第1話 出会いは突然にとよく言うが突然すぎる件について④

「先輩!好きです!付き合ってください!」

 振っていた手を前に突き出して握手を求めた。握手イコール付き合うという意味なのだろう。


 なんともいきなりすぎる展開だ。考える暇を与えないのがお花畑の作戦なのだろうか、それともただ単に気持ちが前に出ているだけなのだろうか。(利口そうではないので)おそらくは後者だろう。


 俺は付き合おうかどうか悩む・・・・・・ことなく即答した。

「嫌だ」

「そうですよね。こんな美少女に言い寄られたらOKに決まってま・・・・・・って今なんて言いました!?」

 そこまで驚くか、と突っ込みたくなるほどお花畑は驚いた。


 だが、目の前でコントのような光景を見せられている俺も驚いていた。それを顔には出すまいと必死に頑張るのが精一杯だった。


「どうしてですか?こんなにかわいくて、胸も年頃にしては大きい美少女を好きにできるんですよ!」

 その自分のことをいちいち「美少女」と言うのは少しどうかと思うが、確かにお花畑は背は小さいものの顔は誰が見てもかわいいと言われるような顔をしているうえに、スタイルもいい。

 それを自分から言わなければなおいいと思うが。


「・・・・・・病院行くか?」

 俺はもうかまいきれなくなってしまった。

 多分事故に遭いそうになったときに頭を強く強打してしまったのだろう。そのせいで頭のねじが数本飛んでしまったのだ。(希望的観測)


「そんな・・・・・・私のことを心配してくれるなんて・・・・・・」

 だが、お花畑にはそんな皮肉も通じないようだ。体を前のめりにさせ、手を祈るように絡ませ、目をキラキラさせている。


 やばいな・・・・・・

 俺の精神的な体力の限界よりも、俺の目の前にいる「頭お花畑」が異常だと思った。これ以上絡んでいたらそのうち本当に襲われかねない気がしてならなかった。


「・・・・・・お茶でも飲むか」

「先輩が!私のために!」

 お花畑はより一層目を輝かせながら言った。

「そこに座ってろ」

「はーい」

 食べかけの食パンが置いてあるテーブルを指さして座らせた。


 俺はなんとも言えない気持ちのまま台所に向かった。台所には先ほど用意したコーヒーがまだ残っていたので、お茶を沸かすのが面倒くさいと思い、コーヒーをコップに注いだ。



 自分の分はテーブルに置いてあることを思い出したのでお花畑の分だけにした。そしてそこに砂糖・・・・・・ではなくを入れた。


 コップを持ってテーブルの方に向かうとお花畑が俺の食パンをまじまじと見ているのを目撃した。

「腹減ってるのか?」

「いえ、ちゃんと朝ご飯は食べてきました」

 じゃあ何でだよ・・・・・・


 幸いにも? その疑問を口にする前にお花畑が言葉を続けた。

「先輩と間接キスをしようか迷ってたところです」

 食パンから目を離さずに告げた。

 俺は手に持っていたコップを危うく落としそうになった。


 よく考えてみてくれ。目の前で知らない(一度だけあったことはあるが)女子が間接キスをしようかどうか迷っていた、と言いだしたのだ。そんなことがあるか? あるなら事例を俺に教えてほしい。これはもう狂気以外の何物でもないだろう。


「・・・・・・とりあえず飲め」

 なんとか意識を取り戻してカップを渡した。


「ありがとうございます!」

 お花畑は、そのカップを受け取るとコーヒーをすぐに飲んだ。その顔が嬉しそうだったのは、見間違いに違いない。反論は許さん。


「じゃ、俺は着替えるからここにいろ」

「お手伝いします!」

 その言葉を聞くやいなや、お花畑は立ち上がった。


「来るな・・・・・・」

「いえいえ。遠慮なさらず!」

 遠慮など全くしていないし、これではらちがあかない。


 俺は気が乗らなかったが、しょうがないと思った。

 妃菜の目の前に歩いて行った。妃菜の顔がポッと赤くなるのが見えた。

「少し恥ずかしいからな。また今度お願いするよ」

 先ほどとは打って変わって落ち着き払った声を出した。


「は、はい・・・・・・」

 ただその二文字だけがお花畑の口から出てきた。


 その様子を見て俺は再び着替えるためにリビングを離れて自分の部屋に戻った。


 この一軒家で俺の部屋は二階にある。両親は今は二人とも海外で生活しており、イモウトも海外でスポーツをしている。そう言えば、あいつも年齢的に今年で高校一年生だ。


 部屋は俺の使っている部屋の他には今のところ使っていない。イモウトの部屋はそのままになっているが帰ってくることはないだろうし、両親の部屋はどちらも海外に行くときに片付けてしまった。


 空き部屋が何個かあるがたまに物置として使っているので、まぁまぁ重宝している。


 俺は部屋にかけていた制服に袖を通した。校章のついたカッターにスラックスというごく普通の制服だ。そう言えば、関東の方ではカッターじゃなくてワイシャツと言うんだっけ? どうでもいいことだ。


 紺色の上着を羽織って上着にも校章がついていることを確認する。ワイシャツのやつはプリントされているものなのに、なぜこちらはバッジ式なのだろうか。


 鞄を持って、階段を降り、リビングに戻る。そろそろいい頃合いのはずだ。


 リビングを開けると、机にお花畑が突っ伏しているのが見えた。さすがに睡眠薬はやり過ぎだったか・・・・・・自己防衛だ、自己防衛。俺は命の危機を感じていた。


 良心の呵責が騒ぎ出さないように俺自身にしっかりと言い聞かせる。

 ポケットからスマホを取り出して、電話をかける。


「あっ、すみません。タクシーをお願いしたいのですが。住所は・・・・・・」

 タクシーに連絡を済ませると俺は電話を切って、ポケットにしまった。


「さてと」

 このお花畑を家の外に運び出さなければならない。


 お花畑に近寄って、椅子をテーブルから離して、お姫様抱っこの要領で持ち上げた。柔らかい感触が俺の腕に伝わってきた。


 こうやって寝顔を見ると、やはりかわいかった。おそらく黙っていたらすごくモテるのだろうな。黙っていたら・・・・・・


 全く、俺のどこがいいのやら。そんな答えの出ない問いを考えながら俺はお花畑を家の外に出して、もう一度リビングに戻って鞄を持ち、始業式に向かった。

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