバターと、レタスとトマトでつくられたサラダ、そしてなぜかみそ汁が


 まともな朝食なんていつぶりかな。しかもみそ汁なんて・・・・・・俺、味噌買ってたかな。まぁ、それを言うとバターもトマトも買っていなかったような気がするのだが。寝ている間にこれほどのことができるなんて俺の才能がとうとう開花したか。


 そんなことを考えていると、横からトーストの乗った皿がテーブルに置かれた。人類はとうとう配膳までしてくれるトースターを発明したのだろうか。


「おはようございます! 先輩、朝遅いんですね」

 少し高めの声の空耳がした。相当精神にきているのだろう。やはり、今日は休んだ方がいいのか。


 トーストを持ってくる手間が省けたので、席に座ってコーヒーをすすった。香ばしい香りが脳を覚醒させるのがわかる。

 「ふぅ」と息を吐いて気持ちを落ち着かせようとする。テーブルからはコーヒーとはベクトルの異なるみそ汁の香りが優しく香っていた。


 トーストが差し出される。おそらくバターが塗られているだろう。何と気の利くバターなのだ。自分からぬられにいくなんて。差し出されるときに「はい、先輩の分ですよ」と聞こえたのは空耳の続きだ。


 それを受け取るといったん皿の上に置いた。箸を持って、みそ汁の入ったお椀に手を伸ばし、お椀を持ち上げて口に持って行き一口飲む・・・・・・


「なわけねぇだろ」

 さすがに寝起きでもこれだけおかしなことが続けば、不信感を持たずにはいられなかった。と言うよりも洗面所から気づいていた。


「どうしました? もしかして、和食と洋食を分けるタイプでしたか? それなら、明日はスープにしますね」

 何かをメモしながら目の前の席に座っている美少女が少し反省した。て言うか、明日とは・・・・・・


 聞き覚えのある声、というか一回しか会っていないはずなのに脳裏に刻み込まれている声だった。

 手に持っていたお椀をテーブルに置いて、ため息をつく。目の前の席に意識を向けるのに気が引けたが、しぶしぶ意識を向けた。


 そこには自分の体よりも一回り大きな、ゆったりとした灰色のルームウェア姿のドエロお花畑が、美味しそうにみそ汁を飲んでいる姿があった。俺が見ていることがわかるやいなや、お椀を口から離して「はぁ」と艶っぽい声を出し、舌で唇をペロッとなめた。


 普通の男子高校生ならドキッとして誘われていると(実際、誘っているのだろうが)思い込むに違いないようなしぐさだった。が、あいにくこの場にいるのは普通の男子高校生ではない。


 焼きたてのトーストも冷めるような気持ちでドエロお花畑のことをにらんだ。怖がるかという一縷の望みをかけたその行動は全く意味をなさなかったようだ。


「そんなに見つめないでくださいよ。朝食じゃなくて、私が食べたいんですか? でも、それなら昨日の夜にしてくださいよ。私、汗だくで学校に行くなんて嫌ですよ」

 体をくねらせながら、ほんのり朱に染めたほおに手を置きながら戯れ言を言った。


 朝からボディーブローを食らうと、吐き気を(もよおす? 覚える?)ことはなくただただ思考が停止するのだとこのとき初めて知った。(このとき以外にこんなことがあれば、それはそれで怖いのだが)


「まぁ、『据え膳食わぬは男の恥』って言いますもんね。私も先輩になら・・・・・・」

 まだ戯れ言を・・・・・・と思ったら、ドエロお花畑はゆったりとしたルームウェアをいきなり脱ぎ始めた。


「頼む・・・・・・やめろ・・・・・・」

 下を向いて、頭をかきながら言った。別に照れているわけではない。ただただ面倒だっただけだ。


 これがボタン付きのルームウェアだったらすぐに脱がれていただろうが、俺にとっては幸運なことに(ということは、おそらくドエロお花畑にとっては不運なことに)普通の洋服をゆったりさせたような服だったので、年の割に成長している胸を出す前に(シャツは着ていたので実際は肌は見えていない、とだけ言っておく)手が止まった。


 俺がちらっとドエロお花畑の方を見ると、何事もなかったように朝食の続きをとっていたので少し安心して胸をなで下ろした。さすがに嫌がることはやらない、という常識は持ち合わせているようだ。


 ほっとした俺は再びみそ汁を飲もうとお椀を持ち上げたが、昨日のことが頭によぎった。さすがに、朝から入ってないよな・・・・・・


 昨日入っていた(らしい)ドエロお花畑の愛情(という名の精力剤と媚薬)のことが気になったのでその手が止まった。


 そのままドエロお花畑の方を見ると不敵な笑みを浮かべていたので背筋がゾクッとするのを感じたが、昨日から何も食べていなかったので手をつけることにした。


 一口すするとみそ汁の温かさが体に染み渡るような気がした。味付けも薄すぎず濃いすぎずちょうどよかった。やっぱり意外と料理がうまいんだな。


「安心してください。朝からヤリたいだなんて思っていませんから」

 「にこっ」という効果音が聞こえてきそうな笑顔が向けられる。朝という時間帯を考えたらすがすがしい一日のはじまりとして重宝されるかもしれない笑顔だった。


 早く言えよ・・・・・・と言うかどんな料理にも入れるなという話なのだが、口をつける前に言ってほしかった。しかも、それならあんな変な笑みを浮かべないでほしかった。


 どうして朝食をとるだけでこれほど緊張しなければならないのか・・・・・・と言うよりも、どうしてこいつがここにいるんだ・・・・・・

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