お面の下に隠した照れ顔


 ――さすが音にぃ、手強いな……。


 その後、わたあめとチョコバナナも試してみたが、全く成功しない作戦に、朱華は内心頭を抱えた。リサからの他のアドバイスを必死に思い起こす。


 ――『いい? シュカ。輪投げや射的や金魚すくいなんかのゲーム系の屋台では、わざとちょっと下手にやって、彼に花を添えつつ景品なんかは取って貰うの! 二人の思い出の品になるし、何なら、やり方を手取り足取り教えて貰っちゃったりして!』


 駄目だ、リサ先生。幼馴染効果で自分がそういうのが得意な事はバレているし、食べ物の趣味みたいに急に変わるようなものでもないから、その作戦は使えない。

 朱華が溜息を吐きつつかぶりを振っていると、横を歩く砂音が不意に呟いた。


「……金魚すくい」

「へ⁉」


 一瞬、心を読まれたのかと思ってドキッとしたが。彼の視線の先を見遣ると、言葉通り金魚すくいの屋台があり……。


「あ、ああ金魚すくいだな」


 安堵ついでに頭の悪そうな応答をしてしまった朱華だった。別段気にした風もなく、砂音が続ける。


「昔、亀すくいってあったよね。金魚すくいの亀版みたいなの。覚えてる? 朱華ちゃん」

「ああ、あったな。音にぃがめっちゃ下手だったやつな」


 ズバリ返すと、砂音は照れ臭そうに笑った。


「そうそう、結局俺じゃ一匹も掬えなくて。朱華ちゃんが取ってくれたんだよね。その時の亀、亀蔵かめぞうって名付けて、まだ実家に居るんだよ」

「え? マジで? 亀すげぇ長生き!」

「それに、凄く大きくなったんだよ。今日久々に会ってきた」

「へー! 大事にしてくれてんだな!」


 あの日の屋台で掬った小さな一匹の亀を脳裏に想起させながら、朱華は懐かしさに浸った。

 そうそう、あの時。売れ残りの亀は廃棄処分になるって思ってて、音にぃ必死だったんだよな。

 昔から、優しいのは変わらないけど、変な所だけ不器用で。お小遣いを使い果たす勢いで亀すくいに挑戦し続けても、全然成功しなくて。――何とかしてやりたいって、思ったんだ。


 でもそれだと、リサのアドバイスとはまるで正反対な事してたな。なんて、小さく苦笑を漏らすも。今しがた聞かされたあの亀のその後の姿を想像すると、朱華の胸にはふんわりと温かいものが宿った。

 砂音も同じ気持ちなのだろうか。見ている者の心を溶かすような、穏やかで優しい笑顔で、彼は言った。


「朱華ちゃんのおかげだよ。あの時から朱華ちゃんは、俺のヒーローなんだ」


「ありがとう」――改まって告げられた彼の言葉には、亀の事以外の事象も含まれているように聞こえて。一瞬で朱華の全身をベルベットのように包み込んでしまった。

 感極まるとはこの事だろう。喉の奥が、ぎゅっとなり。頬が熱くなる。顔が真っ赤に染まりゆくのが自分でも分かってしまい、朱華は慌てて明後日の方向を向いた。その時、逸らした視界に丁度映りこんだのが――。


「あっ! お面屋! 祭りといえば面だよな⁉ あれ買ってこうぜ!」

「え? うん」


 朱華ちゃんって、お面好きだったっけ? と砂音は疑問に思ったが、結局何も言わずにその提案に乗った。

 数秒後には、朱華は真っ赤になった顔を更に真っ赤な般若面で封印する事に成功していた。


 ――危ねぇ。危うくだらしない表情を晒しちまう所だった。


 面って便利だな。などと肩を撫で下ろす朱華だったが。憤怒の形相の面は異様な存在感を放っており。その恐ろしい姿に、周囲は不穏な空気にざわめいていた。


『般若だ……』

『般若が居る』

『何で般若⁉』


 すれ違う人々に恐怖心を植え付けている事など、全く気が付かず。一人ホッとしている朱華の傍らでは、装着した狐面を(おそらく飲み食いしづらいからだろう)頭の方にずらして、砂音がかち割り氷を吸っていた。


 ――狐面の音にぃも良いな。


 それを眺めて今度はポッとしてしまう朱華だった。

 いやいや、当初の目的とズレてきている。気を引き締めねば。朱華が面の下で唇を引き結んでいると、その時。


「あれ? もしかして、時任君?」


 横合いから砂音の名を呼ぶ声が掛かり、二人してそちらを振り向いた。そこには、数人の若い浴衣の男女グループが居た。何処か見覚えがある気がして朱華が記憶野を探っていると、女性陣の黄色い声が更にワントーン高くなった。


「やっぱり! やだー! めっちゃイケメンになってる! 昔からだけどー!」

「覚えてるー? あたし達、中学まで一緒だったー」


 砂音がそれに頷きを返して、彼女らの名を呼ぶのを聞いていると。朱華は何だか胸の奥がむっとしてきてしまい、そんな己に慌てた。


「おー、時任久しぶり! 都会の高校行ったんだろ? その後どうよ?」

「今日は故郷参りか?」


 陽気に話し掛ける男性陣の顔触れで、朱華は思い出した。そうだ、この人達は砂音と同じ小学校に居た。確か、砂音の同級生だ。朱華も顔を合わせた事があるが、面を被っているので、こちらには気が付いていないようだ。

 寄せられる質問に律儀に答えながら、楽しげに会話する砂音と彼らを見ていると、朱華は何だか居た堪れないような気分になり……。


「あたしっ! あそこのかき氷買ってくるな!」


 向かいの前方に見えたかき氷の屋台を指さして、宣言した。砂音の同級生達はそこで初めて般若面の人物の存在に気が行ったようで、一様にギョッとした反応を示すが。目を逸らした朱華には、もう見えていない。

「俺も行くよ」との砂音の申し出を「いいから」と蹴って、少々強引にその場から抜け出した。

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