水面下の駆け引き
通りの両端にずらりと並んだ屋台の群れは、大きくなってから見ても圧巻だ。花火が始まるまでの時間は、皆ここでの練り歩きが夏祭りのメインとなるだろう。
「朱華ちゃん、何か食べたいものとか有る?」
入口付近で砂音が訊ねた。先程から食べ物の良い臭いに食欲が刺激されて仕方が無いが……。ここでもまた、朱華はリサのアドバイスを思い出していた。
――『シュカ。屋台といえば、まず何だと思う?』
――『焼きそばとかたこ焼きだろ』
――『はい、アウト。いきなりそういう主食系に走っちゃ駄目だよ。がっつきな女の子だと思われちゃうし、食べ歩きにも向かないし。そういうのは終盤、花火の場所取り待機中とかに取っておきなさいね。食べ物系にしても、最初はまず、軽いものから!』
――『軽い……唐揚げ棒とか、イカ焼きとかか?』
――『はい、アウト! いい? シュカ、ここはわたあめ、りんご飴、チョコバナナ等のスイーツ系で、女子アピールをするの! どれも持ってるだけでも可愛らしいし、〝可愛いスイーツを食べるあたし可愛い〟を、ここぞとばかりに見せつけるの!』
――『はぁ……』
――『わたあめならシェア出来るのが魅力だね。一つのわたあめを二人で両端から……ふふふ』
――『そっそれは、難易度高過ぎねぇか⁉』
――『チョコバナナなら形状的に食べ方で彼をドキドキさせる事も出来るけど……これもシュカには難易度高いかな』
――『? 何でチョコバナナでドキドキさせられるんだ?』
――『うん。シュカならりんご飴くらいが丁度いいかもね』
――『あれ、水飴がベタベタしてあたし好きじゃねんだよな』
――『その水飴のベタベタを利用するの! 「手に付いちゃったー」って、指先を軽く舐めて見せるの! ちょっとえっちな仕草に、彼はもう釘付けだよ! そのくらいならシュカでも出来るでしょ?』
――『っで、出来るかな……』
――『出来る出来る! やるの!』
――よ、よし、やるぞ!
「あ、あたしっりんご飴! 食いたい!」
勢い込んで答えた朱華の選択に、砂音が首を傾げた。
「朱華ちゃん、りんご飴とかあんず飴は水飴がベタベタするって、苦手じゃなかったっけ?」
「そ、それは子供の頃の話だろ⁉ 大きくなってから、アイツらの良さが分かったってゆーか⁉ う、う美味いよな⁉」
つい
焦った……。幼馴染というものは互いの嗜好を既に知り尽くしているという点が便利ではあるが、こうした作戦遂行時には厄介でもある。
何にせよ、これで〝りんご飴でペロッと☆ドキッとセクシーアピール作戦〟(命名:リサ)は無事に遂行出来そうなので、朱華は改めて気合いを入れ直すと、早速近場のりんご飴屋に向かった。
「あ、俺ちょっと喉乾いたから、隣のかち割り氷買うね。朱華ちゃんも要る?」
「あたしはまだ大丈夫!」
という訳で、一旦二手に分かれて各々目当ての屋台に並ぶ事にした。幸い、双方あまり待たずにすぐに買えたのは良かったのだが……。
――何で、じゃんけん勝っちまうかな⁉
合流時には、朱華の両手には計三本のりんご飴が握られていた。
「朱華ちゃん、いっぱい買ったね」
「ち、違っ! 店主とじゃんけんで、勝ったら二本オマケで貰っちまったんだよ!」
案の定、食いしん坊みたいに思われてしまい、朱華は慌てて弁明に走った。(ちなみに、あいこだとプラス一本だったそうだ)
しかも、いきなり両手が埋まってしまった……。これは確実に悪手だったろう。じゃんけんを辞退しておくべきだったと今更後悔する朱華に、砂音が助け舟を出してくれた。
「食べづらいでしょ。俺持つよ」
「ごめん……。何なら、一本食ってくれ」
流石に二本も持たせるのは気が引けたので、一本だけ差し出してから、朱華は気を取り直して作戦を決行する事にした。
砂音の様子を窺いつつ、りんご飴にシャクリと齧り付く。大口開けるなって言われたけど、こんくらいでいいのか? などと思いつつ、咀嚼すると。
――あ、普通に美味い。
思わず作戦を忘れて味を楽しんでしまう朱華だった。それから暫く無心でシャクシャクした後。
――そうだ、作戦……!
ハッとして改めて砂音の方に視線を投げた所、彼も渡したりんご飴を食べようとしていたのだが……。
「あっ! 音にぃ、かち割り! 零してる!」
「え? あ……」
片手が巾着で埋まっていたからか、かち割り氷の袋を提げたのと同じ手でりんご飴を持っていた為、口に運ぼうとして傾いた袋から中身が漏れてしまったようで。砂音の腕を緑色の液体(おそらくメロン味)が伝い落ちていた。
「やっちゃった……」
と言うと彼は、もう一方の手に食物を避難させ。肘を持ち上げるようにして己の顔に濡れた腕を近付けてから、伏し目がちにそちらを見遣ると――ちろりと。
赤い舌を覗かせて、液体を軽く舐め取った。つぅ……と、痕を辿るように。舌先がゆっくり下降していく。彫刻のように整った容顔に、長い睫毛が影を落とす様は、最早芸術的ですらあって――。
あまりの艶やかさに、朱華は思わず動きを止めて凝視してしまった。知らず、喉がゴクリと鳴る。固まる朱華を他所に、砂音はその後すぐにりんご飴を食べ始めた。シャクシャクと小気味の良い音が鳴り響き、朱華の意識が現実へと引き戻される。
――いや。あたしの方が釘付けにされて、どうすんだよ⁉
まさか、思いきり先を越される羽目になるとは……! りんご飴で埋まっていなければ、朱華は両手で頭を抱える所だった。
ともかく、後発になってしまったが。こちらはこちらで諦めずに作戦を続ける事にする。タイミングがめちゃくちゃだが、ここはもう気にせずゴリ押しでいこうと、朱華は意を決して口を開いた。
「あ、あー……やっぱ水飴って、ベタベタすんな。手に付いちまったぜ!」
自分の耳にはいやに空々しく聞こえたが、言えたから良しとして。さぁ、指先を音にぃのように妖艶に舐めて見せ付けてやろうと、スタンバイした所で。砂音が思いがけない言葉を発した。
「あ、ウェットティッシュ、あるよ」
「へ?」
りんご飴を食べ終えて空いた手で、砂音が巾着袋から取り出してみせたのは――まさに、そのウェットティッシュだった。
「はい」と屈託ない笑顔で差し出されては、朱華はぽかんと口を開けたまま受け取る他なかった。呆気に取られて硬直したままでいる彼女の視線の先では、自身も先程濡らした腕を、改めてウェットティッシュで拭き取る砂音の様が窺えた。
――除菌もバッチリだな……。
見事なまでの完敗具合に、朱華は自分でもよく分からない事をしみじみと思ったのだった。
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