委員会編14

 それからしばらくして、厚木が落ち着くのを待ってから三人が出て行ったのを確認し、俺は応接室のガラスから校庭を覗き込んだ。漠然と数多の学生を眺める。


「本当は須藤にも事の発端となったことや傍観したことを謝っておけとでも言おうかと思っていたんだが……やめだ。きっとアイツなりに橋本を助けようとして九重先輩に話したんだろうし、後半については俺も琴乃がいなかったら傍観を決め込んだからな。といっても今回は一対多のイジメではなくただの嫌がらせだったが……」


 そう、俺はずっとこの件は一対多の集団の団結を強めるための生贄儀式だと思っていた。最近のクラスの雰囲気といい、そういうイベントが起きてもおかしくない時期だと思い込んでいたのだ。


 斜に構えていたことが裏目に出たか。俺ももう少し大人にならないとな。


 俺が独り言を述べ、部屋を出て行くか悩んでいた時、ようやく背後で木製のクローゼットが開く音がした。


「まったく、アタシだって別に必要が無ければシノッチにお願いしなかったよ! でも……」


 クローゼットから出てきたのは案の定、紺色の髪を靡かせたPC部の顧問にまで先生と呼ばれた逸材、琴乃春音だった。


「一つ確認だが、お前はどの段階で厚木が怪しいと思っていたんだ?」


「……図書室でデータを修復したとき。データベースが切り離された程度でミスするほど私の腕は半端じゃないよ! ……でも、アタシがシノッチを巻き込んだのは」


「厚木の無罪を導いて欲しかったんだろ?」


「さすがシノッチ! 以心伝心だね」


「よく言うな。あんなあからさまな匂わせ方をしておいて」


 いつもなら軽く笑うところだが、思い通りの結果にはならなかった。


 沈黙に耐えかねたのか、琴乃は作ったような笑みを浮かべた。


「アタシが何でここにいるのか気になる?」


「大方、月野先生にでも誘われたんだろ。今朝いろいろな人の招集をお願いしたから、そこで紛れ込んだんじゃないか? 事前に入って冷房が付いていた時点で誰かいるとは思ったし、琴乃以外は隠れてまで聞く利益がない話題だと考えた」


 なぜかその笑みを見ることが憚られたため、俺は改めて校庭に視線を移しながら適当に返す。


 が、予想に反して、琴乃がフフっと小さな笑い声をあげた。


「惜しいけど残念でした! 月野先生に誘われたのは昨日の放課後です~。ちなみ部屋も隠れる場所もね」


 その言い方自体にも苛立ちを覚えるが、そもそも月野先生に読まれていたこと自体が腹立たしい。昨日の放課後ということは俺がまだ真実にたどり着く前だ。もしやあの浴場でであったのも偶然ではなかったのか? いや、そもそも俺が浴場に行くという確証は……。


 俺が慌ててつじつまの合う事実を模索していると、琴乃が俺の横で校庭に背を向けて窓ガラスにもたれ掛かった。


「まあ、アタシも驚いたけどね。でもやっぱり真相が分かるなら何でもいいと思ったんだ。だからシノッチを信じて言われるがままに暗い物置に閉じ込められてました!」


「その言い方だと月野先生が誘拐したみたいだから止めてやれ。というか、隠れる気があるなら部屋の冷房は消しとくんだな」


 俺のツッコミを受けてか琴乃が静かに笑った。


 そして小さく伸びをして廊下へ向かって歩き始める。


「それにしても私が原因だったんだね。雪ちゃん許してくれるかな?」


 珍しく不安げな言葉に思わず声が大きくなった。


「大丈夫だ。この件だけでお前の行動で厚木も橋本、少なくとも二人の人間が救われてるんだ。人が困っていても傍観をするのが、大多数の一般人の思考だ。だが、お前はちゃんと困っている人に手を差し伸べていた。胸を張っていいと思うぞ」


「なに、胸が無いから張ってないみたいな嫌味⁉ セクハラで訴えるよ」


「珍しく人が褒めているんだから素直に受け取れ」


 どうやら困っているひとに手を差し伸べるタイプの人間でも人を困らせることはするようだ。


 そうこう話している間に、午後の予鈴が鳴った。


「あっ、アタシまだお昼食べてない」


「俺もだ。これは放課後だな」


「そんなぁ……」


 そんな琴乃の嘆きをかき消すように、唐突に知らない番号から連絡が入った。


 携帯を確認すると、実に礼儀正しい文章放課後に時間が無いかとだけ書いてある。


「……放課後ファミレスでも行くか」


「なに、デートのお誘い⁉ シノッチのことは好きだけどそれは友達としてというか……」


「なんで俺が振られたみたいな構図になってるんだよ。俺も誘われた側だ」


「デートに誘われて別の女を連れて行こうとする……つまり、相手は男だね!」


「お前の頭はどうなってるんだ。そもそもデートから離れろ」


 ため息交じりに琴乃をあしらいつつ、俺達はその部屋を後にした。


 月野先生にカギを返す時、素直に感謝できなかったのは言うまでもない。

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