委員会編9

「それにしても頑固な先生だったね」


「まあ守秘義務なら仕方ないだろ。別に見知った相手でもないしな」


 保健室への訪問は結論からいうと失敗だった。


 月野先生とは真逆のほんわかとした雰囲気の女性教諭であったが、うまく誤魔化され橋本の情報は一切得られなかった。


「なんで教えてくれなかったんだろ。イジメの疑惑があるならむしろ状況把握のためにも情報交換するべきじゃない?」


 全くもってその通りだ。そして、ここで情報交換をするメリットが少ないということはつまり……。


「学校側は既にある程度のところまで把握しているのか」


「えっ⁉」


「情報交換を受けないということは新しい情報を得るメリットよりも出した情報が漏洩するデメリットの方が大きいと踏んだということだ。これは俺達が出る幕じゃないかもな」


 俺の言葉に琴乃が戸惑ったように俯く。


「やっぱりこのままじゃダメだと思う」


「理由は?」


「その、ちょっと子供っぽい考えになっちゃうんだけど……」


「いいだろ、別に。高校生は少年法適応範囲内、つまり責任能力のない子供だからな」


 俺の適当な屁理屈に琴乃は小さく笑うと口を開いた。


「そんなバカみたいなこと言われると迷ったアタシがもっとバカみたいでしょ。アタシが気になったのは先生に解決してもらうのでいいのかなってことだけ。トラブルを全部先生に解消してもらうのって自分のためにならないというか、周りからの目が気になるというか……」


 歯切れが悪いが琴乃の言いたいことは大体わかる。


「要するに、イジメられた者っていうレッテルが発生するのを懸念してるんだろ? その点で学校側が解決するデメリットよりも自分たちで解決するメリットの方が大きい、か」


「そういうこと! シノッチも分かってるね」


 そう言って顔を上げて俺の背中をポンポンと叩く琴乃に押される形で俺達は廊下を進む。


 それにしてもさっきから誰かの視線を感じる気がするんだが……。


 俺が目だけで周囲を確認していると、ちょうど下駄箱に差し掛かったあたりで、角から生徒が飛び出して来た。俺が一歩引いて射線上から退避するも、上の空だった琴乃はとっさの判断が遅れたらしい。


「きゃっ」


 小さく悲鳴を上げ、こちらに倒れてきた琴乃を俺は慌てて受け止めた。


 先の生徒は急いでいたのか何やら「すいません」と小さく謝罪して去ってしまい俺と琴乃の二人だけが残る。


 どうやら俺には主人公の素質が足りなかったのだろう。不自然な物理現象が起こることも無く、単に琴乃を支えるだけの形になった。


 が、日頃から人に触れる機会が少ない人間にとってはこの小動物のような体温だけでも緊張するのだ。


 俺は余計な感情を意識的に無意識下に抑え込み、何となくそっぽを向いて口を開いた。


「大丈夫か?」


「……ん、ありがと」


 これは襟首を掴んだほうが良かったな。


 状況的に不可能なことは承知でそのような思考を羅列し、冷静さを探していると、助け舟と言わんばかりに昼に見た女子生徒がひょっこりと顔を覗かせた。


「春音ちゃん!」


 その声に驚き俺達はすかさず距離を取る。


 声の主は、昼のPCが壊れる直前に学生証を差し出してきて、かつ樹人の情報から容疑者の一人になっていた厚木由美だった。


 一方で琴乃は名前を呼ばれてからやや硬い動きになっており違和感があるが、他人事では無いかもしれない。だが、第三者の介入は空気を壊すのに最も有効な手段として間違いなかった。


 チラチラとこちらに向けてくる琴乃の視線を五月蠅く感じながらも、先に教室に戻る、と喉まで出かかったところで厚木が軽くこちらを見てから琴乃に問いかけた。


「二人はこんな時間に何してるの?」


「あ、えっとねぇ……。そう、探し物してるの、シノッチの!」


 ……俺のなのか。


「へえ、何が無くなったの?」


「あれだよね、シノッチ」


 まあ、そうなるよな。その質問が自然な流れだし、ノープランなのも定番だ。


 読まなくてもいいフラグに呆れ半分で毒づくも、やや目を細めた厚木の視線が怖い。


 この返答にあまり時間をかけるとそれはそれで違和感になる。俺はため息で逡巡すると適当なストーリをくみ上げた。


「昔兄から貰った懐中時計を探している。昨日の放課後、教室近辺でそれらしいものをみなかったか?」


 厚木は床を見つめながら何やらブツブツと呟くと、何故か他人を嘲笑するような笑みを浮かべた。


「残念ながら懐中時計は見てないけど、昨日の放課後に例の撃退された将棋部の部長さんなら来てたよ。橋本さんもカワイソウだよね」


 そのカワイソウという言葉にはどこか他人じみた冷たさがあったが気にはならない。この態度が高校生としては模範的なのだ。


 そうだねと琴乃が適当な返事をしてそれから二言三言話すと用が済んだのか、厚木はそのまま興味を失った様に、風の様に去って行った。


 その後ろ姿を見送るものの、なんとなく廊下で反響して聞こえてしまいそうな気がしたので、逸れた話題を振る。


「厚木とは最初どこで会ったんだ?」


「えーっと、由美ちゃんと話したのは情報棟で会ったのが初めてだったかな。ほら、PC部と図書室って近いでしょ? 私が部活の見学に行って、由美ちゃんは図書室に行ってたみたい」


「よく覚えてるな」


「情報は最大の武器だからね! でもシノッチに関してはあんまり覚えてないや。ごめん」


 その投げやりな態度にからかうような笑みを浮かべる琴乃。


 この微妙な問いに即答した記憶力も驚くべきものだが、個人的には図書室の意外な人気ぶりの方が驚きとして勝った。


 ……本当に図書委員は暇な委員会なんだろうな?


 そんな雑談をしていると厚木の姿が見えなくなったので、俺は本題を振ってみる。


「先ほど樹人に訊いたんだが、昨日の放課後に最後まで残っていたのは厚木と今日もう一人の日直だった須藤の二人だそうだ。先ほどの目撃証言を含めてそこに将棋部部長、九重先輩の計三人が容疑者だな」


「アタシとしてはやっぱり部長さんが怪しいと思うな。昨日雪ちゃんに振られて逆恨みしたとか」


「振られるというと語弊はあるが……。個人的には厚木の虚言も考慮すべきと思うが?」


「由美ちゃんを疑えっていうの?」


「あり得る可能性は全て疑うべきだろ?」


「なんだかほーちゃんみたい。けどね……」


 俺が不本意を表明する隙も無く、琴乃は有無を言わさぬ表情で告げた。


「由美ちゃんが犯人は絶対にないよ」


「……そうか」


 琴乃の目が質問は許さない、自分を信じろと告げていた。


 ……話せないが確証はある、と言ったところか。


 これ以上聞いたところで得られるメリットは小さいだろう。


 俺が次の行動を考えていると、



「あ、見つけた!」



 と、若い女性の声が廊下を響き渡った。


 俺達が振り返ると、そこにいたのはスーツにポニーテールという外見だけは模範的な我らが担任、月野先生だった。


 その顔を見て、琴乃が慌ててスマホを確認し、みるみる青ざめていく。


 俺も懐中時計を開くと時計の針は17:45を示していた。


 最終下校時間は18:00。奇妙な笑みを浮かべてこちらへ歩いてくる担任と日直の少女。


「そういえば日誌は出したのか?」


 俺の問いに琴乃は黙って手に握って丸くなっていたノートを見せてくれた。


「それじゃあ俺はそろそろ帰るから。日直の仕事頑張れよ」


「この薄情者!」


「別に俺が一緒に怒られるメリットはないからな」


 そう言い残すと俺は逃げるように琴乃を置いて教室への帰路に就いた。


 ラジオの如く響いてくる会話を聞き流す。


「ずっと待ってたんだけど?」

「いやぁ、私がさっき行ったらちょうど先生がいなくて……」

「そう。職員室の入口に監視カメラあるんだけど確認していい?」

「待って! 私が編集するまで待ってください!」

「琴乃ちゃん、それダウトだよ。それじゃあ色々聞きたいこともあるし、任意同行願おうかな。もちろん拒否権はないけどね!」

「先生、それは任意じゃないです……」


 ……琴乃、頑張れよ。

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