極悪家系の結末

独白世人

極悪家系の結末

 一卵性の双子として僕達が産まれた時、母はたいそう喜んだそうだ。そして母は、僕達2人を心から愛し、育てた。僕達が生まれてからの彼女の時間は、僕とアギトのためにあった。

 だから才城家の真実や僕達2人が今置かれている状況を知ったら、彼女は心の底から悲しむに違いない。

 母には才城家の血は流れていない。だから彼女が悪業に手を染めたことは無い。ただ、才城家が極悪家系であることを隠した父と結婚して僕達を産んだだけだ。父の一目ぼれによって彼女の運命は大きく変わってしまったのだ。


 母は才城家の真実については何も知らない。

 才城家の後継者は一人と決められている。アギトと僕のうちどちらかが死ななければいけない。そして今、その後継者争いに僕は負けそうになっている。

 だから僕はこれから、自分が生き残るために清廉潔白な母を殺そうとしている。


 夕食に睡眠薬を混ぜて父と母を眠らせた。そして2人が眠った後、ロープで両手両足をしばり、さるぐつわを噛ませた。これで目覚めても2人は声すら発することが出来ない。

 親殺しは古代からもっとも重い犯罪の一つとされている。僕には母を殺すということ以上の悪行は思いつかなかった。

 2人が目覚めたら、僕は父の見ている前で母を殺す。

 僕は母を殺すことで逆転勝利をおさめるのだ。


 才城家は由緒正しき極悪家系であり、その家訓は数多くあった。その教えは母のいないところで父から僕達に伝えられた。

 父は、「今日の日付でさえも疑え。知識や常識というものは人間によってつくられた虚構の産物だ」と言った。父はその言葉に忠実な人だと思う。そして彼には彼の思想というものがあり、それは母の知らないところで世間から大きく外れていた。その一つの例として、父は世界中のあらゆる種のゴキブリを収集し生育するコレクターである。母の知らぬ部屋を用意し、そこで飼育しているのだ。その中には勿論、日本に生息するゴキブリも含まれている。父は母のいない時に僕達2人をよくその部屋に連れていった。この父の趣味によって僕達は、ゴキブリが世間一般的に忌み嫌われていることを小学校に入学するまで知らなかった。そのことを伝えると父は、「人間に気色悪がられているゴキブリのことを私は愛おしくて仕方がない」と言った。


 悪行の英才教育は幼い頃より開始された。

 古来より人間の文明は強奪や戦争によって進歩してきており、それゆえ悪行こそ人間の本質なのだと僕とアギトは教えられた。道徳や理性が重んじられる現代だからこそ、この血筋は絶やしてはいけない。父はことあるごとに、「悪こそ正義」という言葉を使った。幼い頃より悪行を絶やさないように生きてきた。しかし父からは、「悪人面で悪行をするのは二流だと教えられた。表向きにはまっとうな人間を装うように」と僕達に教育した。だから僕とアギトは、世間では真面目で礼儀正しいと評判の双子だった。

 悪行に関しては絶対に誰にも知られないように実行しなければならなかった。おのずと悪行の内容は陰湿なものとなった。アギトと僕は2人で様々な悪行をした。小学校の頃は、学校の中庭で飼っていたウサギを夜中に忍び込んで殺したり、近所の飲食店に停めてあった全ての車のタイヤをパンクさせたりした。万引きやスリの常習犯でもあった。

 高校を卒業する頃には強姦や殺人を含めた一通りの悪行をした。悪行をするにあたって双子であることは都合がよかった。アリバイ作りや裏工作を2人で協力してやった。

 父は僕達の悪行をおおいに褒めた。


 今朝からアギトの姿は見えない。真面目で堅実なアギトは、おそらく今もどこかで悪行に精を出していることだろう。

 後継者を決めるための勝負は二十歳の誕生日を迎える1ヶ月前から始まった。勝負の内容は、どれだけの悪行を1ヶ月の間に行えるかの集計となっている。父は僕達2人が行った悪行を採点し、随時集計していった。

 そして今日が僕達2人の誕生日であり、僕は正午の時点で大差をつけられてアギトに負けている。この状況をひっくり返すのはよほどの悪行をやってのけないといけない。敗北は死だ。僕は必死に考えた。そこで僕が思いついたのが母親殺しだった。僕にはもう、母を父の目の前で殺すしか生き残る方法は無い。父の見ている前で母を殺さないといけないのだ。

 おそらく父は死んだ母の前で、涙を流しながらこれまでで一番の採点をするだろう。

 最後は僕が勝つのだ。そして、僕との勝負に敗北したアギトはこの世から葬り去られる。アギトがいなくなるのは悲しいが、これも運命だ。

 今、2人は静かな寝息をたてて眠っている。その寝息と反するように僕の心臓は大きな音を立てていた。この1ヶ月間で多くの悪行を働いてきたが、そのどれもがかすんでしまうようなことを今から実行するのだ。

 母は何も知らないまま息子に殺されて死ぬ。


 右手に握ったこのナイフは父からもらったものだった。

 僕はこれからこのナイフで愛する母を殺す。

 この方法しかアギトに勝つ方法は無い。

 親殺しに勝る悪行がこの世にあるはずがない。しかも僕は父親の目の前で殺すのだ。

 そして、僕が才城家の後継者となる。


 先に目覚めたのは母だった。

 その数分後、父が目を覚ました。

 2人とも必死で何かを言おうとしていたが、さるぐつわによってそれはかなわなかった。

 母の前に立った。母の顔が困惑から恐怖に変わった。おびえる母は今までに見たことのない顔をした。

 意を決した僕は震える手でナイフを振り下ろし母の胸を刺した。

 その瞬間、これまでに感じたことのない高揚感があった。

 自分の身体に流れる才城家の悪に染まった血を感じた。僕には確実に狂暴かつ冷酷な血が体内に流れている。

 目を見開いてそれを見る父の顔を度々確認しながら、僕は母をめった刺しにした。血まみれになった手で、最後に首の頸動脈を切った。吹き出す返り血で、あたり一面が真っ赤になった。絶望した父の顔を見て、やはりこれ以上の悪行はなかったことを確信した。


 母が完全に動かなくなったのを確認して、父の前に立った。

「これで僕の逆転勝利でしょう」

 得意げにそう言って、父のさるぐつわを取った。

 その瞬間、目をむいて父が叫んだ。

「お前は何を考えているのだ! こんなことが許されると思っているのか!」

 一瞬、父の言葉が何を意味しているのか分からなかった。

 そして数秒後、全てを理解した。父は僕を賞賛するつもりなど毛頭ない。全身から怒りの感情が噴出しているようだった。

「なんだよ。結局、オマエも人間のつくった常識にとらわれているじゃないか」

 僕はそう言って、持っていたナイフを父の胸に突き刺した。



 母を殺した時の高揚感に僕は恐怖を抱きながらこの先の人生を生きなければいけない。僕には才城家の血が脈々と流れている。

 この血を絶対に絶やすのだ。

 僕とアギトは話し合いの末、悪行をやめた。そして、長い歴史の中で人間のつくり出した常識に従って生きることにした。

 父のゴキブリコレクションを全て燃やした。

 悪行で得たお金を全て恵まれない子供に寄付した。

 僕達2人は結婚せず、子供をつくらないことを誓い合った。


 人間である限り、僕達は常識に従うべきなのだ。

 こうして才城家は滅びる。

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極悪家系の結末 独白世人 @dokuhaku_sejin

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