委員会編13
「アリバイがある、だろ?」
「……」
俺の言葉に意外そうな表情でこちらを見てくる一同。
とくにそれまで剣呑な雰囲気だった厚木がぽかんとした姿が印象的だった。
まあ、ここで自分のアリバイを主張してしまうと犯行時刻が分かっているという宣言になりかねないので何も言わないのは正解だ。別の理由……例えば友人との約束を守るためかもしれないが。
「先に言っておくが、ある生徒の証言から犯行時刻は17:30から18:00に絞られている。そしてその時間、お前は図書室に行っていた」
「……そうよ。悪い?」
「ああ悪い。図書室の利用規約を守っていないからな。貸し出し、返却は本人が行わないといけないという規約を」
開き直ったように訊いてくる厚木に断言してやると、どこか絶望したように顔を青ざめさせて厚木が聞き返してきた。
「琴乃ちゃんに訊いたの?」
「違うな。まあ、匂わせてはいたが……。昨日の図書室での茶番はなかなかだった」
厚木が悔しそうに唇を噛む一方で他の二人が頭に疑問符を乗せているので代わりに説明する。
「昨日の昼休み、本の貸し出し手続きで厚木の学生証をスキャンした時、PCがフリーズした。そしてそのタイミングでちょうど機械に詳しい琴乃が厚木を探しに図書室に足を運んできた。ただの偶然にしてはタイミングが良すぎたな」
「でも、それだけじゃ、演技とは断言できないんじゃないのかい?」
九重先輩の指摘はもっともだ。だが、
「穎稜学院では電子機器は授業で使うためスマホを含めて回収されない。人を探すなら電話かトークアプリでも使えばいい。クラスのグループルームがあるからそこからアドレスは拾えるし、この程度のことをあの琴乃が気付かないはずがない」
琴乃のことを知らない九重先輩や須藤はやや疑問が残るようだが、厚木はただこちらを睨みつけてくるだけだ。
すると今度は須藤が口を開いた。
「それで、仮に演技だか悪戯かで図書室のPCが壊れたとして、それがアリバイとどうつながるんですか? 犯行時刻は一昨日の放課後、その件は昨日の昼間ですよね?」
「ああ。そもそもの話だが、琴乃は一昨日の放課後までに返却しなければならない本があった。しかし何らかの都合で行くことができず、代わりに学生証を弄って厚木に本の返却を頼んだ。そして、翌日の昼に図書室へ来て一芝居打つと同時にPCを弄って証拠を隠滅したといったところだろう」
恐らく昨晩……というか、未明の月野先生からの情報を加味するに学内データベースに侵入して厚木の学生証を図書のシステムでのみ琴乃のものとして反応するように調整したんだろう。学生証が寮のキーを兼ねているから貸し出す訳にもいかない。で、学校側が想定よりと早く対処して今度はやむなく直接図書室に来ざるを得なかったといったところか。
琴乃は部活で図書室の隣にあるコンピュータールームによく出入りしているし、本を借りていても不思議はない。これくらいのハッキングなら気分でやってのけるような奴だ。何で自分で返却しなかったのかまでは知らないが……。
俺が自己完結していると、厚木が馬鹿にしたような目でこちらを睨んでいた。
「あんたの言う通りよ。それで、私アリバイあるんだけど?」
そう言えばアリバイを説明した段階で終わってたな。
「聞きたいことは一つだ。厚木、お前、本当に自分で返却したのか?」
これはいわゆる反語だ。
厚木はなにも言わないまま黙って俯いた。
俺は何となく存在感を示す木製のクローゼットを眺めながら前置きを置く。
「これより先は琴乃に聞かせられないがな……」
これを言った瞬間、厚木の目元が光った気がした。
「今朝司書の先生話を聞いてきたよ。昨日の昼に貸出返却の制度についてぼやいていたからもしやと思ったが……。橋本が本の返却に行ったのを確認してきた。ついでに言うなら、本棚の裏からその様子を伺うお前の姿も。どうせ、橋本が怒られる姿でも想像していたんだろうが、さすがに悪趣味が過ぎるな」
俺が言い切ったのを皮切りに、厚木が静かに泣き崩れた。
……ちょっとやり過ぎたか。
若干反省しつつも俺の筋書き通りに語り始めた厚木の言葉に耳を貸す。
「私は……私の大事な友達である春音ちゃんを取ったあの女が許せなかったのよ。共通の本でアピールするとか鬱陶しい。春音ちゃんは、私の大事な友達なの! 高校生になって、少し髪も染めて高校生らしくなろうとしたのに、周りの子と上手くいか無かなくて図書館に通っていた時、春音ちゃんが唯一話しかけてくれたのよ。それからは直ぐだったわ。友達も増えてクラスに馴染めた。そんな大切な友達を……。だから嫌がらせをして……」
一部腑に落ちた一方で、まとまりのない話で聞いていて腹が立つ。
人間は自分にとって最も利益の高くなるように行動する。そしてその利益というのは個人の価値観で変動するものだ。厚木の場合は琴乃春音という少女の存在を守ることが大きな利益と思えたのだろう。他の誰かを傷つけることを厭わないほどに。
だが……。
「お前が言っているのは一人よがりなわがままだ。仲のいいと思っていた子が他の人と仲よくしていたのを見て嫉妬した。それだけの子供じみたわがままだ。高校生らしくなろうと思うなら、外見だけ取り繕っても無意味だ」
俺の言葉に、うだうだと御託を並べていた厚木はうずくまってしまった。
とはいえ、ここで黙ればただの悪役だ。いくら才が無くても探偵の片隅に置いてもらっているのだから、多少の弁護はいれるべきだろう。
「ハッキリ言おう。お前が橋本に対して過剰に攻撃的だったのは、橋本が過去の、最も嫌悪していた頃の厚木由美と似ていたからだ。高校生になってこれまでの自分から変わろうとして、でも馴染めずに図書館に向かう姿がな」
ハッとしたように一瞬声が止まった。こいつはもういいだろう。
「ひとまず橋本に謝って置け。その先は自分で考えろ」
俺は一瞬須藤の方を見るが、特に言葉を掛けなかった。彼の表情が何を思っているのかは知らない。が、決して他人事の顔ではないと思った。
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