GW編4

 それから走ることしばし、気付けば後部座席の喧騒も消えて三人とも寝入っていた。最も、橋本は最初から寝ていたが。


 朝も早かったのだから無理もないだろう。


 無論、俺も早朝から電話で起こされたので睡魔がうろついているが、青木さんとの会話でセールスマンの如くそれを追い払っている。


 なだらかな山道を登りながら、青木さんがふと思い出したように口を開いた。


「そう言えば、ほーちゃんとはうまくやっているんですか?」


 青木さんのいう『ほーちゃん』とは月崎蛍のことだ。名前の蛍を音読みしたものらしい。


 今朝の電話についてだろうか?


 ただ、どうにも素直に話すのは憚られる気がした。


「まあ、たまに樹人と揉めているだけで、基本的には良好な関係だと思いますよ」


「そういう温度の質問じゃないですよ。今回はわざわざほーちゃんから東雲君に連絡するっていう話だったから二人でデキてるんですか? ってことです」


 およそ高校生に対する質問の仕方ではなくないか?


 そのような事実は存在しないし、青木さんもふざけて揶揄っているだけだ。


 しかし、ここでむきになって素直に話すのも面白くない。


 俺は当たり障りない躱し方をすることにした。


「お姉さんからの伝言があったので、そのついでじゃないですか? 更に言及するなら月崎姉の陰謀論を提唱します」


「うーん。非常にありそうで返答に困ります……」


 嘘はついていないし、我ながらリアリティのある返答だった。


 もっとも月崎が個別に連絡してきた真意は例の依頼のためだろうが。


「まあ、東雲さんだから話しますが、今回ほーちゃん達が来られなくなったのは、別の事件、連続爆弾魔についての情報があったからなんです。こちらの爆破予告も同一犯による可能性を疑ったみたいですね」


「それは初耳です」


 そう言えば数か月前、連続爆弾魔云々の記事をネットのニュースでみた記憶がある。まだ捕まっていなかったのか。


「第一課の人と一緒なので安全だとは思いますが、やっぱり彼女さんが心配ですか?」


 ふむ。単に揶揄われているだけだな。


 ここはハッキリと宣言しておかなくては。


「そのような事実はないです。そして、俺が同僚として月崎を心配したところで互いに利益があるわけでもない。利益がないことはしない主義です」


「先を越されなくてほっとしたような、残念なような複雑な気分です……」


 そこですか。


 いくら青木さんが結婚適齢期だからといって高校生と張り合う意味もないと思うが……。


「でも、向こうは東雲君が心配だったみたいですね」


「え?」


 車がカーブしたのと同時に、座席の下で何か紙が擦れるような音がした気がした。


「座席の下を確認してみてください」


 この自動車には座席の下に荷物を置くためのスペースがある。


 恐る恐るそこに手を入れると、何か固いものに当たった。


 ゆっくりと取り出して膝の上に乗せる。


 それは白くやや薄めの箱だった。


 プレゼントボックスのようにあしらわれた深紅のリボンが興奮と恐怖を抱かせた。


「開けてみてください」


 青木さんの指示のまま、息を飲み蓋に手をかける。


 ゆっくりと箱を開けると、そこに現れたのは月崎の持つものとは真逆の漆黒の拳銃だった。


 努めて冷静に尋ねる。


「これは?」


「護身用です。ほーちゃんのものと同モデルの色違いですね。アネモネ工作部の力作なんですよ」


「なんで俺に?」


「さあ。爆弾魔の脅迫にでも使ってください、ということでしょうか?」


 恐る恐るグリップを手に取る。金属特有の重量感と冷たさがよく手に馴染んだ。


 まるで二度と手放すなと言われているように。


「これ、法的には……」


「高校生なのにつまらないこと気にしますね……。アネモネの依頼で使う分には大丈夫ですよ。ただ、使用した場合は報告書が必要になりますが」


 報告書だけでいいと思うべきか、報告書を書く手間を惜しむべきか。

もっとも、ろくに訓練を積んでいない俺に使いこなせるとも思えないが。


 それはそうと、今回の月崎はなにかおかしい。


 あいつはなぜ、これを俺に渡したのか。


 そんな俺の思考を読むように青木さんが悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。


「やっぱりほーちゃんは心配してるんじゃないですか?」


「あるとしたら、俺が犯人を取り逃がす心配でしょう。信用ならないことの証と捕らえておきます」


「さっきから現実味があり過ぎです。もう少し夢を持ちましょうよ……」


 そう軽く相槌を打つと、青木さんは先ほどとは反対側にハンドルを切った。


「ほーちゃんは綺麗なので先を越されないか本気で心配なんですよ。いい人がいたら、是非私に紹介してください!」


 青木さんの魂の叫びのようだが、それもおおよそ高校生に対する発言ではないな。


 俺は適当に相槌をうつと、役目の無いことを祈りながら同梱されていた取り扱い説明書に目を通した。

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